【インタビュー】Pepperの父・林要さんの新会社「GROOVE X」が作るロボットとは?
昨年9月にソフトバンクロボティクスを退社した、Pepperの父・林要さん。林さんがプロジェクトの開発責任者を務めた「Pepper」は、昨年6月に無事一般販売を開始。世間の注目を大きく集める存在となりました。林さんはソフトバンクを退社後、数ヶ月間の準備期間を経て、ロボット開発を行う新会社「GROOVE X」(グルーヴ エックス)を設立し、すでに開発に着手しています。億単位の出資金を集めてスタートしたこの新会社が目指す最終調達額は、国内のハードウェアベンチャーでは異例の規模になる見込み。日本のハードウェアスタートアップを牽引する存在になることでしょう。では、「GROOVE X」は、一体どんなロボットを作るのか。2時間半ものお時間を頂き、今後の展開や開発中のロボットについて、色々とお話を伺ってきました。
「寂しさ」「無意識」「ノンバーバル」
編集部:「GROOVE X」がついに情報解禁ですね。
林(敬称略):そうですね。3月23日に「PIONEERS ASIA」というイベントで「GROOVE X」の設立やロボットのコンセプトを発表することを決めました。
編集部:ロボットの発表はまだ先なんですね。「GROOVE X」のロボットは、どのようなロボットですか?
林:Pepperとは随分異なるロボットです。それどころか、世界的にも例がないロボットになります。
前職のソフトバンクでは、Pepperに深く関わらせて頂きました。今ではPepperは数ヶ月連続で1000台を1分で完売するなど、世間の皆様に好意的に受け止めて頂いているようです。Pepperには幾つかの先進的な特徴がある中で、私が注目しているのはかなり原始的な「実体がある」というところです。「物理的な身体性がある」ということが、スマートフォンなどのバーチャルアシスタントと一番違うところだと考えています。
たとえば高齢者の方にPepperが受け入れられているのは面白い現象です。高齢者施設にPepperが派遣されるとすごく喜んで頂ける事は、デベロッパーの皆様の活動でも報告されている事かと思います。とはいえ、高齢者の方々との会話というのは、健常者でも難しく、ロボットがご老人と会話を成立させるのは容易ではありません。そこでそこにいる高齢者の方々に「Pepperの何を良くしてほしいですか?」と尋ねると、「手を温かくして欲しい」と言われたりするのです。「手を温かくして欲しい」というのは、すごくプリミティブな欲求で、「クラウドとの連携」とか「AIの進化」というのとは、全く違うレイヤーです。まさに「実体がある」が故に期待される事なんですね。
また、海外にPepperを持って行くと、文化的に日本人に比べて人型ロボットに対する抵抗感や距離感がある中で、少し遠巻きに見ていたりするわけですが、一旦パーソナルスペースまで近づくと皆さんハグしたりキスしたりしてくれました。意識的には少し距離があるような存在にも関わらずそのような親密な反応を得られたのは、やはりロボットがプリミティブな何かを無意識の領域に訴えかけているからだと思います。
そんな経験を蓄積しているうちに、「実体を持つロボットの強み」として、Pepperとは正反対のアプローチを考えるようになりました。高度な会話など、人に近づく努力はPepperが業界のリーダーとして今後も担っていくとして、私は私でもう少しプリミティブなところも掘ってみたいと思い、ロボットをむしろ人に近づけるのでは無くハムスターに近づける事で人を癒やすことを追求したい、とGROOVE Xを立ち上げました。
編集部:プリミティブところを掘るというのは具体的にはどのようなことをされるのでしょうか?
