衣類折りたたみロボットや高齢者向けウェアラブル、エッジAIなど 第3回J-TECH STARTUPサミット


2019年2月8日、ベンチャー企業の支援組織である一般社団法人TXアントレプレナーパートナーズ(TEP)主催の「第3回J-TECH STARTUPサミット」が東京・日本橋で行われた。医療やロボットなど事業化までに時間がかかる技術系スタートアップを選んで支援を行おうというもので、今回は認定された7社(VC等からの出資前の企業5社と、出資を受けている未公開企業2社)からピッチが行われた。


一般社団法人TXアントレプレナーパートナーズ 代表理事 國土晋吾氏

TEPが出資している金額は20社に対して合計1億8000万円程度。TEP代表理事の國土晋吾氏は「PoC(概念実証)まで行っていないところにエンジェル出資を行い、スタートアップのエコシステムを作ろうとしている」と述べた。


TEPは2009年に設立された技術系スタートアップを支援する組織

このほか、大学発ベンチャーを増やすために大学でのアントレプレナー教育を受託して実施したりもしているとのこと。事業化までの時間はかかるが大学はシーズの源であり、力を入れていきたいと考えているという。


スタートアップ支援のエコシステム

7社のピッチを簡単にレポートする。ロボット企業ではない企業もあるが、それらの事業もロボティクスと融合したり、活用されたりする可能性は高いように思われた。特に医療とロボットは相性が良い。


ASTINA 衣類折りたたみロボットタンス

株式会社ASTINA CEO 儀間匠氏

株式会社ASTINA(https://www.astina.co/)は洗濯物の折りたたみロボットを開発中のスタートアップ。CEOの儀間匠氏はGatebox創業メンバーの一人で、2017年にASTINAを創業した。メンバーは四人。うち三人がエンジニア。「ふだん使いのロボティクス」をテーマにしている。コミュニケーションロボットと掃除ロボットを比較して、後者のようなロボットを目指すと述べた。「家電業界に革新をもたらす」ようなロボットだという。戦略はグローバルニッチ。高単価高利益の商品を販売していこうとしている。シャオミやバルミューダをロールモデルとしている。


ASTINAは家庭向けロボットメーカーを目指している

ASTINAのファーストプロダクトは、衣類折りたたみロボット「INDONE(インダン)(https://www.indone.co)」だ。


衣類折りたたみロボット「INDONE」

画像処理とロボティクスを使って衣服を折りたたんで収納するタンスで、常時使用し、洗濯枚数が多い衣類を対象としている。


INDONEの動作フロー

30万円から50万円くらいの価格帯を目指す。競合はセブンドリーマーズのランドロイド(https://laundroid.sevendreamers.com)や、海外のFoldimate(https://foldimate.com)。ASTINAのロボットは既に普及した技術を活用することで価格を抑えており、仕分けができる点が差別化ポイントだと考えているとのこと。2020年販売を目指している。


ASTINAの販売計画


メディラボRFP アルツハイマー病発症予防点鼻薬

メディラボRFP アルツハイマー病発症予防点鼻薬

株式会社メディラボRFPは、認知症を治療する点鼻薬開発を目指すスタートアップ。大阪市立大学医学研究科研究教授でメディラボRFPCSOの富山貴美氏は、現在の課題をまず紹介した。これまでにアミロイドβ仮説に基づいた薬剤開発はあまり芳しくない。症状が現れてから投与しても遅すぎ、それだけでは不十分であり、有効成分が脳に届かないという課題があるためだ。発症前に脳に薬剤を投与して予防する必要がある。


アルツハイマー病治療薬の課題

メディラボRFPでは、「MLI808」という点鼻薬を、軽度認知機能障害患者、ハイリスクの高齢者に投与しようとしている。点鼻薬とすることで、嗅神経から脳に直接移行することができるのだという。長期投与の安全性は既に担保されている。アルツハイマー病モデルマウスによるモリス水迷路を使った実験では、リファンピシン(RFP)とCompound Xの併用で、認知機能改善効果が見られた。経鼻薬、合剤とすることで、肝障害を抑制することもできた。他の薬と比較しても有効性・安全性・利便性において優れており、そして価格も安いという。


