「この一年間でとても進化したことを実感しました。自動運転バスの車両本体だけでなく、今回は信号など社外のインフラが連携してサポートするようになって、より安全性が高まった実感がある」
自動運転バスから降りた神奈川県の黒岩知事はそう語った。一年ぶりに江の島の公道を走る自動運転バスはコース上にある5つの信号機すべてと連携し、さらには交差点センサーと連携して右折も自動で行えるという進化を遂げている。今回の記事では最新技術と見どころを自動運転バス試乗レポートの交えて解説する。
2019年8月21日(水)から30日(金)まで、江の島周辺の公道において自動運転バスの実証実験が行われている。実施するのは、小田急電鉄、小田急グループの江ノ島電鉄、ソフトバンクグループのSBドライブで、神奈川県と連携する「神奈川県ロボット共生社会推進事業」だ。今年はさらにコイト電工とIHIが参加することになった。その初日に報道関係者向けの試乗説明会が開催された(一般の試乗モニターは26日から30日まで)。
(※冒頭の写真 左からSBドライブ株式会社 代表取締役社長兼 CEO 佐治友基氏、神奈川県知事 黒岩祐治氏、藤沢市副市長 宮治正志氏、江ノ島電鉄株式会社 取締役社長の楢井進氏 江ノ島水族館前のバス停で)
昨年より進化した注目のポイント
この実証実験は、ボートを使った競技「セーリング・ワールドカップ」シリーズ江の島大会の開催に合わせて行われるもので、昨年もここ江の島で行われた。昨年と比較すると走行する距離が約2倍の片道約2km延伸され、コース上にバス停が設けられた。
バス停の正着制御
バス停には正しい位置に自動で停車する「正着制御」技術が導入されている。さらには、従来から大きな課題となっていた路上駐車車両の回避も追加されている。
すべての信号と協調、右折も可能
なによりも大きい進化は、今回は黒岩知事のコメントにあるように自動運転システムと信号機が通信で連携していることだ(信号協調)。コース上にある5つすべての信号機が現在、赤・黄色・青のいずれの状態であるか、次の信号はあと何秒で変わるのかを自動運転システムは把握している。これによって、視界が悪い天候であっても正確に信号の状態がわかるだけでなく、急に信号が変わったことによる急ブレーキなどを防止することにつながり、自動運転の安全性をより高めている。
さらには人が運転する上でも最も注意を払う必要がある交差点での右折を自動で行うことができるようになっている。これは右折する交差点の高い位置に交差点センサーとして三次元レーザーレーダー「3DLR」を設置し、対向車を検知し、対向車がいない状況を判断して右折するシステムになっている。
信号協調はコイト電工、交差点センサーはIHIが技術協力している。
サービス面でも実証実験
今回の実証実験では自動走行面だけでなく、サービス運用面でも新たな取り組みが行われる。乗車時の「本人確認システム」と車いすなどの「乗降補助」だ。
スマホ画面で乗車スタンプ
「本人確認システム」は自動運転バスの試乗を事前予約した人をスマホのアプリを使って乗車時に確認するしくみだ。面白いのはデジタルスタンプを導入していること。実際のスタンプのような形状のものをスマホの画面に押し当てると画面上に江ノ電のスタンプアイコンが表示される。スタンプが曲がって画面に押されれば、アイコンもリアルに曲がる。
車いすやベビーカーの乗降補助
乗降補助は障がい者や高齢者、子供連れなど、車いすやベビーカーでの乗車を想定した実証実験だ。途中のバス停でスタッフが補助して車いすやベビーカーで乗降をサポートする。
遠隔監視(車内外)
また、昨年も行われていたが、車内外の安全を遠隔から監視する「Dispatcher」(ディスパッチャー)の運用も行われる。ディスパッチャーはSBドライブの自動運転バスの大きな特徴のひとつ。車内の複数のカメラ映像をAIと監視スタッフが監視し、車内で立ち上がったり、転倒している人など、異常を検知すると、AIがスタッフに通知する。スタッフは遠隔から車内の乗客に問いかけたり、会話することで緊急時の対応につなげることができる。
また、遠隔監視システムではバス車両の現在位置や車速などの情報がわかるほか、一部の部品故障なども把握でき、バスを遠隔から操作する機能もあり、安心な運行に寄与している。
■自動運転バスの試乗動画
ドライバーが乗っていないのが自動運転バスの完成形
昨年に引き続き、今年も自動運転バスに試乗体験した黒岩知事は「自動運転バスのシステムはあと何秒で信号が変わるかがわかっている。信号が急に変わってバスが急ブレーキをかけると車内の乗客への危険性が高まるので、このしくみはとても良いと思う。ただ、全般的にブレーキのかけ方は運転士さんが行うより少し強めだと感じた」と話した。
また、東京オリンピック開催までの目標を聞かれると「ドライバーが乗っていないのが自動運転バスの完成形。それに近い形まで進歩できることを期待したい」と語った。
小田急電鉄によれば、今回の実証実験は車掌を配置し運転士との2名以上での運行を行う予定だが、乗車時の自動化(本人確認システム)や乗降補助に関しても、運転士がいない将来の自動運転バス環境の実現を想定して、車掌スタッフが必要か、どこに何人が必要か等を検証していくという。
試乗して感じたこと
今回、試乗して感じたことだが、”条件さえ整えば”無人自動運転バスの実現は近いと感じた。今回の試乗では信号協調と交差点センサーとの連携の実現で、車両が交差する地点もより安全に走行できるようになった。バスのスタートも停車も自動、コース上の信号の状況をすべて把握、右左折も自動、バス停には正着制御で正しく停車、となれば、運転士は乗車しているものの、技術的にはほぼ全域で自動運転システムで走行できている。
もちろん課題となるのは不測の事態だ。横断歩道のない場所を渡る歩行者、横断歩道があっても信号を無視して渡る歩行者、車道を突然横切る自転車などは安全運転の大きな壁となって立ちはだかっている。しかし、裏を返せばそれらの障害は環境側が整備すべきことだともいえる。昨年は自動運転の運行に路上駐車が大きな課題となっていた。しかし、今回は道路わきにコーンを置いて路上駐車の車両を一掃したことで、運転士による手動運転への切り替えが大幅に減った。
SBドライブの佐治社長はこう話す。「各地で自動運転バスの実証実験をやっていて感じることだが、住民の方がバスの存在に慣れてくると、関心を持ってくれると同時に注意を払ってくれるようになる。無理な横断をしないなど、環境面での協力があると実現性は大きく変わっていくだろう」。
地域や街によっては、自動運転バスや安価で気軽に利用できるモビリティの実用化を望む声は大きい。BRTなどのバス専用道の導入からが早そうだが、一般道路でも歩道と車道を安全策で分けたり、路上駐車を排除するなど、町や公共団体が環境面で連携できるかどうかによって、この先の実現性に大きく影響しそうだ。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。