「東京モーターショー2015」は昨年10月下旬から開催され、累計で81万人以上が来場したビッグイベントです。この広大なイベント会場では、来場者のスマートフォン・アプリと連動した、ある壮大なIoTプロジェクトが行われていました。
会場には600個もの発信機「ビーコン」が設置され、来場者と自動的に通信して位置を把握、現在位置に応じて最適な情報を発信したり、会場内の行きたい場所にナビゲートするなど、その場所で今必要とされる情報を提供することができます。既に、アウトレットモールや屋外イベントにも導入実績があり、更に今夏から東京都内の病院にも導入され、院内リレーションに活用します。この病院ではPepperの導入も始まっています。
このシステムを開発したのは株式会社ジェナ。IoTをはじめとして、PepperやIBM Watsonの開発でも知られる開発企業です。今回の前編は、ビーコンを使ったIoTの特徴としくみ、その取り組みについて、ジェナの代表取締役社長の手塚氏に聞きました。
広大な会場内を最適にナビゲート
スマートフォンを片手にある国内自動車メーカーTのブースを訪れた来場者Aさん。ブースに近づくと、次のライブステージの開催時間やお得な情報が手元のスマホに通知されました。実はAさん、一番のお目当ては欧州メーカーF社のブースなんですが、F社ブースが今はとても混雑していることを知り、まだ比較的すいているこのメーカーのブースに先に足を運ぶことにしたのです。スマホにインストールしたアプリがAさんの位置を把握して最適な情報を通知したり、会場の混雑状況を知らせてくれているのです。
来場者は、東京モーターショーの公式ホームページでもアナウンスされていた総合アプリ「TMS Mobile」(iPhone/Android用)をスマートフォンにダウンロード。スマホで各ブースの最新情報や見どころなどを確認したり、お気に入り登録することができます。
それだけではありません。ビーコン(Beacon)と位置情報を使った最新機能が搭載されています。会場内に設置されたビーコンとスマホがBluetoothで通信して、会場内の自分が今いる位置を表示。行きたいブースを登録すればそこまでの道順を案内図上にルート表示することができます。そしてさらに更に、今はどこのブースや通路が混み合っているか、会場内の混雑状況をヒートマップで確認することもできます。ちなみに個人情報は収集されません。
会場内に設置したビーコンと通信して自分の現在位置が表示できる(右)
ビーコンを活用して混雑状況を表示
ビーコンを使ったIoTの特徴としくみ、取り組みについて、開発した株式会社ジェナの代表取締役社長の手塚氏に聞きます。
神崎(編集部)
開発の経緯を教えてください
手塚(敬称略)
東京モーターショーの総合アプリには、多くの来場者に使ってもらって、モーターショーを更に楽しんでもらおうというコンセプトがあります。そこで、もっと快適にブース間を移動したり、ブースに関連するたくさんの情報を提供する方法を構築したいと考え、ビーコンを利用したシステム「Beacapp」を提案し、導入されることになりました。
神崎
ビーコンは発信機ですね。東京モーターショーの場合、受信機は来場者のスマートフォンのアプリということですね。
手塚
はい。予め、会場の天井付近やブースなどに約600個のビーコンを設置しましたが、これは国内の事例としては最大規模だと思います。ビーコンと来場者のアプリが通信することで現在位置や移動のログがとれますので、位置情報に応じたコンテンツを提供することができます。
神崎
このシステムを導入することで、来場者は会場内を迷わず移動したり、訪問したブースごとの情報が得られるということですね。
手塚
はい。ブースごとに見どころや次回のショーの情報を提供したり、クルマや商品の解説を配信することができます。また、来場者全体の動きをリアルタイムで集計することで、会場の混雑状況をヒートマップで表示することができます。来場者もスマートフォンでヒートマップを確認し「この辺が混んでいるからあっちのブースから回ろう」といった判断ができます。
神崎
このシステムは運営や出展者側にも大きなメリットがありそうですね
手塚
いくつかあります。まず、来場者に対して位置情報に応じたコンテンツが提供できることです。ブース付近にいる来場者には「ようこそ」や「ご来場ありがとうございます」等のウェルカム・メッセージの他、展示中のクルマや商品の情報を提供したり、ホームページへのリンクをスマートフォンに表示することができます。また、イベントの来場者がどのように動いたかの導線がログとしてとれますので、そのデータをマーケティングに利用することが可能です。
来場者の行動は一様ではありません。ブースごとの滞在時間もわかるので、特定のブースに長く滞在する人と細かく移動する人を分析したり、複数回ブースを訪問する人、毎日来る人など、行動から様々な傾向が解れば、今後のブースのレイアウトや展示のしかたのヒントになるかもしれません。
神崎
