ロボスタの読者にもきっとファンが多いことだろう。鉄腕アトムの前日譚を描いているアトム ザ・ビギニングは、天馬博士とお茶の水博士がアトムを生みだすまでの若い頃のストーリーだ。人工知能「ベヴストザイン」を搭載した自律型ロボットA106(エーテンシックス)の成長過程を描いて、心とは何か、感情とは何か、という人間の内面にも迫っている。
そんなアトムザビギニングを描くのは、漫画家のカサハラテツロー先生。そのほか、コンセプトワークにゆうきまさみ氏、監修を手塚治虫氏を父にもつ手塚眞氏が務めるなど強力なチームによって作り上げられている。
カサハラテツロー先生は、なぜ今回の作品を描くようになったのか。そして、今後作品はどのような展開を迎えていくのか、お話を伺った。
漫画家。1993年、「3年の科学」掲載の『メカキッド大作戦』でデビュー。代表作は『RIDEBACK』『ザッドランナー』。メカニカルなロボットに定評がある。『アトム ザ・ビギニング』では漫画制作を担当している。
はじめは「A106」はいなかった
原因不明の大災害に見舞われた近未来の日本。
破壊しつくされた日本国土だったが、急速に進んだロボットの技術革新が復興を後押しすることとなった。
そして5年後。とある大学にロボット製作にすべてを懸ける、若き日の天馬博士とお茶の水博士の姿があった……
編集部
アトム ザ・ビギニングの連載を開始した経緯について教えて頂けますか?
カサハラ先生
実は私のところに話が来たときには第1話の途中までのシナリオと仮のキャラクターデザインができ上がった状態でした。その時点で「天馬博士とお茶の水博士の若い頃を描く」という方向性と、「ただし今昔物語とは違う、近未来の舞台で」という設定が決まっていました。
編集部
お話があった時には、キャラクターデザインも固まっていたのでしょうか?
カサハラ先生
いえ、「A106」というロボットはもともといませんでした。
練馬大学ロボット工学科第7研究室で開発中の次世代人工知能「ベヴストザイン」を搭載した自律型ロボット「A10シリーズ」の6号機。1000馬力のパワーと優れた判断力を持つ。 ©手塚プロダクション・ゆうきまさみ・カサハラテツロー/ヒーローズ
天馬とお茶の水の研究室にいるマスコット的なキャラクターという存在のロボットはいましたが、特殊能力もなく、アシモがちょっと進化した程度の、片言でしか喋らない動きもテクテクするようなロボットで、メインの話とは絡まない流れでした。
とはいえ、雑誌は「月刊ヒーローズ」という雑誌なので、ヒーローが出てこないと話にならない。そこで「このロボットをもっと戦えるように作り直させてください」と伝えて、「A106」のキャラクターを固めていきました。
「A106」をメインのキャラクターに据えて、彼がいろんなピンチを切り抜ける話にしようと模索しながら始めたんです。
編集部
最初に話があってから連載スタートまでどれくらいの時間がありましたか?
カサハラ先生
2014年9月にお話をいただき、2014年12月発売号に載るということでした。締め切りは11月半ばでしたので、3ヶ月間で方向を確定させて、描いていきました。
編集部
カサハラ先生はそれまでに「鉄腕アトム」はかなり読み込まれていたのでしょうか?
カサハラ先生
お話を頂いた時は父の書斎にあったアトムを何となく読んでいたくらいでした。あとはアニメはちょくちょく見ていましたので、皆さんと同様にアトムという存在はもちろん知っていましたし、天馬が作って、お茶の水が育てたというのも知っていました。ただその程度の知識しかなかったので、そこからひたすら読み込んでいきました。
編集部
相当プレッシャーもあるのでしょうか?
カサハラ先生
そうですね。だって、それは世界のアトムですから。その時もそう思っていましたけど、連載が始まりアニメにもなると世界中の方からTwitterでフォローされた時に、さらに感じました。海外の方が、コミックスを読んで、「このシーンは原作のこれとリンクしていますか?」と言ってきたりもします。
そういう原作ファンの方々が楽しんでくれるといいなと思いながらも、実はあまり読者サービスは考えていません。例えば、ノース1号が出てきたことで、原作ファンの方々が喜んでくださったのはあるのですが、私としては原作に2号が出てくるので、ここでノース1号が出てくる必要があると考えて出したまでです。
2号が人間大のサイズで、足がなくて、手が6本あって、その手が伸びたり縮んだりして出てくる。そしてY字型のツノが付いています。じゃあ初期型はそれよりふた周りでかくて、足はつけないんだろうな、と。でも手は伸び縮みするんだろうな。ツノはあるんだけど、美学を追求した女型のロボットなんじゃないかなーと想像しながらキャラクターデザインをしていきました。
編集部
手塚先生はなぜ2号から書き始めたんでしょうね?
