【神崎洋治のロボットの衝撃 vol.28】IBM Watsonハッカソンがビジネスのビッグチャンスに繋がる理由 ~ソフトバンクと日本IBMに聞く~

第3回 IBM Watson日本語版ハッカソン(以下、Watsonハッカソンと表記)の決勝戦が6月29日(木)に東京汐留のソフトバンク本社で開催されました。IBM Watson賞(最優秀賞)に輝いたのは株式会社インキュビットの「Smart Video Ad」。Watsonに動画の内容を理解させておき、それにあわせてピッタリな広告を選出して表示するシステムです。

実はこのハッカソン、参加者の間では「決勝に進むことでビッグビジネスをつかむチャンスの可能性が拡がる」と言われています。そんな噂もあって、今回で3回目のWatsonハッカソンは回を重ねるごとに参加者が増える盛況ぶり。更に7月22日には「SoftBank World 2016」において、Watsonハッカソンのチャンピオン大会とも言える「SoftBank World Challenge 2016」が開催されます。この大会にはなんと歴代のファイナリストから13チームが一堂に会して、最新のコグニティブ・コンピューティングの技術とビジネスプランをプレゼンテーションします。
なぜ、Watsonハッカソンがビジネスチャンスに繋がるのか、チャンピオン大会の見どころなどを、ハッカソン運営を指揮してきたソフトバンクと日本IBMに聞きます。

ソフトバンクとIBMのインタビュー写真

IBM Watson日本語版ハッカソンの魅力と、決勝進出がビッグビジネスに繋がるという、その理由をソフトバンクと日本IBMに聞く


動画再生時の広告は6割が常にスキップ

最優秀賞を受賞した「Smart Video Ad」の概要は、ロボスタのニュース速報「第3回 Watsonハッカソン最優秀賞はインキュビット「Smart Video Ad」、Pepperは受賞を逃す」でお伝えした通りですが、マーケットの状況を含めて再度簡単に解説します。

Smart Video Ad はひと言で言うと、動画のアドテク分野を狙ったシステムです。インターネット動画のアクセス数は年々伸びていて、インキュビットによれば、Facebookの動画再生回数は80億回/日におよび、またYouTubeでは1秒あたり400時間分の動画投稿があると言います。そうなれば、動画の広告市場も急伸することが予想されていて、2014年から2020年にかけては約6倍に伸び、2000億円市場に膨らむと予想されているとのことです。

一方で動画広告には課題もあります。YouTubeでは動画再生の冒頭で広告が表示されますが、常にスキップして飛ばす人の割合は10人中6人、動画再生中の広告表示によってそのブランドに対して悪い印象を持った人の割合は10人中4人と、ユーザーにとって動画に広告が表示されるしくみは必ずしも受け入れられているとは言いがたい状況です。

インターネット広告では、ユーザーが見ているホームページの内容に関連する広告ほど効果が高い、ということは既にご存じかと思います。動画も同様、動画の内容に関係性の高い広告を表示することで、常にスキップされてしまう状況を改善したいと考えたのが「Smart Video Ad」です。具体的には動画ひとつひとつの内容をWatsonが分析して理解、ユーザーが見たいと思う広告を表示するしくみです。

インキュビット受賞写真

第3回 Watsonハッカソンで、最優秀賞を獲得した株式会社インキュビット(左)。賞品はエコシステムパートナー向け開発環境利用権限 1年分 180万円相当。このほかに、決勝進出チームには大きなビジネスチャンスが提供されると言う



ディープラーニングとWatsonを使って広告を解析する「Smart Video Ad」

技術的には動画像をディープラーニングやIBM Watsonの画像認識で分析し、更に動画内のナレーションや会話は音声認識でテキスト変換した後、Watsonの自然言語分類でキーワード抽出するなどして動画内容を詳しく理解します。例えば、動画内容によってはグルメ→ファッション→観光地などとテーマが変わっていくものもありますが、テーマが変わればタイムライン上で区分けして、広告もグルメからファッションに切り替わり、常にマッチしたカテゴリーの広告を表示することで「ユーザーが見たい広告の表示」を実現しています。

