現在、日本国内における再生医療の急速な進展により、細胞培養の需要が大幅に拡大する一方で、細胞培養に関わる人材の不足が大きな課題となっており、人材不足を補うための技術開発が急務とされている。
細胞培養の作業は、雑菌の混入を防ぐ装備を身に着けた培養士が、特殊な設備や機器を設置した専用の実験室で、昼夜を問わず長期間にわたって実施するため、長時間・長期間に及ぶ作業環境は細胞培養の人材不足を生む原因の一つとされている。
また、細胞培養工程の一つであるピペット作業(細胞培養工程でピペットを用いて、細胞等の目的物にダメージを与えないように細胞を含む少量の液体を吸引、吐出、計量する操作)は、培養士が緻密な手作業を長時間にわたり繰り返し実施するが、各培養士の熟練度によって細胞培養の品質が左右されるという課題があり、属人化を解消するため熟練培養士の操作のデータ化が求められてきた。
そこで、大成建設株式会社とソフトバンク株式会社は共同で、これらの課題を解決するために世代移動通信システム(5G)とロボットアームによる遠隔操作システムを活用し、細胞培養工程におけるピペット作業の遠隔操作を目的とした実証実験を、2021年3月に東京と大阪間で実施。実証実験の結果、ピペット作業の遠隔操作の低遅延化とその詳細なデータ取得に成功したことを同年年5月10日に発表した。
実証実験の概要
同実証実験では、ソフトバンクが提供する5Gネットワーク環境下で、大成建設が2019年から開発を進めている「細胞培養向けピペット作業遠隔操作システム」を活用し、ソフトバンクの新本社ビル「東京ポートシティ竹芝」(東京都港区)と、「5G X LAB OSAKA」(ソフトバンク、大阪市およびAIDOR共同体が共同開設した、企業が5Gの技術検証や体験を行える施設:大阪市住之江区)間を5Gネットワークでつなぎ、ロボットアームに改良型ピペットを搭載した遠隔操作システムを連携。細胞培養工程におけるピペット作業の遠隔操作をデモンストレーションし、その効果を確認した。
実証実験の結果
同実験において、東京・大阪間でロボットアームを使ったピペット作業の遠隔操作を実現したと同時に、遠隔操作の低遅延化の実証と遠隔操作のデータ化を実現した。両社は、今後、ピペット作業で収集・蓄積された熟練培養士の優れた操作データを「マルチモーダルAI」に学習させる取り組みも検討中だ。細胞培養の遠隔操作やそのデータ化により、あらゆる医療関係者がいつでも、どこでも精度の高いピペット操作を再現できるシステムの構築を目指し、最先端技術である再生医療分野の発展に貢献していくとも述べている。
人間の操作と同様の動作を行うために必要な複数のデータ要素を人間の脳のような働きをする数理モデル(ニューラルネットワーク)を用いて連動させ、これらの要素を一体化し、動作データとして認識させ、自らの判断による動作を可能とするAI。
東京・大阪間でロボットアームを使ったピペット作業の遠隔操作を実現
5Gを活用することで、互いの拠点の状況を高画質映像としてリアルタイムで伝送することが可能となるため、東京において、大阪に設置された培養液や細胞の様子を鮮明な映像で確認しながら、緻密なピペット作業を正確に行い、大阪にあるロボットアームと動きを同期させることができた。
遠隔操作の低遅延化を実証
東京からの動作指示が低遅延で大阪側のロボットアームに届くなど、ロボット制御やピペット作業、高画質の映像伝送など全ての過程でスムーズな操作を実現した。
遠隔操作のデータ化を実現
ロボットアームやピペットの詳細な遠隔操作データをリアルタイムで記録・蓄積。これらのデータを元に、ロボットアームの任意の動作を選択して、遠隔操作を自動的かつ正確に再現することが可能となった。
■【動画】5Gを活用した細胞培養のピペット作業の遠隔操作