第二回は、これからのロボット市場の一翼を担うロボアプリの開発者「ロボットクリエイター」のススメ。Pepper開発環境のおさらいとマネタイズの話。しばらくは、ロボアプリストア単体での課金を収益の柱に考えるのは困難、ビジネス市場に目を向けたシステム開発が主導になりそうです。
ソフトバンクがPepperを発表したのは2014年6月のこと。多少の噂はささやかれていたいたものの、それは突然の発表でした。ソフトバンクグループの孫正義氏とPepperとのやりとりやプレゼンテーションに、発表の会場に集まっていた来場者の多くは釘付けになりました。
身長120cmもあるしゃべる感情認識ロボットが本体価格20万円以下で発売される…
その情報はすぐにニュースになり、瞬く間に拡散されました。本当に注目すべきは価格ではないのですが、やっぱり大勢の目を引いたのは”19万8千円(税抜)”という採算を度外視した価格でした。「20万円で買えるなら欲しい」たくさんの人がそう思って歓喜したに違いありません。
市場関係者は低価格に驚き、ロボット好きの多くの人は諸手をあげて誕生を歓迎、「ロボットが家庭にいる生活」を実感としてイメージし、IT業界やソフトウェア開発者の皆さんは新たなコミュニケーションロボット市場の幕開けを感じたのです。
Pepperはプラットフォームであり、ロボット新時代のトリガー
なんだか凄いPepperですが、人間と会話したり、動作でコミュニケーションをはかることができるロボットや、それに似た商品は従来から数多く発売されてきました。オモチャに分類される商品でもインタラクティブ性をうたったロボットは国内外に数多くあり、ブームを起こしたものも少なからずありましたが、いずれも一過性に終わり、長く普及するには至りませんでした。
では、Pepperはそれら過去のロボットたちとどこが異なるのでしょうか?
大きさ?
Pepperほど大きなコミュニケーション・ロボットはたしかに珍しいのですが、初めてというわけではありません。1mを超える大きさの自立型コミュニケーション・ロボットとしては三菱重工業が、家庭生活に役立つロボットとして「wakamaru」(ワカマル)を2003年2月に発表しています。その後に地域限定、台数限定ながら市販もされましたが、今は既に生産を終了し、残念ながらその歴史の幕を閉じています。
閑話休題。
多くのロボット玩具のように使い方が決まっているものではなく、PepperはICT機器であり、Pepperにはソフトウェアを追加して組み込んだり、ネットに接続してクラウドとやりとりすることによって、機能はどんどんと拡張できるしくみになっています。言い換えればPepperはパソコンやスマートフォン、タブレットと同様、プラットフォームのひとつなのです。そして、直営ショップを全国にもっている通信事業者の大手ソフトバンクグループが本気で普及させよう、プラットフォームを獲ろう、と膨大な資金を投じてきたのですから、コミュニケーションロボット新時代のトリガーになるに相応しいわけです。
では次に、Pepper普及の鍵を握るのは何でしょうか?
ソフトバンクグループは、Pepperに関わる各種発表会やイベントのプレゼンテーションでしばしば、Pepper普及の鍵は「ロボアプリの開発」、ロボットクリエイターの存在をあげています。
Pepperがプラットフォームである以上、魅力的な開発環境、豊富なロボアプリやキラーコンテンツが必要不可欠となります。ソフトバンクもそれを重視し、ロボアプリを開発するロボットクリエイターの育成に注力しています。
Pepper普及の鍵を握るロボットクリエイターの存在
Pepper発表の3ヶ月後の2014年9月、ソフトバンクは開発者向けのイベント「Pepper Tech Festival 2014」(通称テックフェス)を開催しました。それはロボアプリを開発するロボットクリエイターへのメッセージ、キックオフミーティングでした。
Pepperの概要、日程とマイルストーン、体制などが発表されるとともに、ロボアプリを開発するためのツール、開発キット(SDK)や「コレグラフ」(Choregraphe)が公開され、来場者に早速USBメモリで無償配布されました。
コレグラフはロボアプリ開発者向けに用意されたMacintosh/Windows用のソフトウェアで、Pepperに挨拶させたり、踊らせたり、喋らせたり、主に動作や振る舞いをプログラミングできます。最大の特徴はドラッグ&ドロップを中心とした簡単な操作方法を採用していることです。プログラム開発と言うと難しいコードを覚えなければならない印象がありますが、ドラッグ&ドロップと簡単なキー入力だけでロボアプリが開発できます。少し教えれば小学生が簡単なプログラムを作ってPepperを動かすこともできます。実際にソフトバンクグループやロボアプリ開発技術者有志によって、小学生向けにロボアプリを作ってPepperを動かすキッズイベントもいくつか実施されています。参加した子供達は、当時マイコンに熱狂した私達がそうだったように、目をキラキラさせて取り組みます。
ロボアプリ開発のトキワ荘「アトリエ秋葉原」
ロボットクリエイターを増やし、育成するためには、開発ツールだけでなく、研修を行ったり、開発者がともに学び切磋琢磨する場所が必要です。そこで「アルデバラン・アトリエ秋葉原 with SoftBank」(以下、アトリエ秋葉原)が用意されました。アルデバラン(Aldebaran Robotics Corp)と言うのは、Pepperの開発を携わっている仏パリに本社を置くロボット開発会社の名前で、現在はソフトバンクグループの傘下に属しています。アトリエにはアルデバランのスタッフがほぼ常駐していて、ロボアプリ開発者の様々な支援を行っています。
