【速報】国立音楽大学と東京大学がアンドロイド・オペラの「オルタ3」で連携 新しい演奏表現や指揮芸術の創生を目指す

国立音楽大学と東京大学は、アンドロイド・オペラで知られる「オルタ3」と実際の音大生によるオーケストラを用いて、演奏表現に関する共同研究を開始することを発表した。研究の目的は「創発的アートの創造を目指す」ため。オルタ3が指揮するオーケストラ環境を充実させることで研究を加速させたい考えだ。
共同研究期間の目途は2022年3月までだが、「新しい試みのため、いつ結論が出るかもわからない」ことから、明確な期限や研究のゴールはあえて定めていない。


「オルタ3」はAIや疑似的な神経細胞を持ち、オーケストラを指揮するために開発されたアンドロイド。「オルタ3」の動きをより洗練させていくためには、オーケストラを指揮する機会を増やし、オーケストラの合奏体としての関わり方を継続して研究・実験していく必要性を感じ、それに国立音楽大学の板倉客員教授が賛同し、今回の発表に至った。


【発表のポイント】
・国立音楽大学と東京大学は、実際のオーケストラを用いて「オルタ3」による演奏表現に関する共同研究を開始。創発的アートの創造を目指す。
・これまでのヒューマンアンドロイド研究を通じた「生命らしさ」の追求に、音楽を媒介とした双方向のコミュニケーションを加え、音声処理や動作の研究といった枠を超えた「人間らしさ」「芸術とは何か」を探求する。
・多くの演奏家が継続的に参加する研究の場が整った意義は大きく、本研究を通して、指揮そのものの意味や人間が行う芸術活動の本質に迫る。

■アンドロイド・オペラ「Scary Beauty」国立音楽大学 2020年1月


東京大学と国立音楽大学がアンドロイドで連携する理由

1月11日、国立音楽大学(国立音大)の構内にあるホールで、オルタ3の指揮、国立音大生のオーケストラ、作曲した渋谷慶一郎氏のピアノによる、アンドロイド・オペラ「Scary Beauty」が演奏された。

国立音楽大学の学生たちのオーケストラを指揮するオルタ3

アンドロイド・オペラ「Scary Beauty」を作曲した音楽家の渋谷慶一郎氏。アンドロイドと人間のオーケストラの共演を世界各地のコンサートホール等で実現させている

発表会の演奏において、国立音楽大学の板倉客員教授は音楽的監修、オーケストラを合奏体として機能させる役割を担った。
今回の研究によって、演奏者と指揮者とのコミュニケーションで忘れられがちな、生命力を持つアートとして再考し、痛烈な自己批判を加えつつ、未来の音楽の姿についても思いを馳せることができ、指揮者が存在する、しなければならない意味についても知見が得られることを目指すという。

「オルタ3によるオーケストラ演奏は、Scary Beautyだけに限らず、どのような作品を演奏課題としてい取り上げたらいいのかも含めて検討していきたい」国立音楽大学 音楽学部演奏・創作学科作曲専修 客員教授 板倉康明氏


特別講義の開講を視野に

板倉客員教授は、来年度以降に「オルタ3×国立音楽大学」(仮題)という特別講義を立ち上げたいとし、今日はその実験のための演奏発表会であり、今年度中はオルタ3がオーケストラと演奏する実験機会を提供しながら、4月からの運用に活かしたいと語った。

オルタ3には表情がある。「オルタ3の表情が変わることで、オーケストラが演奏する音楽の表情も一変することがある」(板倉客員教授)


演奏する音大生の反応は

今回の演奏発表会でアンドロイドが指揮をとることについて、演奏する音大生からみて違和感や不満はなかったのだろうか。その点をコンサートマスターをつとめた音大生の北原恵理さん(冒頭の写真中央)に質問すると「面白そうだと思った。初日は(オルタ3の)見た目が怖かったり、指揮が分かりづらかったりと不安に感じたが、やっていくうちに愛着を感じるようになり、演奏するメンバーたちが”合わせよう”という意識が高まっていくのを感じた」と回答してくれた。


