【神崎洋治のロボットの衝撃 vol.38】ソフトバンクの法人営業部門がIBM Watsonと連携した対話型営業支援システムを導入! 機械学習のプロセスと本質に迫る

2016年7月19日、SoftBank World 2016が東京で開催される直前、「Pepper for Biz 2.0」の記者発表やPepper World 2016夏に向けた取材日程の調整などでロボスタ編集部が騒然としていたその頃・・

ソフトバンクは自社の法人営業部門に、営業担当者の業務を強力に支援する対話型の相談・提案システム「SoftBank Brain(ソフトバンクブレーン)」を導入したことを発表しました。このソフトバンクブレーン、顧客に何をどう提案したらいいか、提案の具体的なポイントなどを営業担当者にアドバイスします。IBM Watsonとクラウド連携し、ソフトバンクが独自に育成したブレーンがアドバイスを行う画期的なシステムです。

具体的にどのように対話するのか、回答の精度はどうか、機械学習によって育成するポイントなどを聞きました。

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ソフトバンク株式会社 法人事業統括 法人事業戦略本部 新規事業戦略統括部 Watsonビジネス推進部 部長 立田雅人氏

 

ソフトバンクブレーンによる営業支援の流れ

営業担当者はソフトバンクブレーンをどのように操作するのでしょうか。
小売大手の企業A社にこれから商談に行く予定の営業担当者が、なにを提案していいのかを迷っている、そんな状況を想定したデモを見せてもらうことになりました。

まず、スマートフォンのアプリを起動して「A社(デモでは実在する企業名)に何か提案したいんだけど・・」と話しかけます。まるで知人にでも話しかけるような言葉使いで・・

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アプリはすぐさま「スーパー/コンビニ業界のA社様ですね」「詳細な「企業分析」と「提案アドバイス」のどちらを聞きたいか教えてください」と答えを返します。

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営業担当者が「じゃあ企業分析」と答えると、アプリは「かしこまりました。こちらです」と瞬時にA社の企業分析レーダーチャートを表示しました。

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更にアプリは「私の分析によるとA社は「コスト削減」に興味があるという結果が出ています。同業種でコストを削減した例から「ホワイトクラウドASPIRE」を提案してはいかがでしょうか…」と続け、ホワイトクラウドASPIREの特長を解説した動画を提示しました。

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このソフトバンクブレーンには「提案アドバイスを聞く」と「Pepperについて聞く」という2つのメニューが用意されていて、いずれも同社が日本IBMと共同で開発・販売を展開している「IBM Watson 日本語版」とクラウド連携することで円滑な会話と適切な情報提供を実現しています。

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法人営業部門向けのソフトバンクブレーンには「提案アドバイスを聞く」と「Pepperについて聞く」というメニュー項目が用意されている



ソフトバンクブレーンを導入した理由

ソフトバンクブレーンについて取材対応してくれたのはWatsonビジネス推進部の責任者である立田雅人氏と、企画と導入に携わったプロダクト&マーケティング統括 AIプロジェクト室 室長の加藤もと子氏、片岡亨氏の3人。

神崎(編集部)

IBM Watsonを活用したソフトバンクブレーンを最初に導入する部門に、法人営業部門を選んだ理由を教えてください

立田(敬称略)

ソフトバンクでは、工数や手間を半分にして、かつ生産性や創造性を倍にする「Half & Twice」というミッションを掲げています。営業現場の効率を上げるというのはソフトバンクの命題です。それを達成するには生産性を4倍にしなければならないのですが、これは簡単なことではありません。

神崎

それで、ソフトバンクブレーンを導入することで効率性を高めようと・・

立田

そうです。また、Watsonを販売する営業担当者はWatsonを日頃から体感しておく必要があるし、Watsonを使って実際に効率化を達成したという実感が重要だと考えました。

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神崎

なるほど。どんな手順で開発が進められたのですか?

