「術前検査では、お客様に合ったレンズを作成するため、目の形や大きさ、目の中の細かいサイズを測定する必要があります」
説明しているのは、丸くて白い、クリッとした目のロボット「Tapia」(タピア)です。白内障患者に手術の内容と術前検査について、ゆっくりとていねいな口調で話します。
Tapiaを導入したのは、兵庫県明石市の医療法人社団吉徳会「あさぎり病院」。まずは眼科での運用を12月12日より開始しました。
看護師の説明業務をTapiaが代行して効率化
Tapiaの仕事は、白内障の手術について、医師や看護師に代わって患者に説明することです。看護師がTapiaに患者の名前を入力すると説明をはじめます。説明する内容は手術の内容、術前検査の説明、手術当日の服装や注意点、術後の説明と注意点などとなっています。
Tapiaの目の部分は、タッチパネル式の画面になっています。説明中はイラストや動画を使った解りやすいスライドショーが表示され、それにあわせて可愛い声で、Tapiaがゆっくりと語りかけるように説明をしていきます。白内障の患者には高齢者が多いため、そのやさしい語り口は手術を控えた不安な気持ちを和ますのに効果的です。
さらに、Tapiaは段落(項目)ごとに「今までの説明は判って頂けましたか?」と患者に確認を促します。患者が「はい」をタップしたときは次の説明へと進み、「いいえ」を選択したときは、もう一度Tapiaから説明を聞くか、後ほどスタッフによる詳しい説明を受けたいか、希望を聞きます。
ひととおり説明が終わると小さなプリンタから「白内障手術説明完了」のプリントが印刷されます。そこには患者がどの選択肢を選んだか、スタッフの説明が必要だと感じた項目が明記されていますので、後ほど看護師が確認して、必要な説明を行うことができます。
Tapiaは机に置いた状態で患者に対して説明をするだけでなく、椅子に座った患者が膝に乗せて抱えた姿勢でも説明を行うことができます。
1.スタッフが説明したい項目を選び、患者の名前をTapiaに入力する。
2.患者に対してTapiaからの説明がはじまる。
3.選択肢の画面で、患者は「はい」「いいえ」を押す。
4.Tapiaの説明が終わると報告書がプリントアウトされる。
4.看護師がプリントを見て、患者が選択した内容や、Tapiaの説明で理解できなかった点を確認する。
6.患者が「補足説明の必要あり」を選択した場合、看護師やスタッフがその部分の説明を行う。
■術後の説明をする「パラメディTapia」
TapiaはMJI社が開発・販売するロボットです。医療ロボットの開発に特化したシャンティは、忙しい医療従事者が患者対応にかかる時間を軽減することを目的に、医療向けシステム「パラメディTapia」として開発し、発表しました。
導入したあさぎり病院の眼科医長である窪谷医師に、現状の課題や「パラメディTapia」に期待することなどを聞きました。
患者と手術数が多い「白内障」の説明業務から導入
編集部
一般に「医療現場への会話ロボット活用はこれからはじまる」という感じですが、現状ではどのような課題があるのでしょうか?
窪谷(敬称略)
多くの看護師は、事務的な作業や説明業務にたくさんの時間をさいている状況です。例えば、白内障の手術が必要な患者には「どのような手術をするのか」「単焦点レンズと多焦点レンズの違い」「術前検査をなぜ行う必要があるのか」「手術の際の持ち物について」などを患者に説明しています。丁寧に説明をすれば、一人当たり30〜40分の時間がかかります。また、患者が多いときには、一日に何回か同じ内容の説明を繰り返し行うこともあります。もし、これらの説明業務をロボットで代替できれば、看護師は別の業務にあたって頂くことができると考えています。
また、看護師の説明内容に個人差があったり、説明に漏れがあると困りますが、ロボットなら説明を平均化することができると考えています。
編集部
説明業務をロボットが代替することで効率化をはかり、看護師は他の業務に集中できるわけですね。ビデオやタブレットではなく、ロボットを選んだ理由はどこにありますか?
