2016年秋、アメリカ「AAAS(American Association for the Advancement of Science、アメリカ科学振興協会)」が刊行する国際的科学雑誌「Science」誌初の工学系姉妹ジャーナルとして、「Science Robotics」(サイエンスロボティクス、https://www.sciencemag.org/journals/robotics)が発刊される。
日本ロボット学会の紹介によれば、「Science Robotics」は「従来のロボティクス,メカトロニクス,AIとサイエンスとの学際領域のみならず,医療福祉,バイオ,ナノ,マテリアル分野から心理,社会,倫理,法律など社会科学をも包括する未来ロボティクスへの貢献を目的としています」とのこと。既存の枠組みを超えた「未踏学際領域の研究成果」の受け皿としての機能も重視しているという。
7月5日、発刊に先立ち、編集方針、投稿規程等の案内と、記念ミニシンポジウムが東京大学・武田ホールにて開催された。その様子をレポートする。
これまでにない学際領域を目指す「Science Robotics」とは
まずはじめに、「Science Robotics」編集委員長であり、英国インペリアルカレッジ教授でロボット手術センター「Hamlyn Centre」の共同創設者であるGuang-Zhong Yang氏が「Science Roboticsが描く未来ロボティクス」と題して講演した。
「Science Robotics」ではブレイクスルーかつ有用なロボット分野にフォーカスするという。例として示されたのは様々な階層における自己組織化、受動歩行による二足歩行ロボット、生物模倣など。またロボットを使った手術などメディカル関連、深海や宇宙探査、強化学習などの人工知能技術、その倫理などもカバーするそうだ。
橋梁点検ロボット「Bridgeview」とロボット化された未来社会における普通人の仕事
続けて、ヘビ型ロボットやロコモーション研究などで著名な東京工業大学名誉教授,HIBOT取締役会長の広瀬茂男氏が「人類危機を救う新発想ロボティクス」と題して登壇した。
東工大ベンチャーであるハイボットは現在、配管点検ロボット事業を中心に進めているが、広瀬氏は「ロボティクスはソリューション・エンジニアリングだ」と述べて、現在進めている橋梁点検ロボット「BridgeView(http://www.jst.go.jp/sip/dl/k07/kadai/k07-47.pdf)」を紹介した。
「Bridgeview」は他手法と違って、複数ワイヤを使って位置と姿勢を制御する吊り下げ式のロボットを使って点検するというものだ。一部の自由度を拘束することで少ないワイヤ数で姿勢を拘束する。最初のワイヤーはドローンや、スリングショットで張る。
広瀬氏は、研究開発は遠くを見通すビジョンと、一歩一歩歩くことが両方必要であり、途中の上りかけの小山をいったん下る勇気が必要だと述べた。ある程度進んだときに、それが本当に正しいか、基本に戻って判断し、必要であればピボットすることが重要だという。
また広瀬氏はAIとロボティクスが発展した未来社会についても触れて、ほとんどの普通の人のための職業をどう確保するかと問いかけて、ロボットによって蓄積される社会の富が偏らないようにすることが大事であり、人間対人間の職業は意識的に敢えてロボット化せず、一般人のための職業として供給することが重要ではないかと述べた。
人間に接近する基礎技術としてのロボティクス
東京大学教授の中村仁彦氏は「人間に接近する基礎技術としてのロボティクス」という演題で話をした。中村教授は、まず現在開発中のロボット「ハイドラ」を紹介した。昨年の国際ロボット展でも出展されていたロボットだ。
続けて、人が持つ「擬人化」による理解の能力や、そのもとにあると考えられる身体運動の分節化の能力を分析してきた試みを解説した。その能力を使うことで、人の身体運動を先読みしたり、運動から単語を連想させて文章を作って人に伝えたり、推論して次の結果を導くといったことができる。それが擬人化や人のかたちの意味だという。
並行して進めてきた並列高速計算の技術を使うことで、高次元の人体の筋肉モデル計算なども行っている。具体的には、運動選手の動きから、リアルタイムで、その人の体の筋肉がどう動いているか、視覚化して示すことができる。
また銅谷氏らと一緒に、「京」を使ったパーキンソン病の患者さんの動きをシミュレーションする研究にも参画しているという。より筋肉のシミュレーションを精緻にするために質量だけでなく粘弾性などの筋肉の特性だけでなく、神経信号の伝達も含めたシミュレーションも行っている。また、マウスの筋骨格モデルと実験結果を照らし合わせる研究も行っているという。
中村教授は最後に、ロボティクスでこれまで蓄積してきた計算アルゴリズムを使うことで、たとえば人のかたちがどういう意味を持っているのか数理的に見ていくことができるし、人の感覚や生理をどう数理的に扱うのかという視点で人間に接近することができる。そのような基礎技術としてのロボティクスの可能性に関する研究を広い間口で受け入れてくれるジャーナルができるのであれば受け皿として期待していると述べた。
がん細胞を狙い撃ちにする医療用ナノマシン