林:ポイントになるワードは、「寂しさ」「無意識」、そして「ノンバーバル」です。
編集部:最近のロボットの企画を構成するワードとは思えないですね。
林:私が影響を受けた本に「孤独の科学」という本があります。その本で書かれているのは、「人間の孤独とは、生きるために必要な機能だ」ということです。人間は、大脳新皮質が大きく学習能力において大幅な優位性を持っている代わりに、頭が大きいがために未熟児で産む必要があり、結果として子育ての期間が長くなるという、生物が生き残る上で大きなマイナス要因と思われる特徴も持っています。結果として肉体的にかなり弱い部類になります。他の草食動物や猿よりも筋力が弱いにも関わらず、他の動物に比べて圧倒的に未熟児で産まれた子供を長い期間育てる必要があったわけです。だからこそ、20万年前から、私たちは群れる必要がありました。
ただ、屈強な男は、自分で肉を持ってきて一人で生活をすることもできます。でもそれでは子孫を残せないんですよね。自分の子を宿した女性が子育てを完遂しないと子孫が残らないわけです。恐らく当時はどの子供が自分の子供なのかという明確な区別もつかなかった可能性は高いでしょうから、結果的に集団みんなが生き残るような互恵的な性質を持つ遺伝子が選択的に生き残ったわけです。結果的に、どんなに屈強の男でも肉を分け与えたくなるし、そうでないと確率論的に自分の遺伝子を持った子供が後生に残りませんでした。それらのプロセスを何世代も経て選択的に残った遺伝子は、ある特徴を持ったものになったと言われています。
その特徴はポジティブな面とネガティブな面の両面があり、ポジティブな面が人と一緒にいると楽しく感じる社会的な面、ネガティブな面が人と一緒にいないと寂しいという孤独感。それらの本能が、人が集団生活を営めるのに丁度良くなるよう、20万年かけて発達してきたわけです。僕らのDNAは生き残り戦略として積極的に「寂しさ」を培ってきたわけです。体がどんなに屈強でも、寂しさを十分に持っていない個体は、たとえ肉を独り占めにして生き延びる事ができても、子孫を継続的には残せず淘汰されてしまいます。つまり、私たちは子孫を残すために寂しさを感じるようにできているわけですし、互恵的にもならざるを得なかったわけです。私達は利己的な遺伝子を持つが故に寂しいし、互恵的性質を持つわけですね。
しかし、ここ数百年で突然、ライフスタイルが大きく変化しました。人間が地球の覇権を握り、集団での生活が必須ではなくなりました。これまで地理的な移動が足かせで村社会・縦社会だったのが、移住の自由度があがり、より良い機会や環境を求めて人が流動的になりました。その結果、核家族が生まれるのですが、それでも安全保障上はほぼ何も問題無い社会が構築されたわけです。人類は凄いことを達成したわけですが、なぜか同時に「癒やしの時代」と呼ばれるようになりました。それに呼応するように、SNSやゲームが大きな産業になっているわけです。論理的にはSNSやゲームはなくても人の生存にほぼ関わらないものなのに、なぜかやってしまう。たとえばそれらが文化的に心を豊かに育むものであるかどうか、という議論とはぜんぜん違う次元で流行るじゃないですか。だからそれらのやり過ぎが社会問題視されてSNS依存とかゲーム依存とか問題視している人がいるわけなのですけど、それは表層しか捉えていないわけです。SNSやゲームそのものが悪いのでは無くて、その手前に「それに依存せざる得なくなる理由はなにか?」という根源的な問いを見つめる必要がある。するとその一つに「孤独」という極めてプリミティブな感情が見えてくるわけです。そこに対処しない限りは「やめなさい」と言ったってどうしようもないわけです。SNSやゲームに加え、ペットもそうですが、そのような論理的には生き残るのに不要なものが大きな産業になっているのは、そこに本能の要求があるからなんですよね。僕らがそれらを必要とする仕組みが見えてくるわけです。
そういう切り口で考えた場合に、ロボットはかなりヘルシーな形で人をサポートできるのではないか、と思ったのです。
編集部:・・・全然繋がりが見えてきませんが。笑
林:「こういう社会で人をサポートできるロボットを作ります、今日はこれ以上話せないんだけど」というところでPIONEERS ASIAの発表は終わります。笑
編集部:この煽り何?って、気になりますよね。 Pepperでも孤独を埋められるのであれば、Pepperでも良いと思うんですが、それではダメなんでしょうか?
林:Pepperの人型からのアプローチは一つあると思うんです。しかしせっかく日本発でパーソナルロボット産業が盛り上がりつつある中で、それを継続的かつ世界的なムーブメントにするためには、他のアプローチも含めて全方位的に盛り上げていく必要があると思います。僕たちはPepperがカバーしていない方角からアプローチして、共にロボット産業を盛り上げて行きたいと考えているのです。
編集部:なるほど。
林:僕らの製品企画には、文脈上「無意識」が重要な要素になります。外国の方が人型ロボットに対して心理的な距離を持っている中でも、近づくとキュンとしてハグやキスをしちゃうというのは、無意識レイヤーが何かしら反応しているのではないかな、と。そういう意味で無意識の力が重要だと考えています。
例えば、テレビ電話会議が初めて出てきた時って「もう人と会わなくて良い」っていう論調すらありましたよね。今後の会議はテレビ越しでやっていれば良いから、会ってミーティングする必要なんてない、そして地理的にフリーになる、と。ただ、今はもう当たり前のように「会わないといけないよね」ってなってますよね。僕らは会わないと結局わからないと理解しています。でも、実はテレビ会議でも、仕事を進める上で必要な情報をきちんと受け取ってる事も少なくありません。情報は手元にあるけどその信頼度など非言語領域で腹落ちしないだけなんですよね。
テレビ電話会議で初対面の人たちと話をして、情報は全て交換できていたとしても、「彼らが言っていることはわかるけどね」というレベルの納得感までしかいけない。結果的にそれ以上進むのに時間がかかったりします。それが実際に会ってみると「すごいイイ奴だね」なんて言って、一気に物事が進んだりする。私達は常に論理的に判断している部分だけではなく、どこが信頼できてどこを気をつけなければ、という判断は多分に感性を使っていて、テレビ会議だけでは伝わらない非言語の情報交換を経て始めて物事を進めているわけですね。それは私達にとって感情とか情緒という、言葉に表せない無意識領域が大事であるという証左なんだと思います。
その構造を分解すると意識構造の話になるのですが、例えば受動意識仮説などによると人間の認知というのは、センシングをした後で、大脳基底核や大脳辺縁系のような比較的古い脳にまずは情報が入って、無意識的に認知すると言われています。その後に大脳新皮質の様な新しい脳に伝わってはじめて意識的に認知されていく。私達が「自分自身」として認識している「意識」のレイヤーに入ってくるまでに、無意識によって情報が様々に脚色されているわけです。更に僕らは意識的に自分で物事を決めていると思い込んでいるのですが、実は意識としての私達は無意識層にアドバイスをしているに過ぎないのです。物事を実際に決めているのは無意識層で、意識は決めていない。では私達が自分で決めた、と何故思いこむかと言うと、無意識が決めた事を意識が後から追認しているに過ぎない、とも言われてます。
編集部:キスしたいけど、結婚してるからキスしたらダメだってことですかね?