窪谷
ほんの少しやりとりをしただけで、私自身もTapiaにとても愛着を感じるようになりました。人間は心で会話しますので、説明業務にも心がこもっていると感じて頂くことが大切です。初めて渡されたスマートフォンやタブレットには愛着を感じることはありませんが、Tapiaを渡されたら、最初は驚くかもしれませんが、会話をするうちにすぐに愛着を感じて、Tapiaが話しかけてくれている言葉に耳を傾けてくれて、内容に集中してもらえるだろうと感じています。そこが、他の機器にはないロボットの良さではないでしょうか。
編集部
まずは白内障の手術関連の説明からはじめるということですが・・
窪谷
白内障の患者数がとても多く、手術を行う数も増えています。看護師が説明する回数も多いので、Tapiaが説明業務を代行してくれることで効率化の効果が出やすいと考えています。
今回の導入では、Tapiaに術前の説明や当日の準備などの説明をしてもらうのですが、プリンタと連動して、患者さんのお名前が記入されたプリント紙に説明を受けたことが記録として残るようになっています。今後は更に、各種許諾書や承諾書にサインができるしくみも取り入れられると、更に自動化がはかれると感じています。
また、この病院で稼働実績を積むことができれば、他の眼科の病院やクリニックでも同じ内容で活用していけるのではないかと思っています。
今後は健康診断や産科病室での活用なども視野に
編集部
ロボットによる説明業務で効率化に成果が出たら、その次はどのように展開が可能でしょうか?
窪谷
まだ先のことかもしれませんが、ロボットが低価格になれば、入院の各室や各病床にロボットが置けるようになると思います。そうなれば、病院の施設案内や面会時間、食事の時間や献立など、入院患者が聞いたことをロボットが答えたり、目薬の時間などもロボットが教えてくれるようになるかもしれません。ロボットが答えられないような質問だけ、あとで看護師や医師がまとめて回答するなど、効率化も一層進むのではないでしょうか。
今回の「パラメディTapia」は、低価格で高稼働率、ネット接続が要らないことなどを重視したシステムです。Tapiaの魅力は可愛さもさることながら、身体全体を回して相手の方向を向いたり、お辞儀をするなどの表現力が豊かなことです。それでいて、手足や首などの可動部分がないため、患者が指や手を挟んで怪我をする心配がありません。壊れにくく衛生的な構造をしていることも大きな特長です。
システムを開発したシャンティは医療現場でのロボット活用と普及を目指しています。今までも、Pepperを使ったトリアージ機能付きの問診システムや、北里大学との連携でロコモ症候群の予防と健康体操を支援するシステム、更にはMicrosoftのホロレンズを使ってMR技術を使った「調剤薬局支援システム」などの実証実験の取り組み等を発表してきました。
窪谷医師も「ロボットが医療現場に進出することは歓迎」と言います。
窪谷
医療は国によって基準やスタンスの違いなどがありますが、医療現場へのロボットの導入や活用については、ぜひ日本がリードして欲しいと考えています。日本人は昔から、大きな石や樹にも魂が宿るといった信仰心があり、ロボットや人形に対しても強い愛情を注ぐ傾向にあります。高齢者は特にその傾向が強いですよね。海外ではロボットに対して抵抗感が強かったり、拒絶感を感じる国もある様子ですが、日本でロボットが医療現場に入り、患者に寄り添うようになれば、それがモデルケースになって海外にも広まっていくのではないかなと期待しています。
編集部
窪谷先生から見て、「パラメディTapia」で更にできるようになるといいな、と感じる点はどこですか?
窪谷
医師や看護師は患者さんの年代によってお話しする声の高さを実は変えているんです。患者が子どもの場合は高い声の方が明るく感じるし好まれますが、高齢の方は高い音が聞こえにくくなるので、いくぶん低い声でお話しするように意識しています。今後はTapiaも患者の年齢を推定して声の高さが自動で変えられるようになるとなおいいですね。
あさぎり病院で導入する「パラメディTapia」は、術前術後の説明業務のほかに、電子問診票、アンケートの入力集計、検診の勧めなどにも対応可能です。また今後は、説明した内容を更に細かく記録したり、承諾書のサイン取得、問診結果の電子化、検査の受付など、医療ICTと連携した機能にも発展していく予定です。
看護師やスタッフの事務作業の負担を少しずつロボットが代替していくことにより、更に重要な業務に注力できる環境を実現していく考えです。
シャンティとMJIは、「パラメディTapia」を問診や健康診断、疾患啓発、産科病室での活用など、対応できるシーンを増やしながら、来年度に累計1,000台の販売を目指しています。