Alexaスキル開発者向けのイベント「Alexa Dev Summit Tokyo 2018」では、Alexaとそのスキルがめざす未来とビジネス展望などが語られ、開発に関わるセッションも多数開催された。「出前館」等のように音声だけで注文から決済まで完了するスキルが紹介されたり、スキル内課金が日本でも近々に開始される発表などもあって、「いよいよスマートスピーカーや音声UIのビジネス活用が具体的に、かつ本格的に進みはじめた」ことを実感した。
そこでロボスタでは、Alexaスキルのビジネス活用をもっと詳しく理解するため、Amazon.com, Inc.のAlexa ボイス デザイン エデュケーション担当責任者をつとめるポール・カッツインガー氏にインタビューした。カッツインガー氏は音声UIの新たな可能性を広げるデベロッパーやデザイナーのメンターとして活躍、「Alexa Dev Summit Tokyo 2018」基調講演にも登壇し、そこではAmazon Alexaでビジネス・マネタイズする方法を解説した。Amazon.com入社前は、The Walt Disney Companyでゲーム事業に携わり、子供向け仮想世界のエンジニアリングで責任者を務めた実績を持つ。Alexa Voice Service(AVS)やAlexaスキル、各メーカーの機器とAlexaの連携、Amazonが学生向けに行っているサポートプログラム等について詳しい。
編集部
まずは、Amazon.comで担当されている仕事、イベント、プログラム等について教えてください
カッツィンガー氏
私は主にAlexaスキルの魅力や技術を皆さんに伝えたり、教えていく仕事を担当しています。
具体的には大きく分けて3つの領域があります。
ひとつはテクニカルドキュメント(技術資料)の作成です。Alexaスキルの根幹となる資料を作る業務です。
2つめはエヴァンジェリスト的な役割です。Alexaや音声UIの明るくワクワクするような未来についていろいろな場所で講演したり、コミュニティ作りなどをしています。
3つめはスキル教育向けのカリキュラムや教材作りです。ベストプラクティスを紹介したり、(プログラミングの)コードやデザイン、ビジネスモデルなどを解説しています。
編集部
STEM(STEAM)教育向けの担当もしていますか?
カッツィンガー氏
実践的なものを作ってみたいという年齢層に向けては主にハッカソンを主体に活動しています。ハッカソンでは学生たちを集めて、チーム編成をして「カッコよくて楽しいものを何か作ろうよ」と呼びかけます。
Alexaや音声UIの魅力とは
編集部
そんなカッツインガーさんから、まずは消費者に向けてAlexaや音声UIのある未来に向けてメッセージをください
カッツィンガー氏
Alexaを使ってもらうと、音声UIのワクワク感をきっとすぐに実感して頂けるでしょう。例えば、タイマーを設定するだけでも、今まではいくつかのボタンを押したり、時間を選択するなど、面倒な作業が必要でした。でもAlexaでは「アレクサ、3分タイマーをセットして」と話しかけるだけです。このように頻繁に操作する作業は特に、スマートフォンや家電のタッチやボタン操作に比べて、音声での操作ははるかに手軽でシンプルにできます。
編集部
音声UI(音声操作)の手軽さは体験してみるとすぐにわかりますね。活用法では如何でしょうか
カッツィンガー氏
音楽やトピックニュースを聞いたり、寝る前にヒーリングミュージックをかけるという人もいると思いますが、EchoなどのAlexaデバイスならそれらを話しかけるだけで簡単に行うことができます。普段の生活の中のひとつを、Alexaでまずやってみてもらえるとその簡単さと便利さを実感すると思います。そこから様々なことに拡げていって欲しいと思います。Alexaやスキルができることはどんどん増えていますから。
特にお気に入りのAlexaスキルは
編集部
今までカッツインガーさんが見てきたAlexa関連のスキルやサービス等で「これは面白い」と感じたものを教えてください。
カッツィンガー氏
Alexaはさまざまな用途と分野で使われ始めていて、その世界は大きく拡がっています。中でも、Alexaを使った具体的な事例としては特に「すごい」「面白い」と個人的に感じたものは、基調講演でも紹介されましたが「Distiny 2」の「ゴースト」との連携サービスです。テレビゲームの中の世界とスマートスピーカーが音声で繋がるんですから。
これからは個人向けのライフスタイルを反映するようなスキルやサービスが特に重要になっていくと思っています。
これはゲームタイトルと連携したスキルで、プレイヤーはゲームに登場するアシスタントとAlexaスキルを通して音声でコミュニケーションができる。例えばゲームのプレイ中に、Amazon Echoに音声で「最強の武器を装備して」「弾丸を装填して」と指示するだけで、ゲーム内の設定を変更することができる。
■ ゲームとAlexaスキルが連携する「Distiny 2」
「Alexaはビジネスに繋がるのか?」海外の事情は?