Pepper本体を持っていなくても、ロボアプリの開発はできます。MacintoshやWindowsパソコンにインストールしたコレグラフ等を使ってアプリの基礎開発はできますし、コレグラフの画面内でCGで動作するロボットを見て、プログラムが正しく動作するかの検証は可能です。もちろん、そうは言っても実機のPepperで実際に動かしてみる環境が必要なので、その際にもアトリエ秋葉原が役立ちます。アトリエにはPepperが複数台用意されていて、予約すればロボットを借りることができる「タッチアンドトライ」が用意されています。
そのため、Pepperアプリを開発したい技術者達が集まり、失敗と成功を繰り返しつつ、情報を共有しながら研究しています。さしずめ、手塚治虫や赤塚不二夫、藤子不二雄、石ノ森章太郎など有能な漫画家たちが暮らし、切磋琢磨した木造アパート「トキワ荘」を彷彿とさせます。(アトリエは木造ではなく、元は中学校舎でアートセンター「3331 Art Chiyoda」にあります)
また、定期的にロボアプリ開発のための講習会やワークショップ、ハッカソン等も開催され、既に7,500人以上がここを利用したとされています。
▽ アルデバラン・アトリエ秋葉原 with SoftBank(イベントや予約状況の確認ができる)
https://pepper.doorkeeper.jp/
▽ 公式動画(YouTUBEより:映像は音が出ます)
このアトリエを全国的に増やす計画も発表されています。12月より函館・会津・栃木・お台場・岐阜・名古屋・奈良・鹿児島で「Pepperアトリエサテライト」展開、東京地域以外でもロボットクリエイター育成に注力します。
こうしてソフトバンクは瞬く間にロボットクリエイターを育成・支援するための環境を整え、更に充実する体制を作っています。
ソフトバンクの公式以外でも、ロボットアプリの開発を支援するサービスが登場しはじめています。例えば、ロボットスタートとOYOYO-PROJECTが共同で運営する「ロボットライブラリ」は、ロボットクリエイターが開発したツールやソフトウェアライブラリを公開したり、お互いに提供しあったり(共有)、有料課金サービスを導入して販売にも対応しています。このようにPepperの開発環境は、ますます充実していく方向に向かっています。
▽ ロボットライブラリ
https://pepper.robo-lib.com/
ロボアプリストアの課金システムはビジネスを生むか
「Pepper Tech Festival 2014」では、ソフトバンクがロボアプリストアをオープンし、運営することも発表されました。ロボアプリストアは、iPhoneやiPad用アプリを提供している「App Store」や、Android用アプリを提供する「Google Play」(Google Play Store)を手本にして、ロボアプリを検索、ダウンロードできるサービスとして運営していく予定です。開発者は自身で作ったロボアプリをソフトバンクに申請し、審査が通れば登録することができます。アプリのレベルや品位、Pepperのキャラクター性保持の観点からも審査されますが、アップルの「App Store」のようにある程度、基準や審査を厳しくすることで品質を確保する考えです。そして、ロボットクリエイターにとって魅力的に聞こえる話、やがては課金システムを導入し、開発者はアプリ販売によるビジネスが期待できる、としています。
ちなみに現在の個人向け(一般販売向け)Pepperにはベーシックアプリが標準で組み込まれ、アプリストアから118種類のアプリを自由にダウンロードして利用することができます(無料)。ただし、課金システムは導入されていません。
うむ。ロボアプリストアに課金システムが導入されれば、ロボットクリエイターはそこで収益を生み出すことができるのでしょうか? 本当にビジネスになるのでしょうか?
そう簡単な話ではありません。
ロボットクリエイターには夢と将来がありますが、やはり課題はどうやってビジネスにするか、マネタイズなのです。Pepperのロボアプリストアが課金システム対応になれば、App StoreやGoogle Play(Google Play Store)と同様にアプリ課金によって収益があげられるかもしれない、と思いたくなりますが、規模の違いを考えれば全く無理があることに気付きます。
今回はかなり話が長くなりましたが、最後にiPhoneが時流に乗った大きなポイントを紹介します。ロボアプリストアとApp Storeの規模の違いに関連した話です。
iPhoneでApp Storeが成功した理由
「今日、アップルは電話を再び発明する」
2007年1月、当時のアップルのCEO、ご存じスティーブ・ジョブズ氏が米サンフランシスコでiPhoneを発表したときに言った言葉です。このひと言でiPhoneがベールを脱ぎ、新たな形態のスマートフォン新時代が始まりました。しかし、iPhoneでさえも発売と同時にアプリ開発者がこぞって名乗りをあげたわけではありません。
たしかに初代iPhoneが発売されたとき、この新しい電話機を購入したいユーザによって米アップルストアには長い行列ができました。アップル信者を自称するユーザを中心にして注目を集めはしましたが、その一方で多くのジャーナリストや識者は懐疑的でした。米国で活躍していた私の友人のジャーナリスト達の多くも「iPhoneは売れない」「iPhoneはヒットしない」と言い切っていました。それはなぜでしょうか?