加藤(敬称略)

まず法人営業部門の問題点を探るために、営業担当者全員にアンケートをとりました。その結果、商談準備のための情報収集に平均で40分近くかかっていることが分かりました。この時間を短縮することが効率化に繋がると考えました。

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ソフトバンク株式会社 プロダクト&マーケティング統括 AIプロジェクト室 室長 加藤もと子氏

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法人営業部門では商談準備の情報収集のために平均40分の時間を費やしていた

片岡(敬称略)

次に、法人営業部門向けのソフトバンクブレーンを開発するとしたら、どんなアプリが最適かを検討しました。その結果、営業担当者が簡単な会話だけで企業の情報が入手できるスマホアプリが欲しい、提案やアドバイスをしてくれるともっと良い、ということになりました。例えば「××社にはどんな提案が有効か」「A社と競合したらどうしたらいいか」といった相談です。社内に蓄積している情報やノウハウ、書類等を集めて、それを基にWatsonが提案を支援するシステムが有効、という方向性が見えてきました。

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 「××社にはどんな提案が有効か」「A社と競合したらどうしたらいいか」「Pepperは今何社くらい入っている」など、知人やSEに相談するような自然会話で、的確な回答が得られるシステムができれば、強力な営業支援ツールになると考えた

片岡

また、もう一方で当社が扱っているロボット「Pepper」について顧客からの質問が多いのですが、Pepperの担当でないと、お客様からの細かい質問には答えられないケースもあります。こうした経緯から、法人営業部門で導入するソフトバンクブレーンについては、まず顧客に対する「提案アドバイザー」と「Pepperに関する質疑応答」という2つの機能に絞り込んでやってみよう、導入期日はソフトバンクワールドの開催日前日まで、ということになりました。

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ソフトバンク株式会社 プロダクト&マーケティング統括 AIプロジェクト室 片岡亨氏

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営業担当者が「製造業のお客様A社にどんな提案ができる?」と問いかけると「製造業は10年単位でサーバを入れ替える傾向があり、今年がちょうどその時期にあたります。まずはファイルサーバの置き換え提案がオススメであり・・」とソフトバンクブレーンが回答



機械学習に必要なのは現場の生のやりとり

神崎

Watsonの機械学習のコツやソフトバンクブレーンの開発、導入手順をお伺いしたいと思います。いきなり核心からお伺いしたいのですが、Watsonの導入について最も重要なポイントはどんな点でしょうか?

立田

Watsonは膨大なデータを与えて機械学習することで賢く成長していきます。人との自然会話の意図を読み取り、適切な回答を導き出します。しかし、上手に育成するにはコツがあります。それは、ユースケースと同じ環境でユーザーの生の会話、生のやりとりを集めることです。

神崎

整理されたFAQを予めきちんと用意しておくことがもっとも大切、ということではないのですか?

立田

いいえ、逆なんです。業務に詳しい担当者がきれいなFAQをどれだけたくさん用意しても、それだけではたいてい失敗するんです。Watsonのように会話に特化した機能を活かすための機械学習では、整理された質疑応答の情報だけではなく、常に現場の会話、時にはおかしな聞き方だと感じるくらいの質問の方が有効に作用することが多いのです。

神崎

きれいな文語体の日本語よりも、崩した言葉を交えた口語体の方が現実的ということですね?

立田

そうです。会話でやりとりをする質疑応答システムですから「Pepperの満充電時の稼働時間は?」なんて綺麗な文章では学習の役には立ちません。それよりも「Pepperのバッテリーってどんぐらいもつものなんですかね?」という質問の方が重要なんです。

大手銀行の成功例をあげると、実際に営業支援に使う場合、使用するのは銀行の営業担当とは限らず、外部の人の可能性も高いので、FAQにまとめたきれいな質疑応答集に加えて、それらの質問はもし一般の人ならどう言って質問するか、アルバイト等のスタッフを使ってたくさんの言い回しを集めて情報収集した結果、2週間でWatsonの正答率が上がったんです。

神崎

そういう意味で実際にシステムを使用するユーザーの参加が重要ということですか。では、法人営業部門での導入なら、実際に使用する営業担当者の参加が不可欠ということですね。



Watsonの会話解析能力の高さは、ソフトバンクブレーンの「Pepperについて聞く」のデモで垣間見ることができました。それはむしろ驚きに近いものでした。
デモではアプリがまず「Pepperについてなんでも聞いてください」と言います。

