ソフトバンクが6Gで注力する次世代「テラヘルツ」通信とは何か? メリットと課題、伝搬特性のデモを公開
ソフトバンクは最先端技術を体感できる技術展「ギジュツノチカラ」の第3弾「Beyond 5G/6G編」を7月14日にオンラインで開催した。その中で「6Gではテラヘルツ通信の実用化を目指す」ことも宣言した。
テラヘルツ波とは何か? どれほどの特性を持ち、どこまで研究がすすめられているのだろうか。テラヘルツとは現在も開発がすすめられている5Gの「ミリ波」よりも更に高い周波数帯の電波のこと。「ミリ波」の10倍もの広いリソース帯域を持ち、目標の通信速度は100Gbps~1Tbpsと、可能性としてはそれこそ桁違いだ。一方で「減衰」が大きく通信エリアが限定的、研究開発のための素材調達や膨大なコストが壁となっているなど、たくさんの課題が大きく立ちはだかっている。それでもソフトバンクは未開拓のテラヘルツ波の領域に踏み込んでいく。
ロボスタは、ソフトバンクが都内に開設している研究ラボで「テラヘルツ」の実験を取材する機会を得た。この記事ではテラヘルツの概要、課題、電波暗室内でのテラヘルツ通信によるデモの様子などをレポートしよう
「ミリ波」の次は「テラヘルツ波」
既に5G通信の商用サービスが始まっているが、4Gから5Gへの拡張のひとつに周波数の拡大があげられる。5Gで注目されているのが「ミリ波」と呼ばれる従来の4Gで使われてきた電波より高い周波数帯だ。4Gでは3800MHz(メガヘルツ)以下の周波数が使われてきたが、5Gでは3.3~7.1GHz帯に加えて、ミリ波と呼ばれる「24.25~43.5GHz」(ギガヘルツ)帯が使用される。ただ、ミリ波は大容量・高速通信が可能ではあるものの、今までモバイル通信で使用されてきた歴史や実績がほとんどないので、5Gで正式に使用されることになったものの、高い周波数の電波特性から活用にはまだ苦心している状況と言えるだろう。
そして、その先の6Gにおいて、ソフトバンクではミリ波の拡張とともに「テラヘルツ」帯を視野に入れるとしている。テラヘルツ帯とは、100GHz~10THz(テラヘルツ)の範囲の周波数を指す。ソフトバンクの先端技術開発本部長の湧川氏は「日本では電波として定義されているのは3THzまで。それより先は”光”になる」と語り、「モバイル業界は開いている周波数を活用していくというチャレンジを続けてきた結果、次の6Gのチャレンジはテラヘルツ。ここを超えると光の領域」と続けた。
これまでテラヘルツは「宇宙観測」や「身体のスキャン」(空港などのセキュリティチェック)に活用されてきたが、通信分野ではまだ活用されたことのない未開拓の分野だ。
湧川氏は「テラヘルツは今は未だ通信として利用できるかどうかもわからない」とした上で、「WRC-19ではこのテラヘルツ帯の周波数が特定され、グローバルでは準備が着々と進んでいる。テラヘルツはいわば細いビーム。通信として使えるに違いないという自信が得られているものの、移動通信としてこれが利用できるのか、トラッキングの技術を含めてその課題にチャレンジしていきたい」と語った。
なお、ソフトバンクは光のトラッキング技術研究ではニコンとも共同開発をしている(参考)。
これら湧川氏の言葉に表されているように、ソフトバンクは次世代の通信にはテラヘルツと光の無線技術に挑み、注力していくことを明確にした。
ソフトバンクのラボでテラヘルツを体験
では、テラヘルツはどれほどの特性を持ち、どこまで研究がすすめられているのだろうか。
矢吹氏は「テラヘルツにはいくつかの課題がある。周波数が高すぎて、テラヘルツを創り出すことが(今の技術では)困難、光の観点からはテラヘルツの発光体がない、現時点では高額なコストがかかる」などと説明。
4Gや5Gで既に実現されているビームフォーミングやMassive MIMO技術についても課題があるという。デジタルビームフォーミングやマルチユーザーMIMOでは多くのアンテナ素子を使って通信をおこなうが、ミリ波の場合のアンテナ素子は2mm四方のサイズでとても小さく、基地局にたくさんのアンテナ素子を並べることが可能だが、テラヘルツではひとつの素子が500円玉程度のサイズになり、かつ数10万円ととても高額になるため、現状ではとても現実ではない状況だという。
さらに直進性が極めて高いビーム状の電波のため、固定しての実験が主で移動通信には向かないと言わざるを得ない状況だ。
しかし、ソフトバンクはそれでも「テラヘルツには100GHz幅を超える超巨大な周波数帯が実現できる(超高速・大容量)」というメリットを掲げ、モバイル通信への可能性を探る。
「回転アンテナ」の研究
こうした現状を背景に、ソフトバンクのラボの電波暗室では、テラヘルツを発受信する実験機器が準備されていた。
ソフトバンクが注力している技術のひとつが「回転アンテナ」の研究だ。無線信号をテラヘルツに変換した後、ビーム状に発信されるが指向性が極めて高いので、受信アンテナと位置を合わせる必要がある。そこで発信してビームを反射させ、向きを調整するのが「回転アンテナ」の役割だ。
パラボラアンテナの原理を応用。縦(上)方向に発信したビーム状の電波を横方向に反射させる。3Dプリンタで作成した反射板を使用しているが、この角度や向きを変えることで、ビームの方向を調整することができる。
また、360度アンテナを回転させることで、ビームを360度発信し、これにより受信する端末の位置を限定せずに周囲のデバイスと通信できる「通信エリア」可を実現するしくみとなっている(わかりやすいように受信に限定して表現しているが、実際の通信時には端末側からも発信するようになる)。
回転アンテナを使用したテラヘルツの伝搬特性のデモ
下の写真が無線信号の発信機。ここからテラヘルツ電波がホームアンテナから発信し、回転する反射板に反射して電波は360度に送信される。今回、送信している電波は300GHz。
約1.5mの距離に置かれている受信器がテラヘルツ波を受信する。
デモが始まると、送信機から発信されたテラヘルツ波が受信機側で受けている様子がわかる。
更に、送信機と受信器の間に手をかざすと、それだけでテラヘルツ波が遮られて受信機には通信が途絶えることが実演された(テラヘルツは遮られると減衰が激しい)。
テラヘルツの通信機能の映像再生のデモ
もうひとつ公開されたのが「テラヘルツの通信機能のデモ」だ。送信側では映像データをテラヘルツ波に変換してビーム状で送信、受信側ではそれを受けて映像を表示するシンプルな構成の通信デモだ(変換にはOFDM信号を使用。通信速度は約30Mbps)。
映像データは順調に再生されていたが、送受信機の間に手をかざすと、通信が遮断され、映像は停止してしまう。
超高速・大容量の可能性を持ちながらも、障害物に弱いテラヘルツ。その特性がよく解るデモとなっていた。しかし、実用化のためにはこの特性を確認するだけでは意味がない。この課題にチャレンジしていく必要がある。
固定式のみと思われていたテラヘルツ通信からモバイル通信への応用へ、ソフトバンクの「動くテラヘルツ」の挑戦はまだ始まったばかりだ。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。