医療分野で既に実績を残し、最も期待されているロボットと言えば「da Vinci」(ダビンチサージカルシステム)の名を挙げる人は多いだろう。2017年にダビンチを使って行われた手術(症例)は世界で約87万5000件。前年比16%増と大きく伸びている。
こんなダビンチだが、医療従事者でなければ名前は知っていてもどのようなロボットで、どんなメリットや課題があるのか、導入や活用事情を詳しく知る人は少ない。
そこで、既に2011年頃からダビンチを導入し、2018年5月末時点で1,000件の手術を行ってきた聖路加国際病院の協力を得て、ロボット手術の実状と実態にせまっていきたいと思う。
ダビンチは腹腔鏡手術で医師が操作するロボット
ダビンチは医師の代わりに手術を執刀するロボットではない。医師が腹腔鏡手術(胸腔鏡手術)を行う際に操作するロボットだ。
聖路加国際病院の呼吸器外科で、ロボット手術センターの副医長をつめる小島医師はダビンチについてこう語る。
小島医師
ダビンチは主に、ガンやポリープなどを切除する「腹腔鏡手術」を支援するために使われています。特に導入が進んでいる米国では、今まで高度な技術とされている腹腔鏡手術がロボットを使うことで比較的かんたんに手術できるということが浸透してきて、泌尿器科や婦人科を中心に「開腹手術」からロボットによる「腹腔鏡手術」への置き換えが急速に進んでいると言われています。その割合は、10年前は約80%が開腹手術だったのに対して、最近では10%代まで減っているという調査会社のレポートもあるようです。
日本でも、保険が適用される泌尿器科の前立腺ガンなどの手術を中心に使われてきました。そこでは手術成績や機能温存に明確な成果が出たことで、ロボット支援手術を希望する患者さんが集中していることも報道されています。
「開腹手術」が主流だった米国では、ロボットを導入することによって「腹腔鏡手術」ができるようになり、ロボット導入のメリットが大きいというわけだ。しかし、日本の場合は実状が少し異なると小島医師は言う。
小島医師
日本では諸外国に比べて、ロボット手術のメリットが見えにくいのが実状です。というのも、以前より腹腔鏡手術が医師の手によって盛んに行われてきたからです。日本では、腹腔鏡手術を医師の手で手術を行うか、医師がロボットを使って手術をするか、という選択になります。ロボット支援手術になると医師の負担は大きく減って正確さも向上するものの、患者さんにとってのメリットが出しにくいのが実状でした。そんな中、今年の4月に保険適用の術式が増えたので、今後は患者さんにとって費用面の課題がなくなるため、私が担当する呼吸器外科でもロボット支援手術の導入が増えていくと予想しています。ロボット手術センターとしては「ロボット支援手術を取り入れていない外科病院は、今後やっていけなくなるのではないか」というつもりで準備をすすめています。
ロボット支援手術を取り入れていない外科病院は、今後やっていけなくなるのではないか。それほどまでインパクトがあるダビンチによるロボット支援手術の実際を更に詳しく知りたいと感じた。まずは「開腹手術」と「内視鏡手術」、「ロボット支援手術」の違いから解説しよう。
開腹手術と腹腔鏡手術
もし、手術を担当する医師から「お腹を大きく切る手術と、小さい穴をいくつか開けて行う手術と、どちらを希望しますか?」と言われたら、多くの人は後者を選択するだろう。
世界的に見ると、外科手術ではお腹や胸などを縦や横に大きく切って開き、手を入れて施術する「開腹手術」(開胸手術)が多く用いられる。開腹手術ではケースによっては手術による傷跡が大きく残ったり、手術による傷が回復するのに時間がかかることもある。
手術による傷の大きさを最小限に抑え、術後の回復期間も短くできるという利点があるのが「腹腔鏡手術」(胸腔鏡手術)だ。内視鏡手術と言った方が解りやすいかもしれない。腹腔鏡手術ではお腹に複数の比較的小さい穴を開け、内視鏡と鉗子やピンセット、尖刀等のアームをその穴からお腹などに入れて、カメラとアームを使って手術を行う。
なお、傷口が小さく身体にやさしい、早期に社会復帰できる手術を「低侵襲手術」と呼ぶ。
しかし、低侵襲の腹腔鏡手術には特別なスキルが必要とされる。鉗子や尖刀等の手術用の器具は真っ直ぐな棒状。内視鏡カメラで見えるモニターの限られた視界の中で、基本的には真っ直ぐな棒のアームを駆使して、血管など大切な周囲の組織を傷つけずに患部を切ったり縫ったりするのは繊細さが必要だ。そのため、腹腔鏡手術を行ったものの、状況によって手術の続行が困難だと医師が判断した際は、開腹手術に移行するケースもあると言う。
