【神崎洋治のロボットの衝撃 vol.11】 IBM Watsonハッカソン〜「心臓MRI自動診断」や「コンシェルジュ」「VR連携」でAIを活用

2016年3月10日、「第2回 IBM Watson日本語版ハッカソン」の決勝大会が開催されました。場所は汐留、ソフトバンク本社。IBM Watsonでいったい何ができるのか、どんなアイディアが生まれるのか、それが知りたくて会場には多くの関係者と観客が詰めかけました。

「ハッカソン」とは、複数人でチームを組み、決められた時間内(期間内)にテーマに沿ったソフトウェアを企画し、制作するコンテスト・イベントです。アイディアと企画開発能力、更にはプレゼンでの説得力等を競うものです。ハッカソンに応募したのは46チーム、うち参加したのは44チーム、予選を勝ち抜いてその日の決勝にたどり着いたのは5チームです。人工知能に類似した機能を持つコグニティブ・コンピュータ「IBM Watson」(以下Watsonと表記)を活用したアイディアの数々を早速みてみましょう。


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IBM Watson日本語版ハッカソンの決勝大会の会場。約300人の観客で埋めつくされた




第2回 IBM Watson日本語版 決勝までの日程

Watsonは2月18日に6種類の日本語版APIが発表され、クラウドサービスの「IBM Bluemix」で利用することができるようになりました。IBMではWatsonをAIとは呼ばず「コグニティブ」と呼んでいますが、一般にイメージするところの人工知能(AI)のように利用することができます。Watsonの機能や日本語版の発表会の詳細は既報の「IBM Watson日本語版が会話を理解して最適な答えを助言する日〜「ロボット」と「人工知能」(AI)の最前線」を参照してください。

この発表会をはさんでハッカソンの日程は全4日間、3部構成で行われました。2/13(土)に行われた事前ミーティングとアイディアソン(アイディア・コンテスト)で、44チームから選抜された13チーム(小学生も含まれる!!)が次のハッカソンに進みます。ハッカソンは2/27(土)~28(日)の2日間で行われ、審査の結果、5チームが3/10(木)の決勝に進みました。

【IBM Watson日本版ハッカソン スケジュール】

・2/13(土):Day1 事前ワークショップ(アイディアソン&メンターリング)

・2/27(土)~2/28(日):Day2-3 ハッカソン(1次審査&結果発表)

・3/10(木):Day4 決勝戦




「ソフトバンク」は企業名、それとも球団名?

ハッカソン決勝の冒頭では、日本IBMより、日本語版としてリリースされたばかりの6つのAPI(ソフトウェア・ツール)が紹介されました。今回は特に通称「NLC」と呼ばれる「Natural Language Classifier」と、R&Rと呼ばれる「Retrieve and Rank」がキーポイントとなりそうです。これらをどう使うかで勝敗が決まります。

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日本語化されたWatsonの6つのAPI。今後しばらくはNLCとR&Rをどう活用するかのアイディアが主体になるが、この他にも言語依存しない例えば画像認識ツールなども「IBM Bluemix」から利用できる(今回は結果的に画像認識の活用が評価に繋がった)

IBM Watsonの機能についてはこの連載コラムでも紹介してきましたが、NLCは自然言語(人間が通常話している言語)を解析して分類分けを行い、結果として人間の意図をも、くみ取ることができるAPIです。形態素解析等の文章解析技術の進歩によって、文章を文節や単語に区別する技術はめざましい進歩を遂げています。しかし、話者が意図した単語を正確に特定できるかと言うと、曖昧な部分があります。例えば、文章から「ソフトバンク」と言う単語を解析したとして、その単語だけでは話者が意図している「ソフトバンク」が企業名なのか、店舗のことなのか、はたまたある特定の携帯電話やスマートフォンの機種をさしているのか曖昧です。もしかしたらプロ野球球団、ホークスの話をしている可能性もあります。人間は文章を構成するその他の単語や前後の文脈を読んで、なんの話題についてやりとりしているのかを理解し、ソフトバンクという単語が何を指しているのか意図を理解します。Watsonも同様のことができるのです。

