IBM Watsonと連携したPepperが、図書館に導入された。導入を行ったのは、江戸川区立篠崎図書館。都営新宿線篠崎駅と直結している好立地にあり、複合施設内にはカフェやスーパーマーケットが併設されているなど、幅広い年代が利用しやすい図書館だ。
Pepperはそこで図書館内の案内や、江戸川区のニュースを知らせたり、将来的には自習室やPCルームの座席予約なども行なっていくという。このPepperには、IBM Watsonが導入されており、会話データを蓄積しながら、会話をより良いものへとブラッシュアップしていく。収集するのは、一般的な会話データではなく、図書館で使う会話データ。利用者はPepperに何を聞いたのか、そしてPepperは何を返答出来なかったか。これらの図書館用の会話データベース(コーパス)を収集し、全国の図書館で役に立つPepperを育てていく狙いだ。
江戸川区立篠崎図書館の運営を行うのは、江戸川区から指定管理者として選定されている図書館運営大手・株式会社図書館流通センター。同社は全国に業務委託・指定管理あわせて約500館もの受託・運営図書館がある。篠崎図書館を足がかりに、全国の図書館へとロボットの活用を広めていきたいという考えだ。
実際に、今回のPepper導入の発表を同社の社内ネットワークを通じて各館に通知したところ、「私たちの図書館にも導入したい」という声が相次いだという。しかし「それには徹底した実証実験が必要」と語るのは、同社取締役の渡辺太郎氏。渡辺氏は、ロボットを賑やかしの存在ではなく、役に立つ存在にしていきたいと話す。
Pepperを賑やかしではない、役に立つ存在へ
渡辺氏
江戸川区の指定管理者として図書館運営を行う中で、今回のプロジェクトにおいて弊社に与えられたミッションは「利用者がより快適に利用できる図書館にすること」です。ICタグでの自動化もそうでしたが、技術は人の仕事を奪う存在ではなく、人が人にしかできないことに割く時間を増やすためのもの。今回のPepperについても、賑やかしではなく、利用者にとって役に立つ存在にしていきたいと考えています。
渡辺氏が語る役に立つ存在とは、人、すなわち図書館で働くスタッフの仕事をサポートする存在だ。「トイレの場所はどこ?」「図書館利用者カードの作り方」など、利用者からのよくある質問に対してロボットがきちんと回答していくことで、図書館スタッフが人にしかできないことに時間を割くことができるようになる。その結果、図書館利用者の利便性も上がっていくというのが、渡辺氏の考え方である。
渡辺氏
そのためには、Pepperがあらゆる質問に回答できるようになる必要があります。そこで、私たちはまず、図書館のスタッフからよくある質問を拾い上げ、それをPepperと連携している人工知能システムに読み込ませることで、図書館用の会話データベースを作り上げました。まだ対応できるワード数は1,500程度ですが、篠崎図書館での活用を通じ、会話データをよりブラッシュアップしていく必要があります。
例えば、「休館日はいつですか?」とPepperに聞くと、初めのうちPepperは「休肝日」と認識してしまっていたという。しかし、そこに人が手を加えることで、現在はPepperも「休館日」と正しく認識し、回答できるようになった。「人工知能の活用というと、一見自動化されているように感じますが、実際には人が手を加える地道な作業も必要です」と開発担当者は語る。
篠崎図書館に導入されているPepperには、主に2つの機能がある。一つは、よくある質問集やニュース等、事前に設定してある回答を表示する機能、そしてもう1つが先に説明したユーザーが自由に質問をしてPepperがそれに回答するQA機能だ。前者にはエクスウェア株式会社が開発したプレゼンアプリ「ペップレ」が活用されており、後者には同じくエクスウェアが開発している「TalkQA」というシステムが活用されている。
TalkQAは、元々同社の求人ページに設置されているものだった。IBM Watsonを活用している同システムが、質問に対して適切な回答を返すことで、応募を検討している求職者とのミスマッチを減らす狙いで開発された。
渡辺氏
初めてTalkQAのお話を伺った際、まさに役に立つロボットに必要な機能だと思いました。実際に、今回導入したPepperにおける目玉機能であり、最も必要な機能になっています。
ロボットの導入により、人の動きを知る
そしてロボット導入にあたり、もう一つ予期せぬメリットを感じることができたという。そう話すのは、図書館流通センターのPepperシステム担当森俊輔氏。森氏によれば、スタッフからよくある質問をヒアリングした結果、業務内容を見直すきっかけになったと言う。
森氏
各スタッフがどのような作業をしているのかを見直すきっかけにもなりました。人がどう動いて、どのような作業をしているのか。ロボットを導入すると決断したことで、ロボットに何を任せられるのかという発想から、人の動きを知ることに繋がりました。
ロボットに何を任せることができるかという発想が、人の仕事を見える化させた。これはロボット導入時には考えていなかった副次的な効果の一つだろう。
渡辺氏
半日間稼働させてみて分かったのは、利用者は照れてロボットに話しかけるのを躊躇するということ。初め、3人組の男の子がPepperに近寄っていきましたが、照れて話しかけなかったんです。しかし、誰か一人が話しかけた瞬間に子供達も近寄ってきて話し掛け始めました。このようにロボットを置いてみないとわからないことは沢山あります。その知見を溜めながら改善を繰り返していきたいです。
当然、渡辺氏は、今回の篠崎図書館への導入だけで満足はしていない。いち早く、知見とデータを積み重ね、全国で約500館ある受託・運営図書館へと横展開を進めていく予定だ。今回篠崎図書館が第一館目に選ばれたのには理由がある。
渡辺氏
それは、江戸川区という自治体皆様のご協力があったこと、そして篠崎図書館の館長を務める吉井くんが真っ先に手を挙げてくれたことです。
開発サポートが行き届く東京23区内への導入を決めていた渡辺氏は、23区内のどの図書館に入れるべきかと思案していたという。そんな中、篠崎図書館の館長を務める吉井潤氏が手を挙げた。
吉井氏
私は、人がやるべきことに専念するためにも、効率化できるところは効率化していくべきだと考えています。Pepperを見た時から「何かロボットに出来ることがあるのではないか」とロボットの導入を望んでいたので、渡辺さんから電話が掛かってきた時には、二つ返事で導入を決めました。
「機械化できることを機械化することで、人がやるべきことに専念できる」という図書館流通センターの考え方は、ロボット導入を検討している方々にとって、大きな後押しになることだろう。ロボットは人の仕事を奪う存在ではなく、人が「より人らしい仕事」をするための存在であり、ロボットによってその「人らしさ」を知ることができる。
近い将来、図書館流通センターは日本中の図書館にロボットを導入することになるだろう。そう感じた取材だった。
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望月 亮輔1988年生まれ、静岡県出身。元ロボスタ編集長。2014年12月、ロボスタの前身であるロボット情報WEBマガジン「ロボットドットインフォ」を立ち上げ、翌2015年4月ロボットドットインフォ株式会社として法人化。その後、ロボットスタートに事業を売却し、同社内にて新たなロボットメディアの立ち上げに加わる。