AIには身体性が必要? 細野不二彦×三宅陽一郎×堀江貴文によるAIをめぐるトークイベント「物語とAIの関係」開催


2017年7月22日、漫画家の細野不二彦氏、AI研究者の三宅陽一郎氏、実業家の堀江貴文氏の3名によるトークライブ「物語とAIの関係」が東京都内の株式会社メディアドゥにて行われた。

細野不二彦氏が小学館「ビッグコミック」誌で連載中の人工知能をテーマにした漫画『バディドッグ』第1巻の発刊(7/28日発売)を記念して行われたイベントで、主催はウェブサイト「マンガHONZ(http://honz.jp/manga)」を運営する株式会社マンガ新聞社。同社が2017年6月から運営するオンラインサロン「ネットマンガ実践研究会(https://lounge.dmm.com/detail/448/)」のサロン会員限定イベントとして開催された。

トークライブは2部に分かれており、第一部は「マンガHONZ」と「ホリエモンチャンネル」のコラボ企画としてネット中継され、第2部はフリートークが行われた。本記事でも第一部のみレポートする。司会はホリエモンチャンネルの寺田有希氏が務めた。



超高性能な人工知能を搭載した犬型ロボットが活躍する漫画「バディドッグ」

細野不二彦氏

細野不二彦氏は1959年生まれ。『Gu-Guガンモ』や『さすがの猿飛』、青年誌では『太郎』や『ギャラリーフェイク』、『電波の城』や『いちまつ捕物帳』などの多種多様な作品を描いてきた漫画家だ。2017年2月から「ビッグコミック」誌で連載中の最新作『バディドッグ』は人工知能がテーマだ。なお細野氏は他にも6月からは月刊「ヒーローズ」で『さすがの猿飛G(グローバル)』を、7月から「ビッグコミック増刊号」で『ギャラリーフェイク』の連載を再開している。大ベテランであり、かつ、本当に多ジャンル多作の漫画家である。

『バディドッグ』の舞台設定は今よりちょっと未来の2019年。主人公・相沢正志は家電メーカー「ジンム電機」に務める平凡な45歳男性だ。ジンム電機がかつて大ヒットさせた犬型ペットロボットの修理部門に勤務し、健康に不安を抱えながらも愛する妻と娘とマンションで暮らしていた。ところがある日、主人公・相沢のもとに謎のペットロボットが送られてくる。そのロボット「バド」は、ジンム電機が販売していたペットロボットと外見はほぼ同じだったが、中身は全く別物で、超高性能な人工知能が搭載されていた—-というストーリー。

超高性能人工知能を搭載した犬型ペットロボット「バド」 (c)細野不二彦/「ビッグコミック」連載中

一言でいえば、ソニーが出していた「AIBO」のようなペットロボットに、すごい汎用AIが入ったら—-という発想で描かれた漫画だ。第一話は小学館のコミスン(http://comic-soon.shogakukan.co.jp/blog/news/big-hosono-fujihiko-buddydog-preview-1/)で閲覧できる。

主人公・相沢正志は「バド」と契約をかわし、共に暮らすことになる (c)細野不二彦/「ビッグコミック」連載中


AIと身体性と現実感

堀江貴文氏

テレビ局を舞台にした『電波の城』のような細野氏の漫画のファンだという堀江貴文氏。堀江氏は最初に『バディドッグ』について「勘所をおさえている」と評価した。特に「AIと身体性」の話から入っているとこが良かったという。身体があることでリアルワールドとコミュニケーションし、インプットとアウトプットの試行錯誤のサイクルが高速に回るというところがAI進化のポイントなのではないかと述べた。

AI研究者である三宅氏も「身体性が現実感を与える。そこが現代的だ」とコメントした。細野氏も「知性と身体との関係が重要なのではないか」と考えたことから、そのような展開になったと応じた。

「バド」が別の案内ロボットを乗っ取って遠隔操作するシーン (c)細野不二彦/「ビッグコミック」連載中

現在連載中の『バディドッグ』のストーリーは、コンピュータ将棋を題材としているエピソードに入っている。

2017年7月現在、連載中のストーリーは「コンピュータ将棋」編に (c)細野不二彦/「ビッグコミック」連載中

コンピュータ将棋や囲碁は既に人間を超えてしまった。細野氏はそれはショックだったという。『バディドッグ』では、コンピュータが人が知りえなかったところまで将棋の世界を掘り下げていった様子がイメージで描かれている。そのシーンについて堀江氏は「すごくわかりやすく表現されていた」と高く評価した。

いま将棋はAIをツールとして使って人間が棋力を鍛える段階に入っている。最近多くの注目を浴びているプロ棋士・藤井聡太氏らは強いコンピュータ将棋の存在が前提の新たな世代の棋士達だ。人間の場合は定跡にない手を打つのは恐怖感があるという。だがAIにはそのような恐怖の感情はない。そこが面白いところだと細野氏は感じたという。