メディラボRFP CSO 富山貴美氏


VRC 人体を高速3Dスキャン

株式会社VRC CEO 謝英弟氏

株式会社VRC(http://www.vrcjp.com/)は、0.5秒で人の体をスキャンできる高速3Dスキャン技術を持つ会社。CEOの謝英弟氏は画像処理の専門家。全身3D撮像技術自体は新しくない。だがVRCの技術はリアリティのある3Dデータを高速で得ることができるという。高精度であるためデータを得たあとの処理の自由度も高く、たとえば寸法もそのまま反映できる。


リアルな3Dデータを高速撮像できる

VRCではVR、ARなどのエンタメ分野、ファッション分野、ヘルスケア分野に注力している。VRCでは装置だけではなくデータプラットフォーム事業を展開していこうと考えているという。

EC市場は年率約1割で成長している。だがアパレルにはサイズが合わないことによる返品率の高さという問題がある。これは顧客側にとっても問題とされている。VRCの技術を使うことで、返品率を下げることができるという。


ECファッション事業への展開

VRCの装置は同業他社と比べるとスキャニングマシンの稼働率が段違いであり「ビジネスパフォーマンス世界一だ」と述べた。


VRCのシステムはビジネスパフォーマンスが高いとのこと


セルファイバ 培養細胞を規格化して低コストに

株式会社セルファイバ 取締役COO 柳沢佑氏

株式会社セルファイバ(http://cellfiber.jp/)は細胞培養コストを下げて、細胞を機械部品のように扱えるようにする技術を持つスタートアップ。細胞は従来医薬品のような製造・流通は、まだ難しい。構造化や大規模化が難しいからだ。

取締役COOの柳沢佑氏は、糖尿病や肝不全、心不全などに用いるためにはもっと細胞数が必要で、そのためには製造プロセスにイノベーションが必要だと述べた。


細胞ファイバ

セルファイバでは細胞をチューブ状ゲルに入れてファイバ形態にすることで、細胞を規格化して扱えるようにしようとしている。これによって、生産性を100倍にすることができるという。現状は生産、培養、輸送、異常細胞の検出などにおける各要素技術を研究開発しているステージにある。バイオプリンティングや異種移植に比べて競争力があると述べた。


セルファイバの製品サービスとビジネスモデル


アトミス 多孔性配位高分子でライフサイエンスとエネルギー分野を開拓

多孔性配位高分子

京大発のスタートアップ、株式会社Atomis(http://www.atomis.co.jp/)は、金属イオンと有機配位子を組み合わせて規則性を持ったナノ構造を作る「多孔性配位高分子」を使うことで、ガスを安全・効率的に貯蔵・運搬できる技術を持つスタートアップ。


多孔性配位高分子の特徴

「多孔性配位高分子」はPorous Coordination Polymer(POF)、またはMetal-Organic Framework(MOF)と呼ばれる。1mm3あたり100京個のチャネルを持ち、そのナノ構造の穴を自在に閉めたり開かせたりすることもできるため様々な企業から依頼を受けて材料を作っている段階であり、エネルギーおよびライフサイエンス領域での実用化を目指している。


ターゲットはライフサイエンスとエネルギー分野

これまで基礎研究の対象だったが、世界に目を転じると既にビジネスフェーズに移りつつあるという。現在は多くがマテリアル提供をしているが、アトミスではガス医薬を使ったライフサイエンス分野、そして次世代ガスデリバリーへと事業を展開しようとしている。多孔性配位高分子には価格、製造スケール、品質の3つの問題があり、事業化が困難だったが、アトミスでは溶媒を使わない方法を編み出してコストを下げ、大規模化しようとしている。


アトミス独自の合成プロセス

ライフサイエンス向けには身体内に入れられる素材を用いた多孔性配位高分子を作り、免疫細胞を刺激する薬剤を作ろうとしている。


免疫を制御する新たな医薬品開発を目指している

エネルギー分野では、全く新しくコンパクト(重さ1/5、サイズも1/5くらい)なガスボンベを開発しようとしている。用途としては家庭に水素を運びたいと考えているとのこと。


