下の写真Aは「Pepperだらけの携帯ショップ」を撮影した一枚ですが、この一枚にはロボットによるイノベーションを暗示するいくつかの光景が凝縮されています。
東京表参道、3月24日、ソフトバンクロボティクスとソフトバンクがオープンした「Pepperだらけの携帯ショップ」の写真です(3月30日までの期間限定〜既に終了しています)。「世界初!」をうたい、接客から商品のお渡しまでロボットだけで行うことが最大のウリで、既にニュース報道などを見た人も多いことでしょう。
このショップの話題になると、私の周囲の人は、たいてい3通りのうちどれかの反応をしました。ひとつめは「こんなショップでいったい何台のiPhoneが売れると思ってやっているんだ?」、ふたつめは「Pepperが客寄せパンダを脱せるかが課題だな」、3つめは「これはすごい、ついにやったか、面白そうだ♪」。
あなたの反応はどれに近いでしょうか。
今回のコラムは「コミュニケーションロボットの本質と価値」について、その1.という壮大なテーマでいってみたいと思います。
Pepperだらけの携帯ショップ、あなたはどんな感想を持った?
ロボットのニュースが毎日のように踊っていますが、コミュニケーションロボットの本質や価値ってなんでしょうか?
世の中のほとんどの人がコミュニケーションロボットの価値と用途をまだ正しく理解していません。なかには全く勘違いしている意見や記事も散見します。「なんでこんなにロボットが騒がれているのか、わかっているようで、実はなんとなくモヤモヤしている」と感じている方も多いのではないでしょうか。
でも、その感じは至極当然なのです。それは、コミュニケーションロボットがいる社会を、私達は今まで体験したことがないからです。スマホでもパソコンでも、自動車でもマネキンでもない、新しいものが存在する世界に直面しています。
だからこそ「Pepperだらけの携帯ショップ」にどんな意味があるのか? 今は、十人十色の感想を持っていいんだと思います。しかし、経営者や管理職の方々はそんな呑気なことをいってばかりもいられません。ビジネスが大きく変わろうとしている岐路なのです。
では冒頭の【写真A】に話題を戻して、コミュニケーションロボットの本質と価値について解説していきます。
笑顔の理由
「Pepperだらけの携帯ショップ」は3階建て。どのフロアも狭いです。1階には4台のPepperが配置されて、iPhoneやアクセサリ類を販売したり、お店の呼び込みをしています。
【写真A】はその1階の写真です。
注目して欲しいのはまずお客さんの笑顔。なんでこんなに楽しそうなんでしょうか?
Pepperがここで販売する携帯は実は「iPhone 6s」16GBモデルの1機種だけ。そのiPhoneの販売は画面の一番手前で写真に写っていないPepper店長が担当しています(写っていなくてごめんなさい)。
その他にアクセサリや周辺グッズも売っていますが、申込みや購入はネットショッピングで行われます。「な〜んだ、それだけ?」と感じるかもしれません。では、それなのになぜお客さんこの笑顔?
本来、買い物は楽しいものです。商品選びでアレコレ悩んだり、店員にそれぞれの商品の特徴をたずねたり…しかし実際の携帯ショップではこんな楽しそうにしているお客さんはあまり見たことがありません。なによりも、ロボットが接客しているという新しい体験を感じているから笑顔になれるのです。
ロボットの登場をパソコンやスマホ、タブレットと同一線上に考えていたり、それらと比較して価値をはかろうとしているとしたら、世の中の変化を感じていないにほかなりません。「客寄せパンダ」こそ協力なマーケティング戦略の要であり、コミュニケーションロボットの重要な存在意義のひとつなのです。
Pepper店長の仕事は忙しく、メイン業務の「iPhone 6sの契約」、待合室でお客様をもてなす「ロボギャグチケット発券」、神経衰弱で景品がもらえる「プレゼント」、このショップの「フロア案内」などを行います。iPhoneを契約したり、ロボギャグチケットを発券すると後ろのプリンタからQRコードが出てきます。
リアル店舗でオンラインショッピング?