タップ、フリック、ドラッグ、ピンチ…、指を使って操作するiPhoneのインタフェースは魅力的で、現在もスマートフォンを使う上で最も快適な操作方法のひとつです。ところが、初代iPhoneはiPhone専用のOSが搭載され、アプリのダウンロード機能はなかったのです。すなわちメールやブラウジング、もちろん電話もできましたが、操作方法以外に特別に新しい魅力を見いだすことができなかったのです。
現在のように、App Storeから好きなアプリをダウンロードして利用できるようになったのは次の「iPhone 3G」(2008年)になってからです。日本ではこの機種から投入されました。販売したのはほかでもないソフトバンクでしたね。
iPhone 3Gの噂が流れたとき、既に初代iPhoneは累計で500万台以上が売れていましたが、それでもこれから売り出す「iPhone 3G用にアプリを開発することが本当にビジネスになるのか、採算が取れるのか」懐疑的な意見が大半でした。なぜならiPhoneは発売して一年しか経っていない新参者。それまでスマートフォンと言えばブラックベリー(BlackBerry)が本命だったからです。
「iPhoneアプリがカネを生み出す」と誰もが確信し、ゴールドラッシュさながらに多くの開発者がこぞって参入したのは、iPhoneとiPodが共通のプラットフォームとなり、共通のアプリが利用できるというアナウンスがきっかけだったでしょう。
音楽プレイヤーとしてヒットしていたiPodは既に累計で1億1,500万台以上を生産していて(2008年初頭時点)、巨大なお化け市場を形成していたのです。実際、直近の2007年は約5,163万台、2008年は約5,483万台が生産されています。iPhoneと共通のアプリが利用できるiPodは特定の機種に限定されていたものの、iPodの基盤である当時の携帯音楽プレイヤー市場をプラスすると、iPhoneアプリの予想市場規模は大きく拡がりました。それまでiPhoneアプリの開発ビジネスには否定的だった同僚のジャーナリスト達も、もうニヤニヤするしかありません。
こうして、2009年初頭にはApp Storeのアプリ登録数は約1万5,000本となり、その年の10月には10万本に達するほどの急成長を遂げました(もちろんワールドワイドの話です)。
ちなみに今では登録アプリは150万本超。(2015年6月時点)、1人のiPhoneユーザがインストールしているアプリは平均約120本です。ご存じの通り、スマートフォンは携帯音楽プレイヤー市場や個人向けゲーム機市場をひっくり返してしまいました。
当面は厳しいロボアプリ課金ビジネス
さて、Pepperの話。Pepperは毎月1,000台が1分で完売、とは言え、年内で累計約7,000台強。
ロボットクリエイターがビジネスを回そうと思った時、ロボアプリストアでのアプリ課金による収益はひとつの選択肢ではありますが、App Storeの規模で売上げを想定してもそれは皮算用、別のビジネスモデルをきちんと考えたり、マルチプラットフォームで対象を広げる必要があります。
ソフトバンクは、アプリ開発者のアイデアにユーザが投票する「ロボアプリ Lab」を来年1月からプレオープンします。人気のあるアプリはソフトバンクが発案した開発者に依頼、Pepperに標準搭載することでライセンス料をロボットクリエイターに支払うしくみです。ロボットクリエイターの育成と増加に伴って、マネタイズに関しても更にメーカーの手厚いバックアップが成長のポイントとなってくるでしょう。
いや、私はロボット市場に期待をしているんです。開発者にとってはむしろスマートフォンはこれからサンセット、コミュニケーション・ロボットはサンライズ期に入ると考えています。
現在、多くの企業がコミュニケーション・ロボットの導入や活用を検討しています。Pepperを受付やショールーム、イベント会場や家電売り場等に導入する企業もたくさん名乗りを上げています。その意味でロボットクリエイターの未来は明るく照らされています。それだけにビジネススキームで錯誤してはいけないと思うのです。
iPhoneでさえヒットするためには携帯音楽プレイヤーと市場を統合する発想の実現が必要でした。そのiPhoneでさえ、今やAndroid端末との熾烈な競争に晒されてあえいでいます。Pepperは2015年のコミュニケーションロボット市場を牽引してきましたが、プラットフォームとしてその地位を確立するにはまだまだ別次元の加速を続けていく必要があるのです。ティム・クック氏やラリー・ペイジ氏がいつ「今日、我々は新しいロボットを発明する」と言い出すか、解らないのですから。
ABOUT THE AUTHOR /
神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。