アトミスの次世代ガスボンベ。従来の1/5サイズ・重量


アシストモーション 高齢者向けウェアラブルロボット

AssistMotion 株式会社 代表取締役 橋本稔氏。着用しているのが「Curara4」

AssistMotion 株式会社(http://assistmotion.jp/)は、高齢者をはじめとした身体動作が不自由な人向けのウェアラブルロボットを開発している信州大学発ベンチャー。信州大学線医学部特任教授でアシストモーション代表取締役の橋本稔氏は、90歳になる自身の母親の映像を示し「自分の足で歩くことは多くの人の要望だ」と述べ、衣服感覚で使えるロボットを開発したいと考えたと紹介した。


衣服感覚で着るウェアラブルロボット

基本技術は二つ。人と機械の協調を実現するシステム設計技術と、高分子ゲルを使った新しいソフトアクチュエーターだ。


AssistMotionの二つのコア技術

モータータイプの「Curara4」は重さ5kg。1分で着脱でき、拘束感が少ない。稼働時間は2時間。


Curara4の特徴

開発中のソフトアクチュエーターは積層した塩ビのゲルでできている。高電圧を印加することで伸縮する。現在、これを使って作業動作支援用腰サポートロボットを作ろうとしている。音もしないしコストも下げられると考えているという。


ソフトアクチュエータを使う作業動作支援サポートウェアも開発中

アシスト機器市場については、現在5250台くらいが市場に出ているが、ほとどんが作業支援用であり、同社のロボットであれば持ち上げ作業以外にも使えるとした。2021年からはソフトアクチュエータをつかった「GELwear」の販売を目指す。2019年には1.7億円の資金調達を行う予定。


アシストスーツの市場規模


アスター 高強度樹脂で耐震建築を実現

株式会社Aster CEO 鈴木正臣氏

株式会社Asterは、高強度樹脂の開発製造を行う企業。安価な耐震塗料を開発している。同社の材料は、従来の同様の樹脂に比べて1/10から1/20のコストを実現できるという。東京大学生産技術研究所の目黒研究室で開発されたもので、安価な樹脂とガラス繊維を組み合わせており、耐震性、コスト、施工技術、耐候性などあらゆる面で優れているとAster CEOの鈴木正臣氏は述べた。やわからくて伸縮性はあるが引っ張り強度もあるのこと。


アクリルシリコン樹脂とガラス繊維を使用

世界的に見ると将来はコンクリート材料の砂をめぐる争いがあり、これからもレンガを積むような「組積造(そせきぞう)」の建築物は増えるため、ニーズはこれからも大きいと考えているという。特にネパールでは大きなニーズがあると考えているとのこと。鈴木氏はイタリアの地震被害を現地で見に行ったときに、子供のおもちゃが瓦礫上で響いているのを見て、最短で世界にこの技術を広めたいと考えたと述べた。


補強技術で地震による被害を軽減する


アラヤ 機械学習から自律エージェント、そして人工意識へ

株式会社アラヤ 取締役 松本渉氏

以上のスタートアップ7社によるピッチに加えて、機械学習をベースにサービスを提供している株式会社アラヤ(https://www.araya.org)の取締役 松本渉氏による特別講演も行われた。合わせてレポートしておく。

アラヤは2013年に創業された会社。情報を価値に変えること、新技術の探求をミッションとしている。松本氏は現在のAI処理はクラウド上がメインとなっているが、今後、エッジ化が加速し、さらにAIは自律化していき、2030年以降には人と高度なAIとが交流をし始めると述べた。バーチャル空間でAIは学習し、それを実空間に戻すことで、莫大な能力を持った集合知ができるようになるのではないかと考えているという。


