ついに自治体によって、ハンドルのない自律走行バスの公道での運行が国内で初めて実用化する(自治体による定常運行は日本初)。実証実験ではなく定常運行としての導入となる。現行の法律では運転士を配置せざるを得ない状況だが、実質的には一般公道で自動運転バスをソフトランディングさせることになる。
場所は茨城県境町、ソフトバンク子会社のSBドライブとマクニカの協力の下、2020年4月から定時(定常)運行を予定している(まずは5年間を目処)。車輌は仏ナビヤ社の「NAVYA ARMA」(ナビヤアルマ)を3台使用する。境町と2社、更にはナビヤ社を加えた4組織で報道発表会を行った。
ルートは約5km、運賃は無料
境町は人口約2万4千人、東京や成田から1時間圏内。町内に鉄道の駅はない。乗車賃は無料(白ナンバーで運行)。予算は5年間で5億2千万円で計上、予定している。国への補助金の申請は行っているとしている。
自律運転バスは町内の医療施設や郵便局、学校、銀行などを結ぶ往復約5kmのルートが予定されている。ルート内には7基の信号や横断歩道がある。自律走行バスは信号機と通信する「信号協調」を行って、信号がいま何色か、何秒後に変わるか等の情報を走行中に取得する。大半の区間は自動で走行するが、運転士(中型免許所持のSBドライブのスタッフ)と補助員が同乗する(車輌はスタッフを含め11人乗り)。
遠隔監視としてSBドライブの運行管理システム「Dispatcher」(ディスパッチャー)を使用する。「Dispatcher」はバスの周囲や車輌の中を遠隔から監視できるほか、緊急時には遠隔操作でバスを操作することもできる。スタート地点からゴール地点まですべて自動で行うが法律上の区分では「レベル2」で自動運転ではない(法律上「レベル4」ではまだ走行ができない)。ただし、技術的には「レベル4」であり、実質的には自律走行として運用される。
一般に自律走行バスの最も大きな課題は路駐車輌とされている。避ける際に車線をはみ出す運転をすることになるためだ。しかし、ルート内は路駐が少なく、更には地域の人たちに路駐をしないよう呼びかけることで、リテラシーの向上にも繋がると考えている。
当初、自律走行バスの運行には合計で3人のスタッフが必要となる。運行管理システム「Dispatcher」を通して遠隔から監視したり、ダイヤをコントロールするスタッフと、車内に乗員がふたり(ドライバーと保安要員)だ。
SBドライブは町内のシェアオフィスにサテライトを開設、「Dispatcher」ルームを設ける。さらに当初は前述のように運転士も提供する。4月にはSBドライブの車輌を持ち込んで、マップデータの作成や自動運転のブラッシュアップを行い、3台のアルマが到着し次第、新車の車輌へ移行していく予定。
導入を決定するまでわずか2ヶ月
橋本町長は「高齢者は免許返納を考えてはいるものの実際には車がないと生活に困るし、返納に行くのにも交通機関がないという事情がある。しかし、その事情は公共交通がなんとか変えていかなくてはならない。国交省の資料によれば、現在6万台のバス車輌が42億人の足となっているが多くのバス会社は赤字で、バス運転士の確保も課題になっている。未来を考えれば自律運転バスは必要だ」と語った。
導入を決定するのには「2ヶ月間のスピード決断だった」という。町長は境町を「誰もが生活の足に困らない町」にしたい、自律運転バスは「横型のエレベータ」と考えている、と続けた。横型のエレベータには深い意味がある。
「横に動くエレベーター」が意味するもの
運行を担当するSBドライブの佐治社長は「今まで50回以上の実証実験と、11車種での「Dispatcher」の連携や検証を重ねてきた。とはいえ、自分たちの力だけでは自動運転バスの社会を実現することはできない。今回も国交省や警察庁による応援があってここまでやってこれた。ここまでの経験を生かしてあえて「実用化」という言葉を使いたい。ただし、実用化という言葉自体には意味がない。実用化とは普段の生活で実際に役に立つことであり、現在の条件や制約の中でどこまで実現できるかが大切だ」と語った。
更に佐治社長は「自律運転バスはまさに横に動くエレベーター。エレベーターも当初は操作をしたり案内するエレベーターガールがいたが、今では無人で誰もが自分で乗って操作して行きたい階に移動できる乗り物になった。自動運転バスも同じで今は操作する人が必要だが、やがて無人で乗り降りできる乗り物になるだろう」と続けた。また、自動運転バスのビジネスモデルもエレベーターに重ねた。「エレベーターはたいてい無料で利用できる。エレベーター自体に料金を課すのではなく、エレベーターを利用して目的地に移動することで、人々は様々なことができる。同じ考えを当てはめるとすれば、自律運転バスの料金も運賃を利用者に課す方法だけでなく、それによって発生する利潤から新しいビジネスモデルを考えていけるような環境やしくみが必要。それを考える5年間にしたい」とした。
境町が「パターン化参照モデル」のスタート
内閣官房日本経済再生総合事務局は、自動運転車両の利用を検討する企業や自治体による利活用を目的に、各地域の走行環境や条件のパターンを整理した「地域移動サービスにおける自動運転導入に向けた走行環境条件設定のパターン化参照モデル(2020年モデル)」を2019年12月25日に策定した。SBドライブはこのモデルにおいて、境町と類似した環境や条件における自動運転サービス導入のモデルケースを作り、他の自治体の参考となることを目指す。
すなわち、境町のようなケースを通じて、今後パターン化参照モデルを作成し、これを皮切りに他の地域でも同じ社会課題に悩んでいる地域に提供していきたい考えだ。
佐治氏は「ITによって将来はひとりの運行管理者が複数台のバスを遠隔管理ができるシステムを実現させたい。それができてはじめて人員削減や自動化と言える。そうなると新しい人材がバスには必要とされるようになるかもしれない。バスを運転する資格を持った運転士がなくなる代わりにバス内に車掌が復活し、観光案内などの新しいスキルが必要な職種が生まれるかもしれない」とした。
マクニカは車両の販売とメンテナンスを担当
マクニカはバス車輌を販売するほか、メンテナンス等も担当する。マクニカの佐藤氏が登壇し、同社の事業内容と昨年度の実績を紹介した。技術中心の総合商社だが、30%が技術者で構成されていることを解説。今回は「NAVYA ARMA」の総代理店として販売とメンテナンスを担当する。
仏ナビヤ社も来日
今回の発表会ではフランスのナビヤ社のCBDOのCoron氏が来日、冒頭、日本語で挨拶をした。「境町は自律走行車両が生活に溶け込むことができる理想的な環境だ。今回の取り組みは弊社のスマートモビリティ・ソリューションにとって日本初となるが、同様のほかの地域でも活用されるスタート地点になると考えている。ソフトバンクと長年に渡るパートナーシップの成果としてラストワンマイルの自動化と実用化を実現できることをうれしく思う」と語った。
いよいよ自動運転バスが公道を定常運行する。これが日本の公共交通が抱える課題を解決する未来のソリューションの第一歩になるだろう。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。