2016年7月26日、農林水産省は、東京大学 弥生講堂で「スマート農業推進フォーラム」を開催した。各種センサーやクラウドサービス、ロボット、アシストスーツなどスマート農業関連技術を扱うメーカーや地方行政機関が、技術や実証取組事例について、ポスターと講演で紹介した。
ポスターでは、イチゴ収穫ロボット、柑橘類の腐敗を検出・選別するロボットシステム、土壌センサー搭載型の田植え機、豚ももの自動脱骨ロボット、ロボット台車、そしてロボットトラクターなどが紹介された。
腰痛を予防する農作業用アシストスーツ
アシストスーツは各社の実機が展示され、体験も可能だった。農作業用のアシストスーツは基本的に腰の負担を軽減するものだ。より大きな力を出すのではなく、荷物を持ち上げるときの負担を軽減し、腰痛を予防することを目的としている。
アクティブリンク株式会社のパワーアシストスーツ「AWN-03」は、体幹の動きに合わせて腰のモーターを動かして、背中から上半身を引き上げ、太ももを押すことで、荷役作業の腰負担を軽減する。アシストやブレーキの強弱は調整可能。約8時間稼働する。重量は6.5kg(バッテリー除く)。
東京理科大発ベンチャーの株式会社イノフィスは農林水産省の事業を通して改良した腰を補助する農作業用マッスルスーツを出展。スタンドアローンタイプでは手動ポンプを使うため、空気圧人工筋肉を用いているが、コンプレッサーやタンクを不要とした。重量は4.7kg。試用するために短期貸し出しプログラムも実施している。
サイバーダインのロボットスーツ「HAL 作業支援用(腰タイプ)」は介護などで用いられているロボットスーツの農作業用。背中に貼った電極で神経信号を検知してアシストする。静岡県浜松市三ヶ日町で実証実験を行った。
和歌山大学 八木栄一研究室のパワーアシストスーツは、センサー内蔵の専用の靴と、スイッチ内蔵の片手用手袋を着用して扱う。靴底の力の変化から動作意図を推定して電動モーターでアシストする。たとえば上り坂ではアシストが入るが、降るときには自動的にアシストが切れる。ものを持ち上げるときは手袋内のスイッチを一緒に握り込むようにするとアシストしてくれるしくみだ。重量は6.8kg。
講演レポート ロボット技術への農業ニーズ
農業分野は人手不足解消、所得増大に向けた収量増加・高品質化にはICTの活用が不可欠だとされている。今回のフォーラムは、各地域の課題解決のためには情報発信や意見交換が重要であることから開催された。
はじめに農林水産省生産局農産部技術普及課 生産資材対策室 課長補佐の角張徹氏が基調講演を行い、課題や取り組みをまとめて紹介した。
農業従事者は65歳以上が6割を占めており、高齢化している。将来的な労働力不足が懸念されている。現場はいまでも手作業が多い。雇用労働力確保は年々困難となっている。そこでロボットやITを活用した「スマート農業」の実現に向けた取り組みが行なわれている。
将来像は5つ。超省力・大規模化、作物の能力を最大限に発揮させること、きつい作業や危険な作業からの解放、ICTを使ってノウハウをデータ化することで誰もが取り組みやすい農業の実現、消費者への安全・安心の提供である。農林水産省では、ICTの効果を4つの場面にわけて整理をし、実用化や展開法を整理して検討を行っている。ICT利活用ガイドブックの配布も行っている。事例なども掲載されている。もちろんロボット技術についても現場ニーズや課題が整理されている。さまざまな技術が実用段階に入っているという。
特に進んでいるのがGPSを使った自動トラクターである。農林水産省では無人化技術と、普及生の二つの面を重視して開発をサポートしている。装置の低コスト化やトラクター以外の農機への拡張などだ。無人化に向けた目標は二つ。2018年目標の監視下での自動化と、2020年目標の遠隔監視での無人化の実現にむけて、それぞれ評価を行っている。今後は、さらに人工知能技術やIoTも用いて、飛躍的な生産性の向上を図るために検討を重ねているという。
北海道におけるスマート農業
続けて、地方行政機関における取組事例の紹介が行われた。北海道農政部 生産振興局 技術普及課の大塚真一氏は、「北海道におけるスマート農業の推進について」講演した。