トークイベントの様子

堀江氏は「藤井君が出てきたことはAIの進化とも密接な関係がある。彼らはスマホネイティブ世代だから打ち方に躊躇がないし、人工知能に対局を教えてもらうのは邪道といった考え方もない」と語った。さらに新技術に対する感覚はAIに限らないと続け、中国で日常的に多用されているQR決済について紹介。他国の例も出し、「日本は周回遅れ」だと指摘した。

ちなみに細野氏自身はスマートホンやコンピュータを全く使っていない。にも関わらず、ソニーがAIBOの修理をやめてしまったことや、コンピュータ将棋などタイムリーなネタを入れて来る感性は流石だと語った。



汎用知能はできるのか

「バド」は人間社会で暮らす過程で多くのことを学んでいく (c)細野不二彦/「ビッグコミック」連載中

一方、ここまでは現実の話だが、『バディドッグ』に出て来る「汎用人工知能」、すなわち人間のように主体性を持って自ら考えることができるような人工知能はまだ存在していない。汎用人工知能の実現に関しては堀江氏自身も懐疑的だとしつつ、議論は汎用人工知能が実現できるかどうかの話に移った。


三宅陽一郎氏。大手ゲームメーカーのゲーム開発者としてAI研究に携わっている

三宅陽一郎氏はまず「いまの人工知能は問題特化型が9割で、残り1割が身体を持っているタイプ。自分で文脈を作り出せる人工知能はまだできてない」と大枠を整理した。そして「将棋や囲碁のようにクローズドで定式化されている世界では問題を解くことができるが、要素が無限に介入するものは問題が閉じないので、そのなかで解を作り出せない。囲碁や将棋のように問題が閉じていると最適化できるが、問題が際限なく広がっていると『フレーム問題』といって人工知能は自分で問題設定ができない」と難しさを紹介した。

人工知能における最近の大きなブレイクスルーはディープラーニングの成功だ。ディープラーニングは1979年に福島邦彦氏が発案した「ネオコグニトロン」に起源がある。ネオコグニトロンは目の視神経の繋がり方にヒントを得て考え出されたニューラルネットワークで、たとえばアルファベットの「A」という図形があったときに、図形の特徴を抽出するS細胞の層と、多少ずれても揺らぎを調整して吸収して一つの「A」に還元するC細胞の層とが交互に並んでいるという階層構造になっている。当時はコンピュータの処理能力が足らなかったりアルゴリズムの工夫がうまくなくて十分な性能を発揮できなかったが、基礎理論は既にあったわけだ。それが最近になって新たに見直されて再注目されているという流れである。

JSTサイエンスチャンネルによるディープラーニングの解説

画像認識分野でのディープラーニングの成功を受けて、ディープラーニングをはじめとしたいくつかの学習器をうまく繋げば脳のような汎用人工知能ができるのではないかという考え方を持っている人たちもいる。脳科学者たちと人工知能研究者たちが一緒に研究を行っているが、まだそれほど目覚ましい成果はあげていない、と三宅氏は紹介した。

ディープラーニングがパターン認識が得意なのも、もともと視覚処理をお手本にしているからだ。言語や映像、将棋などの問題に対する取り組み方も、問題のほうを変形して画像を扱うような課題にすることで解いている。生理的な手法では脳のなかに電極を差し込んで神経回路処理の仕組みを調べているが、脳のなかはノイズが多く、まだ難しい。

堀江氏からの「発達の過程のなかにヒントはないのか」という問いに対して、三宅氏は、視神経の発達の一部が後天的であり、環境とのインタラクションが必要だという事例を紹介した。



動物と人間の知能の差はどのくらい?

要するに、脳の研究と人工知能の研究を結びつけようという試みは色々行われてはいるが、なかなか難しいというのが現状だ。堀江氏は「汎用人工知能を作ろうとしている人は、なぜ他の動物のような知能を作ろうとしないのか」と問いかけた。それに対して三宅氏は「思想的な部分が大きいのではないか」と答えた。多くの人工知能の論文が人間の知能を前提にしているのだという。

たとえば人間の知性と犬の知性は程度の違いなのか質の違いなのか。質問を振られた司会の寺田有希氏は「犬は人間の悲しみを感じて寂しいときに近寄ってくれる」というエピソードを紹介した。もともと群れで暮らす犬にはそのような共感の能力があるらしい。


堀江貴文氏(左)と司会を務めたホリエモンチャンネルの寺田有希氏(右)

