「課題はハードウェア・ボトルネックと人間の知に対する過小評価」玉川大学工学部 情報通信工学科 キックオフ
2017年9月24日、玉川大学工学部 情報通信工学科 キックオフ・シンポジウム「未来の社会」が開催された。玉川大学での「情報通信工学科」立ち上げは2度目。
玉川大学学長の小原芳明氏は挨拶で「以前は情報・通信・工学の3つが一緒になることはありえないと言われた。だが今は当たり前の言葉になった。ICTは多くの恩恵を我々にもたらしてくれている」と語り、「講演者それぞれの話を聞いて自分達が生活していく社会の未来はどうなっていくのか考える契機になってくれれば」と会場を埋めた大学OBや高校生たちに呼びかけた。
玉川大学でしかできない研究所を目指す「AIBot 研究センター」
最初の講演を行ったのは、玉川大学学術研究所 AIBot 研究センター主任の岡田浩之氏。岡田氏は「ロボットとAIが創る未来の社会」と題して、同じく4月に立ち上がったばかりの、家庭で使えるロボットや人工知能を研究する「先端知能・ロボット研究センター(AIBot 研究センター、http://www.tamagawa.jp/research/academic/center/aibot.html)」を紹介した。
「AIBot 研究センター」の特徴は「発達研究」をテーマにしていること。玉川大学には脳科学研究所もあって、そちらでは人間の研究を進めている。AIBot 研究センターでは基本に戻って、脳科学や人間の研究をベースにしたロボットや人工知能の研究を行うことをミッションとしており、長期間にわたる人間とロボットのインタラクション研究を行うという。
このほか「玉川大学ロボットチャレンジプロジェクト(http://trcp.tamagawa.jp)」などの取り組みについても紹介。幼稚部から高校までの一貫教育を行なっている玉川学園・玉川大学ならではの特徴として、ロボットやAIに関するSTREAM(Science, Technology, Robotics, Engineering, Art, and Mathematics)教育の体系化を目指すとした。
「ハードウェア・ボトルネック」を認識することが重要
この後、岡田氏は自身の研究を振り返りながらロボットとAIの将来について述べた。岡田氏が最初に紹介したのは1998年ごろに行っていた対話しながらだんだん賢くなるロボット「Jijo2(ジジョウツウ)」。
2006年、家庭のサービスをロボットで競うロボカップ@ホームが始まった。2008年には玉川大学チームが優勝。その後も優秀な成績をおさめているが、やっていることはリビングにいる人がロボットにペットボトルを持って来てもらうといったもので、できていることはほとんど変わらない。2050年になってもすごいロボットハードウェアが出てくるとは思えないという。
岡田氏は、ロボットやAIの研究を行ってきた立場から見て「行き詰まるのはだいたいハードウェア」だと述べた。すぐれたアルゴリズムが出てきても、つまるところは結局ハードウェアであり、ハードウェアとソフトウェアの研究は同時に進めなければならないと強調した。
AIの発展においては、これまでに三回ブームがあったとされている。岡田氏らは第2次AIブーム時代に「若手」だった世代の研究者だ。人工知能は実用化されると「知能ではない」と言われがちであり、「追いかけても追いかけても逃げてしまう蜃気楼のようなもの」だと語った。ただAIは、実用を考えると良い線をいっている。なお「人工知能が仕事を奪う」という話にしても、実際に奪う可能性があるのは時給1000円の仕事ではなく1万円の仕事だと述べた。
最後に岡田氏は、ハードウェア・ボトルネックが課題であることと、だが一般にはそれがあまり意識されていないこと、そして、人間の知に対する理解がまだまだ不足している一方で、「人間の知に対する過小評価」があちこちで起きていると強調した。だからこそ教育が重要なのだという。
汎用人工知能の可能性
続けて岡田氏と富士通時代に同僚研究者だった株式会社ドワンゴ ドワンゴ人工知能研究所 所長の山川宏氏は「情報知能の汎用化するインパクトとは何か」と題して、汎用人工知能の可能性について講演した。
第3次AIブームの立役者はディープラーニング(深層学習)だ。ディープラーニングはニューラルネットワークの一種で、この技術を使って物体認識ができるようになってきたのが昨今の進展だ。山川氏は、人工知能やニューラルネットワーク研究の歴史について再びおさらいした。かつては簡単なものであったニューラルネットワークだが「ようやくまとまった機能を実現できるようになったので人工知能と呼ばれるようになった」という。
十年前に富士通時代に理研と共同で行なっていた将棋プロジェクトについても紹介。将棋の棋士の「直観」能力の秘密を明らかにし、工学的にも応用しようとしたプロジェクトだった。現在では囲碁や将棋はコンピュータのほうが強くなっているのはご存知のとおりだ。
