【神崎洋治のロボットの衝撃 vol.32】 Pepperの2016年前半の総括と最新情報まとめ
2016年も夏が終わろうとしていますが、今年もPepper周辺ではたくさんの出来事がありましたので、今回はそれらを振り返って総括したいと思います。
Pepper界隈の最新動向の確認もしていきましょう。
初のPepper専用の展示会「Pepper World 2016」
Pepper専用の初の展示会「Pepper World 2016」が開催されたのは今年1月のことです。Pepperの導入企業が500社を超え、今年はPepperを家庭向けからビジネス市場にシフトし、本格的に展開することを明確に打ち出した年になりました。
この展示会には2日間でのべ約7,000人が来場しました。展示ブースでは店舗や企業の受付、介護、語学学習や知育分野等、様々なシーンで利用が想定されるPepperがデモ展示されました。他のデバイスとの連携で言えば、クーポンや待ち札の発行、大きめのディスプレーと連動した観光案内などが見られましたが、この段階ではまだ、主催のソフトバンクロボティクスや展示ブースを構えるデベロッパー各社は、Pepperに対する市場のニーズを探っている状況のように見えました。
(詳しくは「「Pepper World 2016」で再発見したPepper企業導入への糸口」参照)
Pepperだらけの携帯電話ショップ
「Pepperだらけの携帯電話ショップ」は、世界初のロボットだけで接客する携帯電話ショップということで、実際に3月28日~4月3日までの期間限定で東京の表参道にオープンしました。
もちろん、現実的にはPepperだけで携帯電話ショップが運営できるはずもなく、これは言わば未来を展示するコンセプトショップという、ひとつの試みでした。この携帯電話ショップ、わたしにとっては興味深いポイントがいくつかありました。
「Pepperはおチャラける以外に何もできない」と揶揄する人もいる中で、会話ロボットができること、今後できるようになるべき多くのことが明確になったのではないかと感じています。
特筆点のひとつが、Pepperにはできないことを作業用ロボットが連携して補完していたロボットの連携です。向き不向きがあるさまざまな人間たちが集まり、ひとつのチームとなってそれぞれが得意なことにチカラを発揮すれば、大きなプロジェクトが成し遂げられるのと同じように、Pepperとロボットアームのように全く異なるロボットが協業することで、できることは大きく増える、そんな可能性を感じました。
その他、詳しくは「経営者が「Pepperだらけの携帯ショップ」を無視してはいけない理由」を参照してください。
PepperのロボアプリがAndroid環境でも開発可能に
5月にはロボアプリ開発者がザワザワする出来事がありました。Pepperがスマートフォンで知られるGoogleの「Android OS」の開発環境に対応することが発表されたからです。
PepperのOSはアルデバラン(現ソフトバンクロボティクス)が開発した「ナオキ」(NAOqi)という専用のものです。Pepperはデビュー当時から高機能な開発環境(SDK)が用意されている点がとても優れていました。その代表的なツールが「コレグラフ」です。Pepper向けロボアプリは、簡単なものであれば、ほぼドラッグ&ドロップの操作等で開発できます。その仕様はそのままに、Android環境で開発された一部のアプリもPepperで動作するように機能が追加されることになりました。具体的にはAndroid環境で開発するためのツールキット「Pepper SDK for Android Studio」が発表され、早々に同日よりリリースが開始されました。
利用者としてのメリットはAndroidスマートフォンやタブレット向けに作られた一部のアプリがPepperのタブレットでも動作するようになることです。Google Playストアには約150万本のアプリが登録されているので、一部でもそのアプリ市場と共通性を持つことでメリットが生まれると考えています。
実際の例としては、7月に開催されたイベントの展示ブースで、PepperにAndroid Playストアからインストールした「パズドラ」(パズル&ドラゴンズ)や「ポケモンGO」がインストールされ、パソコンとスカイプ通話できるAndroid対応版Pepperが登場していました。
