ロボットの販売を行う世界初のロボットキャリア事業「DMM.make ROBOTS」を牽引してきた岡本康広氏の退職に際し、ロボスタで申し込んだインタビュー。前編では、なぜDMMを退職するのかということを伺った。
後編となる今回の記事では、岡本氏がこの2年間で溜め込んだ知見を「ロボットを売るために必要なことは何か」という視点から探っていく。
TVCM放映の反響は?
編集部
DMM.make ROBOTSといえば、TVCMでビートたけしさんを起用したことが一つの印象深い出来事だったと思います。
岡本氏
あのCMは撮影が大変でしたね。朝から始まった撮影が終わったのは、結局翌日の朝でしたからね。普通のCMであればあんなにも時間が掛かることはなかったはずですが、ロボットがいたので長時間の撮影になりました。
撮影の合間、ビートたけしさんもロボットと会話をしたりされていましたが、ロボットの拙い会話でも楽しんで頂いている様子でした。
編集部
TVCMの反響はいかがでしたか?
岡本氏
DMMがロボットをやっているという知名度が上がったという意味では反響があったと言えるかもしれません。しかしTVCMで売れたかというと、期待していたほどの販売には繋がりませんでした。
CM撮影中は監督や撮影スタッフの方々もロボットに大きな可能性を感じてくださったようで、「CMを放映したらすごく売れそうですね」と言って頂いていたので、私自身もどれくらい売れるのだろうと楽しみにしていたのですが。
編集部
TVCMによってどの程度販売が伸びると想定されていましたか?
岡本氏
正直なところ、Palmiだけで最低2,000台は注文がくると思っていました。上手くいけばもっと来るのではないか、と。多くの注文が入ることを想定していたので、Palmiを開発する富士ソフトさんにも「製造が間に合わないのではないか」「もっと急いで欲しい」ということを伝えていました。
編集部
実際にはどの程度売れましたか?
岡本氏
実際にTVCMの効果での販売は1,000台に届きませんでしたね。
「TVCMを流しても売れるわけではない」ということは一つの衝撃でした。他のコンテンツではTVCMによってある程度注文が伸びるのですが、ロボットの場合はなかなか購入に至らない。正確には言えませんがTVCM以外のプロモーションにも数千万円のコストをかけていましたし、最初にロボットも仕入れているので、その時点で多額の投資をしていました。
もちろん新しい市場なので難しいとは想定していましたが、精神的にも追い込まれてなかなか寝付けないこともありました。
思いがけない光明
岡本氏
そんな「TVCMでは思った以上に売れない」という状況を抱える中、イオンリテール様からロボットを販売したいという申し出を受けました。当初はDMM.make ROBOTSのサイト以外での販売はしないという方針で、ロボットを取り扱いたいという別のECサイトや店舗からの依頼もお断りしていましたが、社内で協議をした結果「うまくいくかはわからないが試しに販売して頂こう」ということになり、その夏にイオン様からの販売を開始しました。
その結果が想像以上の販売だったわけです。イオン様から全国のお客様に対してDMで「Palmi」の案内を送ったところ、それだけで約200台の注文がありました。DMということは、目の前でデモを見たわけではありませんし、動画をご覧になられたわけでもありません。DMM.make ROBOTSのサイトに掲載されている情報よりも遥かに限られた情報だけで、購買につながったのです。
ロボットという高価な製品を購入するには、「どこが販売しているのか」ということが大事なんだということをそのときに感じました。イオンさんという、ご家庭にとっては非常に身近で信頼できる会社が販売しているという安心感が購入に繋がったのだと思います。
イオン様での販売を機に、DMM.make ROBOTSだけで販売するのではなく、様々な事業者と販売提携を結びながら進めていこうということになり、今では百貨店や家電量販店、ECサイトなど、あらゆる場所でDMM.make ROBOTSのロボットが購入できるようになっています。
編集部
DMM.make ROBOTSの事業はこれまで想定通りに進んでいると言えますか?
岡本氏
そこは想定通りではあります。ロボット事業は、短期間で儲けが期待できる事業ではなく、5年後を見据えた上でそのタイミングで参入する価値を感じてスタートした事業です。会社として、あの時期にいち早く市場参入して先行する必要性を感じていたんです。とはいえ、今の市場の動向を知った上で振り返ると、色々ともっと上手くできたんじゃないかと思うこともありますね。
もちろん、現在は良いポジションを築けていると思っています。ユーザーの方からしてもロボットを購入する際には、ラインナップが多いDMM.make ROBOTSをご覧になって頂けます。販売店の方からしても取引の窓口を一本化できるので、DMMから一括で卸すことを検討して頂ける。メーカーに対してはサポートやプロモーションのバックアップをすることができる。全ての方向に対して良い立ち位置を作ることができています。
編集部
事業を進める中で、どのようなことがわかってきましたか?