編集部
ビジネスの面で見るとAlexaスキルでマネタイズする方法が日本ではまだ確率されていません。そのため「Alexaはビジネスに繋がるのか?」と疑問に感じているリーダーも多いでしょう。
カッツィンガー氏
日本ではAlexaスキルとAmazon Pay決済を活用して、注文からマネタイズまで行える「出前館」さんのような事例が出てきました。基調講演でも紹介されましたね。このような市場はこれから拡大していくでしょう。
一方で、ビジネス面ではすぐに収益を上げるというよりはブランドや知財、キャラクターなど、自社やサービスの認知度を上げたいというニーズもあります。Alexaを通じて、消費者がリビングで、自社サービスに関わる新しい体験をして欲しい、というコンセプトで取り組んでいる企業もあります。
また、米国では既に始まっていますが、近い将来日本でもスキル内課金が可能になります。更にAlexaスキル開発を支援するアイリッジ社のように、エージェンシーとしてマネタイズする方法もありますので、決済や課金ビジネス以外の方法でも収益化に繋がる方法はあると考えています。
編集部
海外ではAlexaスキルの数が7万を超えたと基調講演の中で発表がありました。その中で情報提供するスキルや楽しむスキルと、実際にスキルで収益を上げている割合はどれくらいでしょうか
カッツィンガー氏
割合に関する情報は私の方では把握していません。
編集部
では、ダウンロードすることで課金するスキルは海外では既に存在していますか?
カッツィンガー氏
ありません。どれも無償で使いはじめることができます。スキルの場合、ダウンロードやインストールする必要もなく、「使いたい」と言えば使い始めることができます。例えば一週間使ってみて。これは自分にとって価値があるとユーザーが判断すれば(有料の)サブスクリプションモデルに移行したり、もっと多くの機能を使いたいと感じればアプリ内課金でアップグレードすることができます。
編集部
講演の中で解説された「ゲームの攻略方法やヒントをアプリ内課金で提供する」というアイディアは面白いなと感じました
カッツィンガー氏
講演で紹介したのは「エスケープ・ザ・ルーム」という部屋から脱出するパズルゲームです。
ゲームデザイナーが頭を悩ませることのひとつに「そのゲームの難易度をどれくらいに設定するか」という課題があります。難しすぎればユーザーは離れていくし、簡単すぎると面白くないと感じます。やり甲斐と攻略したときの達成度を感じてもらうためには、ある程度の難しさと攻略するための「ヒント」が有効です。友達に攻略のヒントを聞くように、スキルにヒントを聞くというしくみはとても面白いと私も感じています。そして、そのようなスキルは実際に増えてきています。
Alexa Voice Serviceの魅力は「スピード感」
Amazonは「Alexa Voice Service」(AVS)を提供している。AVSは家電メーカー等が短期間で自社製品をAlexa対応製品にできる開発キットとプラットフォームサービスだ。また、Amazonは米国でAVSの活用以外に、より容易にAlexaに対応できる「Alexa Connect Kit」(ACK)を家電メーカーに提供している。そのキットを使ったリファレンスモデルとも言えるAlexa対応の電子レンジを自社ブランドで発売した。価格は$59.99だ(執筆時点)。
「Alexa、コーヒーを温め直して」「Alexa、10オンスのライスを温めて」「Alexa、コーンを解凍して」のように音声で指示したり、「Alexa、ポップコーンを電子レンジで」と言うと「何グラムですか?」と返答して温める時間に必要な情報を聞いてきたりする。
編集部
カッツインガーさんは「AVS」も担当していますね。これは家電やウェアラブル製品などにAmazon Alexaを連携するデバイスメーカー向けサービスです。AVSを導入することの魅力とメリットとは何でしょうか
カッツィンガー氏
スピード感です。
まずメーカーにとっては開発のスピードです。AVSは製品にAlexaのエコシステムを簡単に連携させることができるサービスなので、自社製品を音声インタフェース対応にしたいと考えているメーカーにとっては短時間で開発して製品化することができます。
ユーザーにとってのスピード感とは操作が簡単になることです。電子レンジであれば、料理の素材を解凍したり、暖めるのに最適な温度や時間などを調べたり、多くのボタンを押して設定する必要があります。ユーザーにとっては覚えきれない情報や面倒な操作を簡単な音声操作でやりとりできるようになるでしょう。
継続した会話を実現する「ダイアログ・マネジメント」
Amazon Echoをはじめとして、スマートスピーカーの標準的な会話は一問一答式だ。しかし、実はスキルの作り方によっては継続した会話も可能だとされている。詳しく聞いてみよう。
編集部
例えば、冷たくなった昨日のシチューがここにあるとして、僕はAlexa対応の電子レンジに「このシチューを温めるのには、何ワットで何秒の設定が最適だろう?」と会話的に聞くこともできますか?
