Pepperウワサの真相(2)「Pepper開発チームは本当に機能しているのか?」独占インタビュー

前回 Pepperウワサの真相(1) 独占インタビュー「もし家庭用PepperをやめるくらいならPepper事業そのものをやめる」のつづき

ソフトバンクロボティクスは、Pepperの開発で協力してきた仏アルデバランロボティクスを買収し、ソフトバンクロボティクスヨーロッパに改名しました。また、メゾニエ氏のCEO退任などがあって、「フランスと日本でゴタゴタがあり、Pepperの開発がうまくいっていないんじゃないか」と囁く声は当初からありました。
しかし、退任の経緯から1年以上も経過してから大手ニュースメディアがそれを取り上げ、Pepperプロジェクト崩壊かのような体裁で報道されたのです(前回の記事)。ロボット業界で働き、これらの経緯を知っている人が読めば「なんで今さら?」というタイミングですが、一般の読者が読めば、Pepperのビジネスや開発はうまくいっていない、Pepperプロジェクトは失敗してしまった、という印象を受けた人も少なくなかったかもしれません。
今回は、ソフトバンクロボティクスからはあまり情報として出てこないフランスの開発チームの実状やAndroid対応版Pepperの状況などを聞きます。

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Pepper開発プロジェクトは上手く回っていない、というウワサの真相を聞く

神崎

Pepperの開発については私も気になっているところですが、フランスの開発チームの体制はどのような状況なのでしょうか

吉田

メゾニエ氏が率いていた頃のフランスのメンバーは約150名でしたが、現在は約450名が各種業務に当たっています。開発は日本とフランスのどちらがロボットのどの部分を担当して開発しているということではなく、連絡を取り合いながら共同で開発を行っています。

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ソフトバンクロボティクス株式会社 事業推進本部長 吉田健一氏

神崎

では、ソフトバンクロボティクスヨーロッパが崩壊しているというウワサはハッキリと否定できますか?



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吉田

はっきりと否定できます。体制は拡大していますから。日本とフランスで就業に対する慣習が異なるということは否定しませんが、それよりも、旧アルデバランは研究機関としての開発が主な業務だったので、ソフトバンクロボティクスが行っているコマーシャルビジネスの開発とは求められるものがやや異なる、という点で、摺り合わせるのに時間が少しかかったということはあるでしょうね。



Android対応版Pepperの状況は?

ソフトバンクはPepperのAndroid対応モデルを2016年5月に発表し、リリースをその8月下旬に予定していました。PepperのロボアプリをAndroid SDK(Androidの開発環境)で開発できるモデルです。世界中にたくさんいるAndroidスマホやタブレット向けアプリ開発者が大量にPepper市場に参入することが期待でき、Android Playなどのアプリマーケットへの展開が開けると期待されています。
しかし、その計画は大きく遅れることになりました。ソフトバンクは昨年の11月に、Android対応版Pepperのリリース時期を2017年度中に延期することを発表しています。なぜ、遅れているのか、それは報道されたゴタゴタと関係があるのか、Pepperの開発陣の状況については気になるところです。

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ソフトバンクロボティクス(以降、ソフトバンクと表記)は2016年の5月にAndroid対応版Pepperを発表。開発者向けモデルの出荷を8月に予定していたが延期になった

神崎

Android対応版Pepperの遅れもこの件とは全く関係はありませんか?

蓮実

まったく関係ありません。純粋にAndroid対応版Pepperとして「より良い製品を出したい」という気持ちで改良を行っているため、申し訳ないんですが発売が大きく遅れてしまっている、という状況です。しかしその分、もっと高い次元で完成形のプラットフォームを作ろうと考えています。

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ソフトバンクロボティクス株式会社 コンテンツマーケティング本部 取締役本部長 蓮実一隆氏

神崎

Android対応に問題があって解決の糸口が見えないということではないですか?