真の狙いは開発者の総数を増やし、Pepper向けアプリの開発を促進することです。既に多くの開発者がいるAndroid環境でPepper対応のロボアプリが開発できるようになれば、ロボアプリ数が増えることが期待できます。
例えば、Androidスマートフォン用アプリを作った開発者が、Pepper向けアプリに改良することが比較的簡単にできるため、人気のアプリがPepper向けに移植される可能性が高くなります。上記のスカイプの開発例がそれに該当します。イベントの「翻訳/Skype連携」のブースではパソコンとPepperのタブレットでスカイプのビデオ通話を行うデモが行われ、パソコン側からは相手のPepperに対して「バイバイ」や「お辞儀」などのアクションを指示できる点がPepper向けならではの追加機能です(詳しくは「早くもAndroid Pepperがデモ展示に登場!! みんな知ってるあの通話アプリをPepperで稼働展示」参照)。
また、Androidスマートフォンやタブレットの世界では新しい技術が続々と導入され、対応した周辺機器なども増えています。それらの新技術や周辺機器、関連デバイスが、Pepperの開発環境でも利用できるようになる可能性もあります。そうすることで、ビジネス現場でも家庭用でも、できることが今より増えるとみられています。この件についての詳細は、ソフトバンクロボティクスの代表取締役社長 冨澤文秀氏の単独インタビュー記事をご覧ください。
さきほど「ロボアプリ開発者がザワザワする」出来事と書きましたが、それは次のような理由からです。
Android対応版Pepperの登場はこのようなメリットもありますが、一方でPepperの誕生からずっとPepperの可能性を信じてナオキ環境でロボアプリの開発を行ってきたデベロッパーの中には複雑な心境を吐露する人も少なくありません。みんなロボット業界が盛り上がるにはAndroid環境への対応は必然、としながらも、今まで開発研究してきた技術が無駄になるわけではありませんが、先行して研究してきたアドバンデージが少なくなることへの不安を感じているのです。
もうひとつはPepperの開発会社の大きな変化に心配する声があることです。ソフトバンクとともにPepperをこれまで共同開発してきたのは仏アルデバラン社ですが、ソフトバンクは今年の5月にアルデバランの社名をソフトバンクロボティクスヨーロッパに変更しました。開発パートナーとして初期段階で大きな役割を果たしてきたアルデバランの名前がなくなったことで、その開発環境に将来を賭していた一部のデベロッパーに動揺が拡がったのです。
ちなみに、従来はPepper用ロボアプリ開発者向けのデベロッパー版、一般家庭用のPepper、ビジネス向けの「Pepper for Biz」の3種類が存在していましたが、今後は更にAndroid対応版がそれぞれに変わって登場するため、市場には6種類のPepperが存在することになる見込みです。
「Pepper World 2016 夏」総括
7月21~22日、「SoftBank World 2016」と「Pepper World 2016 夏」が同時開催されました。
私達報道陣はイベントの”前日”に、会場であるザ・プリンス・パークタワー東京に集められました。展示ブースやそれぞれのセミナールームに施工業者の方たちが行き来する会場に用意された専用の一室で「Pepper for Biz 2.0」の記者発表会がソフトバンクロボティクスによって開催されたからです。
Pepper for Biz 2.0記者発表会
記者発表会では導入企業が1,000社を超え、Pepperのビジネス利用が加速していること、ロボット活用は集客から業務へと移行していることが発表されました。
そして下記のような具体的な導入事例と成果が紹介されました。
- 銀座付近のドンキホーテ店舗で、バーコードをPepperにかざすと商品紹介を英語・中国語で行うシステムを実証実験、1日約200回の商品紹介が利用された
- JAたじまの小売店舗で商品紹介する販売業務を行い、売上が昨年比115%に
- みずほ銀行ではIBM Watsonと連携したPepperが、顧客からの宝くじに関する質問に回答。適切回答率は90%に
- エクシングのPepperが経産省の実証実験に介護機器として採択され、介護の人材・コンテンツ不足に対応
- 自動車部品メーカー小島プレス工業が管理事務分野で実証実験。材料の欠品管理、異常感知時の対応や夜勤者の見守りにも導入し、人手不足の解消に
