【IoT業界探訪Vol.26】アメリカから来たスマートロック「SESAME」が考える『日本の使い方』
現在クラウドファンディングサイト「MAKUAKE」で8000万円に迫る資金を調達している注目プロダクトがある。
それはCANDY HOUSE社の「SESAME mini」というスマートロック。アメリカのクラウドファンディングサイト・Kickstarterで2015年に140万ドル(約1億5千万円)を集めた「SESAME」を日本向けに改良した製品だ。同社が進出するのは、日本がアメリカに次いで2カ国目となる。
スマートロックの激戦区でもあるアメリカでも注目を集めた「SESAME」の“後継機“は、どのような製品なのだろうか。そして、なぜアメリカに続く販売国として日本を選んだのだろうか。
CANDY HOUSEのCEO・Jerming Gu(ジャーミン グー)さんに質問をぶつけてみた。
スマートロック、SESAME miniとは
名称 | SESAME mini (セサミ ミニ) |
---|---|
価格 | 99,800円 (Makuake限定価格) |
本体サイズ | 57×92.7×54.5mm(幅x奥行きx高さ) |
重量 | 107g |
電池寿命 | 510日(10回/日稼働) |
使用電池 | Panasonic CR123A(同梱) |
対応OS | iOS8.0以降 Android 4.3以降 |
暗号方式 | AES-256-GCM TLS1.2 |
API | 公開 |
外部デバイス対応 | AppleWatch Alexa Siri IFTTT Google Home/Assistant |
Watch連携 | Apple Watch |
解錠方法 | アプリ操作、手ぶら解錠、ノック解錠(iOSのみ) |
ダッシュボード機能 | 有り |
取り付け方法 | 両面テープ |
鍵シェア | 可能 |
2016年に出荷開始して以来2年半の間、競争の激しい米国市場で生き残ってきたスマートロック、SESAMEが日本市場に参入してきたのは昨年11月のこと。
そして米国の大きいサムターン(錠前のツマミ)にあわせた仕様から、日本のサムターン向けに最適化され、再登場したのが現在MAKUAKEでファンディング中のSESAME miniだ。
その大きな特徴は5つ
1.出荷開始から3年、累計出荷台数5万台を販売する中で磨かれた機構、アプリをほぼそのまま搭載したことによる高い信頼性
2.日本の鍵のサイズに合わせたことや、3Dプリンタによるアタッチメントの制作により、日本で流通している約1000種類の鍵に対応した点
3.後付タイプで起こりやすい、両面テープの脱落事故を軽量化により減少させた点
4.高いセキュリティレベルを保ちつつも、APIを公開し、様々なサービスや機器との連携が可能な点
5.部品の共用化などによりコストを低く抑えた点
となる。
SESAMEの特徴とこれまでの歩み
Kickstarterでの発表から3年を数えるSESAME。
その開発の経緯や、これまで米国市場を生き抜いてきた中で身につけたSESAMEならではの特徴などについて聞いてみよう。
編集部
SESAME miniをはじめてみましたがすごく良さそうですね。
以前のものに比べてサイズ的に使いやすくなったのと、日本仕様品なのに買いやすい価格を維持しているところがとても良いとおもいます。
ジャーミンさん
ありがとうございます。
以前からあるUS版の設計を継承しているので、安価に作れているんです。
もともとアメリカで一般的なサムターンのサイズに合わせただけで、かなり余裕のある設計だったので日本向けのSESAME miniへとスピーディに対応することができました。
編集部
そうなんですね。
SESAMEのお話が出たので、以前から気になっていた点を聞かせてください。
アメリカ製のスマートロックは、錠の部分を分解して交換したり、後付けするにしても、ドライバーを使って取り付けるのがほとんどですよね。
DIY文化が当たり前なのに、あえて両面テープでの固定になっているのはなぜですか?
ジャーミンさん
それは、私がSESAMEを最初に作った時の環境のせいですね。
SESAMEは、私がスタンフォードに留学した時に学生寮のドアをスマートロック化したかったので作ったのが始まりだったんです。
ただ、寮の規則で「ドアの改造」は禁止されていたので、貼り付けるタイプのスマートロックを3Dプリンタで自作して取り付けたんです。
これが、思った以上に便利だったので、皆さんにつかってもらおうと、Kickstarterに出品した、というのが制作の経緯ですね。
編集部
SESAMEが生まれるきっかけが寮の規則だったとは思いませんでした。
たしかに3Dプリンタでスマートロックを作ってしまうような人でもDIYできないような理由としては納得できます。
日本は賃貸物件の原状復帰義務が厳しいこともあって、両面テープで取り付ける商品が主流なのですが、生まれたきっかけは似ていますね。
ジャーミンさんは日本のスマートロックをみてどんな感想を持ちましたか?