R&Rは話題の機械学習を利用した検索エンジンで、NLCとR&Rを組み合わせることで従来の検索エンジンよりも高度な回答を返すことができると期待されています。例えば「去年、ソフトバンクは日本一になったっけ?」という質問に対して、ソフトバンクが球団のことをさしていて、昨年、プロ野球の日本シリーズで勝って優勝した、それを日本一と表現する、ということを理解すれば、質問の意図に対して正しい答えが返せる、ということです。

また、Watsonは回答を最適解と思われる順にランク(順位)をつけて返せるという特長も持っています。日本一がプロ野球の順位のことを言っているのだろう、ということは高確率で正答だと思われますが、もしかすると携帯電話会社の契約者数や増減数の順位を話題にしている可能性も少なからずあり、確率が低いものでもランキング順に提示するのです。

では、実際にどのようなソフトウェアが決勝大会に残り、評価されたのかを解説していきましょう。



ワトソン賞(優勝)は「心臓MRI自動診断支援サービス」

今回のハッカソンでみごと優勝したのはメディアマート社の「心臓MRI自動診断支援サービス」(CVIC+メディアマート)です。

MRIはレントゲンやCTと並んで、人間の内部の部位を投影する画像検査として、病院ではお馴染みの検査設備になってきました。磁気を利用して脳や臓器、血管等の断面画像を得ることができます。ところがメディアマートによると、このMRIを使った心臓検査の現場では、診断できる専門医師が不足していたり、診断に手間がかかる等の理由によって検査環境が十分とは言えないという問題を抱えているということです。

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「心臓MRI自動診断支援サービス」のプレゼン発表とデモを行うメディアマート。ワトソン賞に輝いた

「心臓MRI自動診断支援サービス」は心臓画像クリニック飯田橋の理事長であり医師の寺島正浩氏の協力で開発されています。寺島医師の「一人でも多くの患者様に最新、最良の心臓画像診断を届けたい」という思いを実現したいという気持ちからはじまりました。

心臓MRIは診断できる人材が不足していて、MRI画像で診断する人数には限界があり、コンピュータによる画像診断業務を効率化することによって、ひとりでも多くの人がMRI検査を受け、専門医の診断を受診し、助けられる命を増やす、それを目標に取り組みました。

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心疾患による死亡者数は第2位の19万人(年間)。突然死を防ぐためにはMRIの断面画像による診察が有効だが、現場では専門医や人手が足りていない(発表スライドより)

メディアマートによると、心臓MRIは心臓の画像診断の最新最先端の技術であり、約3時間で結果が判明し、安全性に優れていることが特長。現在は全国1500施設にMRIが設置され、設備としては年間で90万人の患者に対して45万件に対応するキャパシティがあるとされています。しかしながら診断を行うための医師・技師が圧倒的に不足していて、実際には3.5万件に留まっていて、本来のキャパシティの1/10以下しか対応できていないのが実状、と言います。
そこで同社では「心臓MRI自動診断支援サービス」の意義として「1.患者の負担を最小限にして助けられる命を増やす」「2.医療機関の生産性を大幅に改善できる」「3.突然死のリスクを大幅に軽減できる」という3点を掲げています。

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MRI画像のスクリーニング等を効率化することで、人材不足の現場でも医師や技師が他の業務にあたることができる(写真は寺島医師)

具体的なサービスは2つあげていて「ひとつは専門医師が不足している現場に対してトレーニングを行うサービス」(メディアマート談)、もうひとつが「MRI撮影したデータを(ネットを通じて)Watsonのサービスに送ると世界最高峰の寺島先生の知見で地域の医師の方に診断を返すことができるサービス」(同)としています。

デモでは、MRIで撮影された多数の断面画像をパッキングしたファイル(DICOM)をドラッグ&ドロップして実行ボタンをクリックすると、Watsonが画像の解析を行い診断する様子が公開されました。ZIP圧縮ファイルを送るとパッキングされた画像を一気に解析しながら、すべての画像の所見をグラフ表示していく仕組みです。

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WatsonがすべてのMRI画像を解析している画面。連続して次々に解析が行われ、Watsonとしての最終の診断結果がこのあと表示される(R&Rで開発予定)

