Pepperウワサの真相(1)「もし家庭用PepperをやめるくらいならPepper事業そのものをやめる」独占インタビュー

「裏をかいた作戦が成功しましたね(笑)」
おどけて笑いながら蓮実氏はそう応えました。

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ソフトバンクロボティクス株式会社 コンテンツマーケティング本部 取締役本部長 蓮実一隆氏

2月8日、9日にかけて「Pepper World 2017」が開催され、その前日に記者発表会が開催されました。Pepper World 2017はビジネス向けのイベントですから、当然ビジネス向けモデル「Pepper for Biz」に関連した新アプリやサービスの発表だと予想して、私も当日出席しました。それにも関わらず、発表されたものはかなりの部分が「一般販売モデル」用でした。
その時のことを振り返って私が「一般販売向けモデルの内容が多かったので意外でした」と言ったひとことに対して、蓮実氏の冒頭の言葉が返ってきたのです。

私は、家庭に入るPepper、つまり一般販売向けモデルについては、ソフトバンクロボティクス(以降ソフトバンクと表記)自身のトーンダウンを感じていて、ビジネス向けのみに絞って、一般販売向けをやめてしまうのではないかと懸念していましたが、今回の発表はそれを払拭するものになりました。

ただし、ほかにも、キャンペーンでの格安大量販売、Android対応版Pepper開発の遅れ、海外展開の予定など、Pepperプロジェクトについては聞きたいことがいろいろあります。
そこでこの日、私はソフトバンクロボティクスで現場を統括する本部長のふたり、蓮実一隆氏と吉田健一氏をたずね、Pepperについていま気になっているアレコレやウワサについて聞きました。

全3回でお届けします。



Pepperの一般販売向けモデルは今でもプロジェクトの中心にいる

ご存じの方も多いと思いますが、Pepperには2種類のモデルがあります。
2014年6月、Pepperは元々、家族の一員になることを目指して、世界で初めて人の感情を理解し、自身も感情を持つロボットとして発表されました。それから約1年後、「一般販売向けモデル」のPepperが2015年6月20日に発売となりました。毎月約1,000台が7ヶ月連続で約1分で完売となる熱狂ぶり。しかし、2016年はほとんど目立ったアプリやサービスのリリース発表もなく音沙汰ない状態でした。Pepperが家庭に入り、家族の一員になる・・具体的なイメージの進展がないまま注目はビジネス向けの「for Biz」へと急速にシフトしていきます。

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2014年6月、ソフトバンクグループ株式会社の代表取締役社長 孫正義氏がヒト型のコミュニケーションロボット「Pepper」を20万円で発表。価格設定とコンセプトに衝撃が走った

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このときのPepperは相手の感情を認識し、暮らせば暮らすほど家族の理解を深めて、かけがえのない家族の一員となることが掲げられた

もう一方のモデルはビジネス向けの「Pepper for Biz」(以下for Bizと表記)です。
2016年7月に開催された「Softbank World」の前日、ソフトバンクは「for Biz」に28種類のロボアプリや顔認証システムなどのSDK、Pepper専用のユニフォームなどをサービスとして拡充、追加ラインナップした「Pepper for Biz 2.0」を発表しました。展示会は大盛況で、Pepperのビジネス向けモデルは大きな注目を集めました。

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それ以降、順調に導入例を増やし、現時点では2,000社を超える企業でPepperは活躍しています。
ソフトバンクから発表される施策はビジネス向けのものがほとんどで、一般販売モデルのニュースはほとんどなくなりました。そのため、私を含めて業界内では「Pepperはビジネス向けでは軌道に乗りはじめたけれど、一般販売モデルは大きくトーンダウンしている」と囁かれていたのです。

神崎

Pepper for Biz2.0は上手くいっているように感じていますが、一般販売向けPepperにはしばらく進化が見られませんでした。家庭用Pepperはやめてしまうんじゃないか、という声も聞こえてきていました。ところが、Pepper World 2017の前日の記者発表会では、新しい発表は一般販売モデル向けのアプリやサービスがほとんど。開発リソースを家庭向けに割りふったのにも驚きでした。単刀直入に聞きますが、一般販売モデル(BtoC)はあきらめたわけではないのでしょうか。

蓮実

BtoCをあきらめるつもりは全くありません。BtoCをやめるくらいならPepper事業そのものをやめるとさえ言い切れます。孫(孫正義氏)がPepperを発表したとき、ロボット事業は目標として「人手不足の解消」と「ロボットと人間の共生」を掲げました。
「人手不足の解消」としてBtoB(Pepper for Biz)を少しずつでも軌道に乗せようと頑張っています。しかし、だからと言ってBtoCをあきらめたら「ロボットと人間の共生」が実現できなくなってしまいます。その視点からも今でもBtoCは主力であり、それはPepper誕生から少しも変わっていませんし、今後も変わることがありません。
だからこそ、今回発表したBtoCのアプリやサービス群はそれを証明するものであり、今年はまだまだBtoCのアプリやサービスの強化を進めますから期待してください。

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神崎

今年、更に一般販売モデル向けのサービスやアプリの発表があるのですか?

