ソフトバンク株式会社とその子会社であるHAPSモバイル株式会社(HAPSモバイル)は、成層圏通信プラットフォーム(HAPS:High Altitude Platform Station)の移動通信システムを実現するために、高高度における電波の干渉量の推定と通信エリアの設計を行うことができる世界共通のモデルを新たに開発し、この新しいモデルが、情報通信技術のための専門機関である、国際電気通信連合の無線通信部門(ITU-R)のHAPS向け「電波伝搬推定法」へ追加・改訂され、ITU-R勧告P.1409-2として発行されたことを、2021年10月27日に発表した。
(冒頭の画像:HAPS向け電波伝搬推定法における、二つの電波伝搬推定法)
この推定法は、国内での審議を経て、日本案としてITU-Rに提案されたものだ。ソフトバンクとHAPSモバイルの両社は、HAPS事業の実現に向けて、HAPSに係る電波伝搬モデルに関する国際標準化活動を行ってきており、両社が開発した新しいモデルが追加・改訂されたHAPS向け「電波伝搬推定法」が国際標準化を達成したことは、HAPSの事業展開を目指す世界の事業者にとっても大きな一歩となると言える。
電波伝搬推定法について
HAPSを通信ネットワークインフラとして運用する際には、さまざまな環境下において、成層圏から地上に向けて発信する電波が届く範囲などを正確に推定する必要がある。その推定に必要な手法としてHAPS向けの「電波伝搬推定法」があり、この推定法は主に「干渉検討用電波伝搬推定法」と「システムデザイン用電波伝搬推定法」で構成されている。これらの推定法は、大気ガスの吸収や降雨などの対流圏における損失、地形による回折損失、植生損失、屋内侵入損失、建物の遮へいなどによるクラッター損失、人体遮へい損失などの伝搬損失の要因を環境に応じて考慮できることが求められている。
「干渉検討用電波伝搬推定法」
「干渉検討用電波伝搬推定法」は、隣国同士や異なる無線通信システム間の電波干渉を調整するために不可欠な推定法で、2023年の世界無線通信会議(WRC-23)の議題検討のため、2021年までの完成が求められていた。この電波伝搬推定法では、電波干渉が発生すると、地上や上空、宇宙におけるさまざまな無線通信システムの通信速度や品質が低下し、安定した通信を提供することが難しくなるため、他の無線通信システムに与える干渉量を正確に推定する必要がある。
「システムデザイン用電波伝搬推定法」
「システムデザイン用電波伝搬推定法」は、HAPSの無線通信システムの通信エリアの設計を行う際に、HAPSの機体数や配置を詳細に検討するための重要な推定法となっている。
両社開発の新モデルについて
これまでの「干渉検討用電波伝搬推定法」は、大気ガスの吸収や降雨などの対流圏における損失、地上での地形による回折損失など、一部の環境における電波の伝搬損失の推定のみに対応しており、まずはソフトバンクとHAPSモバイルの両社とITU-R参加各国が共同で、これらの環境における推定法を整理し適用方法を明確化した。
その後、両社は、対流圏での大気ガスの吸収や降雨などによる電波の伝搬損失、地上での地形による回折損失に加えて、植生損失や屋内侵入損失、建物の遮へいなどを一因としたクラッター損失などによる伝搬損失の要因を、「干渉検討用電波伝搬推定法」に追加し、必要に応じて適用することをITU-Rへ提案。その結果、同提案がHAPS向け「電波伝搬推定法」に追加・改訂され、ITU-R勧告P.1409-2として発行されるとともに、WRC-23議題の検討に用いられることになる。
さらに、HAPS向け「電波伝搬推定法」の改訂の過程において、両社は「電波伝搬推定法」を構成するそれぞれの電波伝搬損失についても、環境に応じて推定できる新たなモデルを開発・提案し、その一部が国際標準化を達成した。
具体的な開発・提案内容
具体的には、「植生損失モデル」において適用環境に日本とケニアの植生環境を追加した他、季節による植生の変化に応じて損失推定を行うモデルを開発・提案し、「植生損失推定法」に追加・改訂され、ITU-R勧告P.833-10として発行。また、「人体遮へい損失モデル」については、周辺の建物環境を考慮して、さまざまな角度から到来する電波に対応した新たなモデルを開発・提案し、「システムデザイン用電波伝搬推定法」の一部としてHAPS向け「電波伝搬推定法」に追加・改訂され、ITU-R勧告P.1409-2として発行された。「屋内侵入損失モデル」については、電波の伝搬測定を行い、屋内に電波が侵入した際の減衰を推定するための重要なパラメーターを明らかにし、「屋内侵入損失の測定データ」に追加・改訂され、ITU-R報告P.2346-4として発行された。さらに、HAPSに対応する「クラッター損失モデル」を開発・提案し、参照すべき推定法として連絡文書(リエゾン文書:ITU内の他の組織や他の標準化機関との間で情報交換するための文書)に記載され、ITU内の関連する他の作業部会に通達された。これらの伝搬損失モデルは、HAPS以外の無線通信サービスにも応用が可能。また、「システムデザイン用電波伝搬推定法」の一部の特性(植生損失および人体遮へい損失の推定)についても、世界に先駆けて国際標準化を達成した。
今回の国際標準化で可能になること
今回の国際標準化により、HAPSの商用化を目指している世界各国の事業者は、この推定法を活用することで、電波干渉の影響などを踏まえ、既存の無線通信システムとの周波数の共用・共存の検討や、HAPSを活用した無線通信システムの設計を効果的に行うことができる。両社は、HAPSの商用化に向けた国際標準化活動をはじめ、各国の規制当局に対する働きかけやHAPSのエコシステム構築などを引き続き推進していくと述べている。
また、ソフトバンクは、SDGs(持続可能な開発目標)の達成を経営の重要事項と位置付け、六つのテーマを重要課題として定めており、その一つに「質の高い社会ネットワークの構築」を掲げている。同社は、世界中に通信ネットワークを提供することを目指して、成層圏プラットフォームのHAPSモバイルをはじめ、低軌道衛星通信サービスのOneWebおよびIoT向け衛星ナローバンド通信サービスのSkyloを合わせた非地上系ネットワーク(Non-Terrestrial Network)ソリューションの展開を推進している。
■【動画】HAPSモバイル ミッション