【IoT業界探訪vol.9】TATERU kit企画のインベスターズクラウド-「不動産会社がIoT機器を作ってみた」-

Fin Techに続く「X Tech」をIT業界全体が模索する中、株式会社インベスターズクラウドは「RE Tech(Real Estate Tech : 不動産とITとの融合)」で業績を伸ばしている。同社は、最近では「IoT」に力を入れているという。

民泊のゲストにチェックイン-アウトなどのサービスを簡便に利用してもらい、周辺地域の商業施設との連携まで目論む「TATERU Phone」や、デザインアパートに設置するIoT機器「TATERU kit」など、自社でハードウェアを開発するだけにとどまらず、IoTサービスの開発や販売のための新会社「株式会社iApartment」を設立するほどの力の入れようだ。

株式会社インベスターズクラウドの子会社である、株式会社iApartmentの代表取締役の吉村直也氏に、「TATERU kit」の特徴や、同社が考えるIoT分野でのマネタイズの方法についてお話を伺った。


吉村氏

株式会社iApartment 代表取締役 吉村直也氏




インベスターズクラウドとは

まず、インベスターズクラウドについて簡単に紹介していく。

主たる業務は、資産運用を検討しているオーナー候補と不動産情報とマッチングさせ、オリジナルデザインのアパート経営を後押しする業務だ。あえて分類するのであれば、「不動産開発業」になるだろうか。

そのビジネスの特徴に関しては、ビジネス誌などの特集記事に譲るが、本記事の中で特に注目したいのは、同社のITに対する貪欲な姿勢だ。

300名ほどの会社の中で、IT系の部隊が60名程と、一般的な不動産事業者と比較すると極めて高いエンジニア比率を保ち、広々としたラボで開発を進めている。


オフィス

広々としたラボスペース



また、プログラミング言語「Ruby」の生みの親であり、現在はHerokuのチーフアーキテクトもつとめる、まつもとゆきひろ氏や、日本最大のWeb系の技術コミュニティ「html5j」の前コミュニティリーダーで現在はエンジニア向けのキュレーションメディア、「TechFeed」を運営する白石俊平氏などを技術顧問として招聘し、月一回は先端の技術知識にキャッチアップするための社内勉強会を開いているという。



このようにITに競争力の源泉を置き、次々と新しいサービスを生み出している同社だが、現在注目しているのは「IoT機器による不動産価値の向上」と、「IoT機器を使ったサービスの開発」だという。



TATERU kitとはなにか

では、どのような機器で不動産価値の向上を図ろうとしているのだろうか。

今回紹介された、iApartmentが開発している「TATERU kit」は「スマートハウスのコントローラー」と言う表現がしっくりくる。スマートドアホンとしての機能にプラスして、エアコンや照明などを集中管理するためのリモコン機能を持っている。

しかし、多少IoTについて調べたことがある人なら検討がつくが、これらの機能を実現するソリューションは幾つかの民生品や既存のサービスを組み合わせることで実現可能だ。

それなのに、なぜそれをあえて会社を作ってまでIoT機器を「自社開発」することにこだわったのか。吉村さんに伺った。


本体写真

左からTATERU kit操作アプリ画面 スマートドアホン 操作端末



製品が立ち上がるまでの道のりについて

ロボスタ編集部

まず、「TATERU kit」がどのような経緯で自社開発されたのか、簡単にご説明していただけますか。


吉村氏

インベスターズクラウドでは、必要なシステムに関しては、今までも可能な限り内製してきてたんです。例えば工程管理システムや、CRMなど、様々なシステムが自社製です。「無ければ造る」というのが基本的な考え方です。

そもそもサービス構想が生まれたのは2014年頃。その頃の機器では自分たちの提供したいサービスが、実際に使うレベルには程遠い状態でした「世の中にないのなら、自分たちでつくるしかない」と考えました。


ロボスタ編集部

とはいえ、それまで開発されてきた「ソフトウェア」と「ハードウェア」はだいぶ勝手が違うんじゃないですか?


吉村氏

たしかに、最初はなかなか難しかったですね。「IoT機器を作りたい」という気持ちは強かったのですが、「初期費用が高い」などの製造業ならではの難しさに至るまでもなく、要件定義自体ができない、という時期もありました。

現在は5-6名+社外のリソースを使って開発を進めていますが、当時は2人のスモールチームでしたからね。わからない事だらけでした。


ただ、普通のメーカーさんと相談してもなかなか進まなかったのですが、現在iApartmentの取締役も務めている、株式会社FORMULA代表取締役の西野充浩に協力を仰いでからは、スムーズに形にすることができましたね。

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株式会社iApartment 取締役、株式会社FORMULA代表でもある西野充浩氏


ロボスタ編集部

西野さんは、フレクストロニクス出身(EMS業界大手のシンガポール企業)なんですね。それは心強いですね。


吉村氏

そうですね。数か月でプロトタイプができ、現在は量産できるレベルのものになっています。現在実証実験中ですが、ユーザーからの反応から「ニーズの普遍性」と「外部に出しても恥ずかしくない品質」だという手ごたえを感じています。




「TATERU kit」の機能について

ロボスタ編集部

「TATERU kit」を開発していく中で、他社製品と差別化できる特徴はどこに置いたんですか?