蓮実

はい、その予定ですので期待してください

神崎

2014年、Pepper発表後に、ソフトバンクは多くのアプリ開発者を募り、ロボアプリの開発を促しました。そのとき、ソフトバンクは一般向けロボアプリストアを開設し、課金できるようにする、開発者はそれによってビジネスができると発表しました。しかし、現時点でその約束は守られていません。Pepper for Biz向けのアプリストアは有料で提供できる環境が整っているののに、一般販売モデル向けのロボストアには課金機能がありません。家庭用Pepperの普及を夢見て、一緒に船に乗りこんだ開発者たちは、ビジネスにならずに落胆し、船を降り始めている現状もあります。

吉田

たしかに一般向けPepperのロボアプリストアの課金対応は遅れていてまだ実現できていません。開発者の方々には大変申し訳ないと感じています。
「Pepper Pioneer Club」という開発者向けの公式コミュニティを我々も持っていて、BtoCのデベロッパーの方々の意見を頂いたり、そう言ったおしかりを頂くことがあります。ただ、皆さんも「ロボット関連のビジネスはこれからの産業なので、10年、20年かけて育てていこう、といううれしい意見も頂きます。私達もそういう気持ちで頑張っています。

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ソフトバンクロボティクス株式会社 事業推進本部長 吉田健一氏




「いい買い物の日」は大量在庫処分だったのか?

神崎

ソフトバンクは昨年の11月に「いい買い物の日」というキャンペーンを行いました。Pepperもそのキャンペーンの対象となり、「いい(11)買い物」にちなんで、当選者111名に抽選で月額 11,111円×36回で一般販売モデルが購入できるという企画を実施しました。その場合の総額は397,620円となり、通常料金の1,180,872円と比べると約33.7%で購入できてしまう大盤振る舞いです。

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もちろんキャンペーンですから、抽選で安く販売するところまでは解るのですが、更に驚いたことにキャンペーンが終わってみると、当選者数は111名の予定だったところを500名に増えていました。当選者数は「11」の語呂合わせもなくなり、5倍に増やしたことで、業界内ではこれをPepperの”投げ売り”、大量の在庫処分だと捉える人もたくさんいました。

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吉田

直接、このキャンペーンに携わっていないので細かい経緯までは把握していないのですが、このキャンペーンには本当にたくさんの応募がありました。わずか数分間で応募数が当選予定数をはるかに超えてしまったんです。こんなに応募があるんだったら111台と言わずに、500台に増やしてご提供させて頂こう、という考えだったのだと思います。

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神崎

しかし、この金額では明らかに原価割れ、売れば売るだけ損する状況ですよね?

蓮実

そうですね。しかし、儲けの点で言えば、そもそもPepperのようなロボットをおよそ118万円で売ることからして、目先の利益だけを追いかけるプロジェクトではないんです。

神崎

ある程度、採算度外視でもいけると?

蓮実

もちろん我々も企業なので、採算度外視というわけではありませんし、いつまでも利益が出ないというプロジェクトは継続できません。しかし一方で、グループの本体が数兆円の売上と言っている中で、ロボット事業は次世代の基幹事業に位置づけられているプロジェクトです。将来の展望を考えても、今は多くの人に使って頂きたいということを第一に考えています。初年度からずっと黒字のビジネスなどあり得ないと思っていますし、利益が出るならそれをすべて研究開発に投入して、皆さんにもっと良いロボットだと思ってもらえるように更に開発したいと思っているくらいです。いま、Pepperが何台売れたのかよりも、Pepperの価格帯を含めて今後どう改善・進化させていくかが我々にとって最も重要なんです。

吉田

今回、このキャンペーンで勉強になったのは、現状でPepperの価格がいくらだったら市場から大きな反響があるのか、爆発的に売れるのか、というのがはっきり解ったことです。

