ロボスタではNTTドコモのAI予測技術を3回にわたって特集、今回はその第2回。
通信事業者はそれぞれの基地局の範囲内に自社のユーザーがどのくらいいるのかをリアルタイムで把握している。これを活用すると、どこにどれくらい人たちが集まっているかがわかる。その情報をAIで分析することで、タクシーの需要予測や配車の効率化、自転車シェアリング、健康促進、ストレス改善等に活かすことができる。前回に続き、今回もNTTドコモのサービスイノベーション部を取材、AIデータ分析とアナリティクスの現場に迫った。
(※冒頭の写真:左から、株式会社NTTドコモ サービスイノベーション部 第2サービス開発担当ドコモAIスペシャリスト石黒慎氏、先進技術研究所 プラットフォームシステム研究グループ 研究主任 博士(工学) / ドコモAIスペシャリスト 落合桂一氏、サービスイノベーション部 無線アクセス開発部 無線ネットワーク方式担当 丸山翔平氏)
人の数と流れを把握するモバイル空間統計
NTTドコモに限ったことではないが、各通信事業者(キャリア)は自社の携帯電話(スマートフォン)のユーザーがどの基地局の通信エリア内にいるかを把握している。これを集計すると、個人を特定できる情報は除外するとしても、いつ・どの地域にどれくらいの人がいるのか、性別や年齢別など属性別にリアルタイムでわかる。これをドコモでは「モバイル空間統計」と呼んでいる。このビッグデータを活用できることは通信事業者の大きな強みだ。
例えば、会場やホール、スタジアムや公園などに人が集まっていれば、イベントが開催されていることがリアルタイムにわかる。また、蓄積したデータを解析すれば、通勤時間や昼食時、週末など、特定の駅周辺や地域における人の流れが、属性ごとにわかる。天候が人の流れにどのように影響するかも把握できるだろう。
タクシーのリアルタイム需要予測「AIタクシー」
この貴重な情報からなるリアルタイム移動需要予測技術を、タクシーの集客に利用するのが「AIタクシー」だ。AIを使って、人口統計データとタクシー運行データなどから、未来のタクシー乗車台数をエリアごとに予測して提供する、ドライバーから見れば「どの地域に行けば、タクシーを利用したい顧客に会いやすいか」という情報を提供してくれる。
2018年2月に日本全国でサービス提供を開始し、東京23区、武蔵野、三鷹の東京無線タクシーと名古屋市のつばめタクシーグループを皮切りに、現在では、大阪市、熊本市、福岡市といった政令指定都市や地方も含め、全国12の都道府県にて提供実績がある。
編集部
AIタクシーのしくみを教えてください。地域ごとの人数や流れが解るのでしょうか
石黒氏
「モバイル空間統計」の一種である人口分布統計のリアルタイム版(近未来人数予測)(以下、「リアルタイム版人口分布統計(近未来人数予測)」と呼ぶ)は、GPSを使うのではなく基地局のセルの中に何人の人がいるかをリアルタイムで分析します。もとになるデータはドコモの利用者の数ですが、統計局の人口推計情報とドコモの携帯電話の普及率に基づいて換算することで、日本全国規模で250~500mメッシュごとの人口を推計することができます。このシステムを交通の分析に活用しようということで始まったのがタクシーの需要予測「AIタクシー」です。
編集部
期待できる効果を教えください
石黒氏
ひとつは「ドライバーごとの実車率のばらつき解消・底上げができる」ことです。AIが先読みした需要予測に基づいてタクシーが先行して向かうので、各ドライバーの運行を効率化し、「タクシー事業者にとって収益向上に貢献」します。従来、実車率はドライバーの経験や勘に左右されるところが大きかったのですが、経験が浅かったり、慣れていない地域でも効率的に利用顧客と結び付くというメリットがあります。
また、ドライバーには得意なエリアと不得手なエリアがあります。例えば普段、渋谷エリアで営業しているドライバーが顧客を乗せて荒川区へ行って降ろすと、その周辺は不得手なエリアかもしれません。しかし、AIがタクシー需要が多いところ、それも駅前のこのポジション、といったように細かい範囲で教えてくれれば、利用客と出会えるチャンスは増えるでしょう。
次に「電車遅延やイベントなどの非日常的な乗車需要増にすばやく対応できる」ことです。リアルタイム版人口分布統計(近未来人数予測)は、普段はどの地域にどれくらいの人口がいるのかという統計データのほかに、イベント等によって普段とは違う人口集中が起こっていることを知らせます。実はイベントなど、普段とは異なる人口集中時のほうがタクシーの利用が増える傾向にあることがわかっています。
最後に「利用顧客のタクシー待ち時間を短縮する」ことです。タクシーを待っている顧客が多いところにリアルタイムな情報に基づいて多くのタクシーが前もって配車されれば、利用顧客にとっては待ち時間の短縮になることが期待できます。
タクシーのドライバーは、マップ上の地域ごとに表示される利用顧客予測人数を見て配車できる。具体的には次のような情報がオンラインで提供されている。
営業区域内500m四方ごとの、タクシー乗車台数の予測値
乗客獲得確率の高い100m四方のエリアの情報(ホットスポット推定)
乗客獲得確率の高い進行方向
普段よりも人口が多い500m四方のエリア情報