蓮実

違います。既に開発のゴールは見えていて、何をすべきかは明確になっています。ただ、それらを実際に完成できる時期がまだ今の段階でははっきりと見えないということです。

神崎

どのような理由でAndroid対応版Pepperのリリースは延期になったのでしょうか?

蓮実

例えば、Android対応版とは「Android SDKを使ってPepper用ロボアプリを作る」ということだけでいいのだろうか、という議論をしました。それで良いならば、実は昨年、Android対応版を発表した時点で既にほぼできていました。しかし、未来を先取りするロボットを作ろうと思っているのなら「PepperのタブレットがAndroid対応になりますよ」というだけで良いのか、果たして今のユーザーインタフェースで良いのか、音声認識機能が今のレベルで良いのか、などを議論しました。例えば、音声認識機能を今のレベルより向上させるには、ファンやモーターのノイズの影響を受けて性能が発揮できないなどの問題点にも向き合うべきです。

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神崎

ということは、Pepperのタブレット部分を変更するだけではなくて、ハード構成全体の見直しも健闘しているということでしょうか?

蓮実

もちろんです。ただ、タブレットのAndroid対応への変更と、それ以外のハードウェアの変更を同時に行うかは今ははっきり言えませんが、Pepperの性能向上のためにハードとソフトの両面から改良・開発を進めていることは確かです。そして、どのように変えていけば良いのかという社内での議論は終わっていて、道筋やマイルストーンを明確にして、改良・開発フェーズに入っています。



Pepperに限らず、現在のコミュニケーションロボットが抱える大きなテーマが会話の能力です。コミュニケーションロボットであるにも関わらず、会話の能力が十分でないというのは皮肉めいた話ですが、それが現実です。
しかし、例えば会話を聞き取る能力を向上するには、ソフトだけでなくハード面からもドラスティックな改革が必要です。ハード面での課題のひとつがマイクの配置です。例えばPepperのマイクは頭頂部に4つ配置されていますが、両耳の奥にあるスピーカーや頭部を冷却するためのファンに囲まれています。スピーカーやファンが発生するノイズはマイクの聞き取りには障害となります。

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会話を聴き取るためのマイクロフォンはPepperの頭頂部に4個内蔵されている。頭の網状の部分

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スピーカーはPepperの両耳の奥にある。後頭部には大きなファンを装備して空気の流れを作っているが、こういう構造がマイクの精度を落としている可能性もある

みずほ銀行八重洲支店には2台のPepperが配置されていて、フィンテックコーナーのPepperの方はIBM Watsonと連携してユーザーからの質問を理解して回答する能力を重視したものです。そこで、ユーザーからの質問をより正確に聞き取るために、Pepperの内蔵マイクではなく、外部マイクを増設し、それを使って会話を聞き取っています。
すなわち、Pepperの会話の精度を上げるためには、現在のマイクアレイ(マイクの配置)設計から見直す可能性もありうるということです。

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IBM Watsonと連携したみずほ銀行フィンテックコーナーのPepper。会話をより正確に聴き取るためにタブレットの下に外付けマイクを装備しているのが見える

神崎

Android対応版の開発はフランスで行なっているんですか?

吉田

Android版Pepperの開発の中心は日本で行っています。フランスではもっとローレイヤー(ロボット制御の根本)の部分を開発しています。



Android対応版Pepperの登場を「for Biz」の市場が必ずしも望んでいるとは限らない状況もあるようです。例えば、現状のPepperで開発を行い、長期間のテストをして開発したシステムがようやく完成したのに、Android版Pepperとして新しいハードウェアに変わればテストはすべてやり直しになることもあります。例えば、大手企業の店舗にPepperを導入する場合、まずは数台を導入して、実証実験を行い、ブラッシュアップをしてから本格的に数百台を導入するという流れが一般的ですが、その間にモデルの仕様が大きく変わってしまえば、テストはすべてやりなおしになってしまいます。
BtoB市場では、for Biz 2.0が軌道に乗りつつあるのに、そのタイミングでAndroid対応版Pepperに変更するのは少し待った方がいいのではないか、という意見も市場の声として多かったようです。