カサハラ先生
たぶんですけど、最初期ではなかったんでしょうね。改良して改良して、次のマシンを作っている。想像力をかき立てたいというところがあったんじゃないかと思いますね。
戦闘シーンは思わぬ方向に進む
編集部
アトム ザ・ビギニングを描いている楽しさはどこにありますか?
カサハラ先生
私の中では、多くの人と同じく、アトムはすごく優しい心を持ったロボットというイメージがあったんです。もちろん実際そうなんですけど、でもアトムがなんでこんなに人気があったのかっていうのが気になっていたんですね。最初のアトムってほとんど紙芝居みたいなアニメなんですよ。でもめちゃくちゃ人気がありました。
私なりにアトムが人気になった理由を考えていくと、それはオープニングにあったのではないか、と。「空を越えて〜」の歌に合わせて、アトムがビューっと飛んでいって、飛んだ先にロボットがいて、そのロボットをコテンパンにぶっ壊して決めポーズをとる。それで「優しいロボットです」っていうんですけど、全然優しくないですよね(笑)
でもね、その後のヒーローもののフォーマットを作ったんだと思うんです。それまで実写で作っていたヒーローもののオープニングは、バイクにずーっと乗っていてなんとなくポーズを決めるような看板的なものでした。一方、アトムはいきなり戦闘的でした。しかも相手がビームとかを使っているんですが、アトムはほぼ素手で倒していきます。
その後の鉄人28号も、相手が銃で撃ってくるにもかかわらず、素手で倒すんです。
人間がこれをやったらまずいですよね。人間がバンバン人間を倒して行くのは、ヒーローとしてどうかなっていうのもある。でもロボットがロボットを倒すのは問題なく、むしろカッコいい存在になる。こういう「いつかやりたい」と思っていた「ロボットがロボットを倒していく」ということをやれているんです。
描いていて、きっと楽しいだろうなと思っていたんですが、実際には描いていて、こんなに大変だと思いませんでした。(笑)
戦うと手がもげる。そして、どっちの手がもげたかわからなくなってくる。こっちに傷があったというのを描き忘れているなんてこともあります。(笑)
編集部
とはいえ読んでいると、ユウランがいろんなロボットを壊していく時に悲しくなってきたりもしますよね。
カサハラ先生
そこなんですよね。自分で描いていて、戦闘シーンが自分が思っていた方向と違う方向に行くんですよね。ずいぶん悩みましたよ。描いているうちに、ユウランはあまり壊れない方がいいのかなーとかね。
原作でもアトムはすぐバラバラになるんですけど、ウランがバラバラになるシーンってほとんどないんですよね。そこは手塚先生も加減しているんだなーって。
「A106」は「アトム」か
編集部
カサハラ先生はメカのデザインを、構造も考えた上で描かれていますよね。順序としては、構造を考えてからデザインに進むことが多いのでしょうか?
カサハラ先生
アトム ザ・ビギニングのロボットに関しては、大事にしているのはシルエットです。見た目のシルエットが特徴的かどうかが実はすごく大事で、そこから色々足していったり、引いていったりして、出来上がったものに設定を加えていきます。A106も、最初は腕にも脚にもピストン機構は付いていないただの人間型でした。
その上で、彼はどうやって戦うんだろうと考えた時に、パンチで戦うというのは決めていたので、男の子のロマンはピストンでしょ、と。(笑)
編集部
わかります(笑)
では、シルエットを考えた上で、足りない要素があればメカとして加えていこう、と。
カサハラ先生
そうですね。A106に関して言うと、この先天馬たちはアトムを作っていくわけです。そう考えた時に、アトムの電子頭脳は胸の中にあり、アクセスパネルがあり、こちら側に開くんだ、と。こういったパーツの配置のようなものは一つの哲学でやるんだろうなと考えて、A106をデザインしました。
そして、私自身が機械らしいメカが好きで、「ごちゃメカ」と呼んでいるのですが、ごちゃっとした要素を入れていきたいと思いました。
ただ、全てのメカがごちゃってしてしまうのは描くのが大変なので、他のロボットにはしっかりとカバーをしています。(笑)
編集部
読者の皆様が気になられているのは「A106がアトムになるんじゃないか」ということだと思います。
カサハラ先生
私は、アトムというのは、トビオが亡くなった後にゼロから天馬博士が作るものだと思っているんですよ。そういう話は取材でも何度かするんですけど、それってなぜか記事にならないんですよね。誰かが謎にしておきたいって思っているんでしょうね。(笑)
データの一部がそこに使われるかもしれないですし、A106が誕生していなかったり、いろんな経験をしなかったらアトムは生まれないと考えているのですが…。とはいえ、それはそうあってはいけないのかなとも思っています。
手塚治虫先生は「やはり天才」
編集部
「鉄腕アトム」の前日譚を描くという作業は、手塚先生の思考に浸かる作業だと思います。手塚治虫氏に対して、漫画家としてはどのような印象を持たれますか?
