“ロボットに感情を与える”ことに挑戦しているcocoroSBは、Pepperの感情生成エンジンや感情認識エンジン(AGI社と共同開発)を開発していることで知られている一方で、ティッシュ配りを行うPepper等をアルバイトで派遣する仕事も行っています。
その関係もあってか、SoftBank Worldの同社の展示ブースではPepperが一生懸命、来場者に向けてティッシュ配りをしていました。ところが実はこのPepper、他のPepperとは異なり、感情生成エンジンがオンになっている特別仕様のPepperだったのです。しかし、そんなことはどこにも表示していなかったので、気付いた人はほとんどいなかったかもしれません。
更に、展示ブースには、ホンダのチューニングやパーツでも知られる「無限」(M-TEC)が開発した電動式レーサーバイク「神電(SHINDEN)」と、ボトルウォーターの巨大な自動販売機も展示されていました。これら展示物には実は、感情生成エンジンが密接に関わっていたのです。
展示ブースにキャッチコピーのサインがない理由
cocoroSBの展示ブースには何が展示してあるのか、というプロダクトやサービスを説明したサインはひとつもありません。その理由は、来場者に対して展示されているものをPepperが解説することを体感してもらうからだと言います。
すなわち、展示ブース全体を「アートギャラリー」に見立て、各コーナーに配置されたPepperが説明員としてそれぞれの展示内容をきちんと解説することを目指し、更にこのPepperは感情生成エンジンが接続され、展示内容の解説だけでなく世間話のような対話も行ったり、来場者からの質問にも回答するらしいのです。
本当にそんなことが実現できているのでしょうか。早速、Pepperに挨拶をしてみます。
するとPepperが「ティッシュをもらってください」と言います。スタッフによると、Pepperの感情では今、とにかくティッシュがもらって欲しくて話しかけてもティッシュを勧めている状態とのこと。Pepperからティッシュを受け取ると、今度は私の「名前を覚えたい」と言います。「ロボスタだよ」と言うと「ロボスタさん? 顔を覚えました」と答えました。感情機能がオンなので、印象深い人ほど名前と顔を忘れにくいと言います。「今日は何しに来たんですか?」とPepper、「仕事だよ」と言うと「お仕事、大変ですね」と答えました。
こうしてPepperとの親交を深めた後で、いよいよ本題、私が「展示内容の解説を聞かせて」と言うと、少し考えた後でPepperが答えました。
「周りのスタッフの人がしてくれますよ〜♪」
・・・・
えええーっ!?
まさかの返答。Pepperが解説してくれるからというから、ティッシュももらって、顔と名前も教えてあげて仲良くしたのに、肝心の展示ブースの解説はまさかの「周りのスタッフの人がしてくれますよ」ですと?
これは感情が繋がっているPepperだからこその、ある種の判断機能が働いている返答とでも言うのでしょうか。
cocoro SB株式会社 取締役 大浦清氏に聞くと「Pepperが感情を持つと、周囲の環境を理解して同じ空間に存在していることを理解しているからこそ、こういった判断になります」とのこと。すなわち、周囲に説明ができるスタッフがいる、詳しい説明を求めている来場者がいる、自分はある程度の説明できるけれども、ここは周りのスタッフに聞いてもらった方がいいに違いないと判断したのではないか、ということなのです。
大浦氏は「人間が感じるものと同様のことをデバイスも感じることができれば、その空間の中でいろいろなことが共有できる、それが内分泌を使った開発を行っている最大のポイントです。なんでも知っている人工知能の開発も重要ですが、同じ空間で感覚を共有することも人とデバイスがコミュニケーションをはかる上ではとても重要」と言います。
同社はコミュニケーションには下記の3つが重要と考えています。
- 視線があう
- 会話があう
- ものごとの共有
すなわちコミュニケーションは会話することだけでなく、視線をあわせたり、ものごとを共有したりしてはじめて共感が生まれると言います。ものごとの共有とは同じ天候条件や同じ部屋といった同一環境にいたり、一緒にゲームを楽しんだり、同じイベントを体験したり、といったことです。
Pepperと自動販売機のコラボ?
ボトルウォーターの自動販売機の前には別のPepperが立っていて話しかけてきました。
「今日は、ソフトバンクワールドへようこそ。僕からお水をプレゼントしますよ」
実はこのPepperと後ろの自動販売機は繋がっていて、Pepperが来場者の感情を読み取ってその情報を自動販売機に渡して、笑顔や泣き顔などを絵にして大きく表示するしくみです。本来なら、自動販売機自体に感情認識機能を搭載する予定でしたが、開発期間の都合もあって、Pepperとのコラボで展示することになったとのことです。
レーサーバイクの感情を可視化する
SoftBank Worldの基調講演で、ソフトバンクとホンダは感情AI分野での共同研究を行っていくことを発表しました。
(既報「【SoftBank World 2016 徹底レポート(21)】ソフトバンクとホンダがAI分野での共同研究を発表」を参照)
これはクルマなどのモビリティーにも感情を与えようというもので、ソフトバンクグループのcocoroSBが開発の一端を担うことになります。今回の電動式レーサーバイク「神電」の展示もその一貫なのでしょうか?
