Makerムーブメントの祭典「Maker Faire Tokyo 2018」が8/4,5日の日程で東京ビッグサイトにて行われた。5日には「パネルディスカッション:農と食の分野でAI、ロボティクスを使いこなすメイカーたち」が開催された。パネリストは画像認識を使ったキュウリの等級選別システムを自作したworkpilesの小池誠氏、たこ焼きロボットから調理にロボットアームを応用しているコネクテッドロボティクス株式会社の沢登哲也氏、そしてクレープ生地焼きロボットの株式会社モリロボの森啓史氏。いずれもかつて、あるいは今回の「Maker Faire」に出展した人々だ。
コーディネイターの株式会社オライリー・ジャパンの田村英男氏は最初に「以前は企業や大学しか利用できなかった技術が安価に利用できるようになった。そのための情報もインターネットを通じて共有可能になった」と背景を紹介。「AIやロボティクスを食品加工、農業分野で活用している人たちを集めて、ここまでのストーリーを紹介して共有したいと考えた」とディスカッションの趣旨を述べた。レポートしておきたい。
改良され続けている小池誠氏のキュウリ自動判別機
プレゼンはまずworkpiles(http://workpiles.com)の小池氏から始まった。小池氏は静岡県で、家族経営でキュウリ栽培を行なっている。年間出荷量は63,000kg(約21万本)。家族三人、パート2名程度で作業を行なっているという。
自作したキュウリ等級判別機は、いま三号機となっている。キュウリの等級は、形状や曲がり具合で判断される。通常は手作業で、人間が目で一本一本判断して、わけている。野菜はかたちが異なる自然物なので、定量的判断がしづらいからだ。だが同じ基準で市場に出すことは農家の信頼にも直結しており、作業者間で基準がばらつかないほうが望ましいことは言うまでもない。
また、キュウリ栽培の作業別労働時間を見ると、2番目にかかっているのが出荷作業で、農家の仕事の1/4くらいを占めている。だが出荷作業自体は頑張っても収入があがるわけでもないので、そこをいかに減らすかが重要になる。
そこで小池氏は畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を使った画像認識技術の活用を考え、2016年2月ごろから開発をはじめた。最初はなるべく早く、安く作ることを考えて、わずか一週間、費用3000円で作った。この仮説検証モデルで認識精度8割を達成。「いけそうだ」と判断した小池氏は、続けて二号機を制作。こちらはカメラを1台から3台に増やし、8000本の画像を教師データとすることで、9種類の等級を91.6%で正答することができるようになった。
さらに自動化を考えて、Aruduino Microを使って制御するベルトコンベアも製作した。ホームセンターから買って来た塩ビパイプやフレーム、3Dプリンターで出力したパーツを組み合わせて、3000円くらいのステッピングモーターを制御するというものだった。これと組み合わせて試作2号機を完成させたのが2016年7月ごろ。こちらは制作期間は5ヶ月、7万円だった。
試作2号機は2016年のMaker Faire Tokyoにも出展され、話題になった。だが自動化を目指した2号機はキュウリに傷がつくという欠点があり、お蔵入りになってしまった。
そこで小池氏はコンセプトを「AIによる完全自動化」から「人間が行う作業をAIでサポートする」に方向転換。あくまでAI技術はサポートに使って効率化することにした。新しいコンセプトで作られた試作3号機は、テーブル上にキュウリを置くと、上のカメラから自動的に複数本の等級をに判断して下のディスプレイに結果を出すというもので、2017年7月に作り上げた。こちらの制作期間は5ヶ月くらい、費用は2万円だった。教師データは3万6000本で、だいたい8割くらいの精度が出た。精度が落ちてしまった理由はカメラの数を減らしたことと、ラズパイの処理速度を考えて画像解像度を落としたこと。
認識速度はキュウリ4本の判別に1秒程度かかり、熟練者の速度には勝てない。だがこれくらいなら仕分けノウハウがない素人でも仕分け作業ができるということで、実務にも使っているという。
試作3号機はMaker Faire Tokyo 2017にも出展したが、今回のMaker Faire Tokyo 2018では画像処理アルゴリズムを改良して、動作速度を二倍にした改良版を出展した。ただし、「誰も気づいてもらえない」と小池氏は笑って紹介を締めくくった。
様々な調理をアームロボットで
続けてコネクテッドロボティクス株式会社(https://connected-robotics.com)代表取締役の沢登哲也氏は、「アームロボットを活用しようと考えて、たこ焼きロボット開発を目指した」と経緯を述べた。この経緯については、下記の本誌の過去記事に詳しいので、そちらを参照してほしい。同社のロボットもMaker Faire Tokyo 2017に出展されていた。
現在、コネクテッドロボティクスのたこ焼きロボットは、7月20日から長崎ハウステンボスでたこ焼きを焼いている。同時に、Dobot社の安価なアームロボット「Magician」を活用したソフトクリームをつくるロボット「れいかちゃん」も横で並んで作業している。
沢登氏は「たこ焼きやアイスだけではなく、いろんな調理をアームロボットを使ってやっていこうと考えている」と述べた。たこ焼きロボットを最初に手掛けた理由については上記の記事のとおりだが、「飲食は楽しさ、喜びが重要。たこ焼きはお祭りのときに食べるもので、特別な食べ物だし、楽しさが付随している。魅せるという要素もある。単にロボットが奥で作っているだけだと事業にするのは難しいが、たこ焼きは魅力をすべて兼ね備えているすばらしい食品。1年半やり続けて製品化にこぎつけた」と語った。
クレープ生地を焼くロボット
Maker Faire Tokyo 2017では、コネクテッドロボティクスの隣でクレープ生地を焼いていた株式会社モリロボ(http://morirobo.wixsite.com/morirobo)の森啓史氏らは、今回の「Maker Faire Tokyo 2018」でもクレープ生地焼きロボット「Q」を出展していた。おおよそ45秒でクレープ生地を焼くことができる。