ヒトと他の動物との差について、大きく違うのか、それともグラデーションがかかっているのかについて、三宅氏はものをつかんだりすることや、時間、計画という概念が生まれたことで「急激に変わったのではないか」と述べた。三宅氏はふだんは大手ゲーム会社でAIを使ってキャラクターやモンスターなどを作っている。そのときにモンスターをデザインするのと、言葉を扱う人間のキャラクターをデザインする上では全く違い、「人に対しては言語に関するモジュールをドバッと与えるしかなく、緩やかにシームレスにつなぐのは難しい」のだという。これはいわばニューラルネットワークから記号がどのように現れるのか、記号が創発されるのかという問題でもあると述べた。

たとえば囲碁のソフトは将棋を指せないし、将棋ソフトは囲碁を指すことができない。プログラムはそれぞれの問題処理に特化している。だが、ゲームをプレイすることで有名になったGoogle DeepMindの「DQN(Deep Q-Network)」は、人がルールを覚えさせることなく、操作自体を自分で見つけさせて強くなった。以前は人間がルールを与えていたが最近はルール自体を学ばせているところは新しい。「その先に何かあるかもしれない」というわけだ。

Deep Q-Networkによるブロック崩し


知能のための身体、AIのためのロボット

細野不二彦氏(左)と三宅陽一郎氏(右)

三宅氏は「ニューラルネットの本質はものを分けること」だと述べた。たとえば床があって天井がある、という形で世界を分けて、分けたところに言葉を置いていく。それが本質なのだという。堀江氏は「画像と言葉を結びつけることはできる。そこにインタラクションを貯めていけばいいのではないか」と述べた。たとえば最近ならば、バーチャル世界でインタラクションできるようにすることもできる。

三宅氏は『バディドッグ』でもAIに身体があることがポイントだと述べた。身体があれば、視覚だけでなく聴覚や触覚など自分自身の身体性や動きと紐づいたマルチモーダル(多感覚)な情報を獲得しながら世界を分けていくことができる。漫画のなかでもロボット「バド」が現実で様々な出来事に出会うことで世界を学んでいくシーンがある。そういう描写が良かったという。

細野氏は「生存」が核ではないかと考えて、描写を考えたという。生存は欲求と結びついている。だが人工知能には欲求がない。学習のときにはパラメーターを変えるために「報酬」を与えたたりしているが、実際の試合のときにはそのような機能はない。

『バディドッグ』のように、実体を持ったロボットとAIを組み合わせた研究としてはロボットによるサッカー「ロボカップ」などがある。『バディドッグ』は「知能のための身体」といった考え方があるところがすごく現代的だと三宅氏も評価した。

ロボカップ


将来のAIと人間はハイブリッド化?

トークイベント風景

漫画『バディドッグ』の今後の展開はどうなるのか。多くのフィクションのAIものでは、AIは「ターミネーター」のような人間の敵となり、反乱したりする。『バディドッグ』でも冒頭で、「ゴーレム」というAIが、人間が地球温暖化問題の元凶なので滅ぼしてしまえという結論をシミュレーションで出すシーンがある。


細野不二彦氏

細野氏は「AIにはAIの解があって、それは人間の解とはズレるのではないか」と考えたことが『バディドッグ』の発案の一つとなっていると述べた。そうならないため人間の考え方を学ぶ必要があるのではないかというわけだ。

それに対して堀江氏は「人間はある種のフィクションを信じてしまうところがある。宗教や恋愛にはまってしまうと聞く耳を持たなくなる。AIも人間の脳を学んだらそうなるのではないか」とコメント。また、そもそも「AIと人間の対立はピンとこない」と語った。AIの側に寄っていく人間もいるし、AIと人間のハイブリッド化もさらに進むと考えられるからだ。

ロボットによる失業問題のように、ある種の摩擦は生まれてくるにしても、働く必要すらなくなる、あるいは「働くことの定義が変わる」時代がくるのではないかと続けた。なかなか時代の変化についていけない人がいるにしても、そうい人たちへの説得の仕方もAIが考えつくのではないかという。このあと話題はいったんビットコインの問題に流れた。



我々は人間のまま生まれて人間のまま死ぬ最期の世代

堀江貴文氏

最後に堀江貴文氏は「人間はこの身体に制約されている。このボディは色々不具合が多い。ボディを捨てる日が来るのではないか」と述べた。最終的には、ボディは要らないのでバーチャル世界に入ってしまい、さらに人間の存在が別々に分かれているのは面倒だから一緒になってしまうといった、これまでのSF作品でもしばしば描かれてきたところへ行ってしまうのではないかと語った。

最後に「僕たちは人間のまま生まれて人間のまま死ぬ、ギリギリの世代」なのではないかと人類の未来像について語って、トークセッションを締めくくった。

漫画『バディドッグ』が今後どういう展開になるかは作者の細野不二彦氏以外は誰も知らない。今後に期待しよう。


「バディドッグ」一巻は7/28日発売予定 (c)細野不二彦/「ビッグコミック」連載中

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森山 和道

フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!

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