北海道は比較的若い担い手が多いが、それでもやはり高齢化が進んでいる。また一戸あたりの面積が増えてきている。そこでGPSガイダンスシステムと自動操舵のロボットトラクターへの注目が高まっているという。GPSガイダンスシステム付きトラクターは、全国の8−9割は北海道向けに出荷されているという。導入率はまだ低いが、経験の浅い人でもまっすぐトラクターを走らせることができるようになり、疲労も軽減されるなど、導入した農家の評価は非常に高い。
ほっといても普及するのではないかと思われるくらいの高評価だが、地域の営農システムにどのように組み合わせるかについては、まだ流れに任せるわけにはいかないという。まだ価格も高く、設定も複雑で使い熟しが難しい。通信方式の分かりにくさ、電波受信環境の整備も必要だ。地域全体で技術情報の取り込みや導入コスト検討が必要だという。取り組み格差や情報格差も生まれ始めている。
そこで誰でも無料で参画できる「北海道スマート農業推進協議体」を今年6月に設置。人材育成研修も合わせて行っている。北海道大学 野口伸教授の研究室の協力を得て、GPSトラクターや UAVのの体験などを行った。今後、11月30日には、授乳ロボットやアシストスーツなどを集めた北海道スマート農業フェアを札幌市内の展示場で開催する予定。またリモートセンシングやGIS、施設園芸など分野別の検討会も行う。
最後に大塚氏は私見として、機器が高価であることや使い勝手が悪いといった声にメーカーは耳を傾けてほしいと呼び掛けた。また、小麦農場の生育状況に応じた可変追肥システムについてふれ、技術的には画期的であるが、費用対高価を考えると他にできることがあるのではないかと考える、と語り、技術の体系化による応用展開によって、もっと使い勝手の良い技術ができるのではないかと述べた。
パワーアシストスーツ、ロボットトラクターの現在と課題
長崎県農林技術開発センター研究企画部門 研究企画室の神田茂生氏は、「ロボットトラクター及びパワーアシストスーツの実証研究について」と題して講演した。
長崎県では、「長崎スマート農業実証事業」として、ロボットやパワーアシストによる軽労化に取り組んでいる。東京理科大の「マッスルスーツ」と、和歌山大学と株式会社ニッカリによるアシストスーツ「リベロ」を使った、みかん、馬鈴薯の収穫における軽労化実証実験を行った。評価は心拍数や血圧の計測で行った。
どちらのスーツにおいても、装着そのものの違和感があり、程度の効果が確認できない事例もあったという。ただ主観評価では軽労高価はあるとする意見が過半数を占めた。改良要望もさまざまあり、その要望を受けたスーツも開発されているとのこと。
ロボットトラクターについては、ヤンマーと共同で進めている。無人機と有人機の併走で作業を進める。無人機のとおった蛇行のない畝のあいだを有人機が通ることで、作業が楽になるという。42%の時間短縮が可能になった。今後は、無人機のターンのために必要な面積の縮小などが課題になってくるだろうと述べた。
今後の課題としては、スタート地点への移動時間の短縮や、スタート地点や終了地点を任意に決められる仕様にすること、走行パターンの多様化などを挙げた。
クラウドを活用した農作業
佐賀県農業試験研究センター 副所長 横尾浩明氏は、「大学・IT企業と連携したスマート農業導入の取り組み」という演題で講演した。
佐賀は、佐賀牛、二条大麦、大豆、玉ねぎ、アスパラガスやハウスみかんで知られる。高齢化と担い手不足、技術伝承の難しさ、TPPへの対策などの課題に直面している。佐賀県では、佐賀大学、OPTiMと三者連携を結んでいる。「楽しく、かっこよく、稼げる農業」を標榜している。28品目を対象に世界No.1農業ビッグデータ地域を目指しており、病害虫の発生を監視するドローンや、技術伝承のためのウェアラブル技術の活用などを通し、安心・安全で美味しい農作物を届けることを目指しているという。
具体的にはドローンで撮影した画像を解析することで大豆の害虫の検出に成功しているそうだ。ウェアラブルグラスでは、トラクターを操作するときの注意事項などを提示しているという。作業ログも取れる。また撮りためた画像の解析も始めている。最初はデバイスごとにチーム分けをしていたが、今年からは課題後の研究を行っており、2018年を目処としている。アシストスーツを使った玉ねぎ収穫作業の軽労化を進めている。
このあと、水田センサやフィールドセンサー、クラウドなどを活用したICTベンダーにおける取組事例が紹介されたが、そちらは割愛する。
ABOUT THE AUTHOR /
森山 和道フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!