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「あの、開発するやつ・・なんだっけ?」と担当者が聞きます。
従来の対話型から考えると滅茶苦茶な質問です。主語述語の体をなしていないどころか、質問にはまともな名詞すら入っていません。従来の会話エンジンでは、こういう質問は理解できずに回答に窮してしまいます。

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しかしソフトバンクブレーンは相手の聞きたい内容を瞬時に把握し、
「Pepperのアプリ開発ができるソフトウェアはコレグラフです。Pepperを喋らせたり、体を動かしたり・・」
と回答しました。この会話内容を把握する能力はまさに機械学習のたまものです。Watsonの育成によって成果が大きく変わってくる部分なのです。

営業からのアンケート収集が完了したのがゴールデンウィーク明け、ソフトバンクブレーンのローンチまでは約2カ月強、決して時間に余裕のある環境で開発がおこなわれたというわけではありませんでした。その間にインテント付け(正答との紐付け)を含めて、Watsonの機械学習を行い、精度を高めていったと言います。

従来の翻訳システムや会話エンジンでは、最も重視されてきた技術に「形態素解析」があります。文節から単語へ、文章の意味をなす最小単位に分解して意味を解析するしくみです。コンピュータは意味自体を理解しなくても、共通の形態素によって関連している質問と回答を紐付ける技術です。

しかし、Watsonをはじめとしてニューラルネットワークを使った会話エンジンはそのしくみが従来のものとは異なります。模範の質疑応答の会話をもとにしますが、崩した会話も模範の会話に紐付けることで、ニューラルネットワークが会話の特徴をみつけだし、関連を統計的に学習していきます。最初は人間が分類したり、正しい解釈への紐付けを行ったりしますが、機械学習の成長が軌道に乗っていくと自律的にその作業をWatsonが進めていきます。

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回答した後には必ず、ソフトバンクブレーンが「私の回答はいかがでしたか?」
と評価を求めてきます。

神崎

「私のアドバイスはいかがでした?」と聞いているのはWatsonの回答に対する評価をユーザーが行うためですね。

加藤

「フィードバック・ループ」と呼びますが、回答が正しかったか、間違いだったかを知らせることで回答の精度を上げていきます。ただし、このときユーザーからのフィードバック・ループをそのままWatsonに渡すのではなく、一度管理者が内容を精査してから、正しいフィードバック・ループだけをWatsonに返して今後の学習に反映させるような工夫をしています。



ソフトバンクブレーンの開発と導入までのプロセス

「ソフトバンクブレーン」を構築する役割分担の構成表を見せてもらいました。

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一番上の企画や設計は「プロジェクト推進室(当時)」が行い、一番下のアプリのデザイン開発は外部の開発業者が行いました。データベースの検索とWatsonのNLC(IBM WatsonのAPIのひとつ)の開発は情報システム部門とAIプロジェクト室が連携して行いましたが、Watsonの会話と回答精度を高めるのに最も重要な鍵を握っていたのは「回答作成サポート」を担当する「営業とSEの約100名」の参加だったと言います。

神崎

法人営業部門のソフトバンクブレーンはどのようなデータを蓄積し、どのようにしてWatsonの機械学習の精度を向上させたのでしょうか

片岡

社内に蓄積していた情報と外部から購入した情報を含めて、17,000社分の企業情報をデータとして蓄積しました。さらに社内にある提案書や書類などのドキュメントを8,000件、更に100名分の営業担当者のノウハウをすべてデータベースに記憶させました。検索やマッチングはWatsonと従来から使っているシステムを連携する開発を行いました。そして、ポイントである自然言語での会話については、営業担当者が普段から会話に使っている質問データを22,000件用意して、Watson NLCの学習に使用しました。

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「IBM Watson NLC」(Natural Language Classifier)はIBM WatsonのAPIのひとつ、自然言語分類と呼ばれます。自然言語の意図を解釈して、最適な回答を、信頼度を付けて提示する機能です。

神崎

この質問データが先ほどのWatsonを育成するポイントですね。ユーザーのやりとりのデータ、ここでは法人営業部門の担当者たちの声をもとに、22,000件の質問データで機械学習させたわけですね。

片岡

はい。これによって、ユーザに対して最適な情報を瞬時に提示できるようになったのです。

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神崎

この20,000件のデータは以前から社内でなんらかのかたちで蓄積していたものなんですか? それとも、Watsonの学習用に作り込んだデータなのでしょうか?