だが、囲碁プレイヤーは洗濯や買い物もできるが、囲碁のプログラムにはそんな汎用性はない。様々な物事に機械に対応してもらうためには、自分で解決してもらうための汎用性が必要だ。それを広げようとするのが汎用AIの考え方だ。
人間の大脳新皮質は一様な機構で、多様な機能を実現している。山川氏らの「全脳アーキテクチャイニシアティブ」では脳の各器官を機械学習モジュールとして開発して、統合した認知アーキテクチャとしてまとめることを目指している。同様の取り組みは世界中で行われている。
汎用AIは、できたときのインパクトは大きい。経済成長構造が変化し、これまでの社会の成長率自体が変化し、「第2の大分岐」が起こるかもしれないと言われている。
道具を使うと生産性が上がる。以前は、道具の進化によって人間がやる別のことが増えてきたが、最近はそれが難しくなっている。なぜかというと、道具が複雑になると使いこなすためにはスキルが必要になる。それを全員が学んで習得することは難しく、生産性が向上しづらくなるからだ。
山川氏は、「人間が優位となり得る価値は3つに分けられる」と続けた。一つ目は当面はAIが不得意なスキル、二つ目は人工知能をうまく活用するためのデータをとりづらい領域、3つめはAIを活用する人材、あるいはその人材自体を育成する仕事だ。
多角的な問題を解決する人工知能としての汎用人工知能は、かつてワープロ専用機が徐々に汎用のパソコンに置き換えられていったように普及していくと考えられるという。ただ、興味を持って世界を探索する能力、設計しきれないところに対して自分で探索して知識を増やしていく、自分自身を発展させ改善するための技術についてはまだ未知数の部分が大きい。
AIのインパクトに対しては、2017年2月3日にFuture of Life Institute(FLI)から「アシロマ AI 23原則(https://futureoflife.org/ai-principles-japanese/)」(Asilomar AI Principles)が発表された。Beneficial AI の開発はいかにあるべきか、23の項目にまとめたものだ。
山川氏は、「価値観が人間と同じようなものになるのが重要だ」と述べて、再帰的に自己改善するAI技術については、特定の組織が独占するのではなく社会全体で共有されるのが望ましいと語った。
ロボットが動きやすい「ロボットフリー社会」を作るために
農業等でドローンを活用するためのコンサル業務などを行なっているドローン・ジャパン株式会社 取締役会長の春原久徳(すのはら・ひさのり)氏は、「ドローンが切り開く未来」と題して、ドローンの発展と今後の考え方について述べた。
ドローンの重要な役割は情報収集だ。ドローンを使うことで、これまでの「点のIot」が、線、面のIoTとなるという。たとえば農業では農作地の面情報をクラウドで処理して、SCMのなかで活用するために使われている。IoTを拡張するための移動ロボットがドローンなのだという。
ドローンは目的ではなくサービスのための手段に過ぎない。2016年がドローンビジネスの黎明期で、現在は発展期にある。GPSだけでは位置制御もずれてしまうので、精度を上げるためにレーザーレンジファインダーなどを使って高精度化する例を示した。
今後については「AIが各種職業を代替するのは見えているが、フィールド作業はなかなかシフトできない。だがAIとロボットが動くことでフィールド作業もカバーされうる」と語り、「移動型のインテリジェントロボット」であるドローンは、労働人口減の解決手段の一つだと述べた。
最後に春山氏は、ロボット単品を見るのではなく、ロボットが動く環境をどうやって作ればいいのかと考えることが重要だと強調。「どうすればロボットが動きやすい社会が到来するのか。そう考えることでロボットフリーな社会が来るのではないか」と講演を締めくくった。
人は、自らと交流できる他者を求める
最後に『エクサスケールの少女』(徳間書店)という著作のあるSF作家のさかき漣氏が「SF小説の世界観が期待する未来社会」と題して作家の立場からメッセージを送った。
『エクサスケールの少女』は、スパコン開発を行なっている株式会社PEZY Computingの齊藤元章氏からのリクエストに答えるかたちで書かれた小説。「ラストがユートピアになること」というのが齊藤氏からのリクエストだったという。それに加えて「古事記の国譲り神話」と「出雲の製鉄技術」に伴う共同体の変化を、今後のAI登場と重ねたストーリー展開になっている。
さかき漣氏は「良心を備える汎用人工知能」をフィクションのなかで実現するためにはどうすればいいだろうかと考えてストーリーを練ったという。他のSF作品も紹介し、「人間は、人間と交流ができるくらいの知性を持った他者を求めているのではないか」と述べて、その対象が今はAI研究になっているのではないかと語った。
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森山 和道フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!