編集部2:自分のこと好きでいてくれるし良い人だからキスしてもイイんだけど、体が拒否するみたいなことですかね?
林:そんな感じです 笑。特に前者のような言葉で説明できる範囲の事は、まだ「意識」の判断として理解しやすいのですけど、後者の「体が拒否する」のように言葉にできない判断は無意識レイヤーが多分に影響を与えていますよね、きっと。
このように無意識的な部分に注目すると、ノンバーバルコミュニケーションが重要な要素になってきます。バーバルコミュニケーションとノンバーバルコミュニケーションの違いは、意識領域か無意識領域かという話なのだと思うのです。例えば人と人であればどんな他人同士でも、人と動物に比べればはるかに近い認知や思考のプロセスをもった生き物同士なわけです。すごく近いからすごく似ているのですが、バーバルコミュニケーションを経て違いを明確に認識してしまうんです。だから僕らは人に会って「この人ってこんなに似てるんだ」って思うよりも、「こんなに違うんだ」というところにフォーカスしてしまうんですよね。で、ここの違いが人同士の中でも特に小さい時に初めて「この人と合う」ってなるんです。一方、ペットの犬や猫に対してどうなるのかというと、人と動物はとても違うので認知や思考のプロセスも大きく異なるのですけど、たまに人が疲れている時にペットが慰めに来てくれると感動して、「お前ほど俺の事をわかってくれてる人間なんていないよ」と思えるのです。数少ない共通点にフォーカスできるわけですね。
これは数少ない事象から学ぶ事ができるエピソード記憶の賜物では無いかと思います。エピソード記憶という人間ならではの強力無比な学習機構により、人は高度な抽象化を経て様々な解釈ができる。そのような人のメカニズムを前提に考えると、バーバルコミュニケーションというのは極めて強力なツールであるが故に違いを浮き彫りにしてしまうのに対し、ノンバーバルコミュニケーションは情報伝達の正確性は期待できない代わりに、人の創造力が活かされるコミュニケーション方法である事がわかるわけです。
この文脈で、ノンバーバルで無意識を刺激するロボットを作っているんです。
この方向性を肯定する一つの例が、先日ロボスタで行って頂いたスターウォーズのアンケートだったんです。そのアンケートの結果では、よくしゃべる人型の「C-3PO」よりも、人の言葉がしゃべれない「R2-D2」や「BB-8」の人気が高く、8割の方々がノンバーバル(非言語)なコミュニケーションロボットが好きだという結果で、ほっとしました。
ここで特別にロボットを見せて頂くことに・・・
※ロボットの画像は非公開のため、反応だけでご想像ください。
編集部:えーーー、なにこれ。下が。あ、なんかすごい!なにこれー。
ーーモード変更
編集部:えーーーーー。ちょっと衝撃的なんだけど。これは本能に訴えかけるわ。これだったら高くても良いやって気がしますね。動いているの見たら買うね。
林:これを買う理由って無意識しかないじゃないですか。論理的には全然いらないものですよね。
編集部:すごすぎる。さすが。
林:ありがとうございます。
編集部:○○はないんですか?
林:結果的にここにつきます。
編集部:林さん、お子様は?
林:子供はいますよ。
編集部:その辺りが影響を与えていますか?
