発達に遅れが見られる小学生から高校生までの子ども達が、学校帰りなどに利用する療育施設が「放課後等デイサービス」だ。厚生労働省によって指定を受けて運営されている施設で、社会福祉法人一燈会の「放課後デイサービス トゥモローランド」もそのひとつ。知的障がいや自閉スペクトラム症などや自閉スペクトラム症など、発達障がいを持つ子ども達約40人が通っている。
そのトゥモローランドでは、Pepperとタブレットを活用して、プログラミング教育を行っていく試みがスタートした。どのような経緯で始められたのか、どんな授業が行われているのか、早速取材をさせてもらった。
Pepperと触れあいながらプログラミングを学ぶ
トゥモローランドのプログラミング教室は最大5人までの少人数制。しかし、ここに通う40人の子ども達全員が現在体験していると言う。この日、参加したのは中学一年生、小学六年生、小学二年生の3人。
発達障がいの子ども達は、私たちの個性が豊かなのと同様に、感覚や理解の仕方などの特性が実に様々だ。Pepperを活用すると言っても、授業を中心で引っ張るのは作業療法士の西貝先生。ひとりひとりの特性に配慮して丁寧に関わりながら、授業を進めていくのが印象的だ。
「これを足し算してみよう。答えはいくつになるかな?」
この日の授業内容は「演算」。つまり算数。
この授業の目的は「プログラミング」教育なので、子ども達はタブレットを使ってPepperを動かすためのプログラミングを学ぶ。すなわち、Pepperに計算させて、答えを話すようにプログラミングを組むことがゴールだ。その一方で積み木等も使い、子ども達が数えて答えを求めることができるように工夫している。
プログラミングを行うために、机にはひとり一台ずつタブレットが置かれているが、タブレットを置く位置に沿って黒いテープで目印が貼ってある。積み木等の使用もそうだが、「見て」理解しやすくすることで、子ども達自身での理解を促していると言う。
プログラミングは株式会社 テックラインが開発した「ロボットの実践プログラミング教室」をベースにしている。このアプリは、タブレット側で出される問題を解いていくとともに、その正解をPepperに回答させるようにプログラミングできる。操作はドラッグ&ドロップが中心のブロックリーが使われている。
プログラミングが完了したら、子ども達は順番にPepperの頭を触りに行く。Pepperの頭をタッチしたら「2+3=」の答えをPepperが話すように、子ども達がプログラミングしたからだ。
子ども達はPepperが正解である「5」と答えたのを聞いて、満足そうに席に戻っていった。このような流れで、子ども達はPepperに計算をさせ、Pepperの頭を手で触ると回答する、というプログラミングを学んだ。
ロボットを放課後等デイサービスに導入したきっかけ
一燈会と言えば、Pepper関連のロボット事業者の間ではよく知られている社会福祉法人だ。高齢者向けの福祉施設に早期からPepperを導入し、レクリエーションの時間に活用したことが何度か報道されている。そこでは健康体操やクイズなどをPepperが先導する。その一燈会がプログラミング教育に取り組むきっかけとなったのはなんだろうか。また、やってみてわかったことを聞いた。
石井(敬称略)
ご存じのように、一燈会は高齢者向け施設でPepperを導入して活用しています。とはいえ、Pepperは一日数時間の稼働ですので、他の用途にも有効活用することができないか、と思案を重ねてきました。
2020年よりプログラミングを学校教育において導入する、という方針が文部科学省から出ていることもあり、発達障がいの子ども達に向けてプログラミング教育がPepperで実現できないだろうかと検討を始めたことがきっかけです。
編集部
授業は作業療法士の西貝さんがカリキュラムを組んで実践していると聞きました。
西貝(敬称略)
はい。カリキュラムは、小学校高学年以上を対象にプログラミング教育の教材として開発された「ロボットの実践プログラミング教室」を元にしています。しかし、トゥモローランドに通う子ども達の場合、集中力の持続は20分程度なので、カリキュラムは短時間用(約20分/回×全7回)に構成し、試しています。
導入してわかったこと
編集部
導入前に心配や課題のようなものはありましたか
西貝
ここに通う子ども達の中には、様々な特性からくる物の操作・他者とのコミュニケーションなどの苦手さがある子ども達もいます。そのため、Pepperの触り方・操作の仕方などに対して、導入前にはたくさんの心配もありました。しかし、やってみると全く違いました。子ども達はPepperに自分から話しかけ、触ったり、抱きついたりと興味を示し、意欲的でした。子ども達が、パソコンやタブレットを見たり触れたりする時と比べて積極的な反応なので、Pepperならではの存在感や価値のようなものもあるのではないかと、すぐに感じました。