スマートビデオADのしくみ画像

動画のタイトルや説明文に加えて、動画を解析し、内容を理解してメタデータを自動生成するしくみは効果的な広告配信を可能にする



運転手の居眠り防止、社員のストレスチェックなどアイディア多彩

第3回IBM Watson日本語版ハッカソンには、ほかに下記の4チームが決勝戦に進みました。個人的な所感と述べると、着眼点はいずれの作品も面白かったのですが、Watsonならでは具体的な導入メリットや、現状との比較による具体的な効果のアピールが少なかったように感じました。具体的な効果とは、ビジネス的な利益や費用対効果ではなく、システム導入によってどのような成果が出て、なぜそのような効果に繋がるのかが少し解りにくかった、という意味です。


・「スマート自治体」 システムリサーチ
大規模な災害時に自治体が発行する罹災証明書の一次受付を支援するシステム。被災した家屋の被災状況などを画像から判断する等。


・「スマート長距離運転パートナー」 セイノー情報サービス
西濃運輸のグループ企業ならでは発想で、Watson連携のデバイスをトラックに同乗させ、長距離運転の話し相手や情報提供に利用することで、居眠りなどに起因する事故を未然に防ぐ狙い。


・「スマート職場」 富士フイルムICTソリューションズ (Pepper連携)
職場のストレスチェックをWatsonと連携したPepperが行う。Pepperが巡回して会話やゲームをすることで社員のストレス度を分析。


・「スマートおもてなし」 ジェイアール東日本企画 (Pepper連携)
観光で訪日している外国人を対象に、Suicaカードなどの交通系ICカードをPepperに読み込ませることで、Watsonが解析したオススメの周辺情報等を迅速に提供する。


スマートおもてなしデモ写真

今回のハッカソンはPepperとWatsonの連携で挑んだチームも。写真は交通系ICカードの情報をPepperが読み込むことでWatsonがユーザーの交通や行動の履歴を迅速に把握する「スマートおもてなし」のデモ。



Watsonハッカソンが人気の理由

Watsonハッカソンの魅力、参加者に人気の秘密、Softbank World Challengeの見どころなどについて、運営に携わってきたソフトバンクと日本IBMのご担当者に話を伺いました。

神崎(編集部)

今回で3回目となりましたが、第1回からの参加者の推移や応募状況を教えてください。

上村(敬称略)

第1回はIBM Watsonの日本語版がまだリリースされていなかったことや、認知度も低かったので応募数は38社でした。第2回はIBM Watson日本語版のリリースとほぼ同時期に開催されたこともあって 46社に増えました。今回の第3回は募集開始から締切日を迎える前に応募社数が60社に達しましたので、募集を途中で締め切りました。

ソフトバンクのインタビュー写真

ソフトバンク株式会社 法人事業戦略本部 新規事業推進統括部 新規事業推進部 部長 上村 実氏

神崎

ハッカソンの場合、いろいろな分野から有志が参加して即席のチームを作ったり、当日メンバーをシャッフルするようなイベントもある中で、Watsonハッカソンは参加を法人に絞っていますね。

上村

第2回では法人の事業部チームの他、学校や医療関係者などによるチームも募集しましたが、第3回は参加を再び法人に絞りました。これは、Watsonハッカソンはビジネスユース向けを前提としたもので、情シス部門などが集まって実用的なサービスや、そのアイディアを発掘するイベントにしたかったからです。選ばれた作品については世の中に紹介できるようにソフトバンクが支援していきます。
また、今回は人型ロボットの「Pepper」との連携も対象としました。そのために注目度が更に上がり、Pepper開発者等の参加もあって盛況に繋がったと思っています。




 

