【速報】脊椎固定術の手術支援ロボットシステム「Mazor X」のしくみと特徴を日本メドトロニックが公開

日本メドトロニック株式会社は、脊椎固定術の手術支援ロボット「Mazor X ロボットシステム」(Mazor X)を報道関係者向けに10月14日(木)に公開した。
「Mazor X」(マゾール エックス)は2021年3月18日に製造販売承認を取得した脊椎に特化した手術支援ロボットシステム。正確性と再現性の高い低侵襲手術を支援し、手術時間の短縮、医師と患者の放射線被ばくの低減などが期待できる。

「Mazor X ロボットシステム」の報道発表会に登壇した日本メドトロニック株式会社 クラニアル & スパイナルテクノロジーズ マーケティングマネージャーの山本貴之氏(左)、森田智博氏

「Mazor X」は2016年から海外で実用化され、世界では累計5万例以上の脊椎固定術で使用されている。日本では江南厚生病院と聖マリアンナ医科大学が既に導入し、実用化が始まっている。通常の保険診療内での費用負担となるが、実際には病院に問合わせて頂きたい。


ほかの手術支援ロボットと同様、ロボットが手術を行うのではなく、ロボットは手術を行う医師を支援する。今回のMazor Xのデモ例では、医師が正確にスクリューを挿入する位置と角度に誘導する様子を体験した。また、筆者が興味を持ったのは、カメラ技術を使い、見えない患部や器具の位置をデジタルツインとも言えるデジタル上に3D画像によって再現、医師はテレビ画面上にそのリアルタイム映像を確認しながら手術を行うことができる点だ。そのしくみを詳しく解説していこう。

Mazor X ロボットシステムの主な構成品 左:ナビゲーションカメラ 中央:サージカルモニタ 右:サージカルアーム


Mazor Xによる脊椎脊椎固定術の例

椎間板ヘルニアや腰椎すべり症、腰部脊柱管狭窄症などの治療には、脊椎固定術が用いられている。変性または変形した脊椎をスクリューなどの脊椎固定用材料で固定し、脊椎の安定性を高める手術だ。

手術台にうつ伏せになった状態の患者の背中に小さな穴を開けて、脊椎に複数のスクリューを正確に挿入する手術が行われる

日本では年間約6万例以上の脊椎固定術が実施されている。このうち60歳以上の症例が約8割にのぼっているため、高齢者人口の増加が今後も進む日本では、脊椎固定術のニーズも増加していくことが予想されている。

脊椎固定手術のひとつが、スクリューを脊椎に挿入し、スクリュー同士をロッドで連結して固定する方法がある。脊椎の周辺には動脈や静脈、神経などがあり、スクリューを挿入する位置や角度、深さには高い正確性が求められるという。

スクリューの周辺には動脈や静脈、神経などがあるため、高い正確性が要求される


手術によるダメージが少ない低侵襲手術

以前は背中を大きく切開して目視でスクリューを挿入してロッドを連結する「オープンサージェリー」が主流だった。X線撮影によって前もってスクリューを挿入する位置や向きを計画しておき、うつ伏せの患者の背中を比較的大きく切開し、目視で患部を見ながらスクリューを挿入していく。比較的切開部が大きくなるため、手術による患者の身体的なダメージが比較的大きく、術後の回復にかかる期間も長くなってしまう。

背中を大きく切開して目視による手術を行う。術前、術後等にX線で患部の状態を把握する

昨今は術後に患者の早期の回復が期待できる低侵襲の観点から、背中の切開の範囲をできるだけ小さくする低侵襲手術が用いられるようになってきた。スクリューを挿入する複数箇所に比較的小さい穴を開けて手術する。大きく切開しないため、患部が見えないのが難しい点で、患者ごとの解剖学的な特徴を把握するには外科医の経験に大きく依存することもあるという。また、正確を期すため、X線撮影によって脊椎や挿入したスクリューの位置を確認しながら行うケースもあり、場合によっては頻繁にX線撮影をして確認することもある。

低侵襲手術は患者にとっては負担が少ない(回復期間が短い)というメリットがある一方で、術部を目視できないために外科医にとっては難しくてストレスの強いものとなる

X線撮影を頻繁に行えば、医師や患者の被ばく量が増える可能性もある。そこで、X線撮影を多用せずに正確な手術を行うためにナビゲーションシステムを用いた低侵襲手術が登場した(上スライド画像の右)。術部が目視できないことを補うため、システムが手術内容をサポートしてガイドを行う。


同社のデモではナビゲーションシステムをカーナビに例えた。ナビゲーションシステムはカメラによって、手術器具やスクリューの位置を精度高く画面表示し、画面上のその画像情報と照合しながら、正確性や安全性の高い低侵襲手術を目指すものだ(上スライド画像)。


ナビゲーションシステムを用いながら、手術支援ロボットといえるだろう。手術のプランニングや各患者に合わせて、外科医が手術中に脊椎の位置を正確に把握し、スクリューを正しい位置に挿入するのを支援する。