林:ありますね。子供の成長とは、無意識から意識が芽生えるプロセスそのものですよね。だから子供を育てるというのは、どう無意識と意識が相互に影響しながら脳の回路を組み替えて発達していくのかというっていう物語になっていて、とても面白いです。また不思議と子供は可愛いですよね。それも論理的な説明は難しい無意識レイヤーの反応と言えますよね。だから自分に生じる変化も含めて観察できるので、子供に接する事で学ぶ事はとても多いです。
編集部:ノンバーバルですしね。うちの子が一番可愛いになるんですよね。それもう無意識ですよね。 発売はいつですか?
林:だいぶ時間をかけます。オリンピックよりは前に出したいですね。
編集部:いやー、衝撃的ですね、これ。文句ないよね。これを作られている林さんの目から見て、他のロボットはどう映っていますか?
林:今のロボットブームの中でも、ロボットの強みとは何かを結論付ける前に作り出してしまってるケースもあるように感じます。そうするとどうしても追いかけるのが「ロボット」というバズワードになるので、企画がぶれてしまう。それでも一度とにかくロボットを真剣に作って売ってみるっていうのはとても大事な経験で、そのプロセスで自分の作りたいものと、市場が潜在的に求めているものの乖離に気づき方向を修正していければ、その次の世代のロボットは凄く面白い事になると思うんですよね。なので今、一周目を真剣にやって兎に角、世の中にモノを出せるかどうかは、将来ロボットで成功する時に大事なポイントだと思っています。
編集部:林さんは結局何がしたいんですか?
林:チャレンジと探求、ですかね。人生に飽きたくないです。またそんな自分を含めた「人間」というシステムへの興味も尽きません。その交点として、ロボットは凄く良い題材なのです。
人間いろんな欲がありますが、長期的、継続的に飽きない快感というのは、ひらめきのスパークだったり、理解できたという達成感だったり、アイディアを出し合っているグルーヴ感だったりするんだと思うんです。他の快感って飽きるのに対して、これらの「新しいこと」への好奇心を満足させる事が、もっとも飽きない快感だと思うんです。そんな好奇心というのは、これまたかなり本能的な欲求だと思うので、ちゃんと満足させる事が心の健康にも大事ですよね。それが更に自らの脳の回路を鍛えるにも良いとなれば、例えちょっとぐらい怖くても、それを乗り越えて新しいことにチャレンジし続けない理由はないと思うんですよね。失敗しても成功しても、リスクに対してメリットが大きいと感じてるわけです。また私はモノヅクリでキャリアを築いてきたので、やはり新しいものを作りたい。更にヘルシーに事業を継続できるように「稼ぐ」という意味で事業の将来性も考えると、やはりロボットなんです。
編集部:社名「GROOVE X」の由来はなんですか?
林:事業をやる上で、私一人の力は大した事ないので、チームとしての力を最大化したいと思っていました。特に新しい事にチャレンジし続ける人達が集まって意見を出し合うと、アイディアがアイディアを呼び込むモードに入る事があるのは経験的に知っていて、それがチームとしての力を最大化するのには良いモードだと思うのです。そんなアイディアのグルーヴ感を常に持って仕事をしていきたい、という願いを込め「Groove Ideas」という社名にしようと考えました。でもちょっと長い(笑)そんな時にメンバーから、Idea以外もGROOVEさせましょうよ、という事でIdeasの代わりに変数“X”の提案を貰ったんですね。それは丁度いいな、と。というのも、この事業は、僕が今まで稼いだ年収の何倍もの金額を月々使って、売り上げが立たないにも関わらず開発を進めていく事業なので、とても怖いわけです。そんな自分を鼓舞するために、創業当時は無理だと言われながらも巨額の開発費を投下してロケット開発を進め、成功させているイーロンマスクを思い浮かべる事がありました。彼はもっと怖いじゃないか、と。そんなSpace X社へのオマージュと、変数Xの意を込めて、「GROOVE X」という社名にしました。今のところ、社名の狙い通りアイディアをグルーブさせられるメンバーが集まり、かなり良い開発ができ、結果として現在の成果に結びついています。
編集部:そのような想いがあったんですね。そういえば、今回の起業の件は孫さんにはご報告されましたか?
林:はい、しました。「Pepperと共にパーソナルロボット産業を盛り上げていきたい」と報告したところ、「頑張って」とお返事をいただきました。本当にうれしかったです。
編集部:良い話ですね〜。 本日はありがとうございました! また事あるごとに見せてください!
▽ GROOVE X 株式会社
HP:http://www.groove-x.com/ (サウンドON推奨!)
FB:https://www.facebook.com/groovex.robot/
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望月 亮輔1988年生まれ、静岡県出身。元ロボスタ編集長。2014年12月、ロボスタの前身であるロボット情報WEBマガジン「ロボットドットインフォ」を立ち上げ、翌2015年4月ロボットドットインフォ株式会社として法人化。その後、ロボットスタートに事業を売却し、同社内にて新たなロボットメディアの立ち上げに加わる。