ジャーミンさん
生まれた経緯が似ていることもあって「兄弟」のような商品だと思っています。
ただ、API連携についての考え方は大きく異なります。
私達はAPIを公開することによって、様々なビジネスオーナーの方々にSESAMEとの連携を試していただき、新しいビジネスに対するイマジネーションを広げてもらうことを重要視しています。
APIが公開されていると、プロトタイプを作るための敷居が大きく下がります。そのため多くのプロトタイプが生まれ、その中から本格的にコラボレーションする相手を選んでいくことができます。
すべてのサービスを自社で開発することができない以上、このようにコラボレーションが発生しやすいプロセスのほうが、優れたサービスも生まれやすいと考えています。
この考えはシリコンバレーでも主流になっていますね。
編集部
そうなんですね。では、APIを使うことによって具体的にはどのようなサービスと連携した事例があるんでしょうか。
ジャーミンさん
海外での事例になりますが、ホテルのドアに設置して、部屋の稼働状況や来客対応をするQUICKSTAY社さんや、ルームクリーニング業と連携したgroundsgroup社さんの事例などがあります。
また、不動産紹介業者のKnock社さんは、物件にSESAMEを設置することで物件の管理や案内のコストを下げ、居住者にはスマートハウスを提供する、という形で利用しています。
日本で現在進めている事例に関しても近々で公表できると思います
編集部
なるほど、B2Bの事例が多いですね。
APIが公開されていることによって一般ユーザーが直接メリットを感じられるような点はどのようなものがありますか
ジャーミンさん
私達はセキュリティレベルを高く保ちながらも、様々な手段で鍵を開けていきたいと思ってます。
Google AssistantやApple Watch、Siri、AlexaやGoogle Homeなどの大きいプラットフォームに関してはAPIなしでも対応していますが、これから連携を試してみたいと思っているデバイス開発者、サービス開発者の方が参入しやすい点はメリットと言えますね。
例えばスマートドアホンや顔認証サービスと連携して、スマホを使わずに解錠する、なんてこともできるようになるかもしれません。
編集部
スマホアプリ以外の解錠手段が出てくるのは使うのが楽になっていいですね。Watch対応やスマートフォンのVUI機能など、解錠するまでの手順が少ないものは使いやすそうです。
ジャーミンさん
「スマホを取り出し、アプリを立ち上げ、操作」という手順を少しでも減らせるのは大きなユーザーメリットだと思っています。
日本でもVUIがもっと一般的になってくると、便利さを実感する人が増えるかもしれませんね。
編集部
たしかにそうですね。
では、そういう日本ならではの問題に関して、SESAMEがどのように対応しているのかについて、うかがわせてください。
SESAMEと日本の付き合い方、IoTスタートアップにとっての日本とは
大学寮の一室から世界に向けて発表されたSESAME。
アメリカから飛び出した次の着地点として選ばれた日本での売れ行きも上々だったという。
日本を第二の販売地として選んだ理由と、多くの輸入商品が直面する「日本市場の難しさ」への対応について聞いてみよう。
編集部
最近、ネット上のニュースを見ると、アメリカや中国の勢いに比べて日本の不甲斐なさを指摘する記事が多く見られます。
そんな中でアメリカの次の販売国に日本を選んだのが意外でした。
その理由は何でしょうか。
ジャーミンさん
簡単に言うと、日本が好きだからです。
子供の頃から様々な分野で世界一の製品を輩出していた日本にたいして憧れがあり、アメリカに留学する前にも日本文化を勉強するために、大阪に留学していました。
編集部
たしかにジャーミンさんの出身地、台湾は親日的な国ですし、日本のコンテンツが多く見られたりと親近感を持っていただけるのはわかります。
では、ビジネス的な意味はそれほどなかったんでしょうか。
ジャーミンさん
いえ、そんな事はありません。
日本で展開することの意味はいくつかあります。
そのうちの一つが優秀なデザイナーやクリエイターの存在です。
先程日本文化を勉強するために留学した、と言いましたが、その時に大阪を選んだ理由は、奈良や京都と距離が近く、古来からの日本の文化を体感しやすかったからです。
そのとき感じたのは、アジアの文化の源流となった中国の文化のコアな部分を体験しようと思った場合は日本のほうが適しているのではないか。ということでした。
特に中国では古くからの文化はかなり失われてしまっていますから。
そして、これは留学してから数年アメリカで生活してきた中での、私の個人的な感想なのですが、そうした東洋文化のバックボーンに支えられつつ、欧米からの文化にさらされているという理由から、日本のクリエイティブは洋の東西を問わず受け入れられやすいものになっていると思っています。
編集部
その視点は初めて聞きました。
日本のクリエイターにとっては非常に勇気がでるお話ですが、どうしても欧米のデザイン方が上質、という先入観が抜けないですね。
ジャーミンさん
ありふれているからわからないだけで「伝える」ことを意識したデザインの基礎的なレベルが非常に高いと思っています。
たとえば、参考書を比べただけでもわかりますが、文字や数式だらけの英語の参考書などに比べて、日本の参考書は絵や図解を効果的に使ってすごくわかりやすく書いてあります。
こうしたものに触れながら育ってきたデザイナーさんの実力は高いと思いますよ。
弊社HPでグラフィックを担当していただいた徳間貴志さんとお仕事をしたときにも感じたのですが、統計データを美しく、興味を引くようにデザインするクォリティは目を見張る物がありました。
編集部
たしかに、最近のガジェットは、説明書を読まないでもわかるようなUIになっていることが非常に重要視されています。
そんな中で、洋の東西を問わず伝わりやすいデザインができるとしたらものすごい強みですね。
今後、世界的な商品のUIなどに日本のデザイナーが起用されていくとしたら、とても楽しみです。
他にも日本を買ってくださっているポイントはありますか?