加藤

営業担当者にアンケートをとりました。ただし、書き込んでかしこまった文章にしてしまうと生の声にならないので、同じような状況を想定してもらって「ソフトバンクブレーンがあったら、あなたならどういう質問をしますか?」「どういう聞き方をしますか?」と言って、質問だけを集めたデータです。

立田

質問文を「作って」はダメなんです。ユースケースに合わせて、人ぞれぞれの生の声を「集める」ことが重要なんです。法人営業部門ではスマホでWatsonと会話しますが、それならば集める質問はテキストよりも声の方が適しています。というのも、話しかけるのと文字で入力するのとでは言葉の数に2倍も開きが出てしまうんです。言い間違えたとしたら言い間違えもそのままWatsonの学習データにする方がいいんです。

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神崎

それがユースケースに合わせた生の声を集める、という意味ですね。チャットボットでAIを使うとすれば、ユーザーがチャット画面で入力した情報が生のデータということになるわけですね。



これからのソフトバンクブレーンとWatson関連プロジェクト

神崎

法人営業部門に導入したソフトバンクブレーンを今後、どのように拡張していくのかも気になります。機能を拡張していく予定はありますか?

加藤

はい。例えば、”この顧客を担当しているのは誰か”と尋ねると、Watsonが回答するような「ライトパーソン」機能ですね。担当者が分かればすぐに電話や内線で繋げられることも計画しています。更には手続きや申請など社内の必要書類の作成にかかる時間を削減する「法人ポータル連携」機能も追加していく予定です。

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また、法人営業部門への導入は「はじめの一歩」であり、今後もコンタクトセンター、社員サポートセンター、ソフトバンクショップ、人事、財務など、Watsonやその他のAIを使った業務の効率化を進めていく計画です。既に社員サポートセンター向けのソフトバンクブレーンもテスト運用の段階に入っていると言います。
なお、その際は各部門用に、それぞれ学習を受けた専用のWatsonが回答を受け持つことになります。

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ソフトバンクは今後もWatsonやAIを活用した社内業務の効率化を積極的に進めていく考えだ

このような社内の業務の効率化をはかる一方で、Watsonの販売面については、IBM Watson日本語版エコシステムプログラムのエコシステムパートナーが開発したサービスを、「ソリューションパッケージ」としてソフトバンクが販売することも決め、10月31日より順次ラインアップの発表を行っています。

現時点では、顧客からのメールに対してオペレーターの回答の作成を支援する「テクノマーク クラウド+」、問合わせに自動回答するチャットボット「hitTO(ヒット)」、受付や店舗案内を自動化する「eレセプションマネージャー for Guide」の3つです。

パッケージ化すると業務に特化したシステムとしてサービスがラインアップされるため、ユーザーは自社が抱える現状のどの問題点をWatsonに置き換えることで効率化できるのか、より具体的に絞りこんで検討することができるという一面があります。

しかし、パッケージ化されたとしても導入するユーザーはきちんと意識しておくべきことがあります。それは、Watsonに限らず、AI型のシステムは導入すればすぐに利用できる、効果が出るというものでもない、ということです。導入時には必ず機械学習によるトレーニング、システムの「育成」が必要です。教えてないことまで何でも答えられるAIは存在しません。質問や相談に正しく答えられるように現場がAIに教えていく、育てていくプロセスは必ず必要であり、それが成功と失敗を分ける鍵になるのです。

インタビューの最後にもうひとつ、どうしても聞きたかったことを質問しました。

神崎

Watsonで最も引き合いの多いユースケースはなんですか?

立田

チャットボットです



Watsonの会話の精度の高さが期待され、評価されている・・この回答はそんな表れなのでしょう。高度な会話技術こそ、業務へのAI活用で今もっとも望まれていることのひとつなのです・・
そして、そのひとつの解をWatsonは提示しています。


神崎洋治の連載コラム「ロボットの衝撃!」は、不定期の更新となります。更新のお知らせはメールマガジン等でもご案内しますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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