注目して欲しい2点目は左の壁の大画面です。これはECショップに連動した商品注文画面です。「は? なんでわざわざリアルのショップに来てECショッピングする必要があるの?」「自宅のパソコンでやればいいじゃない」なんて思いますよね。
要は目の前のPepperがあなたの性別や年齢、性格(タイプ)等を考慮してオススメの商品をリコメンドしてくれていること(たいていは「Pepper for Biz」をリコメンドしてくるということはここでは置いといて・・)。
技術的に言うと、Microsoft AzureとPepper、あとはYahoo!ショッピング等が連携していて、Pepperの解説付きで大画面に商品を表示、お客さんは商品を”タッチして選択”、購入までできるというわけです(商品はECショップから配送)。これは今年の3月にマイクロソフトとソフトバンクが共同発表した「未来の商品棚」(仮称)というソリューションを素にしたものです。ロボットが接客し、お客様の要望を聞いてリコメンド、リアル店舗で決済を完了する、という流れがコンセプトムービーで紹介されています(下記)。ちなみに、Pepperは売上分析や在庫や仕入れの提案等も行い、店長のベストパートナーにもなりうる可能性を持っています。
「Pepper meets Microsoft Azure 未来の商品棚」篇
ちなみにソフトバンクとの連携と言えば、先のIBM Watsonが話題ですね。そうなると、Pepperを通じてMicrosoft AzureとIBM Watsonの3つ巴の最強連携があるのかもと考えるのは早計。Microsoftがそんな戦略をとるわけがありません。Microsoftは先月末に音声解析スイート「Cortana Intelligence Suite」において自前のコグニティブシステム「Microsoft Cognitive Services」を発表していますし、機械学習やディープラーニング、アナリティクス等のツール群を揃えて、IBMのBlue mixとはまっこうから競合することになります。
▼ Microsoft Cortana Intelligence Suite(英語)
https://www.microsoft.com/en-us/server-cloud/cortana-intelligence-suite/Overview.aspx
「お客さん、店内には若い娘がいっぱいいますよ」
実は写真Aの奥では呼び込みをするPepperがしゃべっています。
Pepperは「チャンスです、いま店内には若い女性のお客様の比率が高いんですよ〜お」とかなんとか、おっさんにとっては聞き捨てならないこんなようなひと言を言って呼び込みしています((注)正確なPepperの言い回しはこうじゃなかったかもしれません)。
これ実は、ネタで女性客が多いというセリフを仕込んでいるわけでなく、きちんとデータに基づき、本当に女性客が多いときだけPepperはそう言っているんです。どうやっているのか?
実は写真Aの奥に写っている大型画面は、店内に設置したカメラの映像から、来店客の性別と年齢をリアルタイム解析しているところを表示しています。これとPepperが連動して、若い女性が多いと判断したときにPepperがさきほどのセリフを言うのです。なんとも人間っぽい仕掛です。
これはPepper World 2016でも展示されていた来店客の分析や導線をロギングするシステムでこの連載コラム「【神崎洋治のロボットの衝撃 vol.6】「Pepper World 2016」で再発見したPepper企業導入への糸口」の「ディープラーニング(人工知能)を使って来店客の識別や動きをヒートマップ化(アベジャプラットフォーム)」で詳しく解説していますので、そちらもぜひぜひご一読ください。
ロボットと携帯電話の契約を交わす、これも新体験【未来的】
ショップは狭い階段を上って2階が契約する部屋と商品受け渡しコーナー、3階が待合室になっています。更に敷地面積は狭く感じられ、来店客が5人もいると窮屈な感じです。
1階でiPhone 6sを購入した人は2階の奥で個別に契約を行います。契約を担当するのももちろんPepperです。Pepperからの簡単な説明があるものの、今はまだ、ほとんどはタブレットによる内容確認や個人情報の入力によって進められます。もちろんロボットがやるならば将来はほとんどすべての説明と確認事項はPepperとの会話で行われるべきでしょう。最後の確認とサインだけはタブレットや書類が残るのかもしれませんが。ちなみに書類は壁にあいた「POST」に投函します。
ロボットから契約の説明をひと通り受けるのも、本人確認のための運転免許証等をPepperの隣のスキャナで読み込ませるように促されることも初の体験です。そしてこれがロボットによる店舗の自動化、近い将来のひとつのイメージ像なのです。
もちろん世の中のお店が全部こうなるかどうかは解りませんが、ロボットがいる店舗の運営像がまさにここにあるのです。
待合室でもPepper、本当は「得する世間話」がしたい
個人情報の確認や申込書類のチェック、iPhone 6sの納品準備が整うまで3階の待合室で時間を潰すことになります。ここでも対応するのはロボット、1台の受付係Pepperと3台の踊るPepperです。1階でロボギャグチケットを発券している人は、ここでQRコードを受付Pepperにかざすと、スマッシュの効いた一発ギャグを楽しませてくれます。