Pepperはもっと高レスポンスになる

神崎

このところ、Pepper for Biz で、今までよりレスポンスの良い(反応が早い)システムを見かけます。これは何か新しい技術を組み込んだPepperなのでしょうか。Pepperはこの先どのように進化していくのでしょうか? Android OSに近付いていくのでしょうか。
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最近、一部のシステムで反応がとてもはやいPepperを見かける。はま寿司のPepperもその一台

吉田

Android開発環境でロボアプリを開発したとしても、PepperのOSはあくまで「NAOqi」(ナオキ)です。それが変わる予定は現時点ではありません。
今後の大きな変化は、Javaベースのシステムを開発する環境の整備です。Android版というより、Java版というべきかもしれませんが、これはすごいスピードで開発が進んでいます。Pepperにいま求められるのは、スピードやレスポンス、クオリティの向上です。JavaをブラッシュアップしたPepperはとても速く動作します。Java環境によってレスポンスが更に良い、スピードが速いシステムを構築できると考えていますので、期待して欲しいと思います。
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ディープラーニングで機械学習したPepper動画を公開したAIラボ

神崎

昨年、Pepperがディープラーニングで機械学習して、けん玉ができるようになる動画が「AIラボ」によって公開されました。あれには驚きましたし、ロボットの可能性を更に感じるものになりました。「AIラボ」ってどんな機関ですか?

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蓮実

旧アルデバラン社にイノベーションを担当するディビジョンがあります。Pepperの兄弟分とも言える「NAO」や「Romeo」なども含めて研究・開発を行っていて、その中にAIというかディープラーニングを専門的に研究しているスタッフがいます。その研究成果を動画で公開したものです。

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移動するPepper

神崎

今回のPepper World 2017の見どころのひとつが移動するPepperだと思います。「SLAM(スラム)機能」です。



SLAM(Simultaneous Localization and Mapping)は自身の現在位置を推定し、周囲のマッピングを同時に行うシステムで、自動運転などにも利用されている技術です。レーザーレンジファインダーやカメラ、各種センサーを活用し、動的に生成するのが一般的です。障害物や周囲の人などの状況をリアルタイムに検知することができるためですが、その都度マッピングをするとCPUなどに負担が大きくなります。会場のデモを見る限り、Pepperでは予め作成した地図情報を元にセンサーからの情報と現在位置を照合して移動する方法をとっているようです。

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Pepperの歴史をPepper自身が語る「The History of Pepper」。時系列に沿ってパネルの位置をゴロゴロとPepperが移動しながら解説する(Pepper World 2017にて 関連記事「今年はPepperが動き出す!NAOqiの新版で移動機能APIを装備予定、Pepper World 2017の見どころ」)

吉田

現在、PepperのNAOqi OSはバージョン2.5へ移行する案内をしています。2.5には標準でSLAM機能が入っています。
しかし、まだこの機能を使った事例が少ないので、お試しとして利用してもらうベータリリースで、まずは実績を積み上げていく格好になると思います。現状では、岡村製作所さんのショールームで動いているのが唯一のユースケースです。

神崎

今後は移動するPepperがいろいろな会社で見られる可能性が出てくるということですね。

吉田

ただ移動するスピードは速くないので、小売店等では遅過ぎてお客様はイライラするかもしれません。ショールームや博物館であれば活用できると思います。

神崎

銀行や診察室などの待合室でも移動するPepperは活躍できそうです。待合室で椅子に座って待っているとき、遠くでPepperが何かひとりで話しているより、ゴロゴロと近くにやってきて、顔を見ながら話しかけてくれたり、何か説明してくれれば耳を傾けたくなりますね。



次回はPepperの海外展開等について聞きます。
> Pepperウワサの真相(3)「Pepperの海外展開の予定は? 中国のPepperはなぜYunOSを採用したのか?」

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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