「AI白書 2020」が3月2日に発売される。発行は角川アスキー総合研究所。定価は3,800円(税別)。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)、AI白書編集委員会の著。536ページの重厚な書籍となっていえ、経営者層にも役立つ内容になっていて、おすすめの一冊だ。
発刊に合わせて、報道関係者向けに説明会が開催され、AIに関連した動向や社会実装、各種アンケートの結果などが紹介された。
「AI白書」は2017年に初めて発行された。AIの普及を重視した結果、技術に寄った内容となったため、エンジニアには好評だったものの一般の経営者層やマーケティング担当者には難しい内容が多かった。「AI白書 2019」はこの点を改善し、AIの実装を推進することを目的として、経営者層にも読みやすい内容を意識して構成された。しかし、それでも技術動向についての内容はまだ難しいという意見が寄せられた。
今回、第3弾となる「AI白書 2020」は技術面での解説もさらにやさしく、図版などを多用した解説となり、読みやすさがアップしている。
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第一章はビジネス誌を読む感覚で
また、冒頭の第一章は対談と有識者からのメッセージで構成され、経営者層にとって知りたい内容にフォーカス、ビジネス誌を読む感じで、気軽に入っていける内容となっている。
冒頭は海外でのAI実装事例をトピック的に紹介、続いてトロント大学のジェフリー・ヒントン教授の講演から「ディープラーニング革命」の書き起こし、その後に有識者による対談へと続いている。
第二章は技術動向、今回は人とAIを比較しながら、できるだけ解りやすく解説しようという意気込みが見て取れる。認識や解析、推論、言語などのしくみを比較解説している。。
第三章の利用動向では、キューピー、住友化学、パナソニック、横河電機などのAI導入事例を具体的に紹介するとともに、インフラや自動運転などへの活用状況もまとめられている。
第三章で見どころのひとつはアンケートによる市場調査。約7,000社に呼びかけ、そのうち回答のあった541社の集計が掲載されている。
国内企業のAIの実導入率はわずか4.2%
IPAから解説があったAIの動向と実装状況は厳しい実状を露わにしていた。国内企業のAIの実導入率はわずか4.2%で、昨年からほとんど増えていない。なんでもかんでもAIを導入すればいいというものでは決してないものの、AI導入に対して積極的とは言いがたい社会状況であることが浮き彫りになっている。実際、実証実験(PoC)を行うものの、実装までは至らないというケースが目立つと、IPAも指摘する。
なお、導入したケースでは「チャットボット」が突出している。ホームページやLINEなどに自動回答システムを導入したり、社内の問い合わせ窓口をチャットボット化しているケースが多いのだろう。なお、業種別にみると「金融業」が多いという。
課題としては「資金が比較的潤沢な大企業だけでなく、中小企業のAI導入率をあげること」と分析した。AI導入を検討していると回答した企業は、経営者のAIに対する理解は進み、製品やサービスは提供され始めているものの、担当者とお金が足りないというジレンマに陥っているようだ。
また、企業が検討中で、関心を持つAI技術として「RPA」があげられた。個人的にはこれには違和感を感じた。アンケートの回答者が「何をもってAIと判断するのか」その定義を理解しているだろうか、という疑問だ。
AIのリテラシー向上とアンケート調査の難しさ
AI関連技術とは本来の意味からすれば、ニューラルネットワークを使っていることだ。ディープラーニングはニューラルネットワークのひとつ。一方、ニューラルネットワークを使っていない機械学習は「AI」に含めるべきではない(今回はディープラーニングを使っていない機械学習、がAI技術に含められている)。RPAについても同様で、AI技術を使っているRPAはこれに含めないとしているものの、そもそもユーザーは自社が導入を検討しているRPA、もしくは既に導入しているRPAにAIが使われているかどうか、果たしてそこに気を配っているのだろうか?
一方でAIを理解している人にとっても悩ましい設問もある。アンケート「活用中/検討中のAI技術」の選択項目に「機械翻訳」「音声認識」「画像認識」等の選択肢がある。これはわかりやすいものの、それと同列に「ディープラーニング」という選択項目がある。例えば、AIカメラの画像認識を導入している人は「画像認識」と「ディープラーニング」のどちらにチェックをいれるべきだろうか。
AIに対する正確な理解とリテラシーの向上によってのみ、正確なアンケート結果が得られると言える。IPAも当然そこはできる限り注意を払ったとは思うが、回答には曖昧な要素が残ったと感じた。
ベンチャー投資は米国比わずか1/50
それはさておき、AIをとりまく国内の状況は決して芳しくはない。AIの導入を阻む理由にも人材面と費用面をあげる回答が多い。
他国と比べた数字は世の中にも多数出回っているが、「AI白書」では、米国と比較してベンチャー投資はわずか1/50しかないと分析している。スタートアップ企業全体に投資額が回っていない。
中国や米国と張り合う環境を望むのはあまりに厳しい状況だと言える。
IPAは経産省と経団連の資料をもとに「AI人材」を6つに分類したうえで、アンケート結果から「今もっとも不足している人材」は、「AIを扱える従業員」だと分析した。
そのうえで、AIを扱える従業員の人材育成には、学校教育だけでなく、リカレント教育(生涯教育)の重要性を強調して締めくくった。
これから数年後の将来を考えると、プログラミング教育を学習した今の小学生や中学生が社会に出てくる。その時、先輩諸氏は「プログラミングのことは解らない」「AIのことはよく解らない」という状態でよいのだろうか。
今からでも決して遅くはない。「AI白書」に限らず、本を手に取り、わかるところから知識を得ることをはじめるべきだろう。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。