蓮実

しつこいようですが、BtoC向けPepperは全然あきらめていません。また「ソフトバンクロボティクスだけが成功すればそれで良い」とも考えていません。孫が持っているロボットに対するビジョンはもっと広い視点だし、ロボット市場をもっと拡大させたいと考えています。ただ、現時点で言えることは、一般向け市場よりもBtoB市場の方がお客様が「Pepperにやらせたいこと」がハッキリしているということです。
例えば「受付をやって欲しい」「人通りが多いのにお客さんが来てくれないので呼び込みをして欲しい」「待ち時間が多くて申し訳ないから、その時間を少しでもお客さんを楽しませてあげて欲しい」などです。

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観光案内や店舗の呼び込みをするPepper。ビジネス分野のほうがPepperにやって欲しいことがはっきりしている、と蓮実氏は言う(写真は小田急電鉄新宿駅で観光案内をするPepper(参考))

昔、クルマが登場した黎明期、メーカー企業は安全や壊れないクルマをまずは目指して作っていたと思うんです。つまり、ウマ(馬車)に比べてどれだけ便利で効率的で、快適かといったことを考えていた。しかし、クルマを開発している人たちの頭の中にはもっと先の素晴らしい「クルマ社会」の未来像を描いていたに違いありません。それでも、そんな未来はいったん置いておいて、安全で壊れなくて便利なクルマの開発に注力したんだと思います。

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ロボットもそれと全く同じ。理想や夢、思い描く社会はもっと大きくて素晴らしいものだけれど、まずはお客様の要望がはっきりしている分野に導入して定着させていこう、という段階です。その意味では、BtoB市場はとても大切だけれども、夢として描いている将来はBtoC、家族がロボットと暮らす社会だということには変わりないんです。しかし、それは今まで誰も経験していないので、BotBに比べて消費者にとって今は思い浮かべにくいし、家庭に受け入れられるロボットを世界中でまだ誰もクリアできていない、そんな新しいチャレンジをしているんだと思っています。




Pepperプロジェクトは崩壊したのか?

少し前の話になりますが、2016年10月に世界の最新情報を掲載するニュースサイト「ブルームバーグ」が「ソフトバンクの”ペッパー”、孫社長のロボットの夢実現には道険し」という記事を掲載しました。英語版の記事では更に具体的に、かつ誇張されて書かれていました。主な内容として、Pepperは面白いが実用的ではない、それまで開発をしてきたフランスのPepper開発チームは習慣の違いや言語の壁から機能していない、といった内容でした。更に、そのブルームバーグの記事を紹介するTHE BRIDGEの寄稿記事には「Pepperプロジェクトの崩壊から学べること」というタイトルが付けられました。まるでPepperプロジェクトが既に崩壊しているかのような見出しです。
Pepperプロジェクトは足元をすくわれるほどゴタゴタしているのか?
現在、フランスの開発チームの体制はどうなっているのでしょうか?

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Pepperプロジェクト、開発体制は崩壊しているのか?

Pepperはソフトバンクが企画し、仏アルデバランロボティクス社(創業者はブルーノ・メゾニエ氏)と協力して開発したロボットです。
2014年6月、孫正義氏がPepperを初めて発表した際、ソフトバンクはアルデバラン社の78.5%の株を所有する大株主であることが発表されました。それ以降、Pepperの開発者イベントにもメゾニエ氏は登壇し、当初はアルデバランの存在が大きくクローズアップされるとともに、Pepperのアトリエをアルデバランが運営していたこともあり、開発者にとってはPepperの開発はアルデバラン、企画や販売はソフトバンクロボティクスという印象が少なからずありました。

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ソフトバンクロボティクスの代表取締役社長 冨澤文秀氏と握手を交わす、ブルーノ・メゾニエ氏(右)

2015年6月、創業者であるブルーノ・メゾニエ氏がCEOを退任し、同氏の所有する株をソフトバンクが取得することが発表され、CEOにはソフトバンクロボティクス代表取締役の冨澤文秀氏が就任しました。これによって、アルデバランの体制は全面的にソフトバンクロボティクスの指揮下となり、2016年5月にソフトバンクロボティクスヨーロッパに社名を変更し、アルデバランロボティクスという名前はなくなりました。
メゾニエ氏の退任を含めて、こうした経緯が1年以上も経過してから、Pepperプロジェクト崩壊かのような体裁で報道されるに至ったのです。経緯を知っている人が読めば「なんで今さら?」というタイミングですが、一般の読者が読めば、Pepperのビジネスや開発はうまくいっていない、Pepperプロジェクトは失敗した、という印象を受けた人も少なくなかったかもしれません。

次回は、その実状、Android対応版Pepperの状況などを聞きます。

> Pepperウワサの真相(2)「Pepper開発チームは本当に機能しているのか?」独占インタビュー


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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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