「守・破・離」東工大名誉教授・広瀬茂男先生が未来を担う人たちに伝えたかった事(前編)
2017年1月22日に東京工業大学にて3年ぶりに「TEDxTitech」が開催された。TEDxは「Technology」「Entertainment」「Design」の頭文字を取った略称であり、研究成果や培ってきた技術等の素晴らしいアイディアを共有する場である。
今回の「TEDxTitech」では「Let’s ReThink」のテーマの元に、東工大の工学分野で活躍する研究者や技術者が数多くスピーカーとして登壇した。
そんなスピーカーたちの中で一際注目を浴びていたのが、東京工業大学名誉教授でありロボット工学者である、広瀬茂男名誉教授だ。東工大時代の広瀬研究室からは多数のロボット工学者が輩出されており、先生の講演を聞いて東工大へ入学を決心した学生も多い。言うまでもなく、ロボット界では影響力が大きい巨匠である。
今回は「TEDxTitech」での講演を記念し、広瀬先生が会長を務めるHiBot社にて貴重なお話を伺ってきた。
インタビュアー
「TEDxTitech」での講演を引き受けた背景を教えて頂けますか?
広瀬茂男名誉教授(以下、広瀬先生)
私の母校である東工大で行われる「TEDx」であった事と、在学中の学生たちと触れ合う有意義な機会であった為引き受けました。
ヘビ型ロボットの基礎になる実際のヘビの運動に関しての研究は、私が行ったのは1970年代ですが、その後世界的にもほとんど類似研究はされていません。例えば「川の流れ」と「ヘビの進み方」が数学的にもまったく同じ式で表せる事はほとんどの人が知らない事です。ヘビの話は、研究こそ広まっていないものの、非常に興味関心を持って頂ける題材なんです。
インタビューの数日前に行われた「TEDxTitech」で広瀬先生は、まず「ヘビから非常に多くのことを学んだ」と話を切り出した。広瀬先生が見つけたのは、ヘビの移動原理。ヘビは足がなくても動くが、その理由は当時明らかになっていなかったという。
そこで広瀬先生はヘビの動きを研究し、曲率に沿って正弦波的に変わる「サーペノイドカーブ」という曲線を発見することとなる。この曲線は過去にだれも見つけていなかった曲線だ。
この曲線を使って1972年、広瀬先生は世界で初めてヘビ型ロボットを開発した。
その後も「ACM-R3」などのヘビ型ロボットの開発を行ってきた広瀬先生だったが、ここで「ヘビの動きだけでは不十分ではないか」と新たな可能性を模索し始める。ヘビの頭と尾をつなぐことで、車輪になるロボット「ACM-R7」を開発し、遠距離移動に適していなかったヘビ型ロボットを進化させたのだ。
広瀬先生
そして、何より「創造的な開発」と「守・破・離」が繋がっていることを伝えたいという意図がありました。
「守」は学ぶ事であり、基本的なスタンスを重要とするという事。「破」は新しいコンセプトを見出す事です。
広瀬先生の研究は、さらにここから飛躍していく。平面ではヘビ型の動きは有効であるが、足場が悪い時には歩行型が適している。そこで開発されたのが、ハイブリッド型のロボット「Roller Walker」である。以下の動画のように、草地のような足場が悪い場所では歩き、その後平面に移るとローラーへと移行し走り出す。平面での走り方はヘビの動きを参考にしているためアクチュエイターも追加する必要がない。
広瀬先生は、この生物から動きを学んだ基本の「守」、そして基本に拘らないで考えた「破」、基本の精神を生かし新しい境地を切り開いた「離」の3つがロボットにも大事であることを語った。
広瀬先生
「離」は、形よりも本質を極めるということ。本質さえわかっていればより良いモノが創造できるということでもあります。
インタビュアー
私もこの「守・破・離」のお話はすごく印象に残っています。
広瀬先生
基本を大切にして、基本を学んでいけばすごい事が解ります。私の場合、実際のヘビを研究していくことで、ヘビの考えも秘密も解ってきました。ただ、一方でそれだけではダメで、こだわり続けるとそれが足かせになってしまいます。創造的な事をやろうとする時には、あまり偏見を持たずに役立つことを取り入れる立場になることが必要なんです。「自然をちゃんと観察しましょう」という基本は守るけれど、でもそれ以外の事もどんどん取り入れていく。そうすると新しい事が生きてくる。
最後はその精神だけは維持するけれど、それと関係なくどんどんやっていこうとする姿勢が大切です。これは、日本の武道やロボット研究でも共通する話であり、まさしく守破離。今回のTEDxTitechでは、それを引っ掛けて説明したということですね。
インタビュアー
ここからは、現在のお取り組みについて伺いたいと思います。現在インフラ検査などで活用されている「ヘビ型ロボット」ですが、より普及するためにはコストダウンがメインの課題だと考えております。そのことについて、HiBot社としてどの様な取り込みや工夫をしていますか?
広瀬先生
これも「守・破・離」の流れと同じですが、どんどんシステムをシンプルにして、目的とする機能を実現するためには何でもやっています。最近はヘビではなく、実は段々と変わってきているんです。シンプルで安いモノを創りつつあります。
一方で、我々はロボットを一般家庭に普及させたいとか数多く売るとか、物売りをする立場ではありません。検査装置を作って、データを提供していくんです。例えば、橋の検査をする際には、どの辺りがどう危ないのかという情報が一番重要なんです。
検査できるマシンを地方自治体や検査会社に売ればそれで終わりですが、自分たちでそのデータを取って整理して、見やすい様な3Dの画像などに変換して、パッと見て怪しいところが検討つくとか、そのような形にして国や地方自治体とかに供給できるものにする。そうすることで、コンペティターにロボットを分解されて、真似されるということもなくなるわけです。なので今は、コンサルティング・データを提供するようなことができるシステムのビジネスモデルを築いていこうと頑張っています。
少なくとも今、アメリカの方でやっている水道を中心とした配管点検のビジネスはロボットそのモノを売ろうとはしていません。
ロボットの開発会社でありながら、ロボットそのものを販売するのではないというビジネスモデルが印象的だ。自社のロボットでしか取得できない情報を、さらにわかりやすく加工して販売をする。確かに、ロボットの売り切りよりも、ビジネスの幅が格段に広がりそうだ。後編では、HiBotのアメリカでの活躍や、ロボット開発者へのメッセージを伺った。
(後編に続く)
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木村 正子青森県出身。ライトニングアーティスト・テクニカルライター・東京工業大学研究生。医療工学・脳科学研究。第18回カワサキハロウィン優勝・日本一のハロウィニスト。幼い頃から青森ねぶた祭りの光る武者人形から影響を受け、造形・LEDを独学する。現在、ロボット・AR/VRコンテンツ開発者。サイドワークとして日本・世界各国のハッカー・メイカースペース巡りとして現在10カ国100カ所のものづくりの現場を訪問。アートと工学の狭間に生きる