ディープラーニングとAIの世界最大規模のテクノロジーカンファレンス「GTC 2020」がオンラインで開催中だ。
10月7日の朝9時からはTelexistence社のCTO、佐野元紀氏による「テレイグジスタンス技術による小売業界の進化: ロボット遠隔操作システムの技術背景と今後の展望」のセッションが行われた。佐野氏は元ソニーで業務用カメラのASICやFPGA等の開発に携わり、その後FOVEにてVRヘッドマウントディスプレイの量産に従事した経験を持つ。
テレイグジスタンスとは、自分がいる場所とは違う場所で実質的に存在し、自在に行動するための技術体系を指す。Telexistence社の会長、舘暲氏(東京大学名誉教授)が世界に先駆けて提唱した。
その実現例のひとつが、自分がいる場所とは違う場所で遠隔操作ロボットをVR機器を使って操作し、作業できるシステムだ。
■Telexistence Model-T unveil
テレイグジスタンス技術による小売業界の進化
同社の場合、小売業界での実証実験で実績を積んでいることも比較的珍しい。ファミリーマートとローソンの一部の店舗で、飲料製品の品出し(棚に陳列する作業)を行う半自律型遠隔操作ロボット「Model-T」を開発した。講演では、小売業界の事例を紹介し、そこで用いられるロボット遠隔操作システムの技術概要と、GPUによるハードウェアアクセラレーションがシステムの中でどのように活用されているかが解説された。
■ FM POC with Telexistence Model-T
遠隔操作ポイントはレイテンシー
佐野氏は、テレイグジスタンスで最も重要な要素のひとつが「低レイテンシー」だとする。いわゆる反応や応答の速度、レスポンス性能だ。主にミリ秒(ms)で表されるが、同社はKDDI総研と遠隔操作ロボット用映像伝送技術で50ミリ秒の超低遅延映像伝送を実現したことを今年の7月に発表している。
佐野氏のセッションではこの50ミリ秒を達成するために、どのような技術を用いたのかが解説された。KDDI総合研究所の汎用ハードウェアコーデックを用いて、更に最適化の試験を繰り返した。決してひとつの革新的な技術の成果ではなく、ms単位でレスポンスを向上していく地道な技術の積み重ねだった。
3つのGPU
GTC2020のセッションらしく、このシステムに使用しているGPUも公開され、それも興味深いものだった。
テレイグジスタンスシステムは大きく分けて3つのパートで構成される。下図で言えば、左から操縦者、伝送処理するクラウド、遠隔ロボットの3パートだ。
遠隔操作ロボットにはエッジAI用の「NVIDIA Jetson TX2」、クラウドには高性能なAIサーバ「NVIDIA DGXステーション」、操縦者のコクピットはWindowsベースで「NVIDIA GeForce RTX」が使われている。ロボット、クラウド、コクピットの3パートともにGPUが活用され、映像のエンコード/デコード、AI学習と推論と伝送などに役立っている。
佐野氏からはテレイグジスタンスシステムでの映像伝送の最適化のアプローチやポイント、映像伝送プロトコルによる違い、エンコードとデコードの最適なコーデック、レンダリング、細かいチューニングなど、技術的な試行錯誤と成果が細かく解説された。
今回の「GTC 2020」では、収録されたオンデマンドセッションはすべて基本的には初回放映後、一カ月間アーカイブで視聴できるようになっている。テレイグジスタンスだけでなく、映像や制御技術で高速化や低レイテンシーに取り組んでいる人はチェックすることをお勧めしたい。
テレイグジスタンスには、今までの経済活動から物理的な制約を取り除いた新しい社会様式を実現する可能性が期待されている。
今後の動向にも注視していきたい。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。