デモの終わりでメディアマートは「このプレゼンを行うにあたり、一昨日、寺島先生のところで自分の心臓をMRIで撮ってもらって診断してもらったところ、3時間後に結果が出て私の心臓は正常とのことでした。しかし、同日に2人の患者さんが99%、血管が詰まっていることがわかり、MRI検査によってそれが発見されて命が助かったのです。寺島先生のように知見のある医師が診断できる時間は限られているため、このサービスを拡げることによって、より多くの人がMRI診断と医師の診察を受けることができれば多くの命を救うことに繋がると思います。また、世界に目を向けると年間で1500万人が亡くなっているので更に貢献できると思っています」(同)と付け加えました。

▼メディアマート株式会社
http://mediamart.jp/



検索&お勧め(コンシェルジュ)

NLCとR&Rを活用して短時間でソフトウェアを作るというハッカソンの性質上、ある程度は仕方ないのかもしれませんが、5チーム中、4チームが検索&リコメンド、すなわちコンシェルジュ系のシステムの出品となりました。

日本情報通信の「りこなび」(由来は「おりこうなナビゲーション」の略から)は「待ち合わせまでまだ時間があるけどどうしよう…」と言ったときに利用できる検索&リコメンド機能をもったアプリです。利用者がツイッター等に投稿している文章を解析して趣味や関心がある事項を判断、それにあわせて周囲の施設やイベントを検索して利用者が好きそうな場所や施設、お店等を薦めてくれるシステムです。

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空いた時間を有効に使うためにユーザの趣味・趣向を考慮した提案を行う「りこなび」をデモする日本情報通信チーム

デモの流れは次の通りです。

ユーザは秋葉原にいると仮定します。次の待ち合わせ場所は1時間後の上野、約3分で到着するために時間が余ってしまう…なにか時間を有効に使う方法はないか、とWatsonベースの「りこなび」に問いかけます。このときの設定ではユーザは鉄道オタク。ツイッターを解析して鉄道好きであることを解析した「りこなび」は、まず近くにある「鉄道居酒屋」を提案します。しかし残念ながらユーザはこの店に昨日行ったばかりです。次に「鉄道模型専門店」、それもNGならと「鉄道書籍専門フロアのある書店」を提案します。ユーザはJR時刻表の最新版を買っていないことを思い出し、書店に行くことに決めて「りこなび」に伝えると決めてくれたことを喜ぶ(正答であったと学習)とともに、現在地からの経路を提示します。

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画面はマップと現在位置、更に左下に会話のやりとりがテキスト表示される(発表スライドより)

同社によればカーナビユーザは4,125万台、スマホナビユーザは4,000万DL(ダウンロード)以上で、今後の成長が見込めるスマホユーザに照準を絞って開発したとのことです。

システム構成図は下図のようにWatsonのNLCで使うコーパスを2つ(状態・趣味)、R&Rで使用するコーパスをひとつ(スポットDocs)作成します。状態コーパスはユーザ自身が忙しい状態かヒマなのか等、趣味コーパスはツイート情報などからユーザの趣味や趣向を判断・学習するためのものです。3つめのスポットDocsはお勧めするスポットの情報を収集してランクの高い順に提案するためのものです。提案した結果、喜んでもらえたかどうか(正答性)も蓄積して学習します。これらが背景で動作しながら、ユーザインタフェースは発話による会話やテキストやマップの画面表示によって成立させています。

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「りこなび」のシステム構成例。STTは「Speech To Text」(音声認識)、TTSは「Text To Speech」(音声合成)、DLGは「Dialog」(会話応答システム)の略。3つのコーパスはNLCとR&Rとデータの間の位置に構成される(発表スライドより)

▼日本情報通信
https://www.niandc.co.jp/


ブライトビューの「グルメコンシェルジュ」のデモでは、週末の女子会に集まるお店を決めかねている3人のチャットが舞台。LINEのような画面で行われる3人の対話をグルメコンシェルジュが自動的に解析しています。やがて3人の要望にあわせて、最も適するお店を提案します。機能を大きく分けるとチャット、パーソナライズされた情報解析からのリコメンド、薦めた結果に対する感情分析(クーポン発行などで販促)等です。

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「グルメコンシェルジュ」の処理の流れ。チャットの内容を解析して要望を理解して合致する確率の高い飲食店を提案する(発表スライドより)

