ソフトバンク株式会社は11月末日、5GやIoTなどの新技術を実証する屋内トライアル環境として設立した「5G×IoT Studio」(お台場ラボ)のリニューアルを発表した。それに伴って記者説明会を開催し、ソフトバンクの5Gに対する考え、「5G×IoT Studio」の目的、デモの概要などについて解説した。
次世代通信技術「5G」は高速・大容量、低遅延(リアムタイム通信)、多接続という特徴を持つ。それらは次世代の社会のニーズを反映したものだ。今後は現在よりも更に高解像度の4Kや8K動画、VR映像や高精細なゲーム画面などの需要が高まると見て、「高速・大容量」性が要求されている。また、自動運転車やロボット、IoT機器などでは、レスポンスの良いリアルタイム通信が求められているが、これが「低遅延」性を意味している。5Gでは4Gの1/10のレスポンスが要求される。「多接続」性は例えば、IoT需要に対応するもの。膨大な数のIoT機器がネットに接続して同時に通信する社会になると見込まれているため、5Gでは1kmあたり100万もの機器が接続しても、迅速に通信できる環境となる見込みだ。
ソフトバンクでは2020年から5Gの商用サービス開始を予定している。農業をはじめとした第一次産業から医療など高度産業に至るまで、幅広い分野での活用が見込まれている。
大成建設とリアルハプティクス実験
そんな中で、「5G×IoT Studio」(お台場ラボ)では、他業種の企業との共創も重要なテーマとして掲げている。
例えば、大成建設との共同実験では力触覚伝達型遠隔操作システムと5Gの連携を確認している(お台場ラボで体験できる)。
遠隔操作によるロボットは建築業をはじめ、二次災害の恐れなどの理由で人が立ち入ることが困難が災害現場や、宇宙空間などでの実用が期待されている。他にも製薬会社や製造業全般、医療や介護でもニーズは挙げられている。
リコーと360高精細映像の通信実験
もうひとつが、高品質の映像とその通信技術だ。いよいよ4Kや8Kの高解像度放送が12月1日より開始されたが、高精細の映像をリアルタイムで通信するには5Gが必要だが、ソフトバンクはその共同実験を11月にリコーと実施した。リコーは360度映像が撮影できるビデオカメラ業界では「RICOH THETA」(シータ)などを開発・販売しているトップランナーだ。
リアルタイム映像ぼかし処理
船吉氏によれば、お台場ラボに来場した人に意見を聞くと、5G通信に対する最も大きなニーズは「映像」関連だと言う。例えば、リアルタイムぼかし処理に対するニーズ。高解像度になれば、街頭の通行人など、写り込む人たちの顔がよりはっきりと見えるようになり、プライバシーの問題が浮上すると見られている。また、街中の看板や企業ロゴの映り込みを効果的に消したいというニーズもある。
これらに対応するため、通行人など、写り込んでいる人の顔をリアルタイムに検知し、目の部分にモザイクをかける映像処理技術をカタリナが開発、お台場ラボでデモ展示を行っている。
これには5G通信とディープラーニング(AI関連技術)が利用されている。エッジコンピュータ(MEC: Mobile Edge Computingサーバ)上にAI技術を配置して高速処理を行う。
サイネージロボットとヒートマップが連動
このお台場ラボでは、ソフトバンクが製作した未発表のロボットが稼働している。
それは「Pepper2」でもなく、業務用掃除機でもない。ソフトバンクロボティクスではなくソフトバンクが開発中のロボットだ。それはLiDARやセンサーを搭載した自律移動型、相手の年齢と性別を理解するシステムと連携したロボットだ!