参加者にとってビジネスチャンスを拡げるハッカソン

IBM Watson日本語版ハッカソンは、日本IBMとソフトバンクが共同主催者となっていますが、これが参加者にとって大きなモチベーションのひとつとなっています。

神崎

「世の中に紹介できるようにソフトバンクが支援する」ということを具体例で教えてください。

上村

ソフトバンク本社(東京・汐留)には、PepperやWatsonのデモや事例を紹介して説明する商談スペース「ソフトバンク カスタマー ブリーフィング センター」があります。法人の顧客向けに提案などを行っていますが、Watsonハッカソンで決勝に残ったチームの作品はここで展示される機会を得ることができます。

神崎

なるほど。自分たちの作品がソフトバンクの顧客に紹介してもらえるというのは参加者にとってビジネス上の大チャンスですね

上村

そう思います。審査をして賞を渡すだけに留まらず、決勝に残った優秀作品についてはリアルにビジネスに繋げるものとして位置づけています。

神崎

ハッカソンがきっかけで、既に大手企業に採用された作品はありますか? 公表できる範囲で。

上村

まだ公にはできませんが、近々発表できると思いますので楽しみにしていてください。ちなみに、ソフトバンクの社内向けソリューションとして使ってみたいという相談もあり、それは個別にアプローチさせてもらっています。

中野(敬称略)

スタートアップにとってみれば、ソフトバンクのような大企業に採用されるとなれば大きなチャンスですよね。ハッカソンに参加することで、アイディアや作品がビッグマネーに繋がる、投資案件にめぐりあえる、仕事が増えるという可能性を持っています。
IBMのインタビュー写真

日本アイ・ビー・エム株式会社 Analytics Platform & IBM Watson マーケティングマネージャー 中野雅由氏

上村

参加するモチベーションとしては、他の企業の開発者がどのような開発をしているのか見てみたいということの他に、ハッカソン当日や懇親会を通じて、開発者同士で知り合うきっかけになったり、人との新しいネットワーク作りに繋がる、AIの情報交換ができるというメリットがあります。



 

ビジネスモデル立案やプレゼン構成のレベルが上がる

神崎

スタートアップ企業にとっては自分の技術やアイディアを披露するチャンスだと思いますが、ライバルには名だたる大企業の開発部門もいます。両社には能力の差があるものなのでしょうか

中野

あくまで傾向として、大手企業はプレゼンテーションを上手に構成する方法や見せ方、ビジネスモデルの立て方等を心得ていると感じることが多いですね。場慣れしているからかもしれません。ただ、Watsonハッカソンでは、あまり慣れていない企業にはメンターが付いて、当日のメンターリング時間にアイディアをビジネスに変える考え方からプレゼンの構成、やり方までレクチャーを受けることができますので、それは重要な経験になるのではないかと思います。
また、日本IBMも起業家を支援するプログラム「IBM BlueHub」を運営していて、そことの連携でビジネスの軌道に乗りやすくなることも考えられます。参加者にとっては、アイディアがビジネスになるのか、ならないのか、どのようにニーズに繋げるのか、どんなプレゼンをすればビジネス獲得のチャンスが拡がるのか、考えたり教わったりする機会が得られます。また、日本IBMやソフトバンクを前にプレゼンテーションを行うことができることを考えれば、アイディアや技術を披露する機会を得るだけでなく、持っている原石を磨いてキラリと光る、成功のチャンスにも繋がるのではないでしょうか。



 

「SoftBank World Challenge」は半日で13作品のデモとプレゼンが見られるチャンス

神崎

決勝戦は一般の観客も入場できるので、Watson活用事例を垣間見ることができますね。観客はどのような狙いで足を運ぶ人が多いとみていますか

上村

会場に足を運んでくれる方々は「いま話題になっているIBM Watson、コグニティブを自分のビジネスにどのような利用できるか」を模索している人と、「社内のソリューションとして活用できるか見極めたい」という人が多いと思います。