▽株式会社ブライトビュー
http://www.brightview.jp

伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の「スマートシティコンシェルジュ」は各地域ごとや店舗ごとにコンピュータによるコンシェルジュが対応し、ユーザの要望にぴったりの場所に導くシステムです。まず各地域ごとの担当のコンシェルジュが画面に現れてチャットでユーザの要望を聞き、個人情報をもとに数カ所のお店を提案します。ユーザが選択した店舗に専用のコンシェルジュ「看板娘」が用意されている場合はチャットの相手が看板娘に交替して、本日のオススメ・メニューやキャンペーン情報等を効果的に提供します。

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「スマートシティコンシェルジュ」のシステム概要。予めネットからクローリング収集した街のデータを蓄積し、各地域ごとのキャラクターがコンシェルジュとして待機する。店舗によっては看板娘コンシェルジュが用意され、各店舗の詳細情報をチャットで案内する。ユーザとの会話を理解する際、感情認識APIが質問の真意を理解することを支援している(発表スライドより)


▼伊藤忠テクノソリューションズ
http://www.ctc-g.co.jp/



WatsonとVRと使ったコンシェルジュ

コンシェルジュ機能ながら、やや異色だったのはクレスコのWatson VRプラットフォーム「こまち」。観光案内やツアーを提案する旅行ガイドのシステムです。旅行先を決める際のユーザの悩みは「ツアーが多すぎて選ぶのが面倒」「行き先が決められない」「写真だけでは観光地のイメージがわかない」という点、そこに着目して開発されました。

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VRゴーグルと、なぜか巨大なハコスコ(スマホはめ込み式の段ボール製ゴーグル)を持ってプレゼンを行うクレスコ

Watsonを使った自然な会話をもとに、膨大なツアーの中から好みに合った旅行先を提案します。提案とともに現地のVR画像(360動画)をVRゴーグルに表示することができます。臨場感溢れるVR動画を観ながらWatsonが提案するツアーの内容を確認することもできます。デモでは「観光地を見せて」というユーザに対して「クビサトジョウは・・」と音声で解説を始めたWatsonに場内からは暖かな笑いが起こっていました(クビサトジョウとは首里城のこと)。

また、Watsonが解析したユーザ自身の好みだけでなく、「マラソン好きな人が好むツアーを見せて」といったように、タイプ別に蓄積された情報から検索してリコメンドする提案機能も考えられると言います。

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クレスコの「こまち」のシステムの仕組み。使用しているAPIはこの記事の冒頭の画像「6つの日本語版API」で表示されている各機能のアイコンを使って解説されている(発表スライドより)


▼株式会社クレスコ
http://www.cresco.co.jp/



第2回 IBM Watson日本語版ハッカソンを見て

優勝した「心臓MRI自動診断支援サービス」は医療現場の人手不足やノウハウの支援を通じて、人の命を救いたいというテーマが大きく評価されたと思います。医療現場から出た具体的なニーズをつかんだ作品でした。

Watsonは既に米国でがん研究に関して導入されていて実績も持っています。それは主に膨大な文献データを読んで知識として取り込み、実際の患者の症状や状態のデータから、疾病の可能性や種類、治療方針などを提示したり、創薬開発の効率化に貢献するという役割です。

MRIの画像データの診断を医師の代わりにWatsonのみに完全に任すことは倫理上もいろいろ難しい点があると思いますが、Watsonの見解と知見のある専門の医師の助言によって、全国のMRI診断を支援するシステム作りに発展することを期待します。

ハッカソンは短期間で開発するという制約もあって、与えられた機能を開発者が想像したウォンツ(Wants)に結びつけてアイディアを模索しがちです。そのアプローチではなく、まずは消費者のニーズ(Needs)をつかみ、更に何か驚き、新しさを与えるアイディアがあってこそ、消費者のニーズをウォンツに引き上げて新しいスタイルを創ることになるのです。そして、ハッカソンでもそれが求められているのではないでょうか。

IBM Watsonは驚きや新しいアイディアをもたらすのに最適な技術でありツールです。今後もハッカソンによって、コグニティブによる豊かな近未来が提案されることを期待しています。

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優勝したメディアマートのメンバー。「次は日本代表として5月にアメリカで開催される世界大会に参加したい」と抱負を語る


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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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