「寝たきりでも分身ロボットで働けるカフェ」が示す協働の未来 NTT東日本×オリィ研究所/講演会レポート
「分身ロボットの”OriHime”(オリヒメ)があれば、ベッドから起きられない人も、授業に参加したり、大切な人の大事な瞬間に参加することができるのです。生きる意味とは人と繋がることでみつかるのです」
消え入りそうな声だが、しかし、首から下の身体を全く動かすことができない番田さんが伝えたかった想いは、会場にいた多くの人の心の奥に届いたに違いない。それは聴衆の何人かが、手にしたハンカチで涙をぬぐったことでもわかった。現実のロボットの存在が、これほどまでに人の心を揺さぶったのだ。
「孤独感」から解放してくれる分身ロボット
2018年10月4日、NTT東日本グループが主催する「ICT × 障がいについて考える」講演会および体験会が都内で開催された。参加したのはNTT東日本グループの社員を中心にした約100名。やがてステージにオリィ研究所の吉藤オリィさんが登壇し、自身の経験や分身ロボット「OriHime」(オリヒメ)を開発するに至った経緯などを話した。
それはロボットによって人の可能性が拡がる未来を示すものだった。
吉藤さん自身が、小学校5年生から中学校2年生まで体調を崩したことがきっかけで、ほとんど学校に通えず、引きこもってしまっていた体験をしている。父親が教師だったこともあり、世間体や家族の負担になることを心配して「自分はなんのために生まれてきたのか」「自分はいなくなってしまった方がいいのではないか」と自身を責めた時期もあったという。そのとき吉藤さんが抱いたのは大きな「孤独感」と、そして「身体がもうひとつあったらいいのに・・」という思いだった。
分身ロボットがあれば授業に参加できる
その経験を踏まえて、吉藤さんは分身ロボットを開発した。「身体が自由に動かず、その場に参加できない人たち、精神的・環境的に社会に出られない人たちは、どうすれば社会参加できるだろうか」を追求した、ひとつの答えだ。例えば、自身も体験して苦しんだ登校拒否や引きこもり。例えば、筋肉の機能が突然失われていく難病「ALS」をわずらった人たち。更には、子育てで家庭に入っている主婦など、さまざまな環境的な要因で自由に外に出られない人たちが対象となる。
下の写真。小さなデスクトップ型の分身ロボットのオリヒメが教室の机にちょこんと置かれ、みんなと一緒に授業に参加している。オリヒメは病室から出ることができない子どもにネットワークで繋がっている。その子はオリヒメのカメラを通して教室の中や先生の姿、黒板などを見ることができ。オリヒメのマイクを通してみんなの声も届いている。みんなが声を掛けてくれることもあるだろうし、オリヒメが手を上げて授業中に発言することもできる。病床にありながら、授業に参加し、たしかにその場に存在することができるのである。ベッドや家から出られない子どもにとって、それはどれど嬉しいことか。「人と繋がること」で「孤独感が消える」と言う。
ロボットと人が繋がるのではなく、ロボットが「人」と「人」とを繋ぐ。ロボットと協働することで、人と人とが協働できる。それが分身ロボットが存在する意味だ。
僕は”生きた”と言えるのか
オリィ研究所には、4歳の時に交通事故にあって首から下の身体が動かせなくなってしまった社員、番田雄太さんが勤務していた。オリヒメでテレワークとして出社し、吉藤さんにとって大切な仕事のパートナーだった。もちろん仕事に見合う給与ももらっていた。番田さんはアゴを使ってパソコンを操作したり、小さいながら声を発することができた。遠い盛岡の病床からオリヒメを通して東京のオフィスにいる吉藤さんと会話したり、スケジュールの管理をした。また、吉藤さんの講演にオリヒメで参加し、観客のみんなにメッセージを届けることもあった。それが番田さんの生きがいとなっていた。
番田さんは昨年、亡くなった。28歳だった。
4歳のときに事故にあって寝たきりになってしまった番田さんは、ずっと病院のベッドで過ごす毎日・・学校にも行けず、友達もいなかった。吉藤さんに対して「”一日でも長く生きるために今日は何もするな” と言われ続けてきた人生だった。心は元気なのに、何もさせてもらえない・・それは”生きた”と言えるのだろうか」そして「明日死んだとしても、今日やりたいことをしたい」と語ったと言う。番田さんはオリヒメとしてテレワークでオフィスに出社し、「自分が必要とされているということが伝わってきて嬉しい」「心が自由なら、どこへでも行って、なんでもできる」と語っていた。
この日の講演でも、番田さんが生前、オリヒメを通じて聴衆に対して話してきたメッセージの録音が会場に流れた。
「生きる意味とは人と繋がることでみつかるのです」
「分身ロボットのオリヒメがあれば、ベッドから動けない人も、授業に参加したり、大切な人の大事な瞬間に参加できるのです」
