SoftBank Worldの2日めに「IBM Watson日本語版によるアパレルと医療のビジネス変革」と題した講演が行われ、木村情報技術株式会社の代表取締役 木村隆夫氏が登壇し、製薬企業などの製品情報センター支援システムにIBM Watsonがどのように活用できるかを示しました。
木村情報技術は2005年の創業以来、医療分野を中心にシステム・サービスをワンストップで提供してきた企業で、医療分野に集中したAIサービスも提供しています。特にIBM Watsonを早期に導入し、Q&Aデータや各種データ(医薬品添付文書、医療関連文献等)に基づき最適な回答をスピーディーに提示できるシステムを開発、更に製薬の最新情報等をウェブ講演会としてインターネットでライブ配信もしています。
同社は5月に行われた「Watsonサミット」(IBM Watson Summit 2016)でも具体例をあげて興味深い講演をしましたが、このセミナーでもWatsonを活用した具体例が示され、聴衆は耳を傾けていました。
木村氏が、はじめにWatsonに対して詳しい情報をもとめてソフトバンクに聞いたところ「Watsonは質疑応答が得意なコグニティブ・コンピュータです」という返答だったということです。
木村氏は製薬会社に勤務していたこともあり、質疑応答が得意であるならば、製品情報センターやコールセンターでの質疑応答に利用できないかと思いつきました。
例えば、コールセンターではユーザーからはこのような質問が入り、オペレータはそれに回答しています。
これをIBM Watsonが音声で聞き取り、発話で回答を返すことが考えられます。そこで実際にWatsonが行っているやりとりの動画が公開されました。
問い合わせたユーザ、医師や薬剤師が音声で質問します。
「A剤の剤型は何ですか?」
Watsonが発話して回答します。
「A剤には、口腔内崩壊錠とフイルムコーティング錠があります」
続いて「味覚に関する副作用がありますか?」という質問に対して、Watsonは「味覚異常があります」と回答し、「ホルモンバランスに影響がありますか」という問いに対して「月経不順、女性化乳房、乳汁露出症があります」と回答します。
このように製薬に関する質問に対して、Watsonが自動で回答を行います。錠型、副作用、その他の注意点など、処方の前に予め確認しておきたい内容をWatsonが回答、アドバイスしてくれます。デモでは素晴らしい出来栄えのように見えましたが、しかし、実践では聞き取り精度が完璧というわけにはいきません。更に回答する内容はとても重要な情報であり間違いは許されません。そのため、自動応答ができることを確認した時点で、実践で活用するには(情報提供する側には大きな責任が伴うこともあって)、現時点ではまだ難しいと木村氏は判断しました。
ただ、社内で利用するにはWatsonはとても有効です。特に一般企業では、総務や経理、パソコンが壊れた、IDカードを紛失したなどの社内コールセンターでは既に実用的であると感じています。
製薬会社向けに利用するには、オペレータが質問を復唱し、それをWatsonに聞かせることでWatsonに蓄積した知見から回答を提示、オペレータはそれを確認しながら、より確実に、正しく詳しい情報を提供できるのではないかと考えました。
ユーザーとWatsonが直接、やりとりする自動化が理想ですが、現時点ではユーザとオペレータとの会話をWatsonに聞かせて、より正確な情報を提供することをサポートすることを主目的としています。もちろん、Watson導入コストに対して、何人分のオペレータが効率化したり、人員が削減できるかという点がROIとしては議論の中心になるでしょうから、これで満足できるわけではありません。
そこで更に考えたのが「AI 24時間お問い合わせ受付サービス」です。
一部の限られた薬の情報だけでも自動で回答するシステムです。例えば副作用の確認についてはこのように、ユーザーが選択しながら回答していくシステムです。
製品を限定して、薬効についてはこの自動応答サービスでお問い合わせいただくようになれば、コールセンターへの問合わせが減ることも考えられます。実際にこのようなシステムは既に6月から稼働できています。
このように、オペレータを支援するシステムと24時間お問い合わせ受付サービスを組み合わせることにより、実際に導入するのに有益だと言えるのではないでしょうか。
製薬会社でいうと、MRやMLSの教育支援システムとしての利用にも応用可能です。その場合はWatsonがMRやMLSのレベルに合わせて質問をし、それに回答する教育支援も可能です。
また、オウンドメディアとして活用したり、その検索結果をWatsonを使ってマーケティングデータとして分析することも可能ではないかと思っています。
また、木村氏は製薬企業向けでなくても、薬剤師などの医療従事者用のサービスとして、ポータルサイトを運営していくようなサービスの展開も模索していると言います。IBM Watsonに予め全添付文書などを読み込ませて学習させておき、薬剤師などが医薬品のことをテキスト入力して問いかけると、Watsonが画面表示や音声で答えるようなシステムが作れるのではないかと考えています。
講演の最後に木村氏は「IBM Watsonはなんでもできる魔法の杖だと思っていたがそうではありません。膨大なデータからコーパスを作り、学習と教育していく。更に今日入力したデータによって、一旦、頭が悪くなったように陥り、それをチューニングによってある時点で急に以前より一層賢くなっていく、そんな繰り返しです」と語り、学習させるには苦労はあるものの手応えもあり、今後の活用にも拡がりを感じているようです。
ロボスタ編集部でも近いうちに詳しい取材をしてみたいと思っています。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。