「可食ロボティクス」食べられる栄養カプセルロボットの実現を目指す多田隈建二郎氏

P2211105

東北大学大学院 応用情報技術論講座 人間 – ロボット情報学分野 准教授 多田隈建二郎氏

丸ごと食べられるロボットができるかもしれない・・・。東北大学大学院 応用情報技術論講座 人間 – ロボット情報学分野 准教授の多田隈建二郎(ただくま・けんじろう)氏がいま研究開発中のロボットは、全て食べられる、消化できる材料で作られる。口から入り、自ら運動して食道から胃へと移動する。そして消化される。いわば能動的に移動できる栄養カプセルのようなロボットになる予定だ。

昨年2016年10月、総務省「異能(Inno)vation」平成28年度採択プログラムで最終選考結果が発表された。ロボット開発者から唯一通過したのが多田隈建二郎氏だ。対象となったのは「可食ロボティクスの展開:体内管腔状空間での推進を可能とする全周開張式円状断面トーラス型ロボット機構の開発」。以下のようなものである。

可食ロボティクスの展開:体内管腔状空間での推進を可能とする全周開張式円状断面トーラス型ロボット機構の開発

体内の食道や胃腸などの管腔状空間内での移動は、環境に可能な限り接触圧力を与えないで行われることが望ましい。一方で、このような環境内を推進するロボットにおいては、その狭隘空間を自らが侵入推進可能なサイズに「こじ開け」ながら移動する手段が求められるため、この双方の両立は従来極めて困難であった。本プログラムでは、体内管腔構造に全面接触することで、この接触圧力を極力抑える「全周開張」を行う円状構造として、考案した「膨張・収縮式トーラス構造」に基づき、推進を可能にする究極のロボット機構の原理の拡張および具現化を行う。

異能(Inno)vation 公式ページより引用

要するに、自らのボディを押し広げながら移動することで、体内の食道や胃腸を通ることができる円柱状のロボットの開発だ。なお総務省の「異能(Inno)vation」とは「破壊的イノベーション」の種になるような技術課題に挑戦する人を支援するプログラムであり、多田隈氏は独特な全方向移動機構や駆動機構で知られる研究者である。

多田隈建二郎氏が開発してきたロボットの一つ、円形断面クローラを使った全方向移動ローバー
同上、オムニフィンガー


食べられる柔軟ロボットの発想

P2211081

多田隈建二郎氏が開発した沼地を走行するロボット

現在はまだ実物がなく部品を開発している段階だ。完成形は「全周囲にインフレータブル(膨らむことができる)な足がたくさんついたような管状のロボット」を想定している。材料はゼラチンやこんにゃく、寒天など。

電気的なセンサーやアクチュエーターを使うのではなく、あくまで、空気や一種のからくりのような仕組みを使って、壁面に接触することで反射的に動くアクチュエーターを使ってジグザグに移動する、そして安全に消化されることで、内蔵した栄養成分を放出するという仕組みを考えている。

多田隈さんが食べられる柔軟ロボットに取り組み始めたのは2016年の2月くらいから。それ以前、東工大に所属していたころ、自由に何でも語り合うゼミがあった。その中で出た、小松洋音さん(現在、東北大特任助教)の「グミを使ったアクチュエータができないか」という発言にヒントを得て、アイデアを練り工夫を重ねて今日の形に原理拡張・発展させた。そのキーワードは、「可食」すなわち、”食べられる”である。

レスキューロボットの研究室なので、被災者が気絶しており咀嚼もできず、かつ静脈注射もできないような極限の状況にあるなかで、口からロボットが自ら入っていくことで胃まで到達して、そこで栄養を徐放するようなアプリケーションを想定したのだという。

多田隈さんのコア技術は前後左右斜めに動ける全方向移動機構だ。これまでに膨張伸縮機構と前後に動く独自のトーラス構造とを組み合わせることで、沼地のような不整地を走行したり、医療用の細胞を扱えるようなロボットを開発してきた。今回の可食ロボットにも、このトーラス構造を使う予定だ。

今回のロボットはまずは消化管のなかを移動できるような機構を実現することが目的だ。だがその先はロボットハンドをつけたり、胃袋や小腸と各臓器徐々に消化されるに従って形態を変えるようなロボットにできないかと考えているという。アクチュエーターはあくまで内包させるか先端から送り込むことで圧を高めた空気を使う予定だが、柔らかいところから徐々に溶けていくことで、Aという形態からBへ、さらにCへと変化していくようなロボットを想定している。そして消化が進むにつれて、機械仕掛けの機構のみで反射的な動きが変化し、各臓器のなかで、それぞれに適したような形態へと変化していくという。



