脊損者用歩行アシスト装具「C-FREX」は2020東京オリンピックでの聖火ランナーを目指す 埼玉医工連携成果発表会レポート


2018年2月23日、埼玉県とさいたま市による「医療イノベーション埼玉ネットワーク」による「埼玉医工連携成果発表会」が行われた。大学や医療機関など、医療現場とディスカッションしながら機器を開発中の4つの中小企業から発表が行われた。

本誌では、ロボティクスとも関連が深い、国立障害者リハビリテーションセンターと、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)に関する試作開発製造会社である株式会社UCHIDA(http://www.uchida-k.co.jp)による脊髄損傷者用二足歩行アシスト機器であるカーボン製の長下肢装具「C-FREX」の発表を中心にレポートする。



無動力の脊髄損傷者用下半身装具「C-FREX」

脊髄損傷者用下半身装具「C-FREX」

「C-FREX(Carbon-Fiber Reinforced Exoskelton、シーフレックスと読む)」は一言でいうと、脊髄損傷で下半身が動けなくなった人のための下半身用装具である。動力は使っていない。足裏までカーボンのプレートが伸びていて、トレーニングすれば、上半身を使って足を振りだし、プレートの弾性を使ってバネのようにしならせることで歩くことができる。患者さんからは「地面を蹴るような感触がある」と言われたとUCHIDA代表取締役の内田敏一氏は語った。


株式会社UCHIDA 代表取締役 内田敏一氏

脊髄を損傷すると運動麻痺になることが多い。毎年約5,000人が交通事故や転落などで受傷し、国内には10万人以上の脊髄損傷者がいるとされる。歩行しなくなると麻痺した筋肉は萎縮し、身体を動かさないと生活習慣病のリスクとなる。身体機能を維持するためには、歩行リハビリが重要だ。また、「歩きたいんだ」という思いを叶えることもできる。

だが従来の装具には耐久性が低い、重たい、動作効率が悪い、医療用装具のイメージが強く、見た目が今ひとつで使いたいと思えるデザイン性に欠けているといった課題があった。


脊髄損傷者のための歩行装具のニーズと課題

そこでUCHIDAが国立障害者リハビリテーションセンター研究所 運動機能系障害研究部・神経筋機能系障害研究室室長の河島則天氏らと開発しているのが、カーボン製の長下肢装具「C-FREX」である。装用したまま二足歩行ができる。


国立障害者リハビリテーションセンター研究所 運動機能系障害研究部・神経筋機能系障害研究室 室長 河島則天氏。「2017国際福祉機器展」でのプレゼンの様子

内田氏は軽量で高強度なカーボンで、もっと身近に人に役立つものを何か表現できないかと考えていたところ、パラアイスホッケー(アイススレッジホッケー)日本代表の高橋和廣選手や、国立障害者リハビリテーションセンター研究所 運動機能系障害研究部・神経筋機能系障害研究室 室長の河島則天氏らと出会ったとビデオを示しながら解説した。当初はあえて補助金を使わずに開発を行っていたという。

「C-FREX」は、従来装具の脆弱さと金属部品による重さを、カーボンに置き換えることで解決した。特徴は動力を使っていないこと。無動力だが膝部分にバネを使ってスムーズな足の振り出しが可能な膝関節屈伸動作をできるようにし、大腿部と下腿部の二重振り子の運動を活かして効率が良い歩行動作を実現。そして洗練されたデザインによってかっこよさを実現した。


「C-FREX」3つの特徴

歩行が困難になった人への支援としてロボットスーツの開発も進められている。だがそれらは専門職の帯同による補助が必要だ。C-FREXは動力を用いていないので、医療者の帯同やモーター操作、パラメータ設定などを想定する必要がない。もちろん、コスト面やメンテナンス面でもメリットがある。

内田氏は動力装具の一例としてイスラエルの ReWalk Robotics社が開発している歩行アシスト装置「ReWalk」を挙げて、C-FREXの比較動画を示した。いずれも脊髄を損傷している人が対象だが、ほぼ同等、あるいはそれ以上の安定感で走行を実現できていると考えているという。現在は歩行動作に膝関節機構を実装したタイプの評価検証を進めている。


外骨格型の他のロボットスーツ装具との比較

また、装具だけ開発しても、歩く場所に行くまでの交通障害なども克服できなければ普及しないし、技術を社会に提供することにつながらない。そこで現在、車椅子とコンパチブル、一体型のC-FREXを開発している。装具単体だけではなく、周辺器具や環境も含めたシステムとしての提案となっている。


「2017国際福祉機器展」で出展された「C-FREX」機能モデルとチェア一体型のデザインモデル

歩行装具へのアタッチメントとして車椅子を捉えている。

車椅子で移動したあと、歩行できる場所に着いたら歩くという使い方を想定

UCHIDAはC-FREX開発(Lightweight composite bipedal walker)が評価されて、2016年にはパリで開催された欧州複合材料展「JEC(Journals and Exhibitions on Composites)」でJEC World 2016 Category : Better LivingにおいてINNOVATION AWARDを獲得した。

