名所として知られる田子山富士付近の地下に建設された格納庫から、1基の巨大ロボット「TYPE2604」が地上へと姿を現し、そしてついに大地に立った。ロボットは通称「4式ロボ」(ししきろぼ)、全長90.5mからの景色は圧巻である。
これ、実際のロボットの話ではなく、VR映像を使った作品の中のストーリーです。しかし、この巨大ロボのVR映像が、市の産業観光課によって観光PRのために作られた作品だと知ったら、ちょっとビックリではありませんか?
作ったのは埼玉県志木市。「ゆるキャラ」ブーム全盛の頃からご当地「ろぼキャラ」を推進し、市の観光パンフレットだけでなく、大型トラックにロボットとキャラクターのボディプリントをしてPR活動を進めてきました。
市の観光課が作ったロボットで空を飛ぶVR映像作品
埼玉県志木市は観光PRの一貫として、VR(バーチャル・リアリティー)を使ったCG映像作品を制作し、志木市と交流のある山梨県富士吉田市で開催された「吉田の火祭り」に出展して公開しました。来場した人の中には初めてVR映像を体験した人も多く、巨大ロボットの視点で見る360度の視界にVRゴーグルを装着した子供たちからは歓喜の声が上がりました。
VR映像は3分30秒の作品。登場するロボットは21世紀の危機を救うために未来から来た「4式ロボ」。正式名称は「TYPE2604」、種別は対攻撃性汚染体用重装機械神に該当します。志木市内の観光名所、田子山富士の境内の地下格納庫で整備されていますが、作品ではその格納庫に立つ「4式ロボ」を見上げ、そしてロボットに乗り込み、宇宙に向けて飛び立つところまでがCGで映像化されています。
VRゴーグルを掛けて顔を動かせば、立体的な風景の視界もそれに合わせて動きます。4式ロボが浮上を開始すると、景色は志木市から埼玉県、日本列島へとぐんぐんと上昇していき、やがては宇宙から地球を見下ろす光景が展開します。
4式ロボのデザインは「機動戦士ガンダム ムーンクライシス」や「アウターガンダム」など多くのガンダムシリーズを手掛けた漫画家で映画監督の松浦まさふみ氏が担当しました。松浦氏が以前、志木市にアトリエを持って活動していたこともあって、市がデザインを依頼して実現しました。VRに対応したCG映像は志木市と小林デザインスタジオとの共同制作です。
21世紀の危機を救うために未来から来た巨大ロボ。
動力源は水素。頭頂部に水素発生用H2Oレセプターを装備。
操縦は考えるだけで動かせるため、邪念のない、純粋に街を守りたい心を持った人間しか搭乗できない。
21世紀での稼働時間は、およそ15分。その間に起こったことは、21世紀の人間には認識されない。
これらを企画しているのは、市民生活部産業観光課 課長の醍醐一正氏。私は醍醐氏とは以前から好意にして頂いている間柄で、2014年、ゆるキャラがブームだった全盛期に、醍醐氏が「これからは”ろぼキャラ”で行く!」と言い出したときは、私も驚きを隠せず、返答に困ったことを覚えています。(Pepper発表より前のこと)
ロボットのキャラクターで市の観光を盛り上げたい
志木市には以前からゆるキャラが4種類もいます。アザラシの「志木あらちゃん」、カッパの「カッピー」、更にカッパの「カパル」、さらに更にカッパ妖怪の志木 さくらちゃんです(私はカパル派)。
さらに醍醐氏は、なぜか絶妙なタイミングで、ロボットにも目を付けたのですが、その辺の経緯から今後の展望まで、醍醐氏に聞きました。
神崎(編集部)
志木市には既に「ゆるキャラ」が4種類もいますね
醍醐(敬称略)
アザラシが荒川をのぼって海からやってきたニュースを覚えている人も多いと思いますが、あのとき「志木あらちゃん」の名前で住民票を交付したのが志木市なのです。ゆるキャラのあらちゃんはそれがきっかけです。
また、志木市のあちこちには古くから河童伝説が伝わっています。市内には23体ものカッパの石像があります。そのため、商工会のオリジナルキャラクターや文化スポーツ振興公社のキャラクターとして、計3種類のカッパのゆるキャラが誕生しました。
お祭りやイベントの際、ゆるキャラの人気は絶大で、常に人だかりができて、子供達の賑やかな声が響きます。
神崎
でも「遠野のカッパ」というイメージはあっても、志木市のカッパは今ひとつ認知度が低い気がします。
醍醐
そこでロボットでも観光PRをしようと考えました。
神崎
ロボットを選んだのはどういう経緯だったのでしょうか。
醍醐
同じやるなら「子供たちに夢を与えたい」と思い、環境汚染など危機から地球を救うために未来からやってきた近未来ロボットがいいと。このロボットのデザインは、カッパと志木市の市章がモチーフになっています。
ゆるキャラはどれも、商工会や文化スポーツ振興公社などのキャラクターであり、厳密には市のものではないんです。そこで以前から志木市のキャラクターが欲しいと思っていたときに、志木市にアトリエを持っていた松浦まさふみ先生を紹介して頂いたんです。松浦先生はガンダムシリーズに参画されていたこともあり、「河童伝説とガンダムを合わせたらどんなデザインになるだろう」と、「ガンダムの頭にカッパのお皿が乗ったら・・」「ザクのようなモノアイのデザインがいいかもしれませんね」と、そんなやりとりをしているうちに話が進み、約半日で基本的な原画ができあがったんです。
