男性「Pepper、荷物運んで!」
Pep「わかりました、Pepper宅配便ですね、誰に届けますか?」
男性「木村さん」
Pep「わかりました、木村さんにお届けします」
Pepperは自律的に移動をはじめ、オフィスのパーテーションやコピー機を上手に避けながら、木村さんのデスクがあるエリアに向かいます。
木村さんがいるエリアに着いたPepperは社員の顔を認識しますが、木村さんではなくそこにいたのは貝原さんでした。Pepperは「木村さんはいますか?」と問い合わせますが木村さんは不在。Pepperは木村さんの代わりに受け取ってもらえるか確認します。
木村さん宛の荷物を貝原さんに代わりに受け取ってもらったPepperは、帰り道に木村さんに出会います。Pepperは木村さんに声を掛け、木村さんに荷物を届けましたが不在だったので貝原さんに渡したことを告げ、貝原さんから受け取って欲しいと言います。
これは「Pepper宅配便」のプロモーション動画のあらすじです。システムを開発したのは新日鉄住金ソリューションズ株式会社(NSSOL)のシステム研究開発センター(シス研)です。
プロモーション動画には多少の演出が入っているようにも見えますが、「実際に社内を自由に移動して書類を届けるPepperがあるならば、是非この眼で見てみたい」、それが私の率直な感想でした。
なぜなら、Pepperは手や上半身、会話によって感情を表現するロボットとして作られました。そのため、一般の人が考えるほど移動能力については優れてはいません。移動する様子を見かけたときも、ヒトにぶつからないか、ロボットが転倒しないか、と心配そうな顔をしたスタッフがたいていはPepperのそばについて歩いているのが一般的な光景なのです。
そのPepperがどうやって社内を自由に歩き回れるのか・・それをこの目で見て、そのしくみを探ってみたかったのです。
■ Pepper宅配便 (新日鉄住金ソリューションズ)
動画提供:新日鉄住金ソリューションズ株式会社
ロボットの自律移動はけっこう大変
NSSOLのシス研ではこのようにPepperを宅配便として利用し、書類等を運んだり、連絡事項などをPepperが移動しながら告知する役割を担っています。早速、NSSOLのシス研を取材でたずねました。
対応してくれたのは担当の古田裕介氏。
「今、Pepperがこっちに向かっていますので少しお待ちください」とのこと。やがて、角を曲がってきたPepperが遠くに見えると、周囲の様子をうかがいながらゴロゴロゴロとこちらに向かって移動してきました。たったひとりで!!
見慣れたはずのPepperがまるで違ったもののように、私の眼には写りました。
Pepperは二足歩行ではなく、オムニボールというしくみで移動することができます。脚部には滑り止めのゴムを巻いたような形状の3つのボールが内蔵され、そのボールを床に転がすように動かし、ボールの回転方向を制御することで360度、どの方向にも移動することができます。
しかしながら、実際にいろいろな現場で取材をしていても、Pepperが長い距離を移動する姿はほとんど見かけません。
これはライブステージの制作担当をしている友人から聞いた話ですが、Pepperが登場するステージを担当した際、舞台の袖から中央に向かってまっすぐにPepperを移動させるのにも苦労をしたそうです。ボールの性質上、床や絨毯の材質にも影響を受け、プログラミング上で「直進」と指示したところで、必ずしもいつも正確に真っ直ぐ進むとは限らないのが実状なのです。Pepper宅配便はそれをどのようにして克服したのでしょうか。
自動運転車を想像すると解りやすいと思いますが、ロボットが自律的に移動するためには周囲の状況を細かく逐一把握しながら、ぶつからないように障害物を回避していく必要があります。そのためには比較的高精度なセンシングの技術と、センサーからの状況を瞬時に処理するための高速な頭脳が必要になります。それらの課題をどのようにクリアしているのでしょうか・・どうやらPepperのボディの前部、宅配便の荷物を入れるのにも使うバッグに、何か秘密がありそうです。
Pepperからノートパソコンが出てきた!!
古田氏にPepper宅配便のしくみと秘密を聞くと「実は・・・これなんです」と、Pepperの前部にある荷物バック(?)から取り出したのはなんとノートパソコン・・Pepper前部のバッグからノートパソコンが出てきました!!
