【日本初演】アンドロイドが30名のオーケストラを指揮してオペラを歌う「Scary Beauty」レポート、オルタは深淵の指揮者なのか

会場は立ち見が出るほどの超満員。その夜、800人が日本初のアンドロイド・機械人間が指揮するオペラ・コンサートを体験した。
800人全員で不気味の谷に落ちたのかもしれない。指揮者はまさに異形の姿だ。オーケストラを向き、観客席に背を向けた姿は大蛇のようにも見える。ボディはメタルだ。ライトの反射で所々まぶしく輝いている。
演奏の最中に指揮者が観客席の方を向くと、顔と手が人間だ。それが人間を模して作られていることに、悲しさを伴って驚きと戸惑いを感じた人もいるだろう。
観客はおそらくそれぞれが異なる感想を持ったに違いない。今までに体験したことのない、新しい世界を目撃したのだから当然だ。

日本科学未来館 「ジオ・コスモス」とオーケストラ Photo by Kenshu Shintsubo


アンドロイド・オペラとは

アンドロイドが指揮して歌い、人間たちがオーケストラを奏でるオペラだ。
アンドロイドの名前は「オルタ2」。以前、日本科学未来館で展示された「機械人間オルタ」のバージョン2だ。ロボット学者である石黒浩氏(大阪大学教授)と、人工生命の研究者である池上高志氏(東京大学教授)の共同研究によって、「機械が生命を持っているかのように感じるのはどんな時か?」というテーマを、観る者、つまり私たちに投げかけた、あの「オルタ」だ。人間の神経を模倣したニューラルネットワーク(AI)と連携し、入力された情報をフィードバックして動きに反映する機能を持つ。

「Scary Beauty」の公演を終えたオルタ2

オルタ2は、指揮者となって人間であるオーケストラのメンバーたちを従わせるために誕生した。それはメタファーなのか。
2017年のオーストラリア、オルタ2は約30名の人間によるオーケストラを指揮し、それを伴奏に自ら歌うプロトタイプ・バージョンとして発表された。日本ではこの夜、2018年7月22日が初公演となった。場所は日本科学未来館、800人分の前売り券は完売した。公演のタイトルは「Scary Beauty(=奇妙な、不気味な美しさ)」(スケアリー・ビューティ)。作曲とピアノをオーストラリア公演と同様に、渋谷慶一郎氏が担当した。

Photo by Kenshu Shintsubo


オルタは指揮しているようには見えなかった

同日の午後に行われた「ALIE 2018」の講演で、開発にあたった池上高志氏は「アンドロイドが指揮をする場合は入力された音楽をフィードバックしてアンドロイドが動いても、音楽に合わせて踊っているようにしか見えなかった」と当初の苦労を語った。「指揮者は演奏をリードしなければならないので、音楽より先に動かなければならない。それが難しかった」と語っている。
演奏をリードする、アンドロイドはオーケストラを従わせることができるのだろうか?

Photo by Kenshu Shintsubo


違和感の向こうに

オーケストラ演奏が始まってオルタは、ほとんど指揮者らしい動きを見せなかった。少なくても”感じ”られなかった。むしろ、池上氏が午後に言っていたように、音楽に合わせて異形のアンドロイドが手をバタバタと動かして踊っているように見え、これは失敗だったのではないかとも思えた。

Photo by Kenshu Shintsubo 、日本科学未来館 「ジオ・コスモス」とオーケストラ

しかし、次の「Scary Beauty」(オーケストラ版)でその懸念は一変した。この曲とオルタの作り込みがそれまでの曲とは違うのか、この楽曲がそう思わせるものなのか、明確な理由はわからない。オルタは活き活きと動き、演奏をリードし、かつ音楽に乗っていた。それはオーケストラを見事に指揮しているように見えた。オルタの顔には陶酔したような笑みが浮かんでいた。少なくとも私は、オーケストラの演奏に、オルタの動きに、その歌に、そしてその世界に引き込まれていた。

Photo by Kenshu Shintsubo

会場は拍手に包まれ、オルタは(そのようにプログラミングされているのはわかっていても)拍手に応えて観客席を見回しながら会釈をしているように見えた。そして再び笑って見せた。




トークショー

公演後は短い休憩を挟んで、渋谷氏、池上氏、石黒氏による20分間のトークショーが行われた。ほとんどの観客が帰ることなく会場に残り、3人のトークに注目した。


アーティストの渋谷慶一郎氏は「最初の練習の頃、オーケストラの奏者はオルタの指揮ではなくクリック(メトロノームのようなリズム信号)を聞いて合わせていた。これではダメだと思い、どうしたらオルタが指揮者らしく振る舞えるのかと悩んだ。そこで、無意味でもオルタに肩を動かしたり、腰の上下運動を入れてみた。呼吸していることを感じるような動きを入れることで、踊っているのではなく、指揮している実感が出た。奏者のみんなもこの動きを入れてからはクリックを聞かずにオルタを見て演奏するようなった。こうしてしゃべっている時も聞いている人は無意識に呼吸を感じている。”相互作用”という言葉があるが、やる側と受ける側の相互によって成立することが本当にある」と語った。

「”人類最後の7つの歌”をアンドロイドが歌うことで恐怖と感動が入り混じった「新たな感情」が生成されるだろう」音楽家の渋谷慶一郎氏。「Scary Beauty」をプロデュースした

池上氏は「リズムを人工神経細胞ネットワーク(ニューラルネットワーク)にかませて引き込みを行う。ただ、非線形な神経システムなので必ず同じにならずに”揺らぎ”が起こる。人間の心臓の動きも一定ではなく揺らいでいるように、揺らぎが人間に近い動きを感じさせる」とした。

人工生命の研究者 池上高志氏(東京大学教授)。池上氏が率いる「ALIFE Lab」が「ALIFE 2018」を主催

3人のトークはロボットのカオス性に及び、石黒氏が「カオスを仕込んだロボットを使った方が、人間を使うよりも新しい音楽が生まれる可能性が高くなっていくかもしれない」と語ると、渋谷氏が「演奏していて指揮者であるオルタと目が合ったときに新しい感覚を感じた」と続けると、池上氏が「人間の指揮者はあんな表情しないよね」と笑うと、石黒氏が「あの表情については考え直した方がいい」と畳みかけ、会場は笑いに包まれた。

ロボット学者 石黒浩氏(大阪大学教授)。ヒューマノイド研究の第一人者。アンドロイドを研究することで、人間とは何か、存在感とは何かを探求する


所感 : 深淵

「Scary Beauty」のオーケストラ版では、オルタはみごとにオーケストラを指揮していた。そこには引き込まれるものがあった。具体的にその姿を「美しい」と感じたわけではない。むしろ深淵に似た「Scary」に近いものかもしれない。ただ、はっきり言えることは、カメラマンとしてこの場を撮影して残しておきたい、そんな悔しさを強く感じたこと(オーケストラはたいてい演奏中、観客による撮影は御法度だ)。それは恐らく誰もが持っているアーティスティックな部分で、この空間に強い何かを感じたからに違いない。


「深淵」。それは「悪魔の辞典」においては人類の進化の終着点を意味する言葉だ。
800人の観客はこの夜、新しい世界を確かに体験した。


■ 公演を終えたオルタ2(動画)

※ Credit
 演奏中の写真 Photo by Kenshu Shintsubo
 ジオ・コスモス(地球儀) 日本科学未来館 「ジオ・コスモス」

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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