高分子化学の研究者である、東京大学名誉教授,川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンターセンター長の片岡一則氏は、「ナノマシンを駆使した体内病院プロジェクト」と題して、「身体のなかで活躍するナノスケールのロボティクスが必ず必要になる」と話を始めた。簡単にいうと映画「ミクロの決死圏」のように、小型ロボットが身体のなかに入り、治療を行うというコンセプトを本当に実現しようという研究を行っている。マイクロよりもさらに小さい、ウイルスと同じ100nm以下のサイズのナノマシンが必要になるという。
分子工学技術を用いたナノマシンにもセンシング、オペレーション、プロセシングの3機能が必要になる。肝炎ウイルスと同じくらいのサイズの機能を織り込んだ会合体を作って身体に送り込む。そのままでは異物として処理されるので、表面を特殊な親水性ポリマーで覆って「抗がん薬内包 高分子ミセル」にする。ターゲットは既存手法では治りにくいガンである。抗がん剤を高分子ミセルにすることで、正常細胞を痛めることなく、耐性ガンをやっつけやすくなるという。がん細胞に取り込まれたミセルはpHの変化に応じて薬剤を放出して、ガン細胞を殺す。うち一つは早ければ今年秋には臨床試験に入る予定だという。
次は診断と治療を同時に行えるようなナノマシンを開発していく。MRIを使ってイメージングしながら、外部からのモニタリングや操作を行えるようなもナノマシンの開発を進めるという。従来手法よりもクリアにがんの姿を捉え、薬を届けることができる。
さらに、次は、光遺伝学の技術を使って、システム全体を事前投与して薬をその場で合成させたり、遺伝子治療のようなことも可能にしていきたいと述べた。
特に大きなターゲットは、脳だという。脳は血液脳関門があるのでそのままでは入りこめないが、最近、到達させることができるようになった。アルツハイマーの治療を目指している。
さらに将来は、小惑星探査機のように自分でサンプルを採ってきて分析するといったナノマシンを考えているとのことだ。まさに「体内病院」である。
医用マイクロナノロボット
最後に、Science Roboticsの国際編集委員で東京大学教授の生田幸士氏が「医用マイクロナノロボットの育て方」として講演した。なお、生田氏は、広瀬氏が助教授だった時代の最初のドクターで、当時は形状記憶合金を使った能動マイクロスコープの研究を行っていた。当時はまだメディカルロボティクスという言葉もなかったという。
その後も生田氏はカプセル内視鏡や手術用ロボット「マイクロフィンガー」や、光硬化性樹脂と光造形法を用いた生体医用のマイクロマシンの研究などを進めてきた。
生田氏は、重要なことは新原理、新発想、新概念・新素材だと強調した。コンセプトを先に提案する、コンセプト・ドライブの研究を進めていくことが重要だという。
「Science」に他誌に掲載された論文の中から面白いものに注目する「エディターズ・チョイス」という欄があることについて触れて、Science Roboticsにもそのようなピックアップする機能を持つべきだと述べた。また、新概念、新原理に関する研究の場合、理解や評価を得にくく、発表する学術誌に困るが、広い範囲の人に見てもらえる雑誌として、これからはScience Roboticsがあると語った。
投稿のポイントとしては、「Making Story」が重要だと語った。全体のストーリーだ。サイエンスやテクノロジー、社会に対してどのような影響がある研究なのか、ちゃんと述べること。研究の最終目的、概念、成果と未来ロボティクスを物語ることが重要だという。
また、これからのロボットは理工学だけではなく社会科学も取り込んだ学際的になることが必然であり、、他分野との連携や議論がこれからは重要であり、みんなが同じ場(Science Robotics)で語り合うことができると述べた。ロボコンの創始者で「不気味の谷」という概念の提唱で知られる森政弘氏の考え方についても触れて、森氏の考えが掲載されるようなジャーナルを作りたい、とも語った。
総合雑誌ならではの「緒言」、「結論」を期待
このあと、登壇者たちによるミニパネルディスカッションが行われ、どういう論文を集めていくかという論点について議論が行われた。ロボティクスやAIを取り巻く環境が大きく変わりつつあるなか、どのような研究が投稿されるのか楽しみである。
Science Roboticsは、これまではどこに投稿するか困っていたような学際分野の研究の受け皿となることが期待されている。逆にいえば、様々な視点を持った各分野の研究者が読むジャーナルとなるわけだ。新しい研究分野そのものを拓くためには、多くの人を多様な分野から取り込む必要がある。特定分野に偏った内容ではない、より広い視点で、他分野の人間が読んでも面白い「introdcution」や「conclusion」が重視されることになりそうだ。
なんにしても「Science Robotics」が、ユニークかつ未来につながる研究が続々と掲載され、議論を集める雑誌となることを期待する。
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森山 和道フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!