脊椎スクリューの挿入位置のずれは、血管および神経の重篤な合併症を引き起こす可能性があることから、スクリュー挿入の正確性を確保するために、ナビゲーション技術やロボット支援技術を用いた脊椎手術などの新しい技術が開発されている

低侵襲手術では大きく切開しないので実際には医師にも脊椎の位置は見えないが、ナビゲーションシステムで、3Dデジタル上での正確な位置を把握し、ロボット支援手術ではロボットがスクリューを挿入する位置と向きをガイド、誘導してくれるので正確性が増す。下の写真は報道関係者による体験デモの様子だが、スクリューの挿入器具をあてる位置と角度をロボットが導いてくれるので、スクリューの挿入自体は初めて体験する人であっても正確な作業が可能となる。

スクリューを挿入する背中の位置と角度はロボットが誘導してくれる。そこまでの作業では医師は手を添えて持っているだけ。ただ、切開や挿入する作業は医師が確認しながら行うので、ロボットは自動的に手術を進めたりはしない




脊椎手術支援ロボットの流れ

「Mazor X」ロボットシステムの流れと特徴をごく簡単にもう一度説明するとこうだ(医療の専門用語など、最適でない場合はご容赦ください)。

まず、医師は術前に患者をX線で撮影して脊椎の位置や状況を把握する。それら画像等のデータから患者ごとの正確な3D画像を構築する。いわゆるリアルな患者の脊椎の状態と同じデジタルツインの3D患部データだ。それをもとに手術計画を作成して、どこにどのようにスクリューを挿入していくか等を医師の判断で決定する。


次に重要になるのは、手術室でうつ伏せに寝ている目の前の患者と、システム上にあるデジタルツインの3D患部データが全くズレることなく、同じ位置にあることを確認、デジタル用語でいうところの「キャリブレーション」を正確におこなう。X線撮影を行って、実際の患部と3D患部が全く同一の状態であることを確認する。

リアルな患者と脊椎の位置と、3D患部データをキャリブレーションし、正確に合致させる。右上の(ライムグリーン)の機器もカメラで、患者や手術器具の位置や向きを正確に把握し、3Dデータ内に反映する

それが確認できれば、ロボットは3D患部データを元に、医師が決定した術前計画(プランニング)に基づいて、スクリューを挿入するべき正確な位置と角度に手術器具と医師の手を誘導していく。この正確性が医師だけの手によって手術器具をあてる作業より、ロボットとシステムのマッピングによる誘導の方が精度が高く、手の揺らぎなどに左右されない、とされている。

術前のプランニングで医師が設定したスクリューの挿入位置と角度にサージカルアームが正確に導いてくれる

更に、X線撮影のような3D画像上にはリアルタイムで手術器具の位置情報や、挿入し始めたスクリューが表示できるので、挿入している状態や深さなどを確認しながら手術を行うことができる。

デジタル上の3D画像で、スクリューがどこまで挿入されてたか、角度は正常かなどを確認することができる。サージカルアームとナビゲーション技術の融合により、より高い精度での手術手技の実現と患者さんへのより良いアウトカム(臨床上の成果)をもたらすことを目指す

■脊椎手術支援ロボットシステム「Mazor X」体験デモ


脊椎手術支援ロボットの利点のまとめ

利点をまとめると、まず手術の計画から実施、確認までを一つの統合されたシステム上で行われるため、効率的で一貫した手術をシステムが支援すること。また、ロボットがプランに沿って手術器具を正確な位置に誘導するため、術者の経験や手の揺らぎによらない、安定した正確な手術が施行できること(場合によっては難度の高い手術を人の手よりも精密に行えること)。システム内のデジタルツインの3D画像上で術者は状況の確認を随時、リアルタイムで行えること、そしてそのためのX線撮影を何度も行う必要はないこと(被ばく量が少ない)。これらが手術支援ロボットのメリットと考えられている。





メドトロニック

「Mazor X」の発表と体験デモに先立ち、マーケティングマネージャーの山本貴之氏よりメドトロニック社についての説明があった。


メドトロニック社(Medtronic plc)は、アイルランドのダブリンに本社がある医療の発展に取り組む企業。全世界で9万人を超える従業員を持ち、そのうち、1万7百人以上が科学者とエンジニアで構成されている。研究開発費に23億円を投入し、約150ヵ国で事業を展開、医師や病院、患者に貢献している。


日本メドトロニックは1975年に設立、40年以上にわたって生体工学技術を応用し、様々な疾患について痛みをやわらげ、健康を回復し、生命を延ばす医療機器を通して人類の福祉に貢献することを目指してきた。特に心臓疾患に対するペースメーカーでは先進的な技術と製品を投入してきた。ほかにも、パーキンソン病、糖尿病、脊椎疾患、脳疾患、慢性的な痛みなどを広くカバーしている。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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