ノートパソコンには「ROS」(Robot Operating System)がセットアップされていて、Pepperが移動するための地図のマッピングと、センサーから得る周囲の情報をリアルタイムで処理して、Pepperが今どこにいて、通路のどのあたりを歩き、障害物を避けるにはどのようなルートを移動すべきかを算出しています。すなわち、マップと移動に関しての頭脳は、Pepperではなくノートパソコンが頭脳になっているのです。
センサーはPepperが標準で脚部に搭載している10個の距離センサーに加えて、「Xtion PRO LIVE」を増設、XtionのRGBカメラがPepperの第二の眼となり、赤外線センサーがPepperと壁や周囲との距離を測る役目をしています。
Pepperに標準で搭載されているパーツや能力だけに頼らず、十分な性能を持った機器を外付けで増設することでPepperの認識や処理能力を高めようという考えです。パソコンに周辺機器を増設してパワーアップをはかるように、そのような機器の増設によってパワーアップをはかる考え方は個人的には大好きです(メーカー保証の対象外になってしまう場合がありますが・・)。
Pepper宅配便のマップの作成
この日も取材を行う部屋までPepperはひとりでやってきました。イメージ動画の中でもPepperは木村さんの席をゴール地点に設定すると、マップを参照しながら自律的で移動しています。このシステムはどのように作られたのでしょうか。
「最初にまずフロア全体のマップを制作します。具体的には、人間がPepperを連れて通路や各部屋を回りながら、壁や障害物の距離を測ったり、通路を認識してマッピングの作業を行います。壁やドアを認識させることで、ROSを用いてある程度は自動的にマッピングされます」(古田氏)
また、Pepperは各部屋の奥までは入る必要が無いので、実際にPepperが入って動ける範囲だけマップとして生成して記憶させているようです。
「フロア全体のマップが完成すると、Pepperはマップを参照しながら通路を移動することができるようになります。しかし、マップに沿って動作したとしても、マップを計算上移動した距離と実際に動いた距離は必ずしも正確に合致しません。マップ上にはなかった障害物があるかもしれないし、ヒトがそばにいれば避けなければいけません」(同)
自律的に移動するためには周囲の状況を確認し、安全な場所を通行する必要があります。そこで、Xtion PRO LIVEを使って周囲を高精度で測距を行い、周囲の壁との距離や実際にPepperが通路のどのあたりにいるのか、更にはヒトや障害物の存在の有無を正確に把握しながら、通行範囲を測定して移動するのです。
古田氏は「開発はROSを使って行っているので自社ではそれほど特別な開発は行っていない」と謙遜します。ROSはロボットの制御を行うソフトウェアで、マッピングやセンサーから得る周囲の状況を認識する機能がある程度は標準で搭載されています。既にあるそれらの機能を活用し、ROSによって安全に通れると判断した範囲を算出したら、Pepperと通信してそこを通るように細かな状況把握や軌道修正を行いながら、移動を制御するシステム等を同社は開発したのです。
言い換えれば、NSSOLは機器を増設することでPepperが安全に移動するしくみを作り上げました。具体的にはPepperにノートパソコンと、「Xtion PRO LIVE」を増設、ノートパソコンにインストールしたROSの基本機能を利用してマッピング等を行い、標準のセンサーと高性能センサーが取得した情報を処理するセンシングのしくみを作って、精度の高い移動を実現したのです。また、会話を通じて、荷物を誰に届けるのか、届ける先がどのエリアや席なのかも自律的に取得して行く先を定めています。
第一弾のPepper宅配便を試作で作ったとき、パソコンをリュックサックのように背中に背負わせていたと言います。ところが、背中に背負うとPepperの本体に予想外の負荷がかかり、サーボモーターが熱をもってセンサーが作動し、Pepperは勝手に休憩に入ってしまい、長時間の移動ができなかったそうです。これを回避するため工夫や改良を行った結果、現在のように前面に腰からぶら下げるようなスタイルになりました。重量バランスの関係なのか、この方がサーボモーターの発熱は少ないそうです。
パソコンに様々な周辺機器を増設することで、できなかったことを実現したり、パワーアップをはかるという考え方は個人的には大好きです。自律して歩くPepperは残念ながら商用化される予定はありませんが、ニーズや目的に合わせて、できることが拡張されるPepperを見るのはとても楽しみなのです。
ちなみに取材を終えると、ひとり通路を移動しながら帰っていくPepper。
その背中には、ヒト型ロボットならではの愛着と哀愁を感じずにはいられませんでした。
新日鉄住金ソリューションズ株式会社
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。