編集部
導入時にはどのような点に気を配りましたか
西貝
一番のポイントは、子ども達がPepperに対して興味を示すことですね。Pepperに触ったり、一緒に遊んだりすることができ、特に最初はPepperが反応することを楽しいと感じたようです。そのため、プログラミング教室の第1回の内容は「入・出力」にしています。Pepperの頭などを触ることが入力であり、それに対するPepperの反応が出力、といったように。実際に子ども達は、自分たちがPepperに触れたことに対する反応を楽しみながら、入力と出力の意味を学んでいます。
今回はプログラミング教室の第4回の授業内容だったが、これまでは下記の内容で行われた。
Pepperやタブレットの各所に触れることで、Pepperがどんな反応を示すのか、どんな音が出るのか等を体験しながら学習した。
第2回 : 入力と出力の組み合わせ
実際にブロックリーを使い、「Pepperの頭を触る(入力)と、Pepperの右手が上がる(出力)」というプログラミングの作成を学習した。
第3回 : 記憶
プログラミングにおいて重要な変数について、「Pepperの右(左)手を触った後、頭を触ると最後に触った手が右手か左手かを教えてくれる」というプログラミングの作成を学習した。
編集部
プログラミングの入・出力という概念を、子ども達はPepperに触ることとPepperが反応することで学ぶんですね
西貝
Pepperと触れあいながら授業を進めることはとても大切です。授業内容をPepperが説明する時間が長くなると、子ども達は集中の持続・内容の理解が難しくなります。そのため、できるだけ子ども達がPepperに触ったときの反応を「見る」ことによって興味を示し、理解できることを重視しています。今回の「演算」の授業ではブロックリーを使って、「頭を触る(入力)とPepperが演算「2+3=」の答えを話す(出力)」、というプログラミングを子ども達は学びました。今後は、「比較」、「繰り返し」などの授業内容を進めていく予定です。
編集部
プログラミングに興味のある子どもばかりではなく、おそらく興味のない子もいますよね。その場合はどう進めていくのでしょうか
西貝
全ての子ども達がプログラミングに対して興味を示すとは思えませんが、より興味を示し、理解できる実施内容・方法を開発会社とも一緒に検討していきたいと思っています。また、プログラミングに興味を示した子ども達が作った内容をPepperとの触れあいを通して他の子ども達が体験する、といった機会も作ろうかと思っています。それによって、プログラミングに対する興味を引き出すだけでなく、楽しんでいる様子から作った子ども達の達成感にもつながるかもしれません。それぞれの子ども達の興味、理解などに合わせて臨機応変に対応していきたいと思います。
高齢者施設への導入とプログラミング教育では導入目的が異なる
編集部
報道ではロボットによる効率化の促進や、人員不足の解消が叫ばれていますが、ロボットをプログラミング教育に導入するのは、また違った側面がありそうですね
石井
はい。トゥモローランドでプログラミング教育に活用することは、高齢者施設にPepperを導入するのとは目的がまったく異なります。
高齢者施設では今後、将来に渡ってスタッフの確保が難しくなっていくことが予測されています。それに先んじてロボットによって人員不足をカバーできないかを、実証実験を通じて試行錯誤している段階です。
一方、プログラミング教育への活用は、現段階では効率化や人員削減が主ではありません。子ども達にとってロボットはそこに存在していることが重要であり、独自の価値を生み出すものになっていると感じています。西貝の話にもあったように、最初はロボットの触り方・操作の仕方が難しく壊してしまうのではないかという心配もありましたが、すべて心配には及ばず、むしろ子ども達は良い結果を見せてくれました。我々にとってもそれは導入したからこそ、今はわかることであって、先んじて子ども達にロボットに触れる機会を我々が提供していくことが大切だということを改めて感じる機会になりました。
西貝氏の「Pepperならではの存在感や価値」「触れあいながら授業を進めることが大切」という言葉が特に印象に残った。
パソコンやタブレットにはない、子ども達を惹きつけるロボットだからこその魅力が、プログラミング教育をより一層身近なものにしてくれるだろう。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。