今後、2018年度内には評価を終え、2019年には完成させることを目指す。製品化目標は2020年。今後も引き続き、国内外の展示会へ出展し、身体への影響の検証、脊髄再生医療後のリハビリツールとして使用することを目指す。

また、2020年には東京パラリンピックで聖火ランナーに使ってもらいたいと考えていると内田氏は今後の展望を語った。


2020東京パラリンピックでの聖火ランナーに使ってもらうことが目標


神経筋疾患の患者向けのトレーニング機器「LIC TRAINER」

カーターテクノロジーズ「LIC TRAINER」

このほかの機器についても簡単にご紹介したい。国立精神・神経医療研究センターリハビリテーション部と、金属加工会社のカーターテクノロジーズ株式会社(http://carter-tech.jp)による弁をつけた呼吸リハビリ機器「LIC TRAINER」は、肺を膨らませることができなくなり、肺活量が減少してしまう、ALSなど神経筋疾患の患者向けのトレーニング機器である。


呼吸リハビリ用機器

息を溜めることが苦手な患者でも肺に空気を入れることができ、肺の柔軟性を維持し、肺活量を増やすことができる。すでに販売中で、使用に関しては医師の指示や理学療法士の指導が必要になる。


胸郭の柔軟性を維持することで呼吸機能低下を予防できる


ありそうでなかったナースコール機器「ひとことコール」

ケアコム「ひとことコール」

埼玉県産業振興公社が支援し、ナースコールメーカーの株式会社ケアコム(https://www.carecom.jp)が、埼玉県立がんセンターの別府武氏らと共同で開発しているのは、手術等で声を失った方が使うためのコール機器である。手術等で一過性に声が出にくくなったりすることはよくある。そういうときに、要望をナースに速やかに伝えるための装置である。ボタンを押すと、ナースコールがかかり、音声で伝えられる。

利点は、従来のナースコールと違って、患者の要望が呼ばれた時点でわかること。日本語ができない患者でもこの機器を使えば、日本語でナースコールすることが可能だ。

埼玉県立がんセンターの別府武氏は「なぜ今までなかったのかなと思うけれども、誰も気がつかない。こんなもんかと思って毎日働いていることは多い。これは最先端のイノベーションではないが、こういうものがあってもいいのではないか」とコメントした。

ボタンにはバックライトがあり、消灯後も必要に応じてボタン位置を示すことができる。また、ワイヤレスなので、どこにでも置けるしケーブルが邪魔にならない。ベッド脇にぶらさげたりすることもできる。今後の課題は、低コスト化・薄型軽量化、防滴化のほか、外国語対応などマーケットの展開と拡大などを挙げた。患者の要望を伝えられるだけでなく、看護師の作業効率化も図れるところは大きな利点かもしれない。2018年10月の上市を予定している。今後の課題は、低コスト化・薄型軽量化、防滴化のほか、外国語対応などマーケットの展開と拡大などを挙げた。



植物性食品材料から作られた模擬臓器「VTT」

株式会社寿技研(http://www.tech-kg.co.jp)は、手術トレーニング用のリアルな模擬臓器「VTT(Versatile Training Tissue)」と、そこにたどり着くまでの取り組みを紹介した。同社はもともとは金型・プレス加工、機械加工、ミニ四駆やラジコンカーのタイヤ部品などを受注生産していたが、リーマンショックで売り上げが低下。何か自社製品を持とうと模索していたなかで、最初は知人のアドバイスを受けて、医師が個人購入可能な安価な腹腔鏡トレーニングボックスから医療機器開発を手がけるようになり、さらに使い捨ての商品を開発したいと考えて手術トレーニング用の模擬臓器開発へと至ったという。大手企業がやらないニッチ領域に価値を見出す同社の話は興味深いものだった。


株式会社寿技研 高山成一郎氏

寿技研が千葉大学フロンティア医工学センターと共同開発した「VTT」は、食品材料を用いて構成された臓器モデル。電気メスを使った切開や、引っ張り、縫合、結紮まで可能だ。もともとはレバ刺し風こんにゃくから発想を得て、様々な食品を使ってテストを繰り返して開発したとのこと。

「VTT」は2017年夏から販売しているが、まだそれほどたくさん売れている状況ではないという。だが寿技研 代表取締役社長の高山成一郎氏は「大企業が出てこない領域なら、僕らがトップランナーになれる。いけそうだと思ったら、すぐに作れるのは小企業の優位性だ」と語った。


VTT。様々な形状に整形可能

医療機器産業に限らず、中小企業が新たな業界に参入するときには、自社の体力や技術、持ち味を生かせる製品開発パターンを選んで、適切なパートナーを見つけることが何より重要だ。参入障壁が高い産業であっても、ぽっかり空いているニッチは意外とあるものなので、業界それぞれの課題・ニーズを見つけて入り込んでもらいたい。


ABOUT THE AUTHOR / 

森山 和道

フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!

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