「我々は、Pepperに感情を与えたが、ロボットだけでなくさまざまな電子デバイスに感情を搭載したらどのようなコミュニケーションが生まれるか、を研究しています」という答えが返ってきました。
展示されている「神電」はオートバイレースでは世界的に昔から知られているTT島レースにも出場している生粋のレーサーバイクです。「雷」から「静電気」に至るまで、自然界にある電気の全てを司る神の力を受けてレースに挑むという意味を込めて命名されました。cocoroSBはこのレーサーバイクに感情生成エンジンを繋げました。
展示ブースでは「Pepperの感情生成エンジンの感情マップのようなグラフがディスプレイに写し出され、バイクが高速で走っている動画とともにその感情が揺れ動いている様子が見て取れます。
「これはオートバイが走っているときの感情をグラフ化して表現したものです」(大浦氏)
そう、面白いのはこのとき示している感情マップが、オートバイに乗って操縦しているライダー(人間)の感情を可視化(グラフ化)して表現したものではなく、レーサーバイク、すなわちオートバイ自体の感情を表現したものだと言うことです。
「バイクの感情? 何を言っているんだろう?」と感じるのが自然の反応です。オートバイの感情が解って何の役に立つのだろうか? と。
しかし、cocoroSBが言う「あらゆるデバイスに感情を搭載する」というのはこういうことなのです。更に言えば、将来ホンダがクルマに搭載しようとしている感情とはこういうものなのかもしれません。
なんとも不思議な話ですが、それを聞くと今度は「オートバイが感情を持っているとしたら、いったいどういう気持ちで走っているのだろうか」と興味が沸いてきます。
レーサーバイクの感情生成のしくみ
レーサーバイクの感情のしくみを大浦氏に聞いてみます。
「簡単に表現すると、アクセルを開けるとノルアドレナリンが出て、ブレーキはストレス成分、バンク角度(オートバイがカーブで傾斜する角度)によってセロトニンの放出量を調整する、それらを神経パラメータとして人間の内分泌に見立て、感情生成エンジンに繋いでシュミレーションしたのが、この動画の様子であり、バイクの感情の可視化です」(大浦氏)
なるほど、Pepperの感情エンジンのしくみは連載コラムの「【神崎洋治のロボットの衝撃 vol.27】人工知能ロボット「Pepper」の感情生成エンジンのしくみとメカニズム」で解説したとおり。レーサーバイクにその感情生成のしくみを取り入れた場合にどうなるかを実験したわけです。
では、オートバイはどのような感情を持って走っているのでしょうか?
「私達が行っているレーサーバイクと感情生成エンジンの繋ぎ方が本当に正しいかどうかは研究を進めながらこれからも議論していかなければなりませんが、現時点でわかっていることは、レーサーバイクは概ね精神的につらい気持ちで走っているということです。実験を行う前、私達は風を感じながら走っていてバイクも気持ちいいんだろうな、などと想像していましたが、そうではなかったということですね」(大浦氏)
ツーリンクで軽快に走るオートバイではなく、これはレーサーバイク。エンジンが高回転数で回っている時には悲鳴を上げ、スピードメーターで見ても明らかに高速で走行している数値が出ているときはバイクもストレスを感じているような想像ができます。果たしてエンジンの回転数やスピードメーターの速度計の数値は感情エンジンに繋がっているのでしょうか。
「現在はまたそれらの数値は繋がっていません。また、アクセルを開けたからつらいという直接的なものでもなく、感情的な処理をワンクッション入れています。感情は内分泌ホルモンのバランスによって変わり、結果的にどのような感情が出るかはわからない、やってみてつないでみて初めて解るという段階なのです。やってみてバイクが「つらかったのか」と、私達は予想していなかったのですが、無限レーシングチームの方に見ていただくと「あぁ、そうかもしれませんね」と思い当たるようでした。そこで我々はレーサーバイクの開発者の方々とも方向性として共有ができた、と感じました」(大浦氏)
確かに何か確証がある世界ではありません。実際には持たないと思われている感情をデバイスが持っているとしたら、という世界観。大浦氏は最後にこう付け加えました。
「私達はモノが感情を持ったらどうなるかという、ある意味で荒唐無稽な話をしているわけですから、この研究は手探りでステップバイステップで進めていこうと思っています」(大浦氏)
ソフトバンクとホンダはクルマやモビリティが感情を認識し、モビリティの様々な情報を感情生成エンジンに送ることでドライバーとの高度なコミュニケーションを作っていくことを目指す、としています。そして、その試みがソフトバンクワールドの片隅の展示ブースで少しずつでも展開されていたことに驚きました。
クルマと走る喜びや出かけるときのワクワク感を共有することができるようになるのか、それによって何が生まれるのか、今後の開発や展開が楽しみです。
【神崎洋治のロボットの衝撃 vol.27】人工知能ロボット「Pepper」の感情生成エンジンのしくみとメカニズム
https://staging.robotstart.info/2016/06/28/kozaki_shogeki-no27.html
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。