アラヤによる人工知能の未来予想

アラヤの社名は仏教用語の「阿頼耶識(意識されない識)」に由来する。創業者の金井良太氏は、もともとは実験心理学・認知神経科学の研究者で、近年は「人工意識」の研究者として知られている。アラヤが2013年に創業したときは、ブレインイメージングの会社として事業を行なっていた。2016年にはデータサイエンスや画像認識へと事業領域をピボット。社名もアラヤブレインイメージングからアラヤへと変更。人も増やした。


アラヤの歴史

2017年からはエッジAIの開発を進めており、NEDOのAIエッジコンピューティングプロジェクトをKDDIと一緒に受注してドローンの高度化を進めたりして今日に至っている。特にドローンのなかに自律性を入れていこうとしているという。

いまアラヤではディープラーニングを駆使したサービスの共同開発を行なっている。エッジではFPGAへの実装をメインに進めている。それと並行して自律エージェントの開発・事業化も行なっている。同時に、次に来るだろう世界に向けて自律エージェントの開発も行なっているという。マーケットとしては農業や漁業、建設、製造、運輸、インフラ、情報通信。低消費電力でAIを組み込めるようなエッジAIの開発を進めている。次に自律エージェント、そして人工意識へと開発をすすめていく予定だとした。


エッジAI、自律エージェント、そして人工意識へ

具体的事例としては、人物トラッキングや姿勢推定そのほかを示した。株式会社電通国際情報サービス(ISID)・双日株式会社とはマグロの個体数カウントの実証実験を行い、個別のマグロの軌跡を追いながらカウントできるように仕上げた。そのほか、路上障害物検知、看板認識、ドライバーのモニタリングなども手がけている。


ディープラーニングを使ったマグロの個体数カウント

エッジで処理を行うAIチップは小型低消費電力ニーズが高い。そのため、ニーズに応じてネットワークを圧縮し、ターゲットデバイスに合わせて最適化する必要がある。アラヤでは、そのためのトータルで圧縮できるツールを開発している。CPUやGPUで実装する場合も、それらの構造を見極めた上での取捨選択が自動化できるツールを他ベンチャーとも共同で開発しているとのこと。AIチップは宣伝はすごいが癖が強いものが多いそうで、ちゃんと使えるものにしていきたいと語った。


エッジAIを実現するための圧縮ツールも開発中

KDDIと共同で受託しているNEDOプロではネットワーク圧縮からさらに踏み込み、ディープラーニング処理の一部は問題を超えた共通化が可能ではないかと考えて、個別用途については最小化したネットワークとしつつ、ベースネットワークを共通化して、演算量を削減するように組み込む。


自律的学習機能搭載AIエッジの開発を狙う

また、ディープラーニングは認識・感覚入力を担うものだと考えて、深層強化学習による出力と組み合わせることで、高度な自律機能の実現を目指す。ただし、深層強化学習では報酬設計が難しいという課題がある。アラヤではAIエージェント自身が周辺環境に対して働きかけて自分でするべき行動をマスターし成長していくような過程が必要だと考え、内発的動機をAIに持たせて、トライアンドエラーを自発的にやらせてスキルを獲得させようとしている。

試行錯誤をリアルな空間でやると壊れてしまうので、シミュレータ上で学習できる環境も構築している。リアルタイム・バーチャル・シミュレータを活用することで、自律性を持たせてAIに自分でトライさせた上で、ミッションを与えて自分で課題に対処できるようにしたいと考えているという。複雑な作業を腕を使って行えるようなドローンの開発を行なっているとのこと。具体的にはインフラ点検などをやらせる。

また、臨機応変な行動が全ての行動を定義しなくても取れるように、自律制御モジュールを構築する。画像ベースのアフォーダンス、模倣学習の実証、自律探索開発、マルチタスク学習、そして汎用性獲得を目指す。


自律エージェント化することでエージェントが勝手に目的を達成できる世界を目指す

意識を持つAIという考え方は当初はなかなか本気にされなかったが、徐々に事業化へと繋がりつつあるという。松本氏は、現在進んでいるライセンスビジネスがランディングできるようになれば、事業の加速ができるのではないかと締めくくった。


アラヤの今後のロードマップとマイルストーン

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森山 和道

フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!

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