更に「人の指揮者はノッてくると(感情が現れて)テンポが速くなったりするが、オルタ3はより正確にテンポを刻んでくれていると感じた。それは音楽的に見ると良くも悪くもあると思うので、人間と機械の良い面と悪い面の両方をいまは持っているように思う」と続け、それに対して板倉先生は「それも今後の課題のひとつ。例えば、演奏者の感情や興奮度合のバイタルサインをなんらかの方法でオルタ3が検知し、それを指揮に反映させたり、呼応するような研究があっても面白い」とコメントした。更に「それはアンドロイドを人間の指揮者に近づけるという考えは全くない。新しい指揮芸術ができるかもしれない」と未知の領域への拡がりを語った。


同じものはふたつとないオーケストラ演奏

更に板倉客員教授は「例えば、晴れの日と雨の日で観客の心理状況は異なります。世界的に有名なオーケストラの指揮者は天候や気温などによってテンポ等を変え、観客の心理に合わせた演奏をすると聞いたことがある。オーケストラは毎回、ただ同じ演奏をしているわけではなく、オルタ3もそういうことを感じて演奏を変えていくようにできると思うし、そうしていきたい」と語ると、池上教授は「既に天気や気温・湿度の情報やセンサーからの情報は取得している。今後、それらの情報をどのように指揮の内容にどのように加味していくかも研究していく」と続けた。

また、同大学の今井准教授は、池上研究室が開発している動きのプログラムに対して、音声認識をはじめとした音楽指揮のためのプログラム構築部分を中心に協力していく。既存の位置トラッキングの技術やシステム等を応用して、得られたデータを音楽的に解釈する研究などを行う。演奏のテンポを追跡したり、同期することに加えて、類推して先を予測したり、テンポの速度を調整するなどが挙げられた。

国立音楽大学音楽学部演奏・創作学科コンピュータ音楽専修 准教授 今井慎太郎氏


オルタ3とは

オルタ3は大阪大学の石黒浩教授(※1)らが基礎開発を行ったアンドロイド「オルタ」をベースにしている。人間の神経を模倣したニューラルネットワーク(AI)と連携し、入力された情報をフィードバックして動きに反映する機能を持つ。
オルタ2は、東京大学の池上高志教授や音楽家の渋谷慶一郎氏、大阪大学の小川浩平氏、東京大学の土井樹氏らによって、オーケストラを指揮することに挑戦。2018年7月、日本科学未来館で開催された人工生命国際学会「ALIFE 2018」のパブリック・プログラムとしてオルタ2が指揮して初めてアンドロイド・オペラが日本で初めて上演された。

「プログラミングを担う東京大学と演奏をする国立音楽大学の両者が揃って初めて実現できる。実験結果を基に、未来のアートを占うこととなる」東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 教授 池上高志氏

オルタ3は、続く2019年2月に新国立劇場での記者発表会でオーケストラを指揮して演奏を披露。オーケストラを指揮するために設計を見直し、各部の剛性をアップさせたり、カメラやスピーカーを追加するなどの改良がおこなわれた。
なお、これらのオーケストラ演奏も国立音大の学生ら(卒業生を含む)が協力してきた。

オーケストラを指揮するアンドロイド「オルタ3」。エアアクチュエータ(空気圧制御)による自由度は43軸。各軸は0~255の数値で制御できる

池上高志教授は、ヒューマンアンドロイド研究や人工生命「ALIFE」研究の第一人者。これまでの「生命らしさ」の追求に加え、音楽を媒介とした双方向のコミュニケーションや、音声処理や動作の研究などを超えて「人間らしさ」や「芸術とは何か」を探求するとしている。
また、「東京大学ではオーケストラ演奏の環境がないが、国立音大との連携によって多くの演奏家が継続的に参加できる研究の場が整ったことに対する意義は大きい。指揮者としにはどのようなアルゴリズムが必要といったことも板倉先生と一緒に研究していきたい」と語った。

今後の予定としては、1月下旬にアラブ首長国連邦のひとつシャールジャの音楽フェスティバルにオルタ3が現地のオーケストラとアンドロイド・オペラ「Scary Beauty」を演奏する。また、次回のミラノデザインウィークで新曲が発表される予定だ。


(本文注釈※1 大阪大学大学院 基礎工学研究科システム創成専攻 石黒浩教授)

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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