こうした背景もあり、細かで繊細なスキルが必要な医師の手による腹腔鏡手術は(手先が器用な)日本や韓国がリードしてきた。海外では腹腔鏡手術のメリットは理解されていながらもその難易度から一般的とは言えない状況だった。
腹腔鏡手術の難易度を下げるロボット「ダビンチ」
そこに登場したのがダビンチだ。最新型のダビンチXiは4本の腕を持ち、内視鏡と3つのアームを入れることができる。更にはそのアームの先端部分にいわば手首のように曲がる関節があって、医師の操作によってお腹の中で先端の向きを比較的自由に変えることができる。
ダビンチのITを使った最新技術はほかにも多々あるが、概要から言えばロボットを活用することで難易度の高い腹腔鏡手術の際の自由度が格段に向上する。手術の正確さを上げることができて医師の負担も減る。また、患部の周辺が狭すぎるなど、従来の手術では困難だと考えられていたケースであっても手術ができるなど、多くのメリットが注目されるようになった。
「泌尿器科」での実績が多数
ダビンチは現在「泌尿器科」での利用と実績が最も多い。その理由は泌尿器科の手術は骨盤の奥にある膀胱や前立腺など、極めて狭い領域での手術になることが関係している。アームの先に関節があって曲げられるため自由度が高く、更には3Dで立体視できるカメラシステム、手ぶれ防止機構など、さまざまな最新技術を使って大きな成果が得られることが、数々の実績で証明されてきたと言える。
これを受けて、日本でも早期からロボット支援手術が前立腺ガンや腎ガンなどでは保険が適用されてきた。患者の費用負担が少ないことも「泌尿器科」での実績が多いことの一因になっている。
ここで今度は、患者にとってのロボット支援手術のメリットをもう一度見てみよう。「腹腔鏡手術」は一般に出血量も少なく「低侵襲」で早い社会復帰が見込めるため、患者にとってメリットは大きい。ところが、既に医師の手と器具による従来の腹腔鏡手術が行われてきたため、あえてロボットを使って行う手術のメリットが見えにくい。また、多くの手術(術式)ではロボットの使用に保険が適用されてこなかったため、全額自己負担で手術代を多く払ってまでロボット支援手術を選択する理由が乏しかった。
一方で、保険の適用がある泌尿器科の前立腺悪性腫瘍手術などにおいては、医師の手による手術とロボットを使った手術の費用が変わらないため、今ではロボット使用が症例数が急増していて、ロボット支援手術が可能な病院が患者に選ばれる、という傾向にあると言う。
12術式でロボット支援が保険適用に
そして今春、その状況に大きな変化が起こった。2018年4月に12の術式においてロボット支援手術のメリットが認められ、保険適用となったのだ。それは泌尿器科に留まらず、多くの診療科でロボット支援手術の導入が加速する可能性を示唆している。
■ 従来から保険適用
腹腔鏡下
前立腺悪性腫瘍手術
腎悪性腫瘍手術
■ 2018年4月から保険適用に追加
胸腔鏡下
縦隔悪性腫瘍手術
良性縦隔腫瘍手術
肺悪性腫瘍手術
食道悪性腫瘍手術
弁形成術
腹腔鏡下
胃切除術
噴門側胃切除術
胃全摘術
直腸切除・切断術
膀胱悪性腫瘍手術
子宮悪性腫瘍手術
膣式子宮全摘術
※参考として掲載
詳細や正確な情報は専門誌等を必ずご確認の上、医師等にご相談ください
これが日本におけるロボット支援手術を取り巻く状況だ。
続いて、ダビンチの概要を写真を交えて見ていこう。普段は手術室で活躍しているダビンチを見られる貴重な機会だ。
ダビンチXi の構成
ダビンチは大きく分けて3つの装置で構成されている。ひとつは医師が操作するために着座し、ロボットアームやカメラで視界を制御するための「サージョンコンソール」だ(下写真のA)。コクピット(操縦席)とも呼ばれる。ふたつめは手術台の前に立って実際に手術を行うロボットアームを持った「ペイシャントカート」(B)。ダビンチが手術台の患者を手術するロボットだ。3つめは手術中のダビンチの3D内視鏡カメラ映像を最適化する「ビジョンカート」(C)だ。モニター画面はタッチパネル式。画面に指を当てて文字や矢印等を画面上に記入することができる。これによって、執刀医以外の医師や看護師と、画像を通してコミュニケーションをとったり、指示を仰ぐなどの利用方法が想定されている。
サージョンコンソール
ペイシャントカート
ビジョンカート
次回、後編はこうした背景をもとに、ダビンチの最新技術について解説を進めるとともに、泌尿器科で数多くのロボット支援手術を行ってきた聖路加国際病院の泌尿器科 部長・ロボット手術センター長の服部医師に詳しい話をお聞きして、ダビンチとロボット支援手術の実態に迫りたい。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。