自動運転は乗用車のためのもの。そう考えていた人も多いだろう。ところがここへきて日本では、バスの自動運転にスポットが当たっている。
きっかけは2013年の安倍晋三首相による「世界最先端IT国家創造宣言」に基づき、翌年から内閣官房の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部から発表してきた「官民ITS構想・ロードマップ」の2016年版。従来型の自動運転を意味する「準自動パイロット」「自動パイロット」に加え「無人自動走行移動サービス」という新しい言葉が登場した。
このロードマップのサブタイトルには、「2020 年までの高速道路での自動走行及び限定地域での無人自動走行移動サービスの実現に向けて」としてあり、自動パイロットとは違うジャンルであることも明記している。
2016年のロードマップでは、自動走行システムの市場化・サービス実現期待時期についても言及している。それによると、2020年までに準自動パイロットとともに、限定地域で無人自動走行移動サービスを市場化したいとしている。ここでも自動運転と無人運転を分けて示している。
これに対応するように今年2月、国土交通省は道路運送車両の保安基準等を改正した。この中では、ハンドルやアクセル・ブレーキペダルなどを備えない車両でも、速度制限、走行ルートの限定、緊急停止ボタンの設置といった安全確保を条件に、公道走行を可能としたのである。
さらに国交省は翌月、「中山間地域における道の駅等を拠点とした自動運転サービス」について、2017年度の実証実験計画(案)を発表。すると4月には警察庁が、無人運転(警察庁では遠隔型自動運転システムと称する)の実証実験について、道路使用許可の審査基準を満たせば公道での実験を許可すると明らかにした。
バスというとのんびり走っているイメージだけれど、自動運転バスは乗用車を追い越しそうなペースで実現へ向けて突き進んでいるのである。
新たなモビリティサービスを提供すべく動き出した「SBドライブ」
こうした動きを受けて、自動運転技術を活用した新しいモビリティサービスを提供すべく動き出しているのがソフトバンクグループだ。
2016年4月に自動運転技術を研究・開発する東京大学発ベンチャー企業、先進モビリティと合弁で新会社SBドライブを設立。早速いくつかの市町村と連携協定を締結すると、今年3月には内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム「自動走行システム」における沖縄県南城市でのバス自動運転実証実験を、先進モビリティとともに実施。6月からは同じ沖縄県の石垣島でも実証実験を行っている。
さらに沖縄での実証実験が始まった3月には、ソフトバンクがSBドライブに追加出資するとともに、Yahoo! JAPANも出資を行うことで、サービスの連携やビッグデータの活用を検討していくと発表した。
なぜソフトバンクは自動運転に乗り出したのか。SBドライブ代表取締役社長兼CEOの佐治友基氏に伺ったところ、次のような答えが返ってきた。
「ソフトバンクが2015年4~6月に社内で実施した、5年後のためのアイデアを募る『中期戦略アイデアコンテスト』に応募したのがきっかけです。当時からIoTやロボットが次のテーマだと考えていて、ふと「動くIoT」というアイデアが浮かびました。ソフトバンクの得意分野である通信技術、ヤフーのサービスやデータを交通と連携させようとしたのです」
佐治氏のアイデアは500件以上の応募があったなかで2位に選ばれ、会社設立となった。つまり上層部の方針で自動車の世界に参入したわけではなかったのだ。
乗用車ではなくバスを選んだのは、困っている人を助けたいという気持ちから。このあたりはIT業界のマインドが生きているかもしれない。そして最初から自動運転とした理由では、乗客の安全性を挙げていた。
興味深かったのは例として出したのがエレベーターだったこと。たしかにエレベーターもまた自動運転だが事故はほとんど起きていない。エレベーターをモビリティと考える発想は自動車業界の人間にはなかなかない。
自動運転はコスト負担を減らせるか
ところでソフトバンクグループは他にも自動車と関わっている部門がある。たとえば感情エンジンの開発を行うcocoro SBは昨年、本田技研工業(ホンダ)とAI分野での共同研究を開始し、今年1月には米国のCES(家電見本市)でホンダが発表したコンセプトカーNeuV(ニューヴィー)に搭載した「感情エンジンHANA」発表している。こうしたグループ内企業との連携についても聞いてみた。
「トレンドごとに会社は分かれていますが、横のつながりはあります。昨年愛知県でアイサンテクノロジーとともに行った自動運転の実証実験では、cocoro SBが無人タクシーを疑似体験できるアプリ「cocoro Drive(ココロドライブ)」を提供しました。沖縄は第2弾で、Pepperを車掌として乗務させていたので、ソフトバンクロボティクスやcocoro SBなどと連携しました。今後もグループ会社との関係はさらに大切になっていくでしょう」
ちなみにプロジェクトのパートナーとして先進モビリティを選んだのは、電気自動車だけでなくディーゼルエンジンのバスやトラックでも自動運転化できる技術を持っていたことが大きいという。さらに社長の青木氏がNEDOで大型トラックの隊列走行の実験に携わるなど、自動車や自動運転の経験が豊富であることも理由として挙げていた。
前述したように、SBドライブは沖縄で2度の実証実験を行っている。一方で国土交通省や警察庁も自動運転サービスの導入には前向きだ。となると2020年のサービス開始は確実ではないかと思われるが、気になるのは採算が取れるかどうかだ。乗合バスは多くの路線が乗客減少に悩んでおり、廃止や減便のニュースを耳にするからである。
「システム構築や運用に際しての費用は払っていただく必要はあります。それでも人件費の2/3ぐらいに収まると予想しています。そうであれば普及の可能性は高まるのではないでしょうか。乗合バスの7割は赤字と言われており、自治体などによって補填がなされています。自動運転バスも初期投資がありますので、最初は補填をしていただきたいとは思いますが、その後黒字に転換すれば、本数を増やすなどのサービスを提供できるでしょう」
現状では地方の移動に焦点を当てて実証実験を行っているSBドライブであるが、大都市に興味がないわけではない。空港内や倉庫の往復、マンション街の周回などに可能性があると考えているようだ。数年後、日本のあちこちでPepperが車掌を務める自動運転バスに乗ることができるかもしれない。
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森口 将之1962年東京都生まれ。早稲田大学卒業。自動車専門誌編集部を経て独立。自動運転からクラシックカーまで幅広いジャンルを担当。新聞、雑誌、インターネット、ラジオ、テレビなどで活動中。自動車以外の交通事情やまちづくりなども精力的に取材。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。著書「パリ流環境社会への挑戦」(鹿島出版会)「これでいいのか東京の交通」(モビリシティ)など。