現在は反射的に動きつつ力を出せる素材の吟味中

P2211070

多田隈建二郎氏

現在は素材を吟味している段階だ。センシング部と駆動部が直結した構造で、消化管の壁面に足が接触したら、次は壁を蹴って押し離すような機構をどうやったら作れるか模索中である。動力源となるガスを溜めている部分から足への経路を作ってやり、足部の動きに従って空気を注入することで、同じ動きを繰り返すことで、それぞれの足が動き、全体を駆動するような仕組みだ。

そんなことできるのかと思ってしまうが、これまでにも多田隈氏はレスキューロボット用のハンド部などへの応用を想定して、押された方向に巻きつくような仕組みの機構を考案している。そのような機構を柔らかく消化可能な材料を組み合わせて生み出す必要がある。ゲルのような素材の足の先端に壁があたったら、足が膨らむ。そうして壁を押し離す。すると対角状にある逆方向の足があたる。それを繰り返して徐々に進むような機構だ。作動流体としてはあくまで空気を考えている。圧縮することでエネルギーを蓄積できるからだ。

各消化器官の入り口には門と呼ばれるくびれた部分があるが、そこを乗り越えるときには、本体が広がることでこじ開けるような機構も想定している。先端は傘の柄のような、柔らかい部分と硬い部分を組み合わせた可変剛性の仕組みが必要になる。あくまで人体に障害を与えない、柔らかい構造でありながら、力を外部に発揮できるだけの力を出せるくらいの剛性は必要だからだ。

多田隈さんは、あくまで消化にこだわっている。体内にカプセル状のロボットを入れて、たとえば外部から駆動するといったロボットはこれまでにも存在する。胃カメラの「NORIKA」「SAYAKA」は有名だ。

アールエフのカプセル内視鏡 「sayaka」

実際に食べても平気な素材で作るために、米粉やゼラチンなどを使って実験中だ。現在は型を3Dプリンターで作っているが、ゆくゆくはフード3Dプリンターを使って複数の材料を組み合わせた構造体を一気に作るようなことも想定している。

将来はフード3Dプリンターの利用も想定する

このような柔らかいロボットは「ソフトロボティクス」と呼ばれているが、食べられる食材を使うのは学術的な切り口としても面白いという。



お披露目は来年の春の予定

P2211072

プレゼンする多田隈建二郎氏

2018年の春には「異能(Inno)vation」平成28年度採択プログラムの研究成果を発表する予定である。そのときには直径50mm、長さ20mm程度の円筒形のロボットになる予定だ。もちろんそのあとは、さらなる小型化を目指す。

とりあえずの想定用途は被災者救援だが、臓器のなかで動けるロボットができるのであれば、たとえば臓器を中から物理的にマッサージしたり刺激するようなことも可能になる。

「まずは体内に入って単純に移動する機構を具現化する仕事をやろうと思うんですが、胃袋に到達したあとでどうするかはアイデアを練っています。胃カメラではできない、力を及ぼすことができる点がこれまでの完全カプセルとは違う点ですので、そこに重み付けをしたい」(多田隈さん)



どんな物体でも「踊り食い」が可能に?

P2211087

多田隈氏が開発中のソフトハンドの先端部。これも柔らかい材料でできている

真面目な用途以外にも可能性がある。全て消化できる物質で、動き回る機構が組み込めるのであれば、かつて口のなかでシュワシュワと弾けるガムがあったように、噛むとふくらんだり、足を動かしたりするグミができるかもしれない。要するに「踊り食い」ができることになる。

これだけでも楽しい食べ物だが、多田隈さんは、この考え方を応用すれば、たとえばダイオウイカのかたちにしクジラに食べさせたりするのも面白いのではないかと考えている。「食べる生物は人間に限定せず、見たときにそれを食べたくなるような動きやかたちをしてたら、ルアーのロボット化ができるんじゃないか」

また、体内から消化管を刺激できるのであれば、体内から何かを排出することにも使えるかもしれない。吸盤のような機構を使えば、より大きな力を出せる可能性があるし、蛇腹構造を使えば大きなストロークを生み出すこともできる。接触したら反応する、というただそれだけの仕組みであっても、様々な広がりがあるという。

多田隈さんは「要素の数は極力少なく、機構学の極みを自分のなかから抽出したい」と語る。これまでの積み重ねと新たな学際的な知識を活かして「機構の極み」を目指す「可食ロボット」の今後に期待している。

「このロボットがすごい2015」での多田隈氏の講演

ABOUT THE AUTHOR / 

森山 和道

フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!

PR

連載・コラム