しかも今回は3色一緒の生地を焼ける「レインボークレープ」が焼ける機械で、これができるのは同社の機材だけだという。同社のクレープ生地焼きロボットは7月から大阪のアベノハルカスとホテルオークラで使われている。特に子供たちに人気があり、故障もあるが、なんとか頑張っていけている状態だという。
もともとは浜松の自動車メーカーの大手企業で働いていた森啓史氏は、クレープ屋でのアルバイト経験を経て、クレープロボットを開発した。だがMaker Faireに出す前は「欲しがる人はいるのかと思っていた」という。だが出展によって、色々な人に興味をもってもらったと語った。
クレープには色々な種類があるが、生地を焼くのはどんなクレープでも同じだ。つまりクレープの価格差は中身で決まっている。お店にとって本当に価値が大きいのは、単価が高い商品をお客におすすめしたり、流行りレシピを考える作業なのだ。そこで、生地を焼く作業は自動化して、人には価値の高いに集中してもらえるためのロボットということを考えて作っているという。
自動技術のコストとメリットのバランス
続けてディスカッションが行われた。小池氏はAI技術についてもライブラリなどがダウンロードすれば誰でも始められるようになっており、「やるかやらないか」の世界になっていると語った。ただし、それだとパソコンのなかの世界だけの話だが、仕分けのシステムを作る上でもラズパイやAruduiinoなど安価な制御ボードが非常に役にたつし、壊れたときも簡単に交換できると述べた。
沢登氏もそれに基本的には同意だと述べた。今では数学がわからなくても画像認識させるだけならできるし、安くてかなり安定度のあるコンピューティングリソースが利用できる。ロボットにおいても以前は使うためにはかなりみっちりとトレーニングが必要だったが、協働ロボットのような扱いが簡単なロボットが登場し、さらにそれらを購入ではなく半年レンタルといったかたちを取ることで、開発が素早く始められるようになっている。このようにソフトウェアとハードウェアともにプロトタイピングしやすくなっているとコメントした。
ただし、プロトタイプ開発と納品する製品の開発は全く異なるので、「安価なパーツを製品として使うのはオススメしない」とも釘を刺した。これまで工場で働いていたロボットを、工場と異なる環境で動かすのは技術のみならず、ビジネスやコストの構造が全く異なる点に留意する必要がある。「そこで成功したところはまだない。だから非常に大きなチャレンジ。ちゃんと儲かるビジネスにするだめにコストは研究していきたいし、エンジニア一人一人が意識しないといけないところだ」と述べた。
森氏は自動車工場で働いていた経験を踏まえてクレープロボットを開発した経緯について語った。クレープ生地を焼くために直径10kgの円盤を水平に回す必要があったが、そのためにソニーのレコードプレイヤーをバラし、その構造を活かしてみたら精度が出たというエピソードを紹介した。このような枯れた技術を使うことも重要だという。
オライリーの田村氏は、それぞれ人と自動技術とをコストに応じて使い分ける着地点を探しているのではないかと共通点をまとめた。
MFTに出展することで次のステージへ飛翔
さらに「Maker Faire Tokyo」の会場に出すことでどういう展開があったのかと話を振った。まず小池氏は、色々な人の意見が聞けることをメリットとしてあげた。
沢登氏は、中長期的なメリットがあると述べた。まずはメンバーの意識を高められること。出展するとなると人に見せるわけだから、完成度がグッと上がる。前回の出展時にも、ものすごい進展があったという。長期的にはメディアなどに露出することで、投資家へのアピールができることで。実際に沢登氏は投資家にMaker Faireの会場でデモを見てもらい、プレゼンを行って、数千万円規模の投資を受けることができ、次のステージに進めたという。
森氏はまずモチベーションをあげた。自分が作ったものがどれだけ受け入れられるかが会場で肌で感じられることで、これはいけると感じることができたという。そして2017年10月には、アメリカの「Make:」のトップページに紹介されたことがきっかけでAmazonから招待を受け、アメリカのシアトルで開催された食の展示会にクレープロボットを持って出た。そこには日本の食品企業も10社ほどきていたが、初めて日本の企業が出たということで、なぜいるのかと言われたという。そして色々な声をかけてもらったとのこと。
ハードウェア・スタートアップに必要なものは
最後に田村氏は、今後、プロジェクトを進めるために何が必要なのか、不足しているものは何かと問うた。
森氏は昨年起業し、融資を銀行から受けたが、作った部品がどんどんダメになっていくので、やはりお金がかなり必要だと答えた。開発に力をかけていて、投資家やVCから出資を受けるというアクションがほとんどやれてないので、お金を引っ張ってくる能力が必要だと思っていると語った。
沢登氏は、色々な調理をロボット化するために横の広がりやアイデアが必要であり、アイデアを吸収するのが大事だと思うと述べた。また完成度を高めることが非常に大変であり、そこにはしっかりした土台・知識・経験が必要だと述べた。知識がない人でも使えるようになったディープラーニングだが、本当に使いこなすためには強い数学的バックグラウンドも必要と強調した。横のアイデアと技術の深みが重要だという。あとはやはりお金だ。そのため、いまはファイナンス面でも頑張っているという。「本気でやろうと思ったらファイナンスは重要だ」と述べた。
小池氏は、起業はしてないが、お金、知識、技術は必要だと述べた。また、「農業は自分たちが作った技術をテストする現場が少ない」と語り、場の必要性を強調した。「場がないと、本当に使えるものを作っていこうというのはハードルが高い」という。
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森山 和道フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!