「私達が開発しているルナは汎用人工知能(AGI)です」
ショッキングなひと言を語るのは日本ルナウェアAIテクノロジーズのCEO、ビジョイ氏だ。
展示ブースにはまるでヒューマノイドのような男性や女性がファッションモデルのように立ち、大きなディスプレイには女性「ルナ」のアバターが表示され、来場者との英語での会話に答えている。
学術的に言えば、汎用人工知能(AGI)は世界中の多くの研究者が目指しているゴールだ。実現までは遠い道のり、たくさんの課題があると考えられている。
一方で最近、ニュースを頻繁に賑わし、ブームのように飛び交っている「人工知能(AI)」という文字、その正体はディープラーニングなどのニューラルネットワークを使った機械学習によって学んでいく技術。人間の脳を数学的に模したしくみを用いている。特別な業務に限って言えば、人間と同等の能力を見せたり、あるいは認識率で人間を超えたりしているため「特化型AI」と呼び、AGI(汎用型AI)とは区別すべきとの声が一般的だ。
ルナウェアは開発のベースオフィスを米国におき、開発部隊はインド、ベトナム、バングラデシュ、ドイツ、オーストラリアにある。データセンターはサンフランシスコ、ニューヨーク、東京に置く、グローバルなIT企業。
とはいえ、あえて「汎用人工知能」を標榜するのはある意味挑戦的に思えるが、それには明確な理由があるのだろうか。
ビジョイ氏に聞いた。
神崎(編集部)
ルナについて教えてください
ビジョイ氏
これは「ルナ」という名前の汎用人工知能(AGI)です。
より身近な存在として相談相手になってくれる人工知能を開発しています。例えば、ボーイフレンドに暴力を受けていると相談されるとします。ルナは”どれくらい付き合っているのか?”から始めて、親身に話しを聞きます。ただ聞くだけでなく、男女の違い、恋愛関係の機微、法律的なことや医学的なことも理解しているので、ハラスメントの状況が非道すぎると判断した場合は、弁護士や医師に相談したり、警察に相談することを薦めたりとアドバイスもします。そこが現在、既にある特化型AIとの大きな違いです。
神崎(編集部)
それだけの知識を持ったAIということですね
ビジョイ氏
これは米国の例ですが、実際にニューヨークの小学校ではルナが物理学を教えています。人間の教師はそばについてはいますが、このブースにあるような大きな画面にルナのアバターを表示し、授業はルナが進めています。
AGIを語っているのは、”すべての人へインテリジェンスのアクセスを提供したい”と考えているからです。向こう3年で米国と日本で上場を目指していて、そこで潤沢な資金を得て、CSRとして教育を満足に受けられない子供たちに対しても無償もしくは廉価で教育が受けられる環境を整えたい、そして最終的には教育できるAGIをすべての家庭に提供していくことがビジョンです。
神崎(編集部)
家庭に入る汎用人工知能の提供がゴールですね
ビジョイ氏
そうです。そのプロセスとして米国の小学校で教師を行う実証実験を行っています。物理に限らず、文法や発音などの語学や数学など、どんな教科でも対応できるように開発中です。
神崎(編集部)
ルナを提供する形態はどのようようなものを予定していますか
ビジョイ氏
3つの形態を予定しています。ひとつは「ローカルホスト」といって、デバイス(端末)にインストールすることです。これはオフライン(ネットワークがない)環境でも利用することができます。SiriをはじめとしたAI音声アシスタントはインターネット環境に接続していないと利用できませんが、ローカルだけでAIが動作して応答することが重要です。
次が「クラウド」です。企業向けのシステムでは膨大なデータベースを端末にインストールするのは現実的ではないのでクラウドとの連携を行います。当社のCTOは、GoogleやNetflixなどで、アーキテクトを担当したバックグラウンドがあり、10以上の開発言語を理解しています。
3つめはローカルとクラウドが連携した「ハイブリッド」です。
神崎(編集部)
データはどのようなものを持っていますか?
ビジョイ氏
当社が独自で開発して所有している巨大なデータベースがあります。それを補完するのにインターネット上のデータも使用しますが、インターネット上の情報は間違いや嘘も多いので引用ソースが不明な不確実なものは使用しません。当然、最近問題になっているキュレーションサイトの情報は対象外です。
更に他の機関との強固な連携もあります。例えば、MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究チームと協力して、工学系、サイエンス、医学系などの論文のデータベースを参照したり、MITが協力しているハーバードビジネスレビューなどの報道機関のデータベースへのアクセスすることを我々も可能にしています。かなり膨大なデータにアクセスすることができます。
神崎(編集部)
機械学習においては、マイクロソフトの人工知能「Tay」が、悪意のある偏った情報をもとに教育されてしまった経緯がありますが、その心配はありませんか。
ビジョイ氏
児童を相手にする人工知能ということもあって、学習に関しては慎重に開発されています。例えば、「ラーニングの権限」という管理機能があります。これはルナに学習させられる権限を持ったものを限定することで、第三者から暴言や間違った歴史を教え込まれるようなことは起こりません。
神崎(編集部)
ルナに感情はありますか
ビジョイ氏
擬似的な喜怒哀楽の感情は持っています。ただ、怒るという感情に関しては、黙ったりすねたりはします。褒める言葉を言えば喜びます。
神崎(編集部)
画面に表示されているアバターは自由に設定できるのですか?
ビジョイ氏
ルナのデザインがアバターにあるわけではありません。男性、女性、少年、少女など、自由に設定できます。エンタメの要素としてイケメンや美少女にすることもできますし、動物などのキャラクターを使うこともできます。
神崎(編集部)
人工知能との会話というと「りんな」を思い浮かべる読者も多いと思いますが、りんなとの違いをひと言で言うと?
ビジョイ氏
ルナは自分で考える能力があり、質問に対して正確な回答を返すことができます。情報検索や画像を調べたりもルナが行います。会話のバリエーションも多彩です。同じ質問に対して、回答はいつも同じではなく、日によって異なる反応をして、会話が長く続くのも特徴のひとつ。複雑なアルゴリズムを開発しています。
神崎(編集部)
どのようなビジネスパートナーを探していますか
ビジョイ氏
当社が重点を置いている分野は医療、教育、介護です。また、キャリア(職業)の相談などにも答え、”あなたのスキルだと転職にはこちらの企業の方が適しているし、この人に相談してみてはどうですか?”とアドバイスするなど、日常生活にAIが深く関わっていくことも想定しています。
神崎(編集部)
ロボットメーカーとのタイアップも考えられますか?
ビジョイ氏
ロボティクスの分野にも興味があります。米国シカゴのノースウェスト大学と提携し、ヒューマノイド型ロボットを自社でも開発していて、ロボティクス専門の開発チームが、上半身ですが動くものを作成しています。ルナを搭載したヒューマノイドを開発する予定です。
医療分野や介護分野、ヘルスケア機器などにおいても、様々なメーカーや企業と話し合いたいと考えています。これも米国の例ですが、民間の救急車運営会社(エマージェンシー・サービス)とタイアップして、具合が悪くなった人に救急に向かうだけでなく、搬送中に患者の状況を病院の医師等に伝え、救急外来で到着する時点では、医師が処置計画をたてて待機している、といった状況を実現する実証実験も行っています。それによって、ひとりでも多くの命が救えると素晴らしいですね。
汎用人工知能ということで、これらのほかにもルナが活躍できる分野を増やすための体制作りや技術開発をしていく予定です。よろしくお願いいたします。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。