カサハラ先生
やっぱり、天才ですよね。なにが天才って、あの手塚漫画を見て「俺も漫画を描きたい」と思わせる何かがあるということです。絶対に真似できないすごいテクニックを使っているにもかかわらず、やりたいという何かを思わせる。可能性を感じさせる。
体操選手が軽々と宙返りをしているのを見て、体操選手になりたいなと思うように、これだったらできるんじゃないかと錯覚させるように。それが他の作品とは決定的に違います。技術そのものよりもアイデアで何とかなると思わせる。本当はそんなことないんですけど。
コマの割りかたやアングルを変えるだけで、みんなが知っている話が急にサスペンスになったりします。映画みたいになったりすんだなと気づかされるんです。
編集部
手塚作品の中で、アトムという作品は?
カサハラ先生
手塚先生は来るべき世界をずっと描いていましたが、アトムは中でも特別なんじゃないかなという気がしています。アトム的なキャラクター作りというのが、アトムじゃない作品でも続いている気がするんです。
例えばブラックジャックのピノコや、火の鳥2772のオルガ。人間未満のような、人間を超えているような存在が、人間を目指すストーリーが多いんです。
手塚プロに行っても、数あるキャラクターの中で、ダーっと並んでいるのはアトムのグッズなんです。やっぱりあれだけ作品がありながら、アトムは特別なんです。手塚眞さんが生まれた時にアニメも放映されたりして、手塚眞さん自身もアトムに思い入れがあります。読み解いていくにつれ、アトムは特別なんだろうと感じるんです。
アトム ザ・ビギニングのこの先の展開
カサハラ先生
私はアトム ザ・ビギニングをロボットのテクノロジーの話にしようとは思っていません。「心ってなんだろう」というような哲学の話を掘り進めていきたいんです。書き始めてから、哲学の本を読み漁るようになっています。人工知能学会の先生方にもご協力頂いていまして、その方々とお話をして、飲みに行ったりしていて興味深いのが、人工知能の先生方もあまり人工知能の話をしないんですよね。途中から。
子供達もこういう成長過程を経てモノを捉えるようになるんだなとか、そういう組み立て方の話がすごく多いんです。アトム ザ・ビギニングでもそうですけど、例えば「孤独ってなんだろう」とか「コミュニケーションってなんだろう」とか「心ってなんだろう」とか。映画やアニメで「ロボットの心」というと、大概「感情」ってなるんですよ。「僕は悲しいってことがわからないんだ、ロボットだから」となるんだけども、悲しいとか嬉しいってことが心なのか、とかね。
感情はニュースでも操られてしまいます。例えば、どこかの国が戦争を始めるとなると、そこの国に対して嫌悪感を抱く。怒りを抱く。感情は操られてしまいますが、それって心なんだっけ?と投げかけたいです。
この心とは何かというのは、ソクラテスとかその時代から続く、永遠のテーマなんだと思います。「なんで私は生まれてきたのか」ということを、今の人たちはあまり考えないのかもしれませんが、ロボットはまさにそこを突きつけられる。「私は戦うために生まれてきたのか?」とかね。手塚先生もそこを考えてこられたんだと思います。
「鉄腕アトム」を読み解いていくうちに、手塚先生はお亡くなりになられる時も、もっとたくさんやりたいことはあったんじゃないかなと感じるようになりました。
編集部
最後に、ロボスタの読者の方々に向けてメッセージなど頂けますか?
カサハラ先生
ロボット展とか、東工大とか、ロボットの取材をさせて頂いたりもしています。これからも先端のロボットの技術というのをどうにかして話に入れていきたいというのはありますので、そういうポイントはご覧頂きたいですし、感想とかアイデアを送ってもらえたら嬉しいです。
今後、「アトム ザ・ビギニング」に出てくるロボットをどなたかが作ってくれるとか、そうなったら面白いですよね。
編集部
ありがとうございました!
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少年型ロボットの謎を追え──!
舞台はベトナムへ。“鉄腕アトム”誕生前史、今昔がつながる最新刊!!
第1回 ワールド・ロボット・バトリング が終了し、日本に帰国した天馬たち。
シックスやユウランの修理も済んだ頃、若き日に出会った少年型ロボットの情報を携え、お茶の水の祖父が第7研究室を訪れる──。
“鉄腕アトム”誕生までの物語、円環の第8巻!