※セルの範囲は500mごとに区切られ、さらには顧客が待ちやすい場所や進行方向を100m単位でホットスポット推定するため、利用顧客と出会う機会が得やすい
石黒氏
AIタクシーでは、データの統計を人手で行うのではなく、タクシーのデータや天気のデータ、地域にまつわる諸データに関わる相関関係をAIが発見して、将来の需要予測をする点が面白いところです。
編集部
例えばベテランのタクシードライバーも気づかない、AIだから予測できる、といったものはあるのでしょうか
石黒氏
シンプルな例として「どこでイベントが起こっているか」ということを伝えるだけでも効果はあります。イベント会場の近くではタクシーの利用顧客も多いだろう、ということはわかっていても、ドライバーが常にイベントの開催情報を把握しているわけではありません。また、地域の中小規模のイベントなどは開催されていることすらわからないことの方が多いでしょう。「リアルタイム版人口分布統計(近未来人数予測)」によって、人がたくさん集まっているという情報だけでも価値があります。また、電車のトラブルや大幅な遅延の際など、駅前に利用顧客が溢れることがありますが、そういった突発的なことにもすみやかに対応できます。
実証実験の際の成果では、ベテランや新人に限らず、このシステムを使ったドライバーのほうが実車率が上がり、一日に一人のドライバーあたりの売上が約1,400円向上した。タクシーを運営する企業にとっては大きな違いになるだろう。
自転車のシェアリング交通需要予測技術
ドコモの「モバイル空間統計」では、リアルタイム版人口分布統計(近未来人数予測)を使い、自転車シェアリングサービスにおける自転車再配置作業の最適化をめざす実証実験を千代田区、港区、新宿区で行うことを2018年11月に発表している。
これは「シェアリング交通需要予測技術」と呼ぶもので、ドコモ・バイクシェアの自転車利用実績データなどを基に、ドコモが開発したAIデータ解析技術を使って、貸し自転車の再配置計画の最適化を行うものだ。
一般のレンタサイクルの場合、自転車を借りる場所と返却する場所(サイクルポート)は同じか、あらかじめ2〜3箇所に決められている。しかし、ドコモ・バイクシェアは広域に多数のサイクルポートが設置されていて、どのポートで借りてどこで返却しても構わない。ユーザーにとってはとても自由度が高く利用しやすい。
しかし、運営する側は自転車の在庫台数を管理し、調整する工夫が必要となる。そこで需要予測が必要になる。それは自転車の在庫切れや溢れといった大きな課題にも関連する。返却が多いサイクルポートから、在庫が少ないサイクルポートへは、再配置作業者がトラックで自転車を運んで補填し、調整を行っている。その際もこれからの利用台数を予測しないと適切な配置ができない。しかし、気ままに借りて返すユーザー数の予測など、実際にできるのだろうか?
石黒氏
ユーザーがどこで借りてどこで返却するのかといった行動には、ある程度の周期性があるので予測ができます。また、イベント時の周期的ではない高需要についても、AIタクシーのシステムと同様にリアルタイムな人口情報を用いることで需要予測の精度を高めることができます。
ドコモのモバイル空間統計のリアルタイム版人口分布統計(近未来人数予測)とドコモ・バイクシェアの自転車利用実績データ、時間、天候、季節などの周期的な変動傾向、さらに地域の特性、周辺施設(POI)データ等を組み合わせることで、サイクルポート単位での将来の自転車の貸し出し需要、返却需要をモデル化します。それを使って、その時点から12時間後までの1時間ごとの各サイクルポートの利用可能自転車台数を予測します。それが予測できれば、必要な在庫台数が出るので、再配置を行うべき自転車の台数と配置先の再配置計画を生成して再配置作業者に提供するという流れです。
時間帯によって、どのポートで借りた自転車がほかのどこのポートに返却されるかということは基本的な統計と確率をベースにして予測することはできます。例えば、通勤時間であれば、豊洲のタワーマンション付近のあるポートで借りた自転車は豊洲駅近くのポートに返却されることが多いなどです。そこにほかのデータとの相関関係が加わると予測結果は変わってきます。天候で言えば、午後から雨が降るなら自転車を借りる人は少なくなります。同様のシステムでも、AIタクシーの場合は午後から雨が降る予報だとタクシーを利用する人が増えたり、利用する区間が変わってくる予測になります。
トラックによる自転車の再配置に活用
バイクシェア事業は世界各地で注目されていますが、最も大きな課題のひとつがトラックでの再配置をいかに効率化するかという点です。ドコモの「シェアリング交通需要予測技術」は「リアルタイム版人口分布統計(近未来人数予測)」を自転車再配置最適化にも活用し、どのポートで何台回収して、どこに何台再配置すると、最も無駄なく効率的に自転車を運用できるか、ということを提供しています。
次回は、健康管理やストレス計測の分野で、NTTドコモのAIが活用されている事例を紹介しましょう。
第3回 スマホでストレスがわかる? 3年後の健康リスクをAIが予測する
※「AIタクシー」は、株式会社NTTドコモの登録商標です。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。