ジャーミンさん
サポートクォリティの底上げにたいする期待があります。
日本の一般大衆のレベルは平均して高い、これに対してアメリカや中国では非常に幅があります。
普段暮らしていて、理不尽な目に合うこともほとんどなく、一般的な常識をわきまえている人が多い。
そういう人たちのサポートができなかったとしたら、世界的に展開するB2Cプロダクトはとても作れないでしょう。
編集部
それはわかる気がします。
しかし、日本人しかこだわらないような部分に対するケアなどから過剰品質に陥ることはありませんか?
ジャーミンさん
たしかに、アメリカでは一度も指摘されていないようなお問い合わせもありました。
ハードウェアに起因するものだったのですが、個別対応ではなく、工場と相談して組付け精度をあげることで対応しました。これによって、商品全体としてのクォリティが向上したと思っています。
こういった細かいところにも目を向ける日本の消費者に鍛えられる事をプラスに捉えています。
他にも、取扱説明書やIFTTT連携の手順などのドキュメント類も、アメリカでは必要ありませんでしたが、日本では、同梱の説明書やアメブロでの解説などで丁寧にケアしていますね。
FacebookのSESAMEのファンページや、Twitterのハッシュタグでは私が見てコメントすることもありますし。
このようにユーザーと近い距離を保つことによって、積極的に情報を吸い上げています。
ジャーミンさん
カスタマーサポートもエンジニアも私も日本にいるので、必要だと思った機能やサポートはどんどん追加していく改善のサイクルがうまく回っていると思いますね。
これを継続することで製品やサポートの質があがり、SESAMEがより普遍的なプロダクトへと変わっていくでしょう。これは世界中のお客さんのためになることです。
編集部
その活動を続けてきた中で、なにか具体的な手応えがあったら教えてください。
ジャーミンさん
たとえばユーザー層の変化などが挙げられます。
アメリカではスマートロックのような商品はまだまだギークのもの、という印象が強いです。
こちらの図を見るとわかりやすいですが、アメリカの中でも保守的な人が多い中西部はSESAMEのユーザーが少ない。
しかし、日本では一般的にIoTやテクノロジーに強くないと言われる女性なども購入し始めています。
編集部
それは意外でした。
でも、日本で購入している女性がギークでないというのはどこからわかるのですか?
ジャーミンさん
ギーク層の方がスマートロックを買った時にすることは『遊ぶ』ことです。
例えばIFTTTやSiriと連携させる。そういったことに挑戦して楽しむ。
なので、SNSなどで出てくる話題などは技術的なお話が多い。
しかし、普通の方は実用品として使うために購入するわけです。
それを強く感じたのは「鍵で開けた時の履歴や通知」についての話題が多かったことからでした。
働くお母さんが、子供が無事に家に帰ったかをしりたい、という欲求からきています。
スマホを持ってないお子さんはまだまだ多いですからね。
すごく普通の欲求で技術的なハードルに関することは特にありませんが、これこそが『普通の生活の中にスマートロックが受け入れられている』証拠なのだと思っています。
編集部
なるほど、日本では携帯電話の普及に女子高生が一役買った、というお話もありました。
IoT機器のようなテクニカルなものでも自分にとっての利点があれば、使いこなして生活の中に取り込んでしまうという土壌が有るのかもしれませんね。
「普通のお母さんが子供の帰宅をスマートロックでしる」という使い方を見つけることができるのは、どこかSFチックだと言われる日本市場ならではなのかもしれない。
そういう使い方ができる「一般大衆の平均的なレベルが高い」市場で、ユーザーとコミュニケーションし、新たな商品価値を見つけられるのが日本市場の良さかもしれない。
SESAMEをささえる開発、生産環境とは
アメリカという厳しい環境を生き抜き、世界的な商品へと至るステップとして、日本を舞台に選んだSESAME。
普遍的な価値を持つスマートロックを使いこなし、『未来のごく普通なIoTライフ』を使い始めた日本の主婦達の生活力をみると、その狙いは正しかったことがわかる。
しかし、そのような『ふつうの人』に使われはじめることで一つの問題がでてくる。
「IoTスタートアップだから」「出たばかりの商品なので」というような甘えが通用しない、厳しい目にさらされ始めるのだ。
特に、「鍵」という誰もが使う実用品分野ではその目は一層厳しくなる。
しかし、今回の日本仕様品、SESAME miniの開発では、その厳しいハードルを乗り越えたようだ。
年末に発売されたUS版SESAMEも、日本向けにマイナーバージョンアップしたものだったというが、そこから得た知見はさらにSESAME miniは設計、生産工程に反映されて開発されている。
次回はそのスピーディな開発サイクルを支える台湾の製造業エコシステムについて紹介しよう。