ソフトバンクのインタビュー写真

神崎

7月の下旬に行われる「SoftBank World 2016」の2日目(7月22日)の午後に、Watsonハッカソンのチャンピオン大会とも言える「SoftBank World Challenge 2016」が開催されますね。

上村

第1~3回までのハッカソンで決勝戦に進出したチームのうち、13チームが一堂に会して、ブラッシュアップした作品を披露するイベントです。最新のコグニティブを使った13ものアイディアと実際に動作しているWatsonを半日で見られるイベントはかつてないと思います。これはオーディエンスにとっても良い機会になると思います。

神崎

そうですね。ただ、チャンピオン大会ならば、第1~3回までの最優秀賞チームが争えば、それでいいのではないでしょうか

上村

各回の最優秀賞チームだけでなく、惜しくも逃した作品にも今一度チャンスと披露の場が与えられ、そのリベンジも見どころのひとつなんです。
実は毎回、Day 2とDay 3の2日間にわたって開発した後、決勝戦までは少し日数があるため、その間に開発や研究を進めたチームは驚くほど質が上がっているケースがいくつもあります。SoftBank World Challengeでは更に準備する期間が長いので、バージョンアップした作品とプレゼンテーションが見られると期待しています。
第1回や第2回のハッカソンに出場したチームが不利だということではなくて、基本のコンセプトはそのままでも、最新の技術を使ったり、ニーズによりマッチして、熟成したシステムが披露されるのではないかと思っています。

神崎

なるほど。これまでの決勝戦よりも更に、質の高い作品群が見られるわけですね。

中野

Watsonハッカソンは、Watsonを使った面白いアイディアやビジネス活用例を発掘する場です。参加者もオーディエンスも、そして審査員も一緒になってイマジネーションを高めて参加します。更に、それが本当にビジネスになるのか、なる可能性が高いのなら、日本国内のエコシステムのパートナーとして、世の中に出るチャンスを支援したいと考えています。
SoftBank World Challengeでは、日本IBMやソフトバンクが評価して予選を勝ち抜いてきたチームが、どんなアイディアや作品を、そして未来を見せてくれるのかに期待して欲しいと思います。参加者は既にコグニティブのウェーブに乗っているイノベーターです。オーディエンスにとってみれば、市場の先駆者の活動と成果を実際に見る機会であり、そのオーディエンスがアーリーアダプターやアーリーマジョリティとなって大きなセカンドウェーブに乗って続いてくれると考えています。
IBMのインタビュー写真

上村

審査員も豊富な経験値と高いビジネススキルを持ったメンバーなので、その人たちの意見を会場で聞くことも、参加者やオーディエンスにとって勉強になると思います。ぜひ、SoftBank World Challengeにご来場頂き、コグニティブの世界をご自身の目でぜひ体感して欲しいと思います。



SoftBank World Challengeは7月22日(金)の14:30~17:45まで「予選」が、18:00~19:00まで「決勝戦」が行われます。予選は事前申込は不要ですが、決勝は事前申込制となっています。ご観覧希望の方はお早めのお申し込みをお勧めします。

【WatsonハッカソンDay2とDay3の詳細レポート(ロボスタ)】
▽第3回 IBM Watson 日本語版ハッカソンday3に行ってきました。(前編)
https://staging.robotstart.info/2016/06/15/watson-hack3-01.html
▽第3回 IBM Watson 日本語版ハッカソンday3に行ってきました。(中編)
https://staging.robotstart.info/2016/06/17/watson-hack3-02.html
▽第3回 IBM Watson 日本語版ハッカソンday3に行ってきました。(後編)
https://staging.robotstart.info/2016/06/17/watson-hack3-03.html

※連載コラム「神崎洋治のロボットの衝撃!」は、しばらく隔週の更新となります。今後ともご愛読、よろしくお願いいたします。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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