- カルフールでワイン・レシピ提案、メンバーカード獲得、顧客アンケート収集にPepperを導入し、1日1台あたり100接客以上
小島プレス工業の「Pepper for Biz」導入事例は新しいケースなので下記に動画で紹介します。
「Pepper for Biz 2.0」とは、従来からあるビジネス向けのPepper「Pepper for biz」が進化したことを印象づけるためのキャッチコピーのようなものです。ハードウェアやアプリの機能や性能が変わったということではなく、Pepperの法人活用を促進するためのサービス拡大やその施策をいくつか打ち出したのです。
一番解りやすい変化は「ロボデコ」(ロボデコレーション)です。それまでは動作保障上、禁止されていたPepperにビジネス用のユニフォームを着せたり、ステッカー類で装飾することが、ソフトバンクロボティクス公認の企業に依頼したものを装着した場合に限り、認められるようになりました(下記はプレスリリースより)。
また、Pepper導入企業の要望に合わせて安価からロボアプリ用コンテンツ制作に対応する「Pepperのお客様対応力向上コンテンツ by CrowdWorks」、Pepperの状態を遠隔で把握し、Pepperの故障を予測したり、異常があった場合にヘルプデスクからPepper導入企業に復旧の対処方法を通知する機能等を追加した「スマートロボメンテナンス」(旧プレミアムサポート&メンテナンス)が発表されました。
記者発表会では28種類のロボアプリ、顔認証システムなどのSDKも発表されました。イベントの前日に、このような記者発表会が行われた理由は、「Pepper World 2016 夏」のブース構成が「Pepper for Biz 2.0」の発表の場となっていたからです。
展示会場では業務用ロボアプリとしてニーズの高いジャンルとして新しいBizPackのジャンルである「インバウンド」「接客」「ヘルスケア」「受付」の4つカテゴリーに分けてブースの配置が区分けされ、28種類の新しいロボアプリ等が展示されました。私達、報道陣は記者発表会のあと、これらのロボアプリや新サービスをいち早く見て回る時間を与えられました。
「Pepper World 2016 夏」総括
「Pepper World 2016 夏」で印象に残った展示についてまとめます。
ロボデコ
「Pepper for Biz 2.0」で最も視覚的に解りやすい変化は前述した「ロボデコ」です。公認の企業が制作したユニフォームやステッカー等の装飾に限り、サポートの範囲内として認められるように改訂されました。
ロボデコされたPepperが一堂に介した光景を見たのは私も初めてでしたし、Pepperのビジネス利用には自社のユニフォームを着せたり、コーポレートカラーに装飾したいというニーズは必然。大きな前進だと感じました。
クラウドとの連携(IBM Watson)
今回の展示会ではAIやクラウドシステムとPepperを連携したサービスの展示が増えてきました。
Pepper単体でできることは限られています。スマートフォンを例にとると解るように、ネットを介してクラウドに接続することで、ロボットのできることも大きく拡がっていきます。クラウドとの連携はこの半年で大きく進化しています。
例えば、PepperとIBM Watsonの連携です。日本IBMとソフトバンクが共同でIBM Watson日本語版の開発と販売を行っていることもあり、PepperとWatsonの連携はPepperを大幅に拡張する近道です(運用コストはかかりますが)。現時点でWatsonが得意なことは「質疑応答」。すなわち自然言語で人間と会話すること、そしてユーザが必要としている情報をビックデータから検索してきて回答することです。人との質疑応答はコミュニケーションロボットであるPepperにとっても最も重要な機能であり、IBM Watsonとの連携でこの部分が強化できることは大きなメリットとなります。
「Softbank World 2016」のIBMブースではIBM Watsonが大々的に展示されていましたが、ソフトブレーンはPepperを使った自社の受付システム「eレセプションマネージャー」にIBM Watsonを連携させ、顧客の用件に応じた対応や、より自然な会話による担当者の呼び出しを発表していました(10月リリース予定)。