吉村氏

特徴は簡単に言うと、「セキュアであること」と「使いやすいこと」ですね。


ロボスタ編集部

二つとも大事なことですね。従来の製品のアプローチとはどのような点が異なるのでしょうか。


吉村氏

クラウド越しに操作可能なスマートドアホンシステムや家電コントローラーといったシステムは便利ですが、外部からのクラッキングの危険性に常に晒されているともいえます。そのため、脆弱性を持った部分を一つ一つ排除していくというのがポイントです。



吉村氏2

吉村氏

例えば、多くの機器には、設定、充電用にUSB端子がついていますが、海外ではここからクラッキングする手順なども公開されていることもあり、脆弱性要素の一つです。

ただ、ここを独自形状のコネクタや容易にアクセスできない形状に変えるだけで「USBをきっかけにクラックしようとする人」は振り落とされます。

同様に通信にPOE(給電機能を持つLANケーブル)を使えば「Wifiをきっかけにクラックしようとする人」は振り落とされます。

その他、隣室からのアタックなども考慮してBLEを通信のメインにおくなど、仕様を変えていくだけで大幅にクラッカーの母数を減らすことができるわけです。これは、共通の仕様を守らなくてもよい独自開発のメリットですね。


ロボスタ編集部

たしかに「ネジ」を「+ネジ以外のもの」にするだけで改造する人が大幅に減ると言われていますからね。ただ、POEで通信というのはずいぶんと思い切った仕様ですね。


吉村氏

そこがわが社の強みでもあります。

インベスターズクラウドの業務の柱の一つはオーナーさんや土地に合わせてオリジナルの設計でアパートを建てる、不動産投資の仲介です。つまり、物件をIoT機器に合わせて建てることができます。これは大きいですね。


ロボスタ編集部

なるほど、以前スマートロックのQrioさんにお話を聞いた時にも、ドアの素材や壁の鉄筋によって通信環境が変わってしまうことの難しさをお話されていましたが、住宅側が有線通信に合わせて設計されているというのは大きな利点ですね。

Qrio

以前記事でも紹介したスマートロックQrio


吉村氏

そうなんです。ただ、そのため普通のIoT機器に比べて大幅に「使いやすさ」に気を使った設計にする必要があるんですね。

「入居した時についているドアホンが『TATERU kit』だった」というお客様からしたら、「まずIFTTTのアカウントをとってください」と言われても困ってしまいます。

ロボスタ編集部

確かに、IT系に詳しくない人にとってはアカウントの取得ですら一苦労ですよね。

吉村氏

そうですよね。IoT機器のコントロールアプリを「自分のスマホにダウンロードして設定してください」というのも不親切です。

「家のカギを開けたら電気がつく」、「外出時に鍵を締めたらエアコンが止まる」というような設定に関しても、ユーザー自身がカスタマイズされるのもよいですが、運営側が付加価値として積極的に提供していく必要があると思います。

そういった意味では新しいサービスを提供できる可能性があれば、連携する機器に関しては、独自開発にこだわらずどんどん取り入れていきたいですね。


ロボスタ編集部

一般ユーザーが「価値を感じること」だけに特化していく、ということですね。


吉村氏

はい。コントロール用の室内端末に関しても、一種類に限ってしまって、「家具」のように使ってもらいます。

USB機器をつないで拡張することもできないし、アップデートの頻度はこちらで設定するので、OSのバージョンも最新ではないかもしれません。しかし、ユーザーがそれぞれアップデートして独自に設定していく場合に比べて、システムの検証コストも低く、安定性も高いです。

連携する各機器の操作に関しても必ずクラウドを経由して室内端末からBLEで操作する形にしているので、セキュリティも担保されていますし、この形のほうがユーザーのメリットに適っていると考えています。



今までのIoT機器は、「IoT機器を買いそうな層」にフォーカスされているものが多い。「”彼ら”ならできるような設定方法」になっていたり、「”彼ら”が好きなサービス内容」になっていたが、今回紹介した「TATERU kit」は、一般層にアプローチしているのが特徴と言える。

IoTデバイスという発展途上な分野だからこそ組み込みがちな「過剰な拡張性」や「カスタマイズ性」を排除し、特定の機能に割り切って提供することで一般層が使いやすい形で提供しているのだ。

そして、何より「汎用性」を乗り越え「機器に合わせた家を建ててしまう」という発想が興味深い。これまでの開発とは違うアプローチに好奇心が強く刺激された。

次回の記事では、インベスターズクラウドが考えるIoT機器のマネタイズについて紹介していく。

ABOUT THE AUTHOR / 

梅田 正人

大手電機メーカーで生産技術系エンジニアとして勤務後、メディアアーティストのもとでアシスタントワークを続け、プロダクトデザイナーとして独立。その後、アビダルマ株式会社にてデザイナー、コミュニティマネージャー、コンサルタントとして勤務。 ソフトバンクロボティクスでのPepper事業立ち上げ時からコミュニティマネジメント業務のサポートに携わる。今後は活動の範囲をIoT分野にも広げていくにあたりロボットスタートの業務にも合流する。

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