今回はスマートフォンのアプリの利用促進という目的があったとは思いますが、カード型の入場者証と通信するなどして、来場者全員の動向を把握したり、ヒートマップを表示することも技術的には可能なのでしょうか。
手塚
はい、既にカード型のものもあります。ユーザの行動ログを解析するという目的であれば、カード型のビーコンをお客さんに配布して、受信機を会場に設置する、モーターショーのときとは送受信が逆の方法で実現することができます。
東京モーターショーで導入されたビーコンのシステムは下記の動画で詳しく解説されています。
屋外イベントでも導入が進むビーコン連動システム
神崎
モーターショーは屋内のイベントでしたが、屋外のイベントでもこのシステムは導入可能ですか? 例えば、アウトレットモールで付近のショップのセール情報を表示したり。
手塚
屋外イベントでもシステムの稼働は可能です。アウトレットモール等での導入実績が既にありますが、屋外の例としては下北沢で開催された音楽イベント「下北沢にて」という音楽イベントが解りやすいかもしれません。「下北沢にて」はライブハウスサーキット型イベントで、下北沢に点在しているライブハウスで期間中にたくさんのライブイベントが開催されます。スマホ/タブレット用アプリではこのイベントすべての場所やスケジュールを確認したり、アーティストに応援メッセージを送ることができます。
ここでもビーコンを使用しました。ライブ会場とイベントに協賛する商店街のすべての店舗にビーコンを設置しました。例えば、お昼の時間帯に特定の地域に入ると「美味しいつけ麺屋さんがあるよ」など、周辺のお店が発信する有益な情報が表示されたり、スタンプラリーを楽しんだり、予め告知していないゲリラライブを実施する周囲のユーザにのみ一斉配信するなどを行い、とても好評でした。
今夏から病院にも導入予定
「Beacapp」を活用したシステムは、東京慈恵会医科大学附属病院でも導入される予定です。
慈恵会医大では、ICTの医療活用を目的に技術開発の基礎研究から臨床応用までを幅広く取り扱う講座「先端医療情報技術研究講座」を開設しています。この講座では産学連携として「ICTを活用してどういうことができるのか」を複数の企業との共同研究していると言います。
手塚
当社は「Beacapp」を活用したシステムと医療系のアプリ開発、ロボット活用において共同研究を行っています。Beacappではビーコンを病院の中に設置してスマートフォン・アプリと連動して院内を案内するナビゲーション機能を開発し、近々に運用が開始される予定です。
神崎
アプリが診療科や会計に案内してくれるんですね?
手塚
はい。診療予定の内科はどこ、会計の場所はあっち、と院内をアプリが案内してくれます。車いすの方の場合は、段差のない最適なルートコースを案内します。もちろん、危険な歩きスマホにならないように、その状態を検知したらアプリの動作が一次停止するなどの配慮を行っています。
神崎
私も大きな病院では迷った経験があります。未来の病院ではきっと、受付で診察券と引き替えに小さなデバイスをもらい、待合室で待っているとデバイスから呼び出しがあって、診察室はどっち、次の検査はここ、レントゲン室へ行くにはそこを曲がって、と案内されるのかもしれませんね。
手塚
技術的には可能な段階に来ているように思います。IBM Watson等の自然言語の会話に優れたシステム環境を導入することで、デバイスから自然な音声で案内したり、患者さんの質問に会話形式で答えられるようになるかもしれません。
このアプリは、病院側にとって院内の業務にも活用されます。代表的な例が「スタットコール」機能です。緊急時に医師や看護師を呼び出すことをスタットコールと呼ぶのですが、病院内で人が倒れている際の緊急通知などに使用されます。例えば、倒れている患者さんを発見した場合、従来は状況や場所を内線等で管理室に伝え、院内放送を通じて招集されていました。このアプリでは起動することで院内のビーコンと連動して位置情報を取得し、簡単な操作で関係者に対して自動的にスタットコールが一斉に通知されるしくみになります。
慈恵会医大病院では、患者や面会の人、看護師やスタッフなど、誰でも利用できるパブリックスペースにPepperが設置されています。Pepperは、誰とでも気軽にコミュニケーションをはかり、慈恵医大の成り立ちや歴史、「食」についてなどを話してくれます。先端医療情報技術研究講座では、医療施設での将来のロボット活用を見据え、ロボットが病院の中にいて、人と会話したり、癒してくれる存在になることに、早期に着手したいという思いがあって、Pepperを実験的に導入しました。
Pepperは相手の感情がわかるので、悲しみを感じている人に対してそれを癒す会話などができないだろうか、そんな研究が将来は行われるのではないかと考えられています。
次回の後編では、ジェナが取り組む、PepperやIBM Watsonの活用事例を紹介していきます。お楽しみに。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。