クラウドとの連携(Microsoft Azure)
Pepperはコミュニケーションロボットです。得意分野を活かし、ビッグデータや高度な分析システムと連携したエッジとして活用すれば、より高度な分野でも力を発揮することができます。
MicrosoftのブースにもPepperが展示されていました。クラウド環境で注目のMicrosoft Azure(アジュール)との連携です。ヘッドウォータースが開発したシステムは、Pepperが社員はもちろん、来社した顧客の顔と名前を覚え、次回来社時に記憶した顧客の顔を識別して名前を呼ぶことができます。Pepperはもともと標準で人間の顔や表情を記憶することができますが、Microsoftの本格的なクラウドシステムであるAzureと連携することで、より多くの人の顔を認識し、認識した人物に関連した情報をビックデータと紐付けた対応が可能になります。
また、日本マイクロソフトとソフトバンクロボティクスはPepperとMicrosoft Azureを連携した「未来の商品棚」(仮)を発表しており、それを活用したシステムの展示も行われていました。このシステムは簡単に言うとタッチパネル式大型ディスプレイ(Surface Hub)に写った商品を解説するなどの接客をPepperが行うシステムです(一例)。ネットではMicrosoft Azureのクラウドシステムが動作し、Pepperが顔認証した顧客の性別や年齢、反応を記憶したり、系列店舗すべての在庫検索や販売管理データから、顧客個々に対して適切な商品提案が可能となるよう開発が進められています。
展示ブースでは、Pepperが顧客から受注した商品の受付票を発行し、レジで受付票をスキャナで読み取って精算する様子がデモされていました。
なお、これに関連したこととして、ソフトバンクは今までの「ロボアプリパートナー」の上位に位置し、Azureを活用したPepperアプリ開発を促進する「ロボアプリパートナー with Microsoft Azure」を8月よりスタートしています。Pepperロボアプリ認定パートナーとMicrosoftのAzureやビッグデータ関連の一部の認定を持っていると新たに認定を受けることができます。詳細は「IoTビジネス共創ラボ 第1回 Pepper WG ワークショップが開催されました」を参照してください。
Pepperをテレプレゼンスロボットに
「テレプレゼンスロボット」とは遠隔にいる人間の代理になって動いてくれるロボットのことです。今回アスラテックが展示した「テレプレゼンス for Pepper」は遠隔で人が操作するものの、見えている姿はPepperのみで、まるでPepperが人間のように対応しているように感じるシステムです。
まだまだ受け応えが十分ではない、気が利いた案内ができない、などの課題がありますが、Pepperに繋がったネットの向こうに「中の人」がいれば流ちょうな会話が適切に成り立つというわけです。
なお、アスラテックは最近このテレプレゼンスシステムについての発表を行いました。詳細は「人間が遠くからPepperを操作する「VRcon」を介護施設で実証実験 テレプレゼンスロボットでヘルパーの負担軽減へ」の記事を参照してください。
アスラテックはソフトバンクグループでロボット制御技術「V-Sido」(ブシドー)を開発している会社です。この技術を使った展示がもうひとつ別に行われていました。カラオケのJOYSOUNDで知られるエクシングの「健康王国レク」ブースです。アスラテックが開発した「V-Sido×Songle」を活用し、カラオケを歌って踊れるPepperが展示されていました。歌はエクシングが開発したボイスエンジンを使ってPepperの声で歌い、曲調に合わせて自動で振り付けて踊ります。
展示会なのであまり派手な振り付けではありませんが、サビの部分になると振りが変化します。当日、見逃してしまった人は動画をどうぞ。(「V-Sido×Songle」の詳細は「カラオケで歌って踊れるPepper、V-Sido×Songleとボーカルのボイスエンジン搭載」)
まだまだ紹介したいブースや技術はたくさんありますが、ひとまず今回はこのへんで終わりにします。なお、ソフトバンクワールド/ペッパーワールドの様子はロボスタでレポートを行っていますので、ぜひそちらもご覧ください。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。