これはフューチャースタンダードのリアルタイム動線分析と連携しているシステムだ。まず、複数のカメラを設置してカメラが捉えた映像を元に映像解析プラットフォーム「SCORER(スコアラー)」を使用して「現場のヒートマップ」(人の分布図)を作成する。例えば、「部屋の左上には男性を中心に人が集中している」とか、右下には女性の分布が多いなど、リアルタイムに人の位置を割り出す。この解析処理はエッジコンピュータ上で行う。
ヒートマップができれば、人の分布が多いところに自律走行ロボットが向かう。自律走行ロボットの横と背面にはディスプレイ(サイネージ)が搭載されていて、性別と年齢層に合わせ広告を表示する機能がある。自律走行ロボットは近くにいる人が最も興味を持つだろうデジタル広告を表示するしくみだ。
これはソフトバンクロボティクスではなく、ソフトバンクが手作業で内製したロボットだ。左右の側面と背面に3つのサイネージパネル(ディスプレイ)が埋め込まれ、人が多いところに移動してデジタル広告を積極的に視界に入れてくる。
■サイネージロボットの動き
■ヒートマップ分析とサイネージロボットの連動のしくみ
エッジコンピューティングに注力する理由
お台場ラボに展示されているデモの多くは、5G通信だけでなくエッジコンピューティングとの連携を強調したものとなっている。
現在はクラウドコンピューティングが主流だが、地域の情報提供や即応性が求められる処理はインターネットを経由するため時間がかかるクラウドとの通信は向いているとは言いがたい。それよりも基地局に設置したエッジコンピュータで処理する方が即応性やレスポンス、高速性はいずれも向上するとされている。これがエッジコンピュータの大きな利点のひとつだ。
ソフトバンクの考えはそれを更に応用したものと言えるだろう。
例えば、エッジコンピュータ上に高性能なGPUを搭載して高速に処理することで、パソコンやスマートフォン、カメラなどの各機器に高性能なGPUを搭載する必要性は少なくなる。
3Dグラフィックスや高精度にCGを多用したゲームをなめらかな映像で楽しみたいと思ったら、現在はユーザーのパソコンとそれに搭載されたGPUの性能に依存することになる。スマホやタブレットでは高精細でなめらかな映像のゲームは難しい。しかし、エッジコンピュータのGPUが処理するしくみを導入することで、映像をリアルタイムに処理したり生成する機能をユーザーのスマホやタブレットの代わりに行ってくれるので、いつでもどこでもモバイル機器で高精細ゲームも楽しむことかできるようになる。高価なGPUをユーザーの機器が持っていなくても高解像度のグラフィクスが楽しめるようになる、というわけだ。
下の動画は2台のMicrosoft Surfaceを使った比較実験。一方のMicrosoft Surfaceは5G通信を介して、高性能なGPUを搭載したエッジコンピュータと連動していて描画の支援を受けている。その差が一目瞭然となるデモとなっている。
■NVIDIA-GRIDによる仮想GPU処理 5G実験
このサイネージロボットの例では、映像からヒートマップを作成したり、個々人の属性を解析する処理をエッジコンピュータが行うことで、ユーザーはパソコンやカメラに高機能なGPUを搭載することなく、高速な処理が提供されているのである。
エッジコンピュータはキャリアの回線網に
5Gとセットでエッジコンピューティングの普及を提案しているソフトバンクだが、では、すべての基地局にエッジコンピュータを併設するつもりなのだろうか。直接質問をぶつけてみた。
「そうとは限りません。エッジコンピュータは必ずしも基地局に置くわけではなく、ソフトバンクの回線網のどこかに設置することで高速でセキュアな通信と処理が提供できるようになる見込みです」(船吉氏)と語った。
なるほど、それならソフトバンクが唱える高速なGPUを搭載したエッジコンピュータによって、高度なコンピュータグラフィクスやAI関連の機械学習や解析の膨大な処理が高速化され、スマートフォンやタブレット、ロボットなどでも高度な処理が可能になる、という説明に納得がいく。
インターネットとスマートフォンが新しい通信の時代を切り拓き、4Gの普及によって個々人がスマホなどの通信端末を持つことができる社会が実現した。
次の時代「第四次産業革命」へは「5G」インフラがすべてのキーとなる。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。