3台のPepperは10分間隔で目覚めて、掛け合いとダンスのパフォーマンスを見せてくれますが、内容はまあ・・「ソフトバンクでんき」のCMです。待合室にロボットがいることも来店客にとっては新しい体験であり、3台のロボットによる連携ダンスだって初めて見る人が多いにちがいありません。
近い将来はPepperが「ツイッターで先週一番話題になっていたスマホアプリは何か知りたくないですか〜あ?」とか「このお店で一番売れているスマホをこっそり教えちゃいましょ〜かぁあ?」とか、まるで商品や業界に詳しい店員と一緒に時間を潰すように、ちょっと価値ある会話がロボットとできたらなお有意義なんでしょうね。
会話ロボットと作業ロボットの連携
待合室で時間を潰していると購入の審査と手続きが終わり、商品を受け取るために2階の「商品受け渡しコーナー」に移動します。そこにはPepperとロボットアームが待っています。Pepperと会話をしてQRコードを見せるとKUKAのロボットアームに指示をして、ロボットアームは棚の中から用意された商品が入った紙袋を取り出してくれます。
ここにも重要な2つのポイントがあります。ひとつは、会話が得意なコミュニケーションロボットが話をして、正確な作業が得意なロボットアームが商品を取り出してくれる、ロボットの役割分担です。コミュニケーションロボットはモノをつかんだり引っ張ることはできません。ロボットアームは会話や人と接することが得意ではありません。
もうひとつは全く異なるロボット同士が連携してひとつの作業を行うことです。それぞれの向き不向きを補完しながら、ひとつの作業をこなすのです。Pepper単体ではできないことが、他のロボットと連携することできるようになる作業はたくさんあるかもしれません。
「Pepperだらけの携帯ショップ」は未来をイメージするための展示場、コンセプトショップなのです。
なお「Pepperだらけの携帯ショップ」の全容についてはロボスタにもニュースが掲載されていますので併せてご覧ください。
https://staging.robotstart.info/2016/03/24/report-pepper_shop.html
新しい時代の幕開けとイノベーション
ここからは経営者や企画担当者の方への話です。
今までなかったものが急速に普及するとき、それを理解できなかった企業は出遅れます。例えば、今ではビジネスや生活になくてはならない存在になった「インターネット」も、その価値とタイミングを理解できない人はたくさんいました。あのMicrosoftでさえ、インターネットの黎明期にインターネットの台頭とタイミングを正確に予見できませんでした。
1995年の年の暮れ。秋葉原でユーザが購入したくて深夜に行列を作って話題になった「Windows 95」はインターネットに標準対応していませんでした。それは当時シンクライアントを掲げ、パソコンからネットワークPCへの以降を推進していたライバル、ORACLEやLinuxとの熾烈な競合関係にあったことも要因していたかもしれません。Windowsは目先のピアツーピアLANの台頭を重視し、インターネット対応の充実を先送りにしました。ブラウザはスパイグラス社からライセンス供給を受けて、ブラウザの原点であるモザイク(NCSA Mosaic)のコードを元に急遽開発した「Internet Explorer」を別売で用意した程度でした。
インターネットの急速な普及とNetscape Navigatorの台頭を見て出遅れたことを感じたビルゲイツ氏は、自身の判断ミスを認め、インターネット機能を急いで強化しました。プロトコルやソケット等を標準でセットにした新生「Windows95」で巻き返しをはかって、それが間に合って功を奏し、Netscape Navigatorを駆逐して、インターネットならWindowsというイメージを得ることができたのです。
あの頃、インターネットの黎明期、ホームページの重要性が理解できなかった経営者がどれだけ多かったことか、これも紛れもない事実です。それと同じような状況が、いまロボットで起こりつつあります。
ロボットだけではありません。スポーツの世界は既にビッグデータや人工知能技術を導入して、科学的にデータ分析することが常識になりつつあります。プロサッカーではプレイヤー全員の動きがリアルタイムでロギング&分析され、走った距離もゲーム中に集計されています。野球ではピッチャーが投げたボールの回転数や変化球の落差等もリアルタイムでデータ化されています。このビックデータ&アナリティクスの流れはすべてのビジネスに関わってきます。これはIoTにも繋がる話しで、同様の変革がビジネスの世界に起こるということです。
コミュニケーションロボットは確実に今までにない存在です。
ロボットの登場で社会がどう変わる可能性があるのか、これらを感じ取れているか、体験する機会を得ているか。
技術による変革が訪れるとき、そのことを自身にもう一度問いかけてみる必要があります。そしてそれは今なのではないでしょうか。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。