カッツィンガー氏
はい。スキルではまずは一方通行の会話が主ですよね。ユーザーが問いかけるとAlexaがその質問に回答する・・といった。しかし、「ダイアログ・マネジメント」によってそれが最終的には会話になっていきます。ユーザーとAlexaとの間の会話は、あるゴールに向かって交わされていきます。電子レンジなら、「それは何? どれくらいの大きさのもの?」「いま凍っている? それとも解凍されたもの?」など、一問一答を積み重ねて、情報を収集した結果、最適な設定温度と時間などの回答にたどり着きます。Alexaスキルでは極端なことを言えば、会話を継続させながら必要なだけこのやりとりを続けていくことができます。
編集部
そんなことが既にできるんですか?
カッツィンガー氏
スキルの作成方法によって、可能です。例えば、旅行のプランを決めてツアーを選ぶことを例にしましょう。「どこに行きたいの?」「東京に行きたい、家内が東京タワーを見たがっているんだ」「いつ?」「来週、娘達の学校が休みに入るからね」など、ひとつのゴールに向かって会話を継続しながら積み重ねていくことができます。更に人間の会話では今の例のように、質問とは異なる余計な情報も入ってきます、「学校が休みになる」とか。Alexaはその情報を選別して、必要な情報だけを蓄積していくことができます。
編集部
なるほど、でも一方で、今の例だと「東京タワーが見たい」「家内や娘達と行きたい」という、旅行のツアーブランに重要な情報があるのに聞き漏らしたり、もう一度聞くことになりませんか
カッツィンガー氏
スキルの構成にもよりますが、必要な回答の情報が予定より早く返ってきた場合、Alexaがそれに気付けばその情報をその会話に必要な情報として蓄積することもできます。そういうスキルの開発のやり方を私たちが教育・啓蒙活動しているのです。
編集部
電子レンジの例に戻りますが、例えば3社の電子レンジメーカーがいるとして、どれもAlexaと連携したいけれど、「音声会話の部分で他社より優れた情報を提供するものにしたい」と考えた場合は、特化した料理情報が提供できるようにAlexaをトレーニングすることも可能なのでしょうか。
カッツィンガー氏
スキルの作り方によって可能です。3社が3様に特徴を出すことができます。例えば、シチューを料理するのに優れた情報を提供する製品、お菓子を作るオーブン機能に特化した情報を提供する製品という具合にです。
ユーザーが利用しているデバイスが画面のない製品であれば音声だけで、画面付きのデバイスではあれば、音声に加えて画像や動画を表示して返答します。それと同じで、ユーザーのデバイスにあわせて提供する情報を変更することができます。車載機器向けのAlexaの場合は、自動車がいる位置、ロケーションによっても提供する情報は変える必要がありますよね。ただ、Alexaはひとつです。バージョンも同一のものです。スキルによってAlexaの反応が変わったり、提供する情報を変えることができますが、ALexaはどのデバイスでも同一です。
編集部
ひとつのメーカーが3つの電子レンジをラインアップするとします。廉価版は今のEchoと同じ対応をする標準的なAlexaと連携した機種、中レベルの製品は更に電子レンジの調理時間を回答したり相談できる会話機能を追加したAlexaと連携した機種、フラッグシップ機は更に豊富な料理全般の情報や有名なシェフのレシピも聞ける機種という風に、機種によってAlexaの回答できる内容が変わるといった差別化も可能でしょうか。
カッツィンガー氏
できます。機種によってスキルの機能を変えることが可能です。
CUTSINGERさん、今回はロボスタ読者のために貴重な時間を頂き、どうもありがとうございました。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。