「ロボットによる完全自動化か、人とロボットの協働か」アマゾンロボティクスのマーカス博士に聞く
「アマゾン・ピッキング・チャレンジではピッキングやストーイングのロボット技術が競われています。それはアマゾンがロボットによるピックアップやストーイングこそ、ロジスティクスにとって次のチャレンジとして最も重要なものだと考えているからでしょうか」
私達のこの質問にマーカス博士は少し間を置き、笑みを浮かべて首を横に振った。
ロボットが商品の棚だし棚入れを行う競技「アマゾン・ロボティクス・チャレンジ」が7月27日~30日まで開催され、ロボカップ2017名古屋世界大会の会場内で、16チームが熱い戦いを繰り広げた。
競技の結果は既報のとおり、豪州のチームが優勝した。(関連記事「アマゾン・ロボティクス・チャレンジ 決勝はオーストラリアが制す - Amazon Robotics Challenge 2017 結果」を参照)
大会期間中、米アマゾンロボティクス社から、シニア・プリンシパル・テクノロジストのベス マーカス(Beth Marcus)博士が来日していた。ロボスタ編集部ではMarcus氏にインタビューを行う機会を得たのでお届けしたい。
アマゾンロボティクス社はアマゾン・ロボティクス・チャレンジの競技と同様、倉庫の完全自動化を目指すのか? 日本のロボット業界はどのように写っているのか? 質問をぶつけた。
編集部
アマゾンロボティクスではどのような業務を行っていますか?
Marcus(敬称略)
私は今、シニア・プリンシパル・テクノロジストという肩書きの元で、ロボティクスに関する新しいシステムのコア技術を開発しています。また、アマゾンの中ではコンサルタントのような役割も持ち、さまざまな問題の解決を行っています。更には、メンターとして若いエンジニアの教育にも携わっています。色々な面でロボットの研究をサポートをしているのですが、複雑なシステムの構築やロボティクスに関する全体的なことも研究開発しています。
編集部
これまでどのような研究をされてきましたか?
Marcus
1980年台後半から1990年代前半にかけてはジョイスティックなどのヒューマンインターフェース、NASAの研究に近いようなインタフェースにも取り組んできました。その当時はロボットはまだ高額でサイズも大きなものが多かったので基礎研究を中心に行っていました。しかし、最近はロボット自体の性能も上がってきて、コストも下がり、数多く出ていますので、性能等の比較をすることも興味深いですし、コンピュータの性能の進化を見るという見方も面白いかもしれません。
編集部
過去にはどんな研究をされましたか?
Marcus
「HAPTEX」という人間と機械とのインタラクションを行っていました。「EXOS」という会社ではEXOSスケルトンの開発に携わっていました。これは人間の筋肉と機械の筋肉を連動させる技術です。例えば、地上で人が手を動かすと、宇宙ステーションなどにあるロボットの手が連動して動くものです。テレオペレーション(遠隔操作)やテレプレゼンスと言ったものです。
ただ、それらは私が過去に研究したり開発していたもので、現在興味があるのは「どのようにしてさまざまな環境の中でロボットがモノを認識できるのか」という技術を高めたり、「人とロボットはどのように連携をとっていけるのか」「人とロボットの協働」などに関心が移っています。
編集部
アマゾン・ロボティクス・チャレンジは倉庫や工場の完全自動化を目指しているように見えるが、アマゾンロボティクスもそれを目指しているのでしょうか、それとも人とロボットの協働でしょうか
Marcus
どちらかというと「協働」を実現したいと思っています。今回の競技を見ていただいてもわかる通り、完全自動化までの道のりはまだまだ遠いのです。
アマゾンでは今、いくつかの物流センターではKIVAステーションを使って運営するシステムが稼働しています。現時点での完全自動化技術と比べて、KIVAステーションと人間の分業や協働の方が圧倒的に効率が良いのです。だから今はまだ、このアマゾン・ロボティクス・チャレンジの中で実現されたことを、いかに物流センターの業務に適用させていくか、どうすれば物流センターで人がやっている作業の生産性を上げられるかを考えるべきです。それがアマゾン全体の物流量を増やしていくことに繋がります。
編集部
アマゾンは既にKIVAステーションのような移動ロボットのシステムを持っています。ARCではピッキングやストーイングのロボット技術が競われています。それはアマゾンがロボットによるピックアップやストーイングが、ロジスティクスにとって次のチャレンジとして最も重要なものだと考えているからでしょうか
Marcus
そういうことではありません。ARCには多くの技術が詰まっています。ビジョン(視覚)の技術を活用したり、AIを活用したり、コントロール(制御)を強化したり・・などです。ARCにはあらゆるソリューションが詰まっていて、いわば最先端の技術が競われています。私達はこれらの技術をすぐに現実の現場で活用しようということではなく、将来、何かの問題が発生した時に「ARCで使われていたあの技術を使おう」といったように、最新技術を問題解決のために使えれば素晴らしいと考えています。
編集部
日本にはPepperなどのコミュニケーションロボットが業務に利用されはじめていますが、日本のロボット研究についての印象はどうでしょうか?
Marcus
私はこの業界に長くおりますが、日本はまさにロボット研究の主導的な役割を果たす国だと思います。多くの大学でロボットに対する研究が進んでいますので、業界における最前線だと感じています。
また、Pepperのようなロボットを友人のように受け入れる体制ができているように思います。そのロボットをどのように活用させるかについても、新しいものを受け入れることに関しても、素晴らしい特徴を持っていると思いますし、ロボットを上手に使いこなしていくだろうと感じています。
編集部
日本ではロボットを友達や家族のように感じる消費者が多いのですが、アメリカでは脅威的に捉えられていますか?
Marcus
アメリカでは世代によって捉え方は違います。高齢者でも「アレクサ!」と言ってアマゾンエコーを使って生活の支援をしてくれると感じている人もいますし、娘の世代は更にロボットに慣れていますので、ロボットに対してより高い期待を持っています。世代による差はあるけれども、概ね好意的に捉えていると感じています。国による差はそれほど感じません。
編集部
アマゾンロボティクスの目指すところ、社内にあるマインドセットはどのようなものでしょうか?
Marcus
ARCで私たち目にしている技術は、業務の現場で活用されるまでにはまだ5年から7年くらいは必要だと考えています。明日、物流センターに導入しようというものではありません。例えばディープラーニングやアルゴリズムなどは技術の精度を上げて、成熟してから初めて現場で使うことができるものだと考えています。
物流センターで働いている人たちの生産性を如何に上げていくか、どうやったら効率的になるかを考えていくことが私達の基本的な思いです。新しい技術がそれに応用できるという準備が整った段階で導入していくことが大切だと思っています。
そして何よりも重要なのは、物流の効率性を上げていくことによって、アマゾンの顧客が望むものを望んでいる方法で提供していくということなのです。
ロボスタでは米アマゾンロボティクス社のチーフテクノロジストをつとめるTye Brady(タイ・ブレイディ)氏のインタビューも掲載中です。併せてご覧ください。「アマゾン・ロボティクス・チャレンジ開幕、Amazon Roboticsのチーフテクノロジストに聞く「機械学習とハイブリッド・マニュピレーション」」