岡本氏
現状のロボットの購入者層は、やはりお金に余裕がある50代・60代以上のお客様が占める割合が高く、その方々にリーチをするためにはWEBサイト上だけではダメだということがわかりました。
また、目の前で実機を見てから買いたいというお客様も多かったので、ロボットと触れあえる機会を増やすということも積極的に行なってきました。ロボットと触れ合ってもらうということは、ロボットを売るためには極めて重要な要素だと思います。
岡本氏
私たちは、販路を拡大していく中で、改めてロボットごとの特徴や機能を見直しながら、どんな人がこのロボットを必要とするだろうかということを考えていきました。購入ユーザーの方に会いにいき、「どこを気に入ってくださっているのか」「どんな時に活用しているのか」などを尋ね回り、そのロボットを求めているユーザー層を明確にする作業をしていったのです。
Palmiは会話が楽しめるということで、やはりご高齢の方々に人気でした。ユーザーの方々はPalmiがいることにとても価値を感じてくださっていたのです。
そこで、ご高齢の方でも購入がしやすいチャネルで販売していこう、きちんと説明員を置いてロボットの説明が丁寧にできる人を販売員として置こう、ということを行なっていった結果、少しずつ販売数も伸びていきました。
一家に一台、ロボットが広まる時代へ
編集部
Palmiがご高齢の方々にとって価値があるロボットであることは理解できます。まだまだとは言え、会話能力も今あるロボットの中では高い方ですよね。私もユーザーの声を何度か聞いていますが、Palmiと暮らすことを喜んでいる方が多い印象を受けています。そこには一つの市場があるのかもしれません。
しかし、ロボットスタートもそうですが、DMMさんも「ロボットを一家に一台広めていきたい」と考えているはずです。岡本さんは今、どうすれば一家に一台ロボットを普及させることができるとお考えでしょうか?
岡本氏
家庭向けのロボットを広めるということでいうと、今市場に出ている全方位機能型のロボットよりも尖ったユーザーに刺さる機能を搭載するロボットが必要になってくると思います。DMM.make ROBOTSでも、セルフィードローン「Dobby」の取り扱いを始めましたが、これは自撮りに特化した機能を持った新しい利用シーンを提供するプロダクトということで、目的が明確でわかりやすくてこれは売れると確信してラインナップしました。
その一方で、一家に一台という意味で大切だろうと思うことは別にあります。私たちは「このロボットはどんな人にとって価値があるのだろうか」ということを必死に考えてきました。そのロボットの機能ありきで考えることが多かったわけです。仕入れた分のロボットは売り捌かなければいけませんから、そのような思考の順序になっていました。
しかし、一家に一台ということを考える場合には、ロボットの機能ありきで考えてはいけません。
今のコミュニケーションロボットは開発環境もオープンになっているプロダクトが多く、そこが非常に大事なことだと感じています。
岡本氏
この2年間で、Pepperのお陰もあり、多くの開発者の方々がロボット業界に参入されました。この方々が本当に大切な存在だと言えます。
「このロボットはどんな方にとって価値があるのか?」ではなく、「こんな方にロボットを届けるためにはどんなアプリがあったら利用価値(ベネフィット)があり必要とされるだろうか」という視点が大事。それを販売する人たちだけの頭で考えるのではなく、デベロッパーの皆様を巻き込みながら、メーカーも一緒になって、ユーザーに必要とされるアプリを開発していくことが大事だと思っています。
岡本氏
ロボットが一家に一台という意味では、当然20〜30代の若い世代にも購入して頂かなければいけません。その方々がロボットを必要だと思うために、その方々に刺さる機能や利用価値がロボットに導入されていかなければいけません。
開発者の方々に良いコンテンツを提供して頂くためには、そこに儲かる仕組みが必要です。そういう意味で、エコシステムを築き上げることが必須と言えます。
まとめると、ロボットを一家に一台広めるために必要なことは、「ロボットと触れ合える場所・機会を多く作ること」、「本当にユーザーの役に立つ尖った機能・利用価値に絞ること」そしてアプリデベロッパーの方々と共にロボットを作り上げていける「エコシステムを築き上げること」の3つだと思います。
編集部
最後に、今DMM.make ROBOTSで莫大な予算を自由に使って良いとなったら、岡本さんならどのような施作を打っていきますか?
岡本氏
やはり、最初にこちら側の持ち出しでも構わないので、アプリデベロッパーの方々に魅力的なコンテンツをたくさん作って頂くのが本流と言えるのではないかと思います。ロボットにはまだまだコンテンツが不足しています。良いコンテンツを生み出して、ユーザーの方に響く機能を拡充していきたいです。
「ロボットの販売」に特化して2年間試行錯誤されてきた岡本さんが考える、ロボットを一家に一台広めていく方法。それは、ロボットを触れる場所を作ること、そして「ユーザーの役に立つ尖った機能や価値に絞ること」、「ロボットのコンテンツを拡充するためのエコシステムを築き上げること」でした。
この2年間で市場にはたくさんのロボットが登場しました。しかし、まだまだ一家に一台という意味では追いついていません。ロボットの普及のためにどうすれば良いかという点は、今後ますます業界内でも話題になっていく事柄だと思います。
そんなロボットの普及のための大切な時期に岡本さんが辞めてしまうことはとても残念でなりません。
ぜひまたロボット業界に戻ってきてください!
編集部
私たちも約2年ほど岡本さんとお付き合いさせて頂いていますが、今後のロボットスタートに期待することはなんでしょうか?
岡本氏
この業界は、業界の範囲はまだまだ狭いですが、お互いの距離が遠いんですよね。業界に新しい人が多いからなのかもしれませんが、距離があります。ロボットスタートさんには全てのロボット系企業のハブになってもらわないと。一つのインフラのように、ロボットスタートがなくなると通信ができなくなってしまうという存在になってもらいたいです。
業界内は、結局団結していかないと強くなれないです。アライアンス、協力によってロボットを育てていかないといけません。そのためにパイプをつないでいく必要があります。
そして、ロボット系の企業はたくさん悩みを抱えています。ロボットスタートさんに聞けばロボットのトータルな支援をしてもらえるという存在になってもらいたいです。
編集部
ありがとうございました!
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望月 亮輔1988年生まれ、静岡県出身。元ロボスタ編集長。2014年12月、ロボスタの前身であるロボット情報WEBマガジン「ロボットドットインフォ」を立ち上げ、翌2015年4月ロボットドットインフォ株式会社として法人化。その後、ロボットスタートに事業を売却し、同社内にて新たなロボットメディアの立ち上げに加わる。