消え入りそうな声ながら、病室の孤独感から来るつらさ、分身ロボットを通じて人と繋がる楽しさ、自分でも何かの役に立てるかも知れないという希望が、番田さんのメッセージから伝わって来た。それに呼応して会場の何人かが手にしたハンカチで涙をぬぐった。
視線入力システム「OriHime-eye」
「ALS」という難病がある。筋萎縮性側索硬化症とも呼ばれ、身体の筋肉を動かすことができなくなり、四肢はもちろん顔の表情も作れなくなってしまう。やがて呼吸器がなければ生命を維持できなくなる。その時、日本人の約7割の人が呼吸器を付けることを拒否すると言う。それは自ら死を選択することを意味する。家族に迷惑を掛けたくない、自分は誰の役にも立つことができない、生きている意味がない、そう考える人も少なくない、と吉藤さんは悔しそうに語る。
オリィ研究所は視線だけで文字を入力したり、ロボットの操作ができるシステム「OriHime-eye」を開発した。これを使えば、身体を動かすことができないALS患者も、画面上の文字盤をみつめることで文章を作り、オリヒメを通じて自分の思いやメッセージを伝えることができる。「ぱたぱた」というボタンを見るだけで、オリヒメは手をパタパタとさせる。周囲の人に「うれしい」気持ちを伝えることができる。
身長120cm、移動できる分身ロボット
オリィ研究所は、身長120cmの「OriHime-D」も開発した。関節用モータを14個内蔵し、前進後退、旋回の移動能力をもつ。片手をまっすぐ伸ばした状態で500gのペットボトルを保持することができる。同様に、ある程度の重さのものをつかみ、運ぶことができるほか、自由なモーションをプリセットしてボタンにより再生や実行することができる。スピーカーも大型のものを内蔵し、周囲に人の多い空間でも操作者の声を伝え、会話が可能となっている。
同社はオリヒメを操作する人を「オリヒメ・パイロット」と呼ぶが、実証実験ではALS患者のパイロットの人が「OriHime-D」を使って、人を出迎え、コーヒーを運び、差し出すことが実現した。
店員はみんな「OriHime-D」、リモートワーカーが接客するカフェ
いま、オリィ研究所は次のチャレンジに挑もうとしている。ALS患者をはじめとして、身体的、精神的、環境的に社会に出られない人たち数十名がリモートワーカーとなり、3〜5基の「OriHime-D」を操作して店員になるカフェ「DAWN ver.β」を成功させることだ。カフェの名称である「DAWN(ドーン)」は日本語で「夜明け」を意味する。
カフェは、2018年11月26日~30日と、12月3~7日の合計10日間だけオープンし、「OriHime-D」は来店客を出迎え、会話を交わし、注文を聞き、商品を運ぶことが予定されている。リモート操作するのは病室や家から出られない人たち。社会に接し、参加する貴重な機会になる。
オリィ研究所はこのカフェのプロジェクトを支援してくれる人や、この取り組みに賛同してくれる人たちをクラウドファンディングで募集している。その先には同社が描く「2020年には寝たきりの人達でも当たり前に社会に参加している未来」があり、このカフェはそのはじまりだ。
吉藤さんは「生きがいをなくし、絶望の中で去った人の家族から”もっと早くオリヒメを知っていたら・・”と言われることがつらい。分身ロボットとその存在の意義はまだまだ知られていない。ひとりでも多くの人にこの活動を知ってもらい、深い孤独感から解放されて一人でも多くの人が社会に参加することができる世の中にしたい」と語った。
NTT東日本はテレワークで「OriHime」を活用中
NTT東日本グループが「ICT × 障がいについて考える」講演会および体験会において、オリィ研究所と連携したのはどんな経緯があったのだろうか。NTT東日本は実は既にオリヒメを導入してテレワークを実践している。主に、介護や育児などの理由で通勤が困難な社員を中心に、オリヒメでテレワーク勤務が行われている。
また、オリヒメはテレワークだけでなく、ここまで解説してきたように障がい者支援の側面も持っている。NTT東日本グループは日頃より「心のバリアフリー研修」を行っていて、ICT関連企業として障がい者を支援する方法を模索してきた。その一環として分身ロボットの意義をグループ社員みんなで考えようと言うことで、吉藤さんの講演を聴き、システムを体験しようということに至った(NTT東日本 吉宗さん)。
NTTと言えば最先端のICT技術の研究・開発でも知られている。NTTが研究しているさまざまな最先端技術が、オリィ研究所の知見や技術と組み合わさって、素晴らしいアイディアに発展することを今後も期待したい。
NTT東日本では、社内グループだけでなくクライアントを含めて社内外を問わず、障がい者支援の講演会や体験会を実現していく方向で検討していきたい考えだ。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。