福島が舞台のアニメ「レスキューアカデミア」、身体、VR、医療の未来など 「ロボットができること」レポート
2016年10月30日、シンポジウム「ロボットができること - 今とこれから -」が飯田橋のKADOKAWAにて開催された。主催は、マジカル福島実行委員会(事務局:株式会社福島ガイナックス)。企画は株式会社KADOKAWA、株式会社角川アスキー総合研究所、株式会社ドワンゴ。「マジカル福島(http://magicalfukushima.com)」とは11月3日から6日までの日程で福島県の各市町村で行われる「文化祭」。
6日にはドローンレースのほか、ロボット実証フィールドを使った「ロボテスわっしょい秋祭り」が行われる。そこでは「レスキューアカデミア」というアニメーションの制作発表会、声優トークショーも行われる予定だ。また、楢葉の遠隔技術センターを見学するツアーも行われる。
今回の講演は、そのプレイベントとして開催されたもの。2段構成で、パート1は「災害支援、産業用ロボットについて」。パート2は「ロボットの広がり、未来について」。ファシリテーターは株式会社角川アスキー総合研究所の遠藤諭氏。
ロボットと福島イノベーションコーストのアニメ「レスキューアカデミア」
まず最初に、株式会社福島ガイナックス代表取締役社長の浅尾芳宣氏から、福島の新産業集積構想である「イノベーションコースト構想(福島・国際研究産業都市構想、http://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/innovation.html)」をコンテンツ化するという試みが紹介された。
福島イノベーションコースト構想とは、40年後の廃炉を目的としつつ、農業や水産業の復活は様々な側面から難しいこともあるため、そこにロボットやエネルギー、医療ハイテクなどの技術集積エリアを作ろうという構想だ。
もともと研究や産業のための構想だが、浅尾氏は「そこにコンテンツやエンターテイメントの要素を入れて、新しい魅力やエリアを作れないかな、そのために何ができないか」と考えたのだという。具体的には、そこを舞台にしたアニメ作品、災害や救助をテーマにしたアニメを実現できないかと構想中とのことだ。「未来を守る」ということに視点を置いて、大きな意味でレスキューを学ぼうというテーマのアニメになる予定だという。
資料(http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/kinkyu/committee/innovation/coast/2016/pdf/160713_01n.pdf)によれば「レスキューアカデミア」は以下のようなストーリー。
落ちこぼれの主人公がロボットと信頼関係を築き、 レスキュー活動を通して、トップレスキュリストを 目指す友情と成長を描くサクセスストーリー。
イノベーションコースト内に設立されたレスキューアカデミアは、超困難区域でレスキュー活動を行うエリート=レスキュリストを育成するための学校。
13才で入学した主人公の相馬守人やその仲間たちは、研修生としてコースト内の校舎で学び、テストフィールドや遠隔試験施設での実践訓練に日々明け暮れるが、日本だけでなく世界中から飛び込んで来る緊急事態にアシスタン トとして招集され、実践に参加する事もある。レスキュー活動は、人間とロボット(バディット)がペアとなり行う。 それぞれのロボットは得意な救援技を持っており、人間とのチームワークによってその能力を発揮する。
アニメーター、メカニックデザイナーの吉田徹氏は、そのための材料を集めたいと考えているという。なお福島ガイナックスでは、福島県三春町に廃校となった「桜中学校」校舎を利用してアニメを中心としたコ ンテンツ系ミュージアムとアニメーション制作スタジオを設立して活動している。
パート1 災害支援ロボット、未来のライフスタイルにおけるロボットとは
シンポジウムパート1の登壇者は、上述の株式会社福島ガイナックス代表取締役社長 浅尾芳宣氏アニメーター、メカニックデザイナーの吉田徹氏のほか、早稲田大学理工学術院教授で次世代ロボット研究機構 機構長の山川宏氏、千葉工業大学fuRo所長の古田貴之氏。
まず早稲田大学の山川宏氏は、東日本大震災からの早期復興が課題だと話を始めた。線量の高い現場でのがれき処理や作業、線量測定が必要となり、既存のインフラや自然を壊さずにそれらを実行する必要がある。
早稲田大学ではこれまでに様々なロボット開発を行ってきた。ロボット研究開発を通した若手人材育成にも力を入れている。いまは40名以上の研究者からなる「次世代ロボット研究機構」を立ち上げて、ヘルスケアロボティクス研究所、災害対応ロボティクス研究所、ヒューマン・ロボット共創研究所の3本柱で研究を進めている。
災害対応ロボットに関しては「オクトパス」という腕が4本、クローラが4本、合計8本の手足がついた新規の重機のようなロボットを開発するだけではなく、菊池製作所と共同で、フューチャーロボティクス社を立ち上げて、本社は新宿にあるが南相馬にも事業所をおいている。
このほか、環境測定用の小型ロボット「WAMOT」を紹介した。携帯電話を搭載した簡易な機構で不整地を乗り越えられるようにしたロボットだ。
千葉工業大学fuRo所長の古田貴之氏は、まず最初に「日本再興戦略2016」のなかの「改革2020」のなかにある「先端ロボット技術によるユニバーサル未来社会」の提案について紹介した。
オリンピックの折に、ロボット技術を使うことで誰にでもやさしい移動機構の実装を提案するというものだ。このモデルになっている「ILY-A」は用途に応じて4段変形する機能などが評価されて、2015年のグッドデザイン賞を受賞した。
「ILY-A」は、乗り物というよりは「未来のライフスタイルを支える生活ギア」というイメージで作った「未来の足」であり「ロボット技術を使って衣食住を変えたい」と考えているという。
そのほか、「ハルク2」や巨大ヒューマノイドの「core」、原発対応ロボット「櫻二號」など、これまで作ってきたロボット各種を動画を中心にざっと紹介した。fuRoのロボットは東京スカイツリー東京ソラマチにあるタウンキャンパスでも見ることができる。
また、「マクロスΔ」冒頭に登場した乗り物は古田氏のアイデアによるものだという。このほか古田氏は、熊本県宇土市役所の地震被災状況調査の様子など多彩な活動を動画を交えて紹介した。
株式会社福島ガイナックス代表取締役社長の浅尾芳宣氏は、いま福島からコンテンツ発信をする活動を行っており、そのなかで、冒頭で紹介した「イノベーションコースト構想」をエンターテイメント化するという試みを現在進行中だと語った。既存の産業用ロボットや防災ロボットもキャラクター性を載せることで、新たなコンテンツとすることができるのではないかと考えているとのこと。
これを受けて古田氏は、現実の「サンダーバード」部隊として、原子力緊急事態支援センターでの取り組みやロボット活用などを紹介した。
メカニックデザイナーでアニメーターの吉田徹氏は、「心を持たないロボットが、いかに心を持っているように見えるか」を意識して描いてきたという。「信号」としての感情表現だ。それが逆にプラモデルになるときに二重関節化するなどデザインなどに影響を与え、楽しい作品が生まれてきたと述べた。
制作されるアニメ「レスキューアカデミア」では、VRを活用したインターフェースなども登場するかもしれない、という。古田氏や山川氏らも「メディアミックスを通して、福島浜通りの人たちの盛り上がりを一般の方達に繋げていけると良い」と語った。
このあと話題は、リアルな変形ロボットが実現できるといいとか、アニメ作品「老人Z」のような医療用ベッドができるのかといった話へと展開。ロボット研究者とメディア側と相互のアイデアのやりとりをしたい、と古田氏は述べた。「研究者は理屈をこねるのは得意。コンテンツ側は大ボラをふいて、理屈づけを研究者側に投げてしまうのもあり」だという。吉田氏は「いろいろ知りたい。知らないままなのと、知った上で崩したり無視したりするのとは大違いなので」とコメントした。
パート2 身体、ロボット、VR、医療の未来
パート2は「ロボットの広がり、未来について」。こちらの登壇者は、超人スポーツ協会共同代表、東京大学先端科学技術研究センター 教授の稲見昌彦氏、アスラテック株式会社 取締役で、チーフロボットクリエイターの吉崎航氏、医師で株式会社Mediaccel代表取締役、国際福祉大学大学院医療福祉学研究科 准教授ほか各大学客員教授を務める杉本真樹氏。
まず最初に超人スポーツ協会共同代表、東京大学先端科学技術研究センター 教授の稲見昌彦氏は、「人機一体を実現する自在化技術」と題してプレゼンを行った。
稲見教授は再帰性反射材を使った「光学迷彩」の実現で有名だ。光学迷彩技術を使って死角のない車のコックピットを実現したときに、自動車だけではなく、人間が自由自在に行動することを助ける自在車という方向があるのではないかと考えたのだという。「やりたくない」ことを代理する自動化ではなく、「やりたい」ことを拡張するのが自在化技術だ。そのための基盤技術として、人間の身体性理解と設計などを稲見氏は研究している。
稲見氏はアリゾナ大学のジェットパックをつけて人間をより早く疾走させる技術や、自身による水圧を使ったマリンアクティビティのホバーボード飛行体験などを示した。
ロボットや建機を遠隔操縦するテレイグジスタンス技術は80年代から提案されており、その後、実装も行われている。ただ、カメラ画像を見ながら操縦するのも、そのままではけっこう難しい。操作を容易にするようにすり合わせするためには、インターフェース技術が必要だ。
今年、Xprizeに新たな賞が始まった。ANAによるスポンサードで、アバターチャレンジが始まる。
稲見氏はいま「超人スポーツ協会」の活動に力を入れている。「超人スポーツ」とは各種技術を使って、年齢や障害を越えてスポーツする楽しみを多くの人に体験できるようにしようという試みだ。ハッカソンなどを使って、新たな競技の開発を行っている。これまでに10競技以上が考案され、場も生まれており、学術研究会も行っているという。東大のスポーツ先端科学研究拠点などとも連携している。
稲見氏は「役に立たない(ように見える)ことを通し、新たな価値を創造する」ことを意識して活動を行っていると締めくくった。
アスラテック株式会社 取締役で、チーフロボットクリエイター吉崎航氏は、「だいたいなんでも動かす」ことを業(なりわい)としていると語った。水道橋重工の巨大ロボット「クラタス」や変形ロボット「J-deite」などのロボット制御ソフトウェア「V-Sido」の開発者だ。政府の「ロボット革命実現会議」の委員の一人でもある。
いまは「社会の脇役になれるロボット」のありようについて考えているという。普通は、すごいロボットを作って、そこから実用化へ向けて徐々に機能やコストを削っていくかたちで商品化を検討する。だがそうするとコストが見合わなかったり、法令の問題、ニーズに合わないといった課題にぶつかって、実用化されなくなってしまうことも少なくない。
そこでアスラテックでは、介護機器ならば介護機器メーカーから発案があり、それに合わせて技術企業が技術を提供し、ニーズに合わせた改良を進めるという方向が現実的だと考えて活動を行っているという。既製品よりは若干は高くなるが純粋に便利な商品が誕生しやすいと述べた。
V-Sidoについては、互換性を重視していると述べて、各メーカーのロボットを制御する様子を示した。また、株式会社富士建が開発中の建機操縦用の人型ロボット「DOKA ROBO」にV-Sidoを適用した例を紹介し、人型ロボットの利点として、汎用性を上げた。
最新型の「HRM-3」はかなり滑らかに動くようになったようだ。
このほか、変形ロボットの制御、受付ロボットの直感的制御ができることを示し、遠隔操縦と自律動作をスムーズにつなげることで、ロボットによりインテリジェンスをもたせたような運用が可能になるのではないかと考えていると述べた。なお、クラタスはメガボットとのロボット日米対決を挑まれているのはご存知のとおりだ。
杉本昌樹氏は 外科医の立場から手術ロボットなどを紹介した。手術ロボットは人が(同じ部屋の中からだが)遠隔操作するロボットだ。捜査側がマスター、実際に動くロボットがスレーブと呼ばれる。もともとは医師が行けない場所で手術することを想定して開発されたという。
杉本氏はロボットとは人の作業、人の姿、人の自律行動を模するものなのではないかと語った。だが人を模するとはどういうことか。考えると難しい。多くのロボットは突き詰めると脳、体、心などを模しているように思われる。医療介護分野で普通にロボットというと移乗アシスト装置などを考える。だが、たとえば人工臓器などは突き詰めて考えるとロボットと同じなのではないかと考えられる。ロボットと呼ぶこと自体にあまり意味がないことがわかる。
医療で一番具体的なロボットは手術支援ロボットだ。有名な「ダ・ヴィンチ」は日本で200台導入されており、日本は米国に次いで普及した国になっている。サージョンコンソールと呼ばれる操作卓から四本のロボットアームを操作する。そのうち一つはカメラだ。これを使うことで大きく開腹しなくても手術が可能になる。あくまで人が操作するもので、自律判断などをして自動で手術を実行するものではない。
操作の感覚は車の運転よりもスムーズで、ほとんど遅延を感じないという。指先は人間のような五本指ではなく二本のグリッパだ。しかしそれで十分に操作ができる。「五本指だけが答えではない」ことを示している。だが目はやはり右目左目が必要で、両眼用にカメラがそれぞれある。サージョンコンソールが大きいのは立体視するためだ。
手先には触覚センサーはない。だが安全に手術は行える。杉本氏は「触覚情報はほとんどが視覚でサポートできる。さわらなくても物の硬さを人間は把握することができる」と語った。
特に現在開発されている8K(7680×4320解像度)のカメラを使うと、臓器の触感がありありとわかるという。8Kカメラの課題は、カメラ自体が大きくて重たいことだそうだ。薬事法で認可された容器とカメラをつなぐためのコンバーターなども必要になる。
また、最近は助手がVR用HMDを使って、手術の様子を横で見てトレーニングすることもできるようになっているという。
8Kカメラを使うと毛細血管までありありと見えるようになる。そうなると、いままでは出血してから止血していたものが、血が出る直前の様子がわかるため、血が出る前に止めることができるようになるという。
杉本氏は、さらに患者のCT画像から構築した3D画像のなかにVRで入り込んで自由に探索できることを示した。
また、内視鏡のデータから患者のデータをその場で作るので、トレーニングもそこで行える。「シミュレーションはいかに本物にそっくりかというところが勝負。手術のシミュレーションはオペ室で行っている」という。オフィスでトレーニングをやっていたときと比べると、ものすごく効果が高いそうだ。普通の人でもある場所に行くと、記憶を思い出しやすくなるが、それと同じようなものだそうだ。
また、子宮がんで子宮と卵巣を全摘した女性が三年ぶりのそのデータを使ってVRで「自分で自分の子宮に会いに行く」という体験をしたときのエピソードを紹介。自分自身ががんから解放されたことなどを実感し、予防や啓蒙にこの体験を活用して欲しいと語ったという。「彼女にとってこのVRはタイムマシーンだった。彼女の人生だけでなく他の人の人生を変えた」とVRの凄さを語った。「見せ方を変えるだけで体験から経験に変える」ことができるのがVRだという。
アインシュタインは「学習は経験である。経験以外は情報にすぎない」と語っているそうだ。VR技術によって、これまで不可能だった場所や感覚のデータなどを可視化して体験に変えてくれる。「ロボットも同じではないか」という。たとえばメスを入れると出血までする手術訓練用シミュレータはもはやロボットである。
ロボットは単に姿だけを模すものではない。ロボットやVR技術によって、人間自体をもっと進化させられる可能性もあるのではないかと語った。
このあと、共通点である「身体」をテーマにしたディスカッションが続いたが、そちらは割愛する。
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森山 和道フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!