神崎
それで志木市にちなんで「4式ロボ」という名前のロボが誕生したんですね。しかし、さすがに市の予算では本物のロボットを用意することはできなかったと。
醍醐
はい。本物は無理なので、マンガで表現することにしたんです。未来から来たロボットを志木市に住んでいる17歳の女の子が操縦し、地球を汚染する元凶と戦うという設定です。主人公は水泳が得意で「女ガッパ」の異名を持つ女子高生です。
神崎
イラストや挿絵でキャラクターを使うのかなと思っていたら、26ページの本格的なマンガが観光案内に掲載されたのには驚きました。
醍醐
いいでしょう?(笑)
デザインとマンガを松浦まさふみ先生にお願いして描いてもらいました。通常の観光案内を裏表紙から読むとオールカラーのマンガでヒロインの「いろは水輝」と「4式ロボ」との出会いを読むことができます。
このコミックはうれしいことに全編がPDF化され、ダウンロードして読むことができます。実際には市が配布している観光ガイドにこのコミックが載っています。
http://www.city.shiki.lg.jp/index.cfm/53,56721,c,html/56721/20151118-140005.pdf
後半の本格的なロボットコミック(PDF)のダウンロードはこちら
http://www.city.shiki.lg.jp/index.cfm/53,56721,c,html/56721/20151118-114423.pdf
巨大な4式ロボのトラックも走る
神崎
更に、ボディに4式ロボとヒロインがペイントで描かれた大型トラックが走っているんですよね
醍醐
地域貢献の一環として清水運輸さんにタイアップして頂き、7トンのウイング車輛のトラック後部アルミボディ部分に観光PRキャラクターをペイントしてもらって、関東全域を走行しています。
松浦先生に左右別々のデザインを描き起こして頂き、パソコンを使用して約1日という短期間で完成できる特殊なプリントを施しました。
神崎
醍醐さんに初めて話を聞いたとき、「なんでトラック?」って思いました(笑)
醍醐
ですよね(笑)。多くの人にトラックのプリントを見て志木市の存在を知っていただきたい、という思いがあります。また、トラックはまちのにぎわいの創出にも貢献しています。トラックが志木市のイベントや埼玉県のアニ玉祭(※)などに参加して活躍しています。
この走る広告塔は、地域貢献の一貫として地元の清水運輸さんに協力して頂いています。実は運送業界が抱えている運転手離れの問題に対して、もしかしたら業界の活性化にもなるんじゃないか、という思いもあります。「このトラックを運転したい」という人が増えてくれることで。
数多くある埼玉ゆかりのアニメやマンガを広く県内外へ紹介し、アニメの聖地としての地位を確立するとともに、主に若者や外国人の観光誘客を図るイベント。
http://anitamasai.jp/
神崎
トラックの評判はいかがですか?
醍醐
好評でして、”二代目”というか、”2台目”と言うべきか、2016年の7月に新しいデザインのトラックが新たに加わりました。
ロボットのVR映像作品 今後の展開は?
神崎
VR映像作品についてですが、これを制作したことにはどんな思いが込められているのでしょうか。
醍醐
VRでの映像体験を通して、市外の多くの方に志木市を知っていただく機会になれば、と考えました。また、志木市にも興味を持ってもらい、訪れてもらうきっかけづくりになれたらと思います。
神崎
富士吉田市のお祭りで上映したきっかけは何でしょうか?
醍醐
映像作品は志木市内の名所であり、埼玉県指定文化財である「田子山富士」が舞台となっていますが、富士吉田は日本一の山、富士山をのぞむ場所ですし、明治時代に富士吉田にある溶岩の穴「吉田胎内樹型」を志木市の方が発見したこともあって、富士吉田市と志木市の文化交流がはじまり、観光都市間交流もスタートしたことから、「吉田の火祭り」をこの作品のお披露目の場所に選びました。
神崎
今後の展開についてはどうお考えですか?
醍醐
10月22日に、大規模災害時の災害応援協定を締結している長野県飯綱町で「りんごの里まつり」が開催されますが、そこでも作品の公開を予定しています。今後もイベントなどで広く公開していきたいと思っています。作品についてはできれば続編も作って、多くの皆さんに継続して楽しんで頂ける企画にできたら嬉しいですね。
この「4式ロボ」を私が初めて見たのは2014年のこと。
はじめはロボット・キャラクターを挿絵にする展開だけかと思っていましたが、それがトラックになり、観光案内の本格的なコミックになり、とうとうVR映像作品として仮想現実の中で実在化させてしまいました。
醍醐さんなら、もしかしたらいつか本当にロボットを作ってイベントに持って来ちゃうんじゃないか・・90.5mは無理としても、人間サイズや4m級の4式ロボをいつの日か